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 その仕事に出会ったのは、いつのことだったろう?少なくとも10年以上前で、恐らくは12~13年前のことではなかったかと思う。ある玩具メーカーの社長さんから連絡があり、鉄道の玩具を売るための会議をしたいということだった。もう時効ということにさせて頂いて書いてしまうと、「ブリキで作った鉄道の玩具が大量に売れ残っているのを、倉庫で見つけた。それをどうするか?誰に聞いても、捨てるのが結局いちばん安上がりという。でも、私は、何とかしたいのです」というのが、社長さんの弁。会議室には、私の他に、デザイナーさんであるとか、他のメーカーの方であるとか20人くらい集まっていたと思う。私は鉄道の実物に知識があるアドバイザーといったところ。その会議でずいぶん色々な意見が出たのは、社長さんの進行がうまかったことと、それから気合いではなかったのかなと思う。

 会議が終わって解散し、少ししてまた連絡があった。「商品化する。ついては各パッケージに入れる短い解説を書いて欲しい」とのこと。簡潔なものと、絵本の解説のようなタッチと、2種類を書いてメールし、判断を仰いだ。すぐに社長さんから携帯に電話があり、どちらが選ばれたのかは忘れてしまったけれど、「これでお願いします。それから池口さんの顔写真を送って欲しい。解説文に似顔絵を添えるから」とのことだった。

 しばらくして商品の見本が送られてきた。箱を開けて驚いた。個々の車両は1両ずつシュリンクされ、壁に吊るせるように工夫されたパッケージの厚紙の部分には、「昔、子供だった大人たちへ」であるとか「私、ブリキなんです」というポップなコピーが、商品ごとに幾つかパターン変えて、ゴシック体で大書きされていたのだった。私は1回で放免されたけれど、あの後に、デザイナー、コマーシャルコピーライターは、相当に打合せを重ねたのではないかと思う。そうでなければ、これだけ思い切った商品にはできなかったと思う。その後に聞いた話では、販路も通常のルートではなく生協に出されたといい、製品は完売となったとか。

 私のところに届いたサンプルは、結構、いろいろな人にプレゼントしてしまい、写真のものが貴重な生き残り。これを見るたびにあの時を思い出す。物を売るには、少しの工夫を惜しまずに注ぐこと、という貴重な教訓と一緒に。でも、これが「最後の1両」じゃないのだな。部屋の中のどこかにもう1両、新幹線が残っている。だから、この1両を見ても、そんなにおセンチにはならずに済んでいる。もちろん、パッケージの中に入れられていた私が書いたコピーと、線画によるコミカルな似顔絵も確認済み。ただ、これはもったいないことに紛失してしまった。今、見直してみると、きっと私の似顔絵も、ずいぶんと若いのだろうと思う。

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