先日、大井川鐵道さんにお邪魔し、蒸気機関車動態保存の意義、運転を続けることの苦労などについて、お話を伺う機会を頂きました。その記事がアップされましたので、報告させて頂きます。
この日も限られた時間の中で、どこまでテーマを掘り下げることができたのか、解らないままではありましたが、人と鉄道の関わりというテーマについては、これからも取材を続けていくことができればなと感じた次第です。急遽、御対応を頂いた大井川鐵道さんには、御礼申し上げます。よろしければご笑覧下さい。

http://www.bizcompass.jp/original/re-management-040-2.html#more-140264



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今日,向田邦子のエッセイを読んでいたら『ヒコーキ』という一編があって,『飛行機』でも,『航空機』でもない。このネーミングで,私が真っ先に思い出したのは,行軍将棋(軍人将棋とも)であった。このゲームでヒコーキはまったく強く,少将以上にしか負けない。タンクにも勝ち,このあたりは近代戦の色合いが感じられ,しかもヒコーキは自陣から自由に敵陣に飛翔できるというアドバンテージがあった。

これは結構手こずる性質のもので,対応に苦慮すると,自らのヒコーキをこれにぶつけて相撃ちとすることで,敵のヒコーキを除去のだが,得策とは言えなかった。このヒコーキを用いた一種独創的な運用法を考案したのは,高校のクラスメートの菊池君で,自陣から敵陣に向けて,ヒコーキが普通に歩いてゆくのである。これだと,相手はまさかこれがヒコーキだとは思わないのだが,この戦法の強みは,万一敵の地雷を踏んでも,これを除去できることにあった。敵のある程度強い兵がまんまと地雷を踏んだはずなのに,地雷が負けてしまうのである。その理由に気づかされるのには,一瞬の間が必要で,いずれ地雷を踏むだろうからと,自軍の少将以上がその近くにいないと,いよいよ対応に苦慮されられることになる。

これに勝る方法には,地雷が敵陣に歩いてゆくというのがあり,これは相当のものを撃破できるのだが,審判がグルになっていなければならず,基本的には反則である。

きょうは,半藤一利さんの太平洋戦争ものを2冊読んだ後に,向田邦子に移ったからこのような思考に陥ってしまったのだが,エッセイがあまり波長に合わなかったものだから,吉村昭の,江戸末期の天然痘治療をテーマにした中編に切り替え,これにはヒコーキも,タンクも,地雷も,少将も出て来なかった。
当たり前である。

若桜鉄道さんから、メールマガジンが届きましたので、こちらでも紹介させて頂きます。
C12形の走行実験が行われてから2ヶ月が経ち(早いものです)、次の段階へ向けての、企画が動かされているようです。
やはり、このような活気が伝わってくるのは、本当に嬉しいものです。

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6月20日 JAZZ TRAIN

ある時はジビエ料理のシェフ
またある時はバンドマン
そんな上野さんが、6月20日の「若桜谷観光号」車内でJazz セッションを開きます。
運賃のみで演奏をお聴きいただけますので、ぜひ御乗車ください。

6月20日 郡家駅10:07発 若桜駅10:37着
曲目:「A列車で行こう」「ルート66」「ジョージア オン マイ マインド」

6/22 こおげの夢豆庵で行われる「やずでJazz」のプレイベントの位置づけでもあります
音楽でも八頭・若桜谷を元気にしていきたく思います。

上野さんのプロフィールはこちらの巻頭「こおげの夢豆庵」をご覧下さい
http://www.salute-withgas.jp/wordpress/wp-content/uploads/shikiho_2015june.pdf

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7月、8月の若桜駅構内 SL展示運転

7月5日、19日
8月9日、13日、14日、23日

いずれの日も運転予定時刻は同じです
1回目 11:00 , 2回目 13:30 ,3回目 15:15

・40tもあるSLの乗った転車台を力を合わせて回す「転車台体験」
・大正時代の貨車を改造したトロッコに乗車できる「トロッコ体験」
・汽笛を鳴らす「汽笛体験」
などがお楽しみいただけます。
詳しくはこちらをご覧ください。
http://www.infosakyu.ne.jp/wakatetu/karenda.html

