もう一枚、高知県の四万十町中津川の写真から。
中津川の集落のはずれには、林の中に能舞台が作られていました。でも、最近はほとんど使われていないような雰囲気です。地方で暮らす人が、このような所でふれあっていた時代は、なんだか、素晴らしい時代であったような気がします。けれどもそんなことを感じることは、旅行者の身勝手なのかもしれないと、そんな思いも同時に押し寄せてきて、そのやるせなさをどこにぶつけたら良いのか、何が何だか、解らなくなってしまいました。
そういえば、この日、村のあちこちをガイドしてくれた方が、「高知市から孫が遊びに来ることがあるのだけれど、孫は、「マクドナルドに連れて行って」とせがむんだ。そう言われても…」と、苦笑いをしていました。

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もう一度、高知県四万十町中津川に戻ります。
この集落を通り過ぎていた森林軌道は、ちょうど集落の真ん中のあたりに、アーチ橋をかけて、流れをまたいでいました。
アーチ橋の遺構はまだ残っていて、遠い日を偲ばせてくれました。
この日、ガイドを務めてくれた男性(私より少し年上のようです)は、子供の頃、この橋を歩いて渡ったのだそうです。
「怖かった」
そうですが、橋を渡らないと、ものすごい遠回りになってしまうのだそうです。
森林軌道は、そういう意味でも、ここに住まう人たちの役に立っていたことになります。

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高知の大正森林軌道跡の前年の2月にどこに行ったのか?調べてみたら、愛知県の半田に行っていた。写真は2011年2月16日の撮影。
この町の一角には、今も昔と変わらない姿の、酢の工場があって、ミツカンの本社は、いまでもこの半田に置かれている。建物が黒塗りになっているのは、潮風から守るためなのだとか。落ち着いた佇まいは、それは素晴らしいもので、仕事の取材ゆえ、一カ所に留まっていられないことが、本当に残念だった。
こんなに、良い所に行っていたのだなあ。それもずいぶん前に。
それならばいま、もっともっと、それを実りとするべく、頑張らなければならないのだ。
でも、何をどう頑張る?そこが難しい。

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きょうは雨で、外出しようか思っていたのに、気持ちがくじかれてしまった。で、少し前の、きょうと同じ2月に撮影した写真を差がしてみた。

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写真は、高知県の大正森林軌道の軌道跡。2012年2月13日10時56分撮影。
今日の横浜と同じように、冷たい雨の降る日だった。雨の中を、傘を差して、カメラバッグを肩にかけ、首からカメラを下げて、軌道跡をだらだらと歩いた。1時間歩けば、出発点に戻るのに1時間かかるという気の重くなる道のりだったけれど、何かを見つけなければ、帰るに帰れない。

このカットが最後だったから、この写真を撮って引き返したということになり、この前日にガイドさんに教えられた駅の跡というのが、ここだったのかもしれない。
今、写真を見ていると、左手奥に見えるアーチ橋をじっくり狙うべきだったかなとも思うけれど、寒かったのは覚えているから、これが限界に近かったのだろう。それに11時前の撮影ということは、少なくとも、ここまで2時間は歩いてきている。すると、出発点に戻ったのは、午後1時過ぎか。

もう一つよく覚えていることは、中津川の集落にあった宿のオカミさんが愛想の良い人で、こんなに遠い所ではあるけれど、すぐにまた来たいと思わせてくれたことだった。

けれどもと言うべきか、やっぱりと言うべきか。
あれから4年経って、まだ再訪はしていない。生きてゆくのも、いろいろと難しい。


昨日は、編集さんとの打ち合わせ。とはいえ、本は夏過ぎの発行だそうだから、まだ間がある。
したがって、雑談がほとんどの打ち合わせになったのだけれど、また一つ、書籍、雑誌の取次店が廃業となったそうな。
出版社が出した大量の書籍を、だいたい6~7掛けで買い取り、書店に配布するのが取り次ぎ店の仕事で、本来はリスクが
少ない仕事なのかなと思っていたのだけれど、これだけ本が売れない時代になると、そういうことでもないらしい。

ネットのせい。ということなのだけれど、それにしても、何故こうもまで本が売れない時代になってしまったのだろう。
つまり、本を読むことの、楽しさ、意味を知らない人ばかりとなってしまったということなのだけれど。

大宅壮一が「一億総白痴化時代」と言ったのはいつのことだったか。
いずれにしても、相当な昔だ。大宅さんが現役の時代のことだったのだから。

この話から、オチは色々な方向に持っていけるのだけれど…
とにかく、本を面白くできるように頑張ろう。もっと色々なことを考えよう。

部屋を掃除したら、机の裏からスキャナーが出てきたので(どーゆー家だ?)、昔のフィルムをスキャンしてみた。
なるほど。修正が大変。友人のカメラマンが、昔のフィルムをスキャンして整理することなどできない、と言っていたけれど、その意味が、よ~く解った。この仕事を老後の楽しみに取っておくというのもありそうな気がするが、しかし、老後がいくらあっても足りない気もする。
久しぶりに、「ポジのマウントはがし」をやった。間違いなく20年ぶり。会社で編集をやっていた頃は、毎日、これをやらされていたわけだ。コダクロームとか、マウントも硬くて、結構気を遣うんだよね。
今の編集者はいいな、と思う。写真をなくせるし。
さて、仕事に戻らねば。

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「忘れじの温泉電車」用に撮影をして、使う場所がなかった写真です。
別所温泉駅の構内の脇で保存されているモハ5252の側面。実は、この写真を撮影した時は、雨が降りそうなくらい暗かったのですが、そのまま撮った写真では、まるで出番がないだろうと、カメラの色温度設定を変え、夕焼けっぽい色気にしてみました。
カメラの設定を、「日陰で撮影」にします。すると、カメラの方で赤みを増やしてくれますので、かなり暖かい色合いになる。
さらにレタッチソフトでも少し、その色を強調しました。

こういう時の設定法というものは、無限、とは言えませんけれど、相当数の選択肢があるように感じます。逆に、いっそ青味を強調してみる手もありますし。

デジタルカメラになって、フィルム時代より、何でも簡単に撮れるようになったと言われて久しいわけですが、こういう選択肢に迷わされてみると、案外、デジタルにはフィルム以上の難しさがあるようも感じたりします。


東洋経済オンラインに、私の執筆記事が掲載されました。
京王電鉄沿線でチェーン店展開をしているカレーショップ「C&C」のインタビュー記事です。

http://toyokeizai.net/articles/-/103847

今朝、1万5千字の原稿を1本収めて、今は明後日締め切りの記事を書いています。で、資料の本が1冊行方不明で出て来ない。どうせ、つまらない所から出てくるのでしょうが、今はちょっとイライラしているところ。
書き物をする人で整理の苦手な人は案外多く、司馬遼太郎の机の引き出しからは靴下が出て来たのだと。
そんなことを言ったら、私など、冷蔵庫の中から海老名のラーメン店の餃子のサービス券が出てきたことがあって、これは説明がつかなかった。
それでもまあ、宮部みゆきさんなど、冷蔵庫の中から目覚まし時計が出てきたことがあってそうで…
時計も寒かったことでしょう。