「HIGH RAIL 1375」の取材では、こんなお土産も頂けました。これが結構美味しいので嬉しい。残るはあと1ピースのみ。缶が空になったら、筆立てが一つ増えることになります。

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昨日取材しました,7月1日から営業運転に入る小海線の「HIGH RAIL 1375」が,交友社のHPに掲載されました.
 久々に雨の中の取材で,辛くもありましたが,でも現場に出ることで自分自身の活力が補給されるような気がします.
サンドイッチも美味しかった.私はまったくの下戸ですが,チーズと野菜のサンドイッチには,「これならワインを欲しくなるな」と思いました.

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これも先日、人形町で見かけた建物。何やら紋章付き、装飾付きの看板建築も味があるけれど、その上にバラック(失礼)が乗っているのも良い。このバラックの中に住めたらいいなあ、そしてその部屋が丸々自分の趣味の部屋だったらいいなあ、と思う。実際はどのように使われているバラックなのだろう?これで時々屋根がパカッと開いてサンダーバード3号が出動しても良いし、よく見ると、隣のビルにスナックが何軒も入っているのにも味がある。
 こういう混然、雑然とした風景が、けれどもきちんとした調和を見せているのが、歴史のなせる業であり、文化なのだろうな。こんな町に「行きつけ」を作っておきたいね。

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この3週間くらいの間に、椎名誠さんと谷崎潤一郎、中島梓、辻静雄、景山民夫の5名の作品を色々と同時に読み、その中でいちばん快い読後感があったのが、辻静雄の作品だった。
 で、次にはアマゾンで5~6冊を同時購入。アマゾンにおける中古書籍のあまりにも安い価格相場は私たち出版人を苦しめること大なのだが、こういう当てずっぽうの読書の時には助かる。
 辻静雄の作品の中で、目下、印象的だったのが、この「フランス料理の手帖」で、単に一流の料理、料理人の紹介に留まらず、そこからきちんと文化論へと導いている(それはもちろん、辻作品共通の魅力ではあるが)。この人、元々はフランス料理研究家でも、料理学校の校長でもなく、新聞記者だったのだから言葉選びが正確なのは当たり前と言えば当たり前だけれど、新聞記者の書いた文章すべてに感銘を受けるわけではないから、やはり人として一流なのだと、その結論に行き着く。
 そして、一流と言われたフランスの料理人たちの言葉を随所で紹介し、
「創造的な仕事をなした人は、その仕事を次の世代に教えることが義務である」とか、
「たとえ、料理のことが書いていなくとも、文芸書をたくさん読め。なぜならそれは、人が人のことを書いたものだから」とか、
「料理の世界に携わっているのではない人とたくさん会うこと。なぜなら、料理をしている人とは、これからもたくさん会えるのだから」とか、
「例えば三十年その仕事を続けてきた料理人がいたとして、その人が三十年の間、進歩を続けているとは限らない。三十年間、同じところで停滞していることもある得る」など、
その一字一句は忘れたけれど、そういう旨のことが至るところに書かれていて、この「料理」の部分を「鉄道」にでも「写真」にでも、何にでも変えてみれば、自分たちにとって、まことに身につまされる一言、鮮やかな警句となる。
思わぬ言葉を目の当たりにして思わず立ち上がり、しかし、だからといって何もできないのは凡人の常なのだが、けれども立たないよりは何倍も良い。必要とされるのは積み重ね。「ダルマは9年」である。何事も。これからでも。

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一昨日通りかかった日本橋人形町の風景です。モノクロ写真にしてみました。
 こんな構えの通りなら、雨の日も、蝉時雨の日も、雪の日も綺麗だと思う。鬼平犯科帳の世界みたいですけれど。鬼平は本所界隈が舞台になることが多いようですが。

 ついでに人形町商店街のHPを見たら、「桜が満開です」というようなことが書かれていて、ちょっと嬉しくなっりました。

 日本中が同じような風景になってしまった今こそ、本当に僅かな距離でもいいから(高山みたいに)、昔の風景ばかりでなくていい何か特徴のある風景を残して、それにまつわる情報を、月に一度でいいから発信して欲しい…、そんなことも感じました。