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6月28日(日) 八頭町地方創生フォーラムに登壇します

石破茂地方創生担当大臣の基調講演に続くパネルディスカッションに登壇いたします。

日時:6月28日(日) 13:45-16:30
会場:八東体育文化センター(丹比駅近く)

-基調講演 14:00分-15:00
「日本の生きる道。地方創生!」 地方創生担当大臣 石破 茂氏

-パネルディスカッション 15:10-16:30
「八頭町の地方創生に期待するもの」

http://www.town.yazu.tottori.jp/item/5308.htm#itemid5308

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7月3日(金)ー4日(土) 清徳寺 姫ホタル鑑賞会

八東駅より徒歩40分、ひっそりとした山奥に隠れる清徳寺。その山の斜面に広がる無数の灯り。幻想的な姫ホタルの乱舞が7月3日、4日あたりに見頃を迎えます。
車でお越しの場合、ライトが鑑賞の邪魔になるため午後8時までにお入りください。
https://www.facebook.com/photo.php?fbid=845327822213118&set=a.318791958200043.73379.100002077253333&type=1&theater

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6月15日発の大井川鐵道のプレスリリースです。

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大井川で逢いましょう フリーマガジン発行


大井川、大井川鐡道を軸として大井川流域の観光情報のパーフェクトガイド「大井川で逢いましょう マガジン」が発行となりました。
詳細は以下のとおりです。

タイトル   大井川で逢いましょう MAGAZINE
ページ数   32ページ、オールカラー
(表紙ページのイメージ写真があります。ご希望の方はお知らせください)
発行部数   3万部(フリーマガジンですので、ご自由にお持ちください)
主要配布場所 大井川鐡道 新金谷駅前プラザロコ、大井川鐡道千頭駅、富士山静岡空港、
       川根本町まちづくり観光協会、島田市観光協会など
発行日    平成27年6月12日(金)
制作     株式会社 丸紅 (静岡県島田市湯日1-1)

(内容)
これを持っていれば大井川鐡道 きかんしゃトーマスの動きがわかりやすい。朝から夕方までの動きをパーフェクトガイド。
大井川流域の飲食店、観光施設など、厳選したおよそ50か所を紹介。大井川流域をきかんしゃトーマスだけでなく、もっと多面的に楽しむためのナビゲートツールに最適。

ホームページ、フェイスブック「大井川で逢いましょう」とも連動。最新情報はフェイスブックページでチェックできます。
http://www.oi-river.com/
https://www.facebook.com/wewillbeinoiriver

フリーマガジンについてのお問い合わせ先
㈱ 丸紅 広告事業部 常泉和巳さん  電話 080-1628-0063

2015 大井川で逢いましょう

14日発の大井川鐵道プレスリリースを拡散します。

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大井川鐵道のLINEスタンプができました


大井川鐵道株式会社(本社 静岡県島田市 代表取締役社長 伊藤秀生)のLINEスタンプができました。大井川鐵道㈱の商品化許諾済です。
購入は以下の方法です。
http://line.me/S/sticker/1142386
に移動すると販売場所に移動できます。
販売単価は120円(消費税含む)です
発売開始  平成27年6月5日
取り扱い  CC・DESIGN 千葉拓身さん
      電話 090-9009-7779  
mailto:cc.design.since.2014@gmail.com
大井川鐵道のLINEスタンプを作った動機などは直接、千葉さんにおたずねください。

