暑さはこれからが本番なのでしょうが、陽が沈んであたりが暗くなるのが、だいぶ早くなってきました。若い頃、つまり今から40年前とか、45年くらい前の自分を振り返ってみますと、1年のうちで今くらいの時期が、いちばん心が弾んでいた気がします。

それはもちろん、夏休みを前にして、旅行の計画を色々と立てられたからなのですが、学校の方はそろそろ試験の時期なのだけれども、試験勉強そっちのけで時刻表を見ていたのが、この時期でした。まあ、あの時代にもう少し真面目にやっていればとは思うのですが、そういうことを色々悔いてみるのも人生なのでしょう。そう思って諦めます。

それはともかく、私の家の親戚は西日本ばかりに住んでいましたから、学生時代の、それも中学、高校時代の親戚を頼って行く旅は、どうしても中国地方と九州に向かうことになりました。それでもそれらの地方にも、旅の目的の最たるものであった蒸気機関車がまだいましたから、それで十分。北海道に行けばC62形や炭鉱鉄道の機関車もいた時代ですが、そこまで見たいという気持ちにはなっていません。知ろうとしなかったし。

そこでいつも旅の出発点となるのが大垣行き夜行でした。当時の列車番号は143M。後には345Mともなる電車の列車ですが、私はこの列車が客車で運転されていた時代は知りません。客車列車時代の列車番号を引き継いでいたから、東海道の電車列車が300番台の列車番号をつけているのに、この列車だけ100番台だった。そんなことも当時は知りませんでした。

その頃はまだ「青春18きっぷ」などなく、列車の存在自体が、まだ知れ渡ってはいなかったので、東京駅に少し早く、夜の9時頃でしょうか、に出向けば、十分に席を確保することができましたし、1000円だけ奮発してグリーン車利用という手もありました。なにしろ、皆、自由席ですから。

この列車には何回乗っただろう?決して「寝心地の良い」列車ではなかったですし、朝も眠いのですが、ともかく、窓から中京圏の眺めが見えるようになっただけでワクワクしていたものです。今は新幹線での名古屋出張などがあっても、疲れを残さないようにとだけ考えて、それこそ窓の外さえろくに見ないで帰って来るのですから、駄目になったとは思います。(続きます)


最近、崎陽軒の「メガシウマイ弁当」が何かと話題になっているので、私は逆に「MINIプレミアムシウマイ弁当」を購入してみました。
 崎陽軒さんが新商品を開発するとき、いつも「シウマイを入れるか、入れないか」で社内の対立があるというのを聞いたことがあります。それはもちろん、組織としては健全な姿なのでしょう。で、まあ、今回のこれは最初からシウマイ弁当であることを謳っていますから、その過程はなしですね。めでたしめでたし。
 エビシウマイは、確かに薄味で美味しいです。駅弁のおかずには上品かな、とも思う。特製シウマイの方は、私には大きな差を感じませんでした。冷めた状態で食べる駅弁の限界かも。椎茸でも使えば、味は俄然変わるのでしょうが、勝ち過ぎてしまうのかもしれず、このあたりは迷ったろうと思います。
 写真右下の野菜の煮物が美味しい。蕗と筍。これだけ、ワシワシと食べたいぞ。
 で、量は、最近小食になってきた池口さんにも少し足りないかなという印象でした。小食の女性であれば、これくらいがちょうど良いでしょう。そんなことを書いているうちに、食べてから時間が経って、お腹の具合がちょうど良くなってきました。やっぱり、これくらいが体にも良いのかな、と思います。これくらいのお弁当がラインナップされているって、凄く贅沢な選択肢なのでしょう。定番になっても良いのかな。で、夜中にコンビニに夜食を買いに行きたくなるかどうかは、まだ、解りません。

MINIシウマイ弁当_convert_20170708194025


「HIGH RAIL 1375」の取材では、こんなお土産も頂けました。これが結構美味しいので嬉しい。残るはあと1ピースのみ。缶が空になったら、筆立てが一つ増えることになります。

IMG_1051_convert_20170627232110.jpg



昨日取材しました,7月1日から営業運転に入る小海線の「HIGH RAIL 1375」が,交友社のHPに掲載されました.
 久々に雨の中の取材で,辛くもありましたが,でも現場に出ることで自分自身の活力が補給されるような気がします.
サンドイッチも美味しかった.私はまったくの下戸ですが,チーズと野菜のサンドイッチには,「これならワインを欲しくなるな」と思いました.

