ここのところ、記事の更新が滞りがちですみません。

 これは先週の金曜日の夜のことですが、いつも一緒に仕事をさせて頂いているテレビの制作スタッフと、出版のスタッフとの打合せ、もうちょっといえば、飲み会がありました。とはいえ、私は下戸ですので、お付き合いは最初のビールグラス1杯だけですが。

 なにしろ飲み会のことですから、話題はあちらに飛び、こちらに飛びで、19時スタートの会もなかなかお開きとはなりません。私が「電車がなくなる」ということで、切りをつけてもらったのが、23時15分。あれ、私が言い出さなかったら、絶対に閉店までいたでしょうね。

 さて、帰宅です。場所は神楽坂。この時間になるとバスはなく、横浜市営地下鉄の最終に、なんとか間に合う算段です。地下鉄東西線で大手町に出て、そこから徒歩で東京駅へ。ぎりぎりで東海道線の下り電車に乗り遅れてしまいましたが、それでもまだ少しだけ余裕があります。東京駅23時47分発の国府津行に座ります。これで横浜からは市営地下鉄の最終便の1本前に乗れるはず。

 ところが、この日はダイヤが乱れました。それは東海道線ではなく、山形新幹線。なんでも車両故障があったとかで、東京着の列車が大幅に遅れているのだそうです。私が乗った次の下り列車が、最終の小田原行なのですが、これは新幹線の到着を待って、発射するとのこと。新幹線の到着時間が未定なので、ホームでは「次の列車は大幅に遅れる見込みです」とだけ、アナウンスが繰り返されます。私が乗った国府津行も、数分遅れて東京駅を発車しました。これだと、横浜市営地下鉄の最終にはギリギリといったところです。少し余裕をみておいて良かった。

 ところがところが、最終の小田原行の発車時刻が見えなくなったことから、この国府津行が実質的な終電となってしまい、ダイヤが乱れているということもあって、品川でも長い時間停車し、山手線との接続を取ることになりました。「小田原まで行かれるお客様も、この電車にお乗りください。国府津で小田原行に接続します」とアナウンスがあります。

 国府津から小田原まで臨時便を出すのでしょうか?よく解りませんが、ともあれ、品川から電車はぎゅうぎゅう詰めとなってしまいました。座席の近くに立っている人が、あとから乗ってきたお客さんに押されて、まっすぐ立っているのに苦労するほどです。座れてよかった。

 ところで問題なのが、横浜から。品川で山手線との連絡が取られたことで、この電車の横浜着は0時40分頃となり、市営地下鉄の最終便が定時で発車したら、それに乗ることは不可能です。おそらくは、この電車の到着を待ってくれることとは思いますが、JRと市営地下鉄は別の組織ですから、待ってくれるとは限りません。地下鉄に乗れなかったらどうするか?個人的に、タクシーに乗ることが、どうも好きになれないのです。まだ景気の良かった時代の夜中、いくら手を上げても何台ものタクシーに素通りされ、苦労して帰宅した経験も、私がタクシー嫌いになった一因です。

 タクシーに乗らないのであれば、横浜駅から自宅まで歩くか。おそらく5キロちょっとのはずですから、大したことはありませんが、途中に上り坂があるのが、憂鬱なところです。いろいろ考えているうちに、相模鉄道を上星川まで乗って、そこから歩くという方法を思いつきました。これであれば終電に間に合い、上星川からもそれなりに距離はありますが、横浜からよりは幾分近く、坂道も多少は解消されます。それにこのあたりは中学生時代に住んでいたことがあり、抜け道も知ってはいる。それを夜中の1時過ぎに歩くのは、あまり楽しくはないかもしれませんが。

 それでも結局は、市営地下鉄がJRの到着を待っていてくれました。市営地下鉄の最終電車は、横浜駅を8分遅れで発車。これで自宅までの歩く距離が大幅に短縮されました。別の会社の路線であれ、こういうとき、連絡を取ってくれるのは、本当にありがたいものです。鉄道の世界の昔からの慣習といえばそれまでですが、夜中に、こういうことを当たり前にやる鉄道のことを、改めて好きになれるのが、こういうときなのですね。市営地下鉄が遅れて発車するのは、もとはといえば、山形新幹線の車両故障のためなのですが、遠い場所で起こった事故を、遠く離れた場所の別の会社の鉄道マンが、当たり前のこととしてカバーしているわけです。

 もっとも、今にして思えば、それなら最終の最終となる小田原行に敢えて乗って、そこにどういう世界が広がっているのかを見てみるのも、興味深い実験になったのかもしれません。地下鉄を降りて歩き、家に着く直前に、飲み会で同席したスタッフから、携帯にメールが届きました。きっと彼は、今頃家に着いたのでしょう。
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