近所のスーパーまで出かけたら、駅弁大会をやっていたので、衝動買いをする。いいなあ、衝動買い。少し高いけど、あんまり意味がない買い物かも、という後ろめたさが最初からあって、でも、その一線を越えてしまう喜び。
ま、買う相手が、プラチナではなくてイクラところが、庶民です。
釧路の「かにといくらとかきの弁当」。
本当は、列車の中で食べたい。駅弁が似合う列車で。
それはどういうものかというと、100キロ以上走って、ときどき止まり、もちろん自由席で、窓が開き、車内放送の前にオルゴールが鳴ること。
って…
頭の中が、いつまで経っても昭和40年代のままだ。

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もう、店頭に並んでいる頃でしょうが、執筆しました「忘れじの温泉電車」の、(とは言っても、そもそも私の本を置いてある書店はわずかであるはずですが)裏表紙に使って頂いた写真です。あるいは「コマ違い」かもしれませんが。

それこそ1秒ごとに空の色が変わってゆくこの時間に写真を撮るのが好きで、特に鉄道モノは、人の動きが加わることもありますから、1回の撮影で撮影できるカットはわずかです。カメラのカラーバランスを変えて撮ることもありますから、そういう操作に追われているうちに、あっという間に暗くなってしまう。そうなったら、その日の撮影は終了です。

写真の場所は上田電鉄の別所温泉駅で、撮影を終わってお風呂に…というようなことができれば良いのでしょうが、実際にはなかなかそんな気分にはなれません。色々と考えなければいけないことがあって。
やはり、それこそが仕事なのでしょうね。

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わが家の近くに夜の11時に閉店するスーパーが2軒ある。そのうちの1軒は、9時半を過ぎると、パン類の安売りを始める。ハンバーガーが60円くらいに値下げされるので、これを買って来る。夜食用にである。仕事がたまっているのだ。ハンバーガーは、多くのスーパーで100円ちょっとで売られているできあいのものだから、味はもって知るべし、と言いたくなるが、ちょっと待って欲しい。そのままチンして食べたりしてはいけないのである。
まず、買って来たハンバーガーをばらす。2枚のバンズと、パテに分かれるだろう。これを電子レンジではなく、フライパンで暖め直す。これでバンズはパリパリになる。その上に充分に暖まったパテを乗せ、厚めにスライスしたタマネギの輪切りを乗せる。開高健先生は、ベトナムの米兵が、血の滴るハンバーガーと生のタマネギを交互にかぶる、というシーンを描いたが、こちらも、気持ちだけはそれでいく。マスタードを塗り、ケチャップは塗らない。味が安易になるからだ。冷蔵庫の中にスライスチーズがあれば、これは挟む。レタスは、手持ちがあったことがない。だから省略する。
それでも、バンズが熱つ熱つになったハンバーガーには、これがあの60円の投げ売りバーガーかと、驚かされることだろう。マスタードとタマネギが効き、そこらの店のものとはちょっと違う。俺の腕も捨てたものじゃないなと、この部分でも満足できるのがよろしい。気持ちよくお腹が満ちたら、あとは寝るだけである。

多くの作家が、夜食に関するエッセイを残している。夜中に仕事をすることが多い人種だから、夜食は格好のネタとなるわけだが、そのような中でとりわけ美味しそうなのが、立原正秋が作る雑炊で、作り方は煮干しで出汁を取る変哲のないものなのだが、これを食べるために、夜なべをしているのでは?と疑ってみたくなるほどである。
吉村昭の「夜食を辞めたら痩せた」という一文には強烈な説得力があるが、立原の「夜半の雑炊には希望がある」という一言には、何もかもをねじ伏せる宗教的な魔力さえ備わっているように感じられる。

だから、私も…と、自己の正当化ができるわけだが、今はまだ22時だし、我慢しよう。下手をすると夜中に2食を食べることになってしまい、これは悲惨な結末を生む気もするのだ。
もっとも、色川武大先生は、いつもそれくらい食べていたらしい。

本日は相模原まで出かけ、カルチャースクールに参加。日本の城についてのお話を伺う。
講義の終了後に、講師の方とお話させて頂く機会があり、話題が少し鉄道寄りに。日本には、鉄道によって分断されてしまった城が12くらいあるのだという。
「この近くであれば、小田原城がそうです」と講師の方。
「でも東海道線は城山の下をトンネルで通っていますが」と伺うと、
「現在残っている構築物は、後から建てられたもので、北条氏によって創建された元々のものではありません(きっぱり)」とのこと。

