「故人となった或る著名な脳学者が、常に文字に触れている人間の頭脳が最も冴えるのは平均七十二歳で、それを峠に徐々に機能が低下してゆく、と語った。文字と無縁の人間が、五十四歳を峠に急速に低下するのと対照的だ、とも言った」

 吉村昭のエッセイ『図書館』の中の一節。この説を信じるのであれば、私にもまだしばらくの間、登り坂が残っていることになる。「常に文字に触れている」というのがどの程度のものを指すのかは難しいところだが、毎日スマホを見ていますという程度を指すのではないことは想像できる。スマホをSNSに置き換えたところで駄目だろう。文字に触れるというのは、そこに精神的な格闘が伴っているという意味であるに違いない。ともあれ、自分があと何年生きられるのかは解らないが、十年先に峠がある(それもあくまでも平均値としての)というのはありがたい話だ。頑張ろう。

 ところで、このエッセイの主題はあくまでも「図書館」であって、この一文の中では、ある地方都市の、真摯な仕事をしている図書館員がいる施設があまりにも貧相で、それに比べて市役所の施設が豪華であることを比べて、社会のあり方に疑問を呈している。その地方都市がどこであるのかは伏せてあって、それは書き手にとっての当然の節度ではあるのだけれど、もしこの地方都市がどこであるのかを特定できれば、文章が発表されてから38年経った現状をチェックできるのにと、少し残念には思う。その都市の図書館は、ようやく改築されて今は立派になったか、そのまま朽ちるようになってしまったかのどちらかだろう。あるいは「箱」だけは良くなったけれど、その中身はというと…というパターンもあるかもしれない。そうして考えると、このエッセイは、普遍的な寓話とも捉えることができる。

 そういえば「今日という一日は、残された人生の最初の一日」という言葉もあったっけ。さて、今日の残りの3時間を、どうする?
スポンサーサイト












管理者にだけ表示

トラックバック URL↓
http://ikeguchi.blog.fc2.com/tb.php/1900-152bded6