「故人となった或る著名な脳学者が、常に文字に触れている人間の頭脳が最も冴えるのは平均七十二歳で、それを峠に徐々に機能が低下してゆく、と語った。文字と無縁の人間が、五十四歳を峠に急速に低下するのと対照的だ、とも言った」

 吉村昭のエッセイ『図書館』の中の一節。この説を信じるのであれば、私にもまだしばらくの間、登り坂が残っていることになる。「常に文字に触れている」というのがどの程度のものを指すのかは難しいところだが、毎日スマホを見ていますという程度を指すのではないことは想像できる。スマホをSNSに置き換えたところで駄目だろう。文字に触れるというのは、そこに精神的な格闘が伴っているという意味であるに違いない。ともあれ、自分があと何年生きられるのかは解らないが、十年先に峠がある(それもあくまでも平均値としての)というのはありがたい話だ。頑張ろう。

 ところで、このエッセイの主題はあくまでも「図書館」であって、この一文の中では、ある地方都市の、真摯な仕事をしている図書館員がいる施設があまりにも貧相で、それに比べて市役所の施設が豪華であることを比べて、社会のあり方に疑問を呈している。その地方都市がどこであるのかは伏せてあって、それは書き手にとっての当然の節度ではあるのだけれど、もしこの地方都市がどこであるのかを特定できれば、文章が発表されてから38年経った現状をチェックできるのにと、少し残念には思う。その都市の図書館は、ようやく改築されて今は立派になったか、そのまま朽ちるようになってしまったかのどちらかだろう。あるいは「箱」だけは良くなったけれど、その中身はというと…というパターンもあるかもしれない。そうして考えると、このエッセイは、普遍的な寓話とも捉えることができる。

 そういえば「今日という一日は、残された人生の最初の一日」という言葉もあったっけ。さて、今日の残りの3時間を、どうする?
スポンサーサイト

 これは先週のことですが、仕事の取材で小海線を旅してきました。清里では一度、下車。ある程度予想できていましたけれど、かつては若い女性で賑わっていた清里駅前は、いま、廃墟のようになっていました。もちろん、営業を続けているお店も幾つもあるのですが、日曜日の午後3時だというのに、もうお客さんが「退けて」いて、見ていて何だか可哀想でした。

 私が学生時代、あるいは社会人になりたての頃は、本当によく小海線沿線に出かけたものでした。それはこの地域が首都圏からさほど遠くなく、けれども日本離れした高原の雰囲気があったことで、それは多くの人が感じることと同じであったのだと思います。それから、田宮二郎が主演を務めた「高原へいらっしゃい」というテレビドラマの影響もあったのかもしれません。あのドラマは、冒頭のキャスト紹介のバックに小海線の映像が使われ、主題歌を小室等さんが歌っていた。高校時代には、人並にフォークソングに熱中していましたから、そんなこともこのドラマの魅力となっていました。

 それにしても学生時代には、今は横浜の自宅から3時間足らずで到着することができる小海線に、よくもまああれだけしょっちゅう、夜行列車で出かけたものだと思います。その理由を考えてみると、夜行列車に乗ることで、それだけ遠くに行ける気分になれた、本格的な旅行をしている気分になれたからであったのかもしれません。そういえば70年代初め頃は、この「遠くへ行きたい」という言葉も、私たちの世代のキーワードになっていたように思います。

 今の清里は、あの時代の主役であった「アンノン族」の姿もなく、この地域の本来の姿である牧歌的な雰囲気を取り戻しつつあるようにも感じました。それであれば、「夢よ、もう一度」と、また小海線沿線に通っても面白いかもしれない。そんなことも感じた旅となりました。

きよさと_convert_20180602235738