IMG_0141_convert_20170622090946.jpg



これも先日、人形町で見かけた建物。何やら紋章付き、装飾付きの看板建築も味があるけれど、その上にバラック(失礼)が乗っているのも良い。このバラックの中に住めたらいいなあ、そしてその部屋が丸々自分の趣味の部屋だったらいいなあ、と思う。実際はどのように使われているバラックなのだろう?これで時々屋根がパカッと開いてサンダーバード3号が出動しても良いし、よく見ると、隣のビルにスナックが何軒も入っているのにも味がある。
 こういう混然、雑然とした風景が、けれどもきちんとした調和を見せているのが、歴史のなせる業であり、文化なのだろうな。こんな町に「行きつけ」を作っておきたいね。

看板建築_convert_20170618223659



この3週間くらいの間に、椎名誠さんと谷崎潤一郎、中島梓、辻静雄、景山民夫の5名の作品を色々と同時に読み、その中でいちばん快い読後感があったのが、辻静雄の作品だった。
 で、次にはアマゾンで5~6冊を同時購入。アマゾンにおける中古書籍のあまりにも安い価格相場は私たち出版人を苦しめること大なのだが、こういう当てずっぽうの読書の時には助かる。
 辻静雄の作品の中で、目下、印象的だったのが、この「フランス料理の手帖」で、単に一流の料理、料理人の紹介に留まらず、そこからきちんと文化論へと導いている(それはもちろん、辻作品共通の魅力ではあるが)。この人、元々はフランス料理研究家でも、料理学校の校長でもなく、新聞記者だったのだから言葉選びが正確なのは当たり前と言えば当たり前だけれど、新聞記者の書いた文章すべてに感銘を受けるわけではないから、やはり人として一流なのだと、その結論に行き着く。
 そして、一流と言われたフランスの料理人たちの言葉を随所で紹介し、
「創造的な仕事をなした人は、その仕事を次の世代に教えることが義務である」とか、
「たとえ、料理のことが書いていなくとも、文芸書をたくさん読め。なぜならそれは、人が人のことを書いたものだから」とか、
「料理の世界に携わっているのではない人とたくさん会うこと。なぜなら、料理をしている人とは、これからもたくさん会えるのだから」とか、
「例えば三十年その仕事を続けてきた料理人がいたとして、その人が三十年の間、進歩を続けているとは限らない。三十年間、同じところで停滞していることもある得る」など、
その一字一句は忘れたけれど、そういう旨のことが至るところに書かれていて、この「料理」の部分を「鉄道」にでも「写真」にでも、何にでも変えてみれば、自分たちにとって、まことに身につまされる一言、鮮やかな警句となる。
思わぬ言葉を目の当たりにして思わず立ち上がり、しかし、だからといって何もできないのは凡人の常なのだが、けれども立たないよりは何倍も良い。必要とされるのは積み重ね。「ダルマは9年」である。何事も。これからでも。

Scan_20170618_convert_20170618100338.jpg


一昨日通りかかった日本橋人形町の風景です。モノクロ写真にしてみました。
 こんな構えの通りなら、雨の日も、蝉時雨の日も、雪の日も綺麗だと思う。鬼平犯科帳の世界みたいですけれど。鬼平は本所界隈が舞台になることが多いようですが。

 ついでに人形町商店街のHPを見たら、「桜が満開です」というようなことが書かれていて、ちょっと嬉しくなっりました。

 日本中が同じような風景になってしまった今こそ、本当に僅かな距離でもいいから(高山みたいに)、昔の風景ばかりでなくていい何か特徴のある風景を残して、それにまつわる情報を、月に一度でいいから発信して欲しい…、そんなことも感じました。

