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外付けハードディスクの中を何となく覗いていたら、7年前の9月に江ノ島で撮った写真が見つかりました。ツイッタ―の方にも2枚アップしたのですが、もう1枚。江ノ電の踏切です。
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写真がデジタルになって、良かったこと、悪かったこと、色々あると思うのですが、良かったことの一つは、こうして昔の写真を簡単に取り出して眺めることでしょう。日付なども簡単に解る。

今は中国からの観光客でいつもごった返しているこの踏切も、7年前には、特別に人が集まることはなかったということが解ります。思いのほか、車が多くて、電車のシルエットをきれいに抜けることは案外少ない場所であることは変わりないのですが。

それから、他の写真も一緒に眺めてみたのですけれど、この江ノ電の沿線一帯が、意外と風景が変わっていない。ちょっと、ほっとさせられる発見でした。

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9月23日にJR横浜線の小机駅で、横浜線の開業110周年を祝うイベントが開催され、記念の駅弁も販売されるというので、家から自転車で出かけてみました。買った駅弁は昼食にすることにして、少し割高な昼食にはなりますけれど、最近は例えワンオフであれ、趣向を凝らした弁当が作られることが結構ありますから、今度は「どんな手」が出てくるのかな?と、それも楽しみでした。

小机駅は大変な人出でした。駅弁の販売コーナーを見てみると、崎陽軒ともう一つ、販売テーブルが出されていました。確か、記憶では、記念の駅弁は崎陽軒が作るものだったはずですが、実際に崎陽軒のテーブルに積まれているのは、シウマイ弁当だけで、記念弁当を売っているのはもう一つのテーブルのようです。とにかく列に並びます。

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↑駅弁の列はこの先で右に曲がって続いています。

 並んでいるうちに、この列で手に入れられる「横浜線110周年記念弁当」は、NRE製ということが解りました。ちょっと、嫌な予感がしましたが、予感だけでせっかくの列から離れるわけにもいきません。ようやくのことで1個購入し、近くの公園まで行って、箱を開きます。

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 こんな感じ。正直に言って、ちょっとがっかりしました。これだと、記念弁当である特別な趣向が何も感じられないからです。確かに掛け紙には横浜線の写真があつらえてありましたから、それはプレミアになるでしょう。でも、それだけ?というのが、この時の第一印象でした。食べ終わり、箱の蓋を元に戻すと、箱の蓋の隅に貼られたラベルには「商品名:東雲」とありました。

 この「東雲」の意味があまりよく解らず、帰宅してフェイスブックにその旨を報告すると、すぐに「NREの弁当に、『東雲』という商品がありますよ」というレスが返ってきました。そこでHPにアクセスしてみます。

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↑こちらの写真はNREのホームページのものです。(http://www.nre.co.jp/delivery/tabid/247/pdid/D478/Default.aspx)

 なるほど、「横浜線110周年記念弁当」は、掛け紙以外は、「東雲」だったのですね(後で会場の写真を見たら、「記念弁当」の内容を写した写真も貼り出されていました。ただ、現場ではいちいち見ませんでした)。 「東雲」の値段は864円。「横浜線110周年記念弁当」は、税込み1000円でしたから、言ってみれば、136円が掛け紙の印刷代だったということになります。

 もちろん、限定品ですから販売個数はさほどのものではないはずで、その個数×136円では、印刷代、デザイン代までは出ないでしょう。その意味では、それでも限定弁当の販売があったのは、ある程度のサービスでもあったのかもしれません。

 けれども、わざわざ駅まで出かけ(物見高い私)、行列に並んだ身としては、このやり方は、楽しいものではありませんでした。
 駅弁に限らない、お客様に買ってもらう商品を作る上で、まず最初に心がけるべきことは、お客様に喜んでもらうことであるはずです。先に「NREという名前を聞いて、嫌な予感がした」という旨のことを書いたのも、この一点があったからでした。横浜線の写真の入った掛け紙を喜ぶ人もいるかもしれない。けれども、これでは「掛け紙さえ変えておけば、鉄道のイベントに来る客は喜ぶ」と、弁当を作る側が言っているのと同じ事です。なぜ、少しでも内容を変えなかったのだろう。グリーンピースを使って、110という字をご飯の上に書いたっていいじゃないですか。その分、ほかのオカズを減らしたっていいんです。その趣向が、お客様を喜ばせるのだから。
 このお弁当を企画した人は、何故そういう風に考えなかったのだろう?小さな会社ではないから、企画担当の人が、食べることが好きである必要はないのかもしれませんけれど。

 でもなあ……




 本日は夕刻に銀座のキヤノンサロンで新製品の講習会に参加。もちろん、テーマとなったのは、新しいミラーレス機です。

 触ってみると当然欲しくなる。少し待って、値が下がってボディ20万円チョイかな。まだ、手が出ない。でも、デジタル機の新製品というのは、カメラというよりも、何と言うのだろう?表現制作機とでも言うのかな。そんな幅がある。それに、ファインダーを覗きながらの操作の面白いこと。こんなデバイスを手にしたら、ただの風景写真なんて、撮っている場合じゃなくなるかもしれない。