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きょうは神奈川県立図書館まで本を借りに。行きがけに寄り道して山下公園通りを歩きました。

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この、どこかの中庭のような景色は、マリンタワーの基部のところ。人気のオープンテラスが作られていて、気がつけば(って、気がつくのが遅すぎ、ですが)、こんな場所も昔とはずいぶん雰囲気が変わっているものです。横浜に長く住んでいる者にとっては、山下公園の周辺は仕方ないにしても、本牧であるとか、山手の駅周辺などは、昔の風景が残っていて欲しいとは思うのですが。まだ、米軍の関係者がたくさん住んでいた時代の、いわゆる「バタ臭い」風景が。以前にも書いたかと思いますが、今から20年ほど前にサンフランシスコを旅した時に、街の風景がどこかに似ていて、それがどこなのか思い出せずにいたのですが、ずいぶん後になって気がついた。まだ米軍関係者専用の黄色いスクールバスが走っていた頃の、本牧の風景が、サンフランシスコの裏町とそっくりだったのです。

そんな風景は、今はどれだけ頑張っても見つけることはできません。今は携帯で簡単に写真が撮れるのだから、どんな風景でも撮っておきたいものです。もっとも、今、撮っている風景を懐かしく感じる時代には、私などももういない計算になるのでしょうが。
でも、だからと言って何もしないのはもったいない。写真と出会えたのが自分の人生なのだから。



今日、横浜の中区方面に出かけたのは、市立図書館で本を借りることがいちばんの目的でした。超大盛りカレーを食べた腹ごなしにと日本大通りあたりを歩いていると、新装なった「ベイス」を発見。少しだけ覗いてみました。
 これ、横浜スタジアムから通りを1本挟んだ隣に建っている小さなビルが老朽化したことから、市が競売に出した。それをベイスターズ球団が落札し、球団事務所と、カフェ、ショップとして新装オープンさせたという施設です。ファンにとっては快哉を叫びたくなる美談なのですが。

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 で、ショップを見て驚きました。選手の背番号と名前が入ったようなお土産グッズはほぼ皆無。野球をテーマにしたファッショングッズが中心の品揃えではあるのですが、ベイスターズにはこだわらず、とてもお洒落な品物の数々が、ジャケット、ネクタイのようなものまで置かれていたのです。キャップ、Tシャツなど4000円オーバーの品物が中心で、格好いいなー、欲しいなーと思っても、ちょっと決断が要る。もちろん、私は今日はパスです。
 あまりお客さんが入らないようだと、ここまで格好良いショップも模様替えをしなければならなくなるのでしょうが、でもできるなら、無理をしてでも、この形を守り続けて欲しい。この格好良さこそ、現代の先端のスタイルだと、そういう気がしたから。
 表現者は常に新しい夢を創り出して、皆に見せてあげること。それが、とても大切なことだと思うのです。



横浜の産業貿易センター(山下公園通りの端。北欧料理「スカンディア」のはす向かい)の地下にあるとんかつ店「どん八」。今回はカツカレーのMに挑戦してみました。
 注文のときに、ウェイトレスさんが「お皿の直径が37センチありますけれど、いいですか?」と聞いてきて、でも、試しです。行ってみました。結果、カツの一番小さいひと切れと、ご飯をお茶碗に半分ほどでしょうか。残しました。たしかに、60歳の爺さんの食べ物ではありません。これでMですから、まだこの上にLがあるわけですが、私は年長の者として、若者にも「Lは辞めなさい」と忠告したい。
 大食い選手権で、終盤になってお皿を目の前にしながら、もうスプーンを口に運ぶ気力がなくなっている挑戦者の気持ちがよく解りました。「いいから、頑張れ」などと言う気持ちには、もうなれません。私がそんなことを言われたなら「うる」と言い返します。「うるせー、このあほんだらー」などとは、言い返すのも面倒だからです。
 当然、きょうは夕食抜きでOKです。