人形町_convert_20170614105515



きょうは神奈川県立図書館まで本を借りに。行きがけに寄り道して山下公園通りを歩きました。

170606mt.jpg

この、どこかの中庭のような景色は、マリンタワーの基部のところ。人気のオープンテラスが作られていて、気がつけば(って、気がつくのが遅すぎ、ですが)、こんな場所も昔とはずいぶん雰囲気が変わっているものです。横浜に長く住んでいる者にとっては、山下公園の周辺は仕方ないにしても、本牧であるとか、山手の駅周辺などは、昔の風景が残っていて欲しいとは思うのですが。まだ、米軍の関係者がたくさん住んでいた時代の、いわゆる「バタ臭い」風景が。以前にも書いたかと思いますが、今から20年ほど前にサンフランシスコを旅した時に、街の風景がどこかに似ていて、それがどこなのか思い出せずにいたのですが、ずいぶん後になって気がついた。まだ米軍関係者専用の黄色いスクールバスが走っていた頃の、本牧の風景が、サンフランシスコの裏町とそっくりだったのです。

そんな風景は、今はどれだけ頑張っても見つけることはできません。今は携帯で簡単に写真が撮れるのだから、どんな風景でも撮っておきたいものです。もっとも、今、撮っている風景を懐かしく感じる時代には、私などももういない計算になるのでしょうが。
でも、だからと言って何もしないのはもったいない。写真と出会えたのが自分の人生なのだから。



今日、横浜の中区方面に出かけたのは、市立図書館で本を借りることがいちばんの目的でした。超大盛りカレーを食べた腹ごなしにと日本大通りあたりを歩いていると、新装なった「ベイス」を発見。少しだけ覗いてみました。
 これ、横浜スタジアムから通りを1本挟んだ隣に建っている小さなビルが老朽化したことから、市が競売に出した。それをベイスターズ球団が落札し、球団事務所と、カフェ、ショップとして新装オープンさせたという施設です。ファンにとっては快哉を叫びたくなる美談なのですが。

ベイス_convert_20170605214034

 で、ショップを見て驚きました。選手の背番号と名前が入ったようなお土産グッズはほぼ皆無。野球をテーマにしたファッショングッズが中心の品揃えではあるのですが、ベイスターズにはこだわらず、とてもお洒落な品物の数々が、ジャケット、ネクタイのようなものまで置かれていたのです。キャップ、Tシャツなど4000円オーバーの品物が中心で、格好いいなー、欲しいなーと思っても、ちょっと決断が要る。もちろん、私は今日はパスです。
 あまりお客さんが入らないようだと、ここまで格好良いショップも模様替えをしなければならなくなるのでしょうが、でもできるなら、無理をしてでも、この形を守り続けて欲しい。この格好良さこそ、現代の先端のスタイルだと、そういう気がしたから。
 表現者は常に新しい夢を創り出して、皆に見せてあげること。それが、とても大切なことだと思うのです。



横浜の産業貿易センター(山下公園通りの端。北欧料理「スカンディア」のはす向かい)の地下にあるとんかつ店「どん八」。今回はカツカレーのMに挑戦してみました。
 注文のときに、ウェイトレスさんが「お皿の直径が37センチありますけれど、いいですか?」と聞いてきて、でも、試しです。行ってみました。結果、カツの一番小さいひと切れと、ご飯をお茶碗に半分ほどでしょうか。残しました。たしかに、60歳の爺さんの食べ物ではありません。これでMですから、まだこの上にLがあるわけですが、私は年長の者として、若者にも「Lは辞めなさい」と忠告したい。
 大食い選手権で、終盤になってお皿を目の前にしながら、もうスプーンを口に運ぶ気力がなくなっている挑戦者の気持ちがよく解りました。「いいから、頑張れ」などと言う気持ちには、もうなれません。私がそんなことを言われたなら「うる」と言い返します。「うるせー、このあほんだらー」などとは、言い返すのも面倒だからです。
 当然、きょうは夕食抜きでOKです。

どん八_convert_20170605210808