 そんなことを考えながら、一人、有楽町まで歩いて帰る。雨の西銀座を撮影。考えてみれば、これを撮っているのだって、カメラではなくて、電話が本分とされる機械なのだった。もう本当に、ボーダーレスの時代なのだ。

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 先日、中華料理を食べて中国旅行を思い出したということを書きましたけれど、それでは3回行った中国旅行の中で、いちばん美味しかったものは何だろうと考えてみると、これはまあ、私が海外で最高級の店に行っていないということが大きな理由とはなっているのですが、瀋陽だかどこかで食べた北京ダックであったかもしれません。それでも、それが世界一なのか?と問われると、同じレベルの料理は日本国内でも食べている。今はインドに滞在している仕事の仲間が、「日本に帰ってくると、カレーが楽しみ」と言っていましたから、そんなものなのかもしれません。日本人の舌向けに、手間をかけているから、海外で食べるよりも美味しいということでしょう。

 それでは他の国で食べたものの中で、これは美味しかったというものは何だろう?色々と考えて、行き当たったものは、ドイツ・ニュルンベルグの展示会会場の中庭で売っているステーキバーガー。シンプルなものです。ステーキが、やや固いバンズに挟まっているだけ。ただ、このステーキが大きくて(まずバンズからはみ出した両側の肉を食べることから始めなければいけない)、しかも美味しい。それでは値段はというと、当時でだいたい600~700円くらいのものだったと思います。日本であの肉を食べたら、3000円?4000円?まあ、値段のことはさしたる問題ではありませんが。

 けれども、そんなものです。海老沢泰久さんの小説「美味礼賛」の中には、フランスの田舎の偶然行きついた小さなレストランで出されたエビが、主人公に同行した奥様が「何よ?これ」と言って驚いたというシーンが描かれていますが、私は、それほどの味には出会えていないのです。これは先にも書いたように、一流の店に行っていないからですが。ともかく、ディナーまで含めて考えてみたところで、中庭のステーキにかなわない。

 それではシンプルに朝食はどうだろう?と考えてみると、ボリュームが凄かったのは、何と言ってもアメリカ。ラスベガスで泊まったホテルの朝食は、1ドル50セントのバイキングでしたが、そこはアメリカです。朝食会場は体育館のような広さで、そこにあらゆる料理が並んでいたのでした。それだけ価格が低いのは、「みなさん、博打をやってね」という計算があるからですが、まあ、あれにかなうものには出会っていない。20年前のあの旅行の時に、今のデジタルカメラがあれば、写真、撮りまくりだったのでしょうけれど。

 さらに一歩進んで、量は問わない、美味しかったものは?と考え続けてゆくと、かなり考えた結果、東伊豆の片瀬白田で泊まった小さな旅館を思い出しました。大がかりなものが出るわけじゃないんです。朝になって、旅館の人が、近所の漁師さんから鯵を分けてもらい、それを焼いたものが出たのです。

 これが美味しかった、とっても。
 そんな次第で、世界で一番美味しかったものは何かというと、それはロサンゼルスでもなく、パリでもない。伊豆にあった鯵であったと。何だか、「ネズミの嫁入り」のような話で、落ち着いてしまったのでした。


崎陽軒のえびシウマイ御弁当であるぞ、諸君。本日までの限定発売。いよいよ終了間際に、これも後学のためと購入したのである。えらい。
 ご存知のように、崎陽軒のシウマイは味が濃い。その代役を淡泊さが持ち味であろうエビシウマイ(シューマイではないぞ)に務まるのか、というのが、まず第一の疑問であったが(他には疑問はないけどね)、食してみると、これが見事に務まっておる。
 何しろ今日までの発売だから、これでお別れもう会えない、のだが、もし、再会することがあって、ノーマルシウマイ弁当か?えびシウマイ弁当か?のチョイスに迫られることがあったら、私はえびで行きますよ、えびちゃん。
 それでも、お弁当1ケ食べ終わって水を飲んだら、凄く美味しいような気がしたから、実は少し塩味が濃いのかもしれない。
 それでは、また会う日まで。でわでわ。

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「停車場として最もわたしの興味をひくのは、小さい停車場か大きい停車場の二つであって、どちら付かずの中ぐらいの停車場はあまり面白くない。殊におもしろいのは、ひと列車に二、三人か五、六人ぐらいしか乗り降りのないような、寂しい地方の小さな停車場である」
 これは『半七捕物帳』などの作者として知られる岡本綺堂の言葉です。鉄道には無縁だったように思える人にもこんな言葉があるのが面白い。この言葉は「停車場趣味」という文章の中の一節ですが、現代にも当てはめることができそうな言葉です。もっとも、近年の駅は、あまりにも効率化が進み、鉄道会社自身が鉄道を愛しているのか疑いたくなるようなデザインのものも多いようですが。

