夜行急行「かいもん」に乗って、次の朝どこに行ったのか?何故だろう、ここから急に記憶が曖昧になってしまっています。
恐らくは南宮崎に、「大淀川を渡る蒸機列車」の撮影に行っている。あるいはもしかしたら、吉松に駅での撮影に行っている。南九州で記憶に残っているのはそれだけで、吉松にはこの旅行中に2回行き、そのうち1回は吉松~人吉を往復しています。それは間違いなく、覚えているのですが、あとの記憶はまるで飛んでしまっています。

まず、南宮崎に行ったということにしておきましょう。朝の撮影でした。朝日の中を、蒸気機関車が引く列車が、次々にやって来る。まあ、どれもC57ばかりでしたけれど、でも幸せなことですよね、これ。橋の上で撮影をしていると、交通のお巡りさんがやってきて、道ばたに座りこんだ。いわゆる「ネズミ取り」のレーダーです。「君たち、どこから来たの?横浜かあ。いいなあ」と、それだけ話かけてもらったのを覚えています。いま、その人は80歳くらいかな。早いものですけれど。

こんな会話があったことも、今、ようやく思い出したのですが、そういう会話ひとつ、ひとつが、あの頃の私たちには粮になっていたのですね。そうやって、子供が大人になってゆく。大人も子供の面倒を、それとなく見ていたわけです。

そこで自分自身のことを振り返ると、ということになって、また頭が混沌としてしまうのですが、それはともかく。楽しいひとときでした。やがて暑くなり、南宮崎の日本食堂で、かき氷。
そう、この時代には、大きな駅にはたいがい改札のそばに日本食堂という、つまり列車食堂の一元的な経営をしている会社が、駅構内にも店を出していたのですね。当時から、このお店の味については、あまり褒められることは少なかったような気がしますが…、でも確かに便利ではありました。今日であれば、ファミレスであるとか、コンビニがこの役割を果たしているということになりますが、あの日本食堂の、平凡さも、なんだか今はとても懐かしい気がします。
(つづく)
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池口英司さま
2、3話かなと思いきや長編で、楽しませて頂いております。旅の華やかな表舞台の裏には、色々なハプニング、葛藤があったりするので、本当はそういう部分が一番面白いですね。続きも期待しております。

2017.07.25 09:01 URL | hmd #- [ 編集 ]

hmdさん、コメントありがとうございます。なにしろ、気まぐれで、飽きやすいもので。旅の思い出というものは誰にだってあります。今回は、なるべく書いていて楽なように、と。(笑)。でも、書いて初めて思い出すこともあるもので、それも発見でした。

2017.07.25 21:33 URL | 池口英司 #- [ 編集 ]













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