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辻静雄の本を読んだ次の日には、まるで反対のベクトルを掲げた本を読んでいる(まだ読み終わっていないけれど)。

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 中島梓。まだこの著者が生前の頃、エッセイを読んで、凄いな~と思った。その怒濤の破壊力に、である。そしてこの歳になって、違う本を読んで感じたのは、やっぱり、凄いな~である。
 この本、何も美食を否定しているわけではない。本の冒頭には「あなたは本当においしいと思って食べているわけ?」というセンテンスもあって、つまり、虚飾に疑問を呈しているのである(だから、違うベクトルというより、違うアプローチといわなければいけないのかもしれない)。実際に彼女は、美食にこだわることは受けづけず、中学、高校の各3年間、毎日ひたすら「ササミ弁当」を食べ続けたといい、それ以外は受け付けなかったといい、では「栄光の」という枕詞さえ付く「ササミ弁当」とは何かというと、ササミに塩、コショーと粉をつけて焼いたのに、ホーレン草のバター炒めと、目玉焼き、梅干しが1個、ご飯は冷えたもの、それだけで構成された弁当なのだという。この弁当のおかずをどう食べるかも順番が決まっていて、いちいち書き写すのが面倒なのでやらないけれど、とにかく、ひと口分残ったササミを食べて食事が終わると、そう決まっている。なのだそうである。
 同じ弁当を6年間食べ続けることを何と形容すべきか?「情念」では足りない。「怨念」でも、6年間持つかどうか?もっと根源的な何かに支配されている気がする。あまり豊かとは言えない食べ物に固執する例には、土屋賢二さん(元・御茶ノ水女子大の学部長だ)の「フィッシュフライ弁当」があるが、「栄光のササミ弁当」には負けている。この中で中島はホーレン草のバター炒めを、「たのきんの野村君、ビートルズのジョージ・ハリスンというパート」と称し、そもそもたのきんって何だっけ?という今日ではあるが、まあ、主役ではないのだろうな、という感触はある。
 で、だ。
 このような「栄光のササミ弁当」と題する、何やら怨念めいた文章が、なんかこう早口で、どろどろどろどろ~っと11編続いただけで、文庫本1冊が埋まっているのである。本の真ん中に「旅のガイドコーナー」や、「MEMO欄」などなく、どろどろどろどろ~っで、1冊だから、つまり凄い。
 何故、今頃、中島梓の本を読み始めたかというと、半村良のことを調べていて(なぜ調べ始めたのかは、自分でももう解らない)、『太陽の世界』という半村の絶筆ともなった壮大な小説に関する記述があり(ウィキに、だったと思う)、「これを書き継げる人間が居るとすれば、栗本薫(つまり、中島梓だ)だろう」、と、そんなクダリを読んで、凄さを思い出したからだった。
 しかし、中島といい、杉浦日向子といい、凄い人は短命だ。私も頑張って凄い人にならなければいけないのだが、今から短命にはなれない。
 ところで、この本の後記には
「作家などというものは、基本的にヒマ人なのである。ただ忙しい忙しいと自分で叫んでいるだけのことである」という旨が書いてあって、これ、本当だと思うよ。





夕方までに納品が終わったので、そこから横浜市中区方面に撮影に出かけました。

写真は夜の桜木町駅前。日本最古の駅の今。カメラを最初から「モノクロ」に設定しての撮影で、撮っているときは、きれいに見えたのだけれど、こうして家に帰ってディスプレイで見ると、「で、だから、何?」という感じです。
 つまり、自分がモノクロで撮影することで、何をどう表現したいかが、煮詰まっていないということなのでしょう。もう少し枚数を撮れば、方向が見えて来るかもしれないし、見えて来ないかもしれません。
 他にも、周囲の夜景を撮ったから、それはそれでよしのですが…。まだ、根性が足りないようです。

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