 この文章が掲載されている文庫本を買ったのはずいぶん昔のことでしたが、今日、この本が目に留まって、本棚から引っ張り出してみたのでした。長い時間が経った後だと、昔読んでいたはずの言葉も新鮮に感じられ、これもまたつん読の効用なのだろうなと思った次第です。
 
 ひと昔前の鉄道の駅が、壮大な伽藍を建ててみせたのは、産業の神格化のゆえという考え方があります。つまり、リスペクト。それであれば、現代の駅には、これがいちばん不足しているようにも感じます。


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今頃、ですが、本日の昼食は新横浜駅前の山海楼のバイキングでしたよ。土曜・休日の開催で、食べ放題980円。ネットで情報を見つけた時は、どうせ冷めたチャーハンと、冷めた焼きそばと、冷めた鶏のから揚げと、冷めたマーボ豆腐があるのだろうなと思っていたのですが、怖いもの見たさで行ってみたら(本日が2回めですが)、それら冷めた連中は確かにおりましたが、その他にも冷めた肉じゃがや、冷めたカリフラワーの炒めものや、冷めたモヤシ炒めや、自分で作る冷やし中華や、特別な具は入っていない杏仁豆腐や、ちゃんと暖かいスープや、アイス・ホットのコーヒーや、ウーロン茶や、ちゃんとした海老チリなどもあって、結構コスパ高かったですよ。あと、フライドポテトや、あれ何と言う名前だっけ?揚げたお団子、もありました。

 お店のBGMには、変に民族音楽していない彼の国の歌がかかっていて、私は25年前に行った黒龍江省を思い出しました。やたら豪華で、でもどこかに貧しさも見え隠れするホテルのレストラン、真昼でも霞がかかったような冬の太陽、小さな子供たちの純真なまなざしなど、それら一つ一つが色々なことを問いかけてきているようで、その頃は会社員としてまったく詰まらない状況になっていた私に、幾つかのヒントを与えてくれたのでした。

 なにしろ、そのことを思い出したので、今日の昼食はまったくもって、安いものだったわけです。年々歳々人不同とは言いますが、人の生ははかないからこそ美しい、だからこそ愛おしいという、あれ?こんなことを書くつもりではなかった。そんなわけで、海老チリとマーボ豆腐。お薦めです。

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 偶然、複数のクライアントさんから声がかかって、同じ場所に繰り返し取材に出かけることがある。何年か前にまったく別の仕事で、2週間で3回松山に行ったことがあった。そうなると、結構面白い、抜け道を覚えたりして。

 それとは逆に、行きたくても不思議と機会に恵まれない場所がある。今の私にとって大分県がそれで、もうずいぶん前に、豊後森の機関庫跡の取材に行ってから、まるでご無沙汰してしまっている。あの機関庫は、ぜひもう一度撮りたい。以前の写真を見ていても、自分で凄くもどかしいのですよね。気持ちだけは、今ならもっとうまく撮れるのにって、写真を見て、思うだけは思っているから。

 実際に行けたとして、さて1枚シャッターを切ったら、それだけで案外満足しちゃったりしてね。

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今回、久しぶりに船の旅について、短い原稿を書かせて頂いた。最近は、書くことが鉄道ものに集中していたから、急ぎ造船会社に勤務している高校時代の友人に電話をかけて話を聞こうとしたりら相手がヨーロッパにいて、そそくさとメールに切り替えたりなどと、大いなる刺激を楽しめたのだった。

 で、なんでもまた池波正太郎の本が出て来るのかというと、全国の名旅館を紹介した、この上下2冊のガイドの中に、沼津湾に浮かぶフローティングホテルが出ていたからである。ブックオフで衝動買いした2冊が、思わぬところで、少し役に立ったのだった。

 この本には他に、金谷ホテルであるとか万平ホテルなどの、庶民にはそうそう行けないようなホテルが次々と登場し、そこで池波さんは一夜を優雅に過ごしているのだが、書籍の中であの池波さんが絶賛した旅館のいくつかが、今は跡形もなく、いやまあ跡形くらいはあるのだろうけれど、消えてしまっているということを、ここに書きたくなったのである。

 情報であるとか、老舗という謳い文句であるとか、ベストセラー作家のお墨付きというものは、何なんだろうと考えさせられる。まあ、今はそれくらい、世の中の移り変わりが早くなっているということなのだろうな。だからこのような本が少なくなり、ネット情報が隆盛になるということなのだろうけれど、このあたりはニワトリと卵の関係みたいなもので、よく解らない。

 フローティングホテルの名は「スカンジナビア」というもので、一時期、それなりに流行ったらしい。けれどもバブル崩壊と共に閉鎖に至り、生まれ故郷のスウェーデンへの回航中に沈没してしまったそうな。なんだか、大戦末期の日本の空母みたいな運命である。これは本当に跡形がなくなってしまたことになる。

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