FC2ブログ


ここのところ、すっかりブログにご無沙汰してしまっているもので(すみません)、何か書かないと。

 何も書く気が起きないというのは、物を書いている人は皆そうだと思うのですが、忙しい時ではなく、ただひたすら落ち込んでいる時、鬱な時です。もちろん、人間である以上、そのような時は必ず誰にでもあるはずで、そういう時期を短く浅くできる人が、優秀な人間であることの、一つの指標なのかもしれませんが。
 
 最近、そうですね、ここ半年か1年くらいの間のことですが、個人的な変化としては、食が細くなったことが挙げられます。年齢的にも還暦を過ぎ、それは当然のことなのですが、嬉しさも中くらいということでしょうか。昔は簡単に食べられた「○〇と○〇のセット」のような昼食が、平らげるのに苦痛を伴うようになりました。それはたくさん食べなくても済むということで、選択メニューのバリエーションを広げる効果もありはするのですが、やっぱり、つまらないということもある。従って、中くらいということです。

 食が細くなったことを随筆に書いていたのが晩年の池波正太郎で、この人も健啖家でしたから、最晩年の「そんなに食べたら私は死んでしまう」という記事には、読み手としてはがっかりしたのを覚えています。それは書き手としては、ごく自然な心情だったのでしょうが、読み手は、そこには期待ていない。つまり、受けるためには、多少の「外面」もあった方が良いということになるのでしょうか。

 書くことの難しさは、そのようなところにあります。「書き手」としては、これは何も随筆に限らず、評論であるとか、あるいは小説のようなものまで含めて、その時の自分の価値観に司られて言葉を拾いだしてゆくわけですが、その無意識の行為は刻々と変化し続けているわけです。「食が細くなった」というのは、明白に理解できるわけですが、同様の変化は精神面にもあるはずで、そのことによって書くことまで細くなってしまってはいけない。内面的には、そうなっているのでしょうが。

 で、昨今の鉄道のニュースを見ていると、何やら暗いことばかりで、これはマスコミの諸氏が、とにかく「煽ること」ばかりを念頭にして記事を書いていることが生み出している大きな過ちとも捉えてはいるのですが、さてそのようなご時世の中で、自分が書くことをいかににして「細いものにしてしまわないようにするか」が、とても大きな課題であると、そのあたりもなんだか難しい問題だと、私の落ち込みの一つの理由になっているように感じではいます。

 自分が落ち込んでいても、書くものは面白いものにしないと、なのであります。
 やり甲斐はありますが、ひえ~。

スポンサーサイト












管理者にだけ表示

トラックバック URL↓
http://ikeguchi.blog.fc2.com/tb.php/1825-4fe2ddc4