簡単に終わる話ではないのですね。何事も。

11月末くらいに「大格闘」した本ができあがって、版元から届きました。できあがった本を手にする喜びというのは、作家さんなど多くの人が書いていますけれど、それは本当にそのとおりで、今も、「良かったな」という感じです。
表紙の写真は持田昭俊さんのものですが、松本洋一さんにもたくさんご提供頂きました。ありがとうございます。私の写真はというと、裏表紙です(笑)。撮っている最中から(別所温泉駅の夕景です)、「これは裏表紙向きだなあ」と感じ、編集さんにもメールにそんなことを書いたら、本当にそうなった。
「また、いろいろ突っ込まれるのだろうなあ」と思います。
さあ、「次」です。

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今日は新宿で打ち合わせ。帰り道に、渋谷のヒカリエに登ったら、山がずいぶん近くに見える。渋谷って、こんなに山が近かったっけ?と、少し不思議な気持ちに。
雪の後だったから、いつも以上に空気が澄んでいたのだろう。すると、江戸時代の眺めとは、こんなものだったのだろうか?
そうかもしれない。町の至るところに高い場所はなかったけれど、それこそ愛宕山にでも登れば、富士も筑波も見えたことだろう。
震災の直後に、原発の是非の論議があって、「江戸時代のような生活になってよいのか?」と発言した代議士がいたような気がするけれど、「鬼平」など読んでいると、江戸時代の生活を体験してみたくなる。もちろん、本物の。冬は厳しかっただろうけれど、それを越える工夫はあったろうし、だから春の訪れの喜びはひとしおだったろう。
もちろんこれも、かなえることのできない夢。
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年末の鳥羽行で、ちゃんと間隙を縫って食した伊勢うどん。数年前に鳥羽に行った時は、鳥羽駅の改札口の近くのスタンドで食したのだけれど、今回は駅の隣のビルへ。200メートルの努力だな、うん。

入った店は、店なりに工夫していて、天かすと、レモン汁をかけて食せと言う。言われたとおりにすると、なるほど美味しい。
溜まりの甘辛いタレを絡めて食す太いうどんは、A級という感じの食べ物ではないけれど、でも、こういうAマイナス級というのは、たまらなく美味しく感じることがある。今回もそうで、「半端な時間の食事は、次の食事が美味しくなくなるから、辞めようかな」と迷ったのだけれど、やっぱり食べて良かったという、これはこれで旅だから許される楽しみ。
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帰宅後、ネット検索してみたけれど、家の近くに伊勢うどんの店はない。遠きにありて思うもの、というところだろうか。そのあとアマゾンで検索したら、通販用の伊勢うどんが、「今、頼めば、明日には配達できる」とあり、これはこれで「何だかなあ~」

これは昨年の春のこと。編集さんと本八幡に取材に行った帰り、電車が森下を通ったので、編集さんを誘って途中下車。居酒屋「山利喜」に行った。まるで飲めない私が、どういう風の吹き回しか、ビールを1杯飲もうと言い出したのである。
まだ17時を過ぎたばかりだったので、超有名店でも席はあるはず。店の場所ははっきりとは覚えていなかったのだけれど、「森下の交差点のすぐ近くで、やきとんが名物の店だから、店の前に豚の像が建っている」と、これは私。店は編集さんが見つけてくれた。彼は「山利喜」に来たことはなかったけれど、煮込み、オリジナルのビールなど、結構気に入ってくれた。2016年春発行予定のムックについての打ち合わせのつもりもあったのだけれど、結局、そんな話はどこへやら。まあ、このざっくばらんが、ビールを飲む時の楽しさではある(はず)。
店は改装ですっかりきれいになってしまった。昔と変わらないのは、煮込みの大鍋くらい。ちょっとつまらない。最後に編集さんに注意された。
「池口さんの言っていることは間違っています」
「え?なにが?」
「あれは、豚ではなく、タヌキです」
そういえば、そうだね。

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 鳥羽で泊まった旅館「海月(かいげつ)」の朝食です。

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 最近の旅館に多い、どひゃーっと品数たくさんではありませんが、美味しい朝食でした。ゆっくりと食事をしながら、今日いちいちをどう過ごすか考える、それは旅のさなかで、もっとも楽しいひとときかもしれません。アオサのみそ汁も香りの高いもので、このほかにおみやげとして、おにぎり2個を頂きました。佃煮などを具に使った、これも美味しいものでした。

 最近は、どのホテル、旅館でもバイキング形式の朝食を用意しているところが多く、それはそれで楽しみでもあるのですが、「無理をしているな」と感じさせられて、悲しい気持ちになることもあります。朝食くらいしか、宿の差別化ができないということがあるのかもしれませんが、それとは少し違う形での心づくしの方法が見つかれば良いのでしょうね。

言うはやすく…ではありますけれど。