プロが教える旅先情報サイト「たびねす」向けに執筆した、高尾山琵琶滝コースの記事が掲載されました。
鉄道ではなく、低山ハイクの記事。この記事を書くために何回行ったかな?でも、どれほど低い山でも、俗化の権化でも、山には行くたびに発見があります。

http://guide.travel.co.jp/article/20920/
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プロが教える旅行情報サイト「たびねす」に,いすみ鉄道国吉駅の紹介記事が掲載されました。
http://guide.travel.co.jp/article/20765/

取材は5月だったのですが、掲載がこの時期までずれ込んでしまいました。
ただ、写真は夏っぽいので、違和感はなし。広報担当の田中さんに、ショップの女性に扮して頂きました。

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プロが教える旅行ガイド「たびねす」に寄稿した岩泉の記事が掲載されました。
http://guide.travel.co.jp/article/18457/
たしか、この場所は吉永小百合さんがJRのポスターを撮影した場所。実際には見学コースの後半にある場所なので、結構、体が冷えていた。ポスターの中で吉永さんは、そんな風情も見せず、さすがにプロ。涼しい顔をしていましたけれど。
今回の探訪以前に訪れた旧・岩泉駅舎や、「ブルートレイン日本海」にも、ちょっぴりだけ登場いただきました。

東洋経済オンラインに、5月に取材しました明延一円電車の話題が掲載されました。

現地の人が、どのような経緯から、この鉄道の復活を目指すようになったのか?これから先に、何を目標としているのかを伺っています。「一円電車の運行を続けることが、私たちの目標ではない」と教えて頂きました。

http://toyokeizai.net/articles/-/133188

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カルチャースクール開催のお知らせ。
9月17日と10月15日に、新宿のクラブツーリズムにてカルチャースクールを開催します。
9月のテーマは「食堂車」、10月のテーマは「駅弁」で、講師は私です。(^^ゞ
私のことですから、どうせ脱線しますので、色々な話を、参加者の皆さまと楽しめればと思っています。
御用と、お急ぎの方も、是非!

http://tour.club-t.com/vstour/WEB/web_tour3_tour_tmp.aspx?p_baitai_web=CTOP&ToCd=TD&p_from=800000&p_company_cd=1002000&link_id=sCnS&p_course_no2=E0504&p_baitai=096&x=91&y=21

(↓こちらはパンフレットをスキャンしたものです。クリックしてもジャンプしません。すみません)
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申し込み・問い合わせ:03-5323-5566(月~土曜日 9:15~17:30 日・祝日は休業)


これも「全国で駅弁大会が開催されていた時代」には、その名をとどろかせていた千葉駅の「やきはま弁当」。
 甘辛い味付けの焼きはまの美味しさは間違いのないところだが、よく見ると小さい駅弁だし、つまみに焼きはまを食べてしまうと、その後は苦労するかもしれない。
 しかし、千葉駅の駅弁には、総じて我が道をゆく、あとのことは知らん、というすがすがしさがある。
 私の人生も、やきはま弁当のようでありたい。

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11日(木曜日)は近江多賀で行われた「多賀SLアクション」に参加させて頂きました。
 これは「多賀SLパーク」跡地に置かれているD511149号機を活用し、多賀の活性化を図ろうというプロジェクトで、今回はその第一回。私はトークショーに参加させて頂き、蒸気機関車の魅力、鉄道旅行の楽しさなどをおしゃべりさせて頂いて、下の写真は、トークショー終了後の、参加者の皆さんとの記念写真です。なんだか、私だけ出しゃばっていますね。ごめんなさい。
 写真でも解るように、この機関車はやや痛みが目だつ状態になっていますが、出来るのであれば、これを本線上で復活運転させたい。けれども、早急にはそれが無理であれば、どのような形が、機関車の活用になるのか?色々な方法がある。夢はどんどん広がります。
 きょうは、「なるべく早く第2回を開催したい。その時は、会場で物販などもやってみたい」、というようなことを皆で話し合ってきました。これが一大プロジェクトと呼べるようなムーブメントになるのか?応援して下さい。
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私たち家族が横浜に引っ越して間もなくのことだから、もう50年以上前のことになる。横浜駅西口の駅前に、ただ一つ高いビルがあって、高島屋というデパートだった。
 店の奥のデパートに飛び乗るなり、父は「8階」と行く先を告げ、エレベーターガールに「当店には8階はございません」と応えられた。「じゃあ、一番上」と父は答え直したかもしれないが、なにしろ一番上の階に行きたかったのだ。そこで「駅弁大会」をやっていたから。そんな会話を今もって覚えているのだから、そのおっちょこちょいぶりが父らしかったのだろう。そしてその頃は、横浜駅の高島屋でも、時々駅弁大会をやっていて、なぜか駅弁が大好きな父は、催しがあれば一度は家族を連れて出かけ、幾つもの駅弁を買ったのだった。
 そのころ、つまり小学校の低学年の頃の私がいちばん好きだったのは、人吉駅の「栗めし」で、当時は今ほど駅弁が豪華絢爛になってしまった時代ではない、その彩りが、子供心にも印象的だったのだと思う。
 写真は、もう何年か前に人吉に取材に出かけた際に購入した「栗めし」。仕事で人吉に行くことができたのも、嬉しかった。何しろ高校2年生の時以来のことで、その当時は機関庫にC55がいたのだ。昭和48年の夏のことだから、もうC55は貴重な存在で、夕方になってカメラをバッグにしまった途端にC55が出てきて写真を撮ることができなかったことを、強烈に覚えている。これだけはっきり覚えているのだから、むしろ「撮れなくて良かった」のかもしれない。
 そして、その無念から30年以上が過ぎて久しぶりに出かけた人吉で、長い取材を一段落させ、少し陽が傾き始めた頃に食べた「栗めし」が、写真のもの。
 こうして今の目には、むしろ地味にさえ見えてしまうくらいなのだから、人吉の「栗めし」は、高島屋の駅弁大会で食べた頃と、あまり変わってはいないのかもしれない。

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「東洋経済オンライン」向けに執筆した記事が掲載されました。夏の初めのちょっと暑い日の取材でしたので「新幹線のアイスクリームは、なぜあんなに硬いのか?」という質問を、忘れずにできました(笑)。
http://toyokeizai.net/articles/-/130177

国鉄の時代は、何故、これほど懐かしいのだろう。
駅はボロかったし、無愛想な駅員さんだってたくさんいたし、列車だって、乗り心地の良くないものがたくさんあった。
でも、今は懐かしい。あの頃の国鉄には、優しく人を抱きしめてくれるような優しさもあったのだろうなと、懐かしさの理由について、今はそう考えてみている。

九州2