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今回、制作のお手伝いをさせて頂いた「鉄道ダイヤ情報」7月号が15日に発売となります。
特集は「ローカル線奮闘記」。由利高原鉄道、山形鉄道、ひたちなか海浜鉄道、いすみ鉄道、若桜鉄道の5社を中心に、現代のローカル線の主に活性化策を紹介しています。
今回は、月刊誌としては異例と言えるほど、手間をかけての制作となりました。私自身も、長井、由利本荘、那珂湊、若桜には2度、それぞれ訪問させて頂き、各社社長のお話を伺いました。
いま、日本のローカル線は、それぞれが閉塞状況に追い込まれています。それは言うまでもなく、住民の過度と言えるクルマ依存と、過疎化による利用客の減少によるものですが、そのような中にあって、本当に地域交通はこのままで良いのか。そうでないのなら、今、何をなすべきなのか、ということを、原稿の執筆を頂いたいすみ鉄道鳥塚さん、山形鉄道野村さんを含めて、それぞれに語って頂いています。
「今回の特集には、いささか自信がございます」と、言いたいところなのですが、実際には、そう簡単に特効薬が見つかるほど、簡単な問題ではないわけです。それでも、みなさんの語り口には、それぞれ熱いものがあり、このムーブメントは、もっと大きなものにしたい、していかなければならないと感じた次第です。
どうか、お手にとって、ご覧下さい。よろしくお願いします。

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小学生の一時期、「少年サンデー」を、毎週読んでいた。何曜日だかに書店から届けられていたから、書店と定期購読の約束をしていたはずで、よくもあのような貧乏でそんなことをしていたものだが、なんのことはない、父も好きだったのだ。

その週刊漫画誌の中で、私がいちばん好きだったのは「おそ松君」でも、「伊賀の影丸」でもなく、「サブマリン707」だった。自衛隊きってのポンコツ潜水艦を繰るベテラン艦長と、若手の副長、それに偶然乗り合わせることになった3人の少年(読者の分身だよね)の物語は雄壮で、それに精緻だった。ソナーには死角があることなど、実物の情報をふんだんに盛り込んで展開するストーリーにはリアリティがあり、これより少し後には松本零士さんも潜水艦漫画を書くのだが、小澤さとるさんの「707」を見た後では、松本さんの漫画は、大変失礼ながら、小学生の目にもあまりにもお粗末だった。

子供の頃には、大人になったら潜水艦に乗ってみたいとも思い、けれども自衛艦になることはしなかったから潜水艦で洋上に出ることなど到底できず、まあ、そのことには不満はない。一度だけ行ったアメリカでは、サンフランシスコのフィッシャーマンズワーフの一角に第二次大戦の潜水艦が保存、展示されているのを見つけ、驚喜して船内に入った。この潜水艦は「ガトー級」で、すなわち、初代707のプロトタイプであり、後に悪役として登場するレッド大佐が乗っていた艦でもある。

この時は、改めて小澤漫画の精緻さを思い知ったのだが、艦内にはホットプレートまで備えられた素晴らしい環境で、潜望鏡には数枚の日本海軍旗も貼られていた。解説では、太平洋戦争の末期に数隻の日本の輸送船を沈めたのだという。ちょっと複雑な気持ちになった。

そんなわけで、私の潜水艦好きは収まってはいないのだが、あの日の夢が永遠にかなうことがないということは、どうやらはっきりしてしまった。だって、私が海に繰り出したいと思っていた潜水艦は、こんなに格好の良いものではないのだから。

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(写真は6月13日 よこすかYYのりものフェスタ2015 会場の近くから撮影)

何故、今回、真鶴を訪れてみようと考えたのかというと、まず、非常に単純な理由なのですが、夕食に刺身と天ぷらをお腹いっぱい食べてみたかったという、高尚でも何でもない理由が一つ。それから、映画評論家であり、名エッセイストでもある川本三郎さんの、一連の紀行文が好きで、私もあのような旅をしてみたかったということが一つといったところでした。

川本さんの旅というのは、これは発表媒体の性格もあってのことなのでしょうが、自宅から悠々日帰りできる近場に、けれどもあえて宿を取り、ゆっくりとした旅を楽しむというスタイルのものが、数多く発表されています。その目的地はどこかというと、銚子であり、青梅であり、時には羽田であったりする。行く先々ではその土地を舞台に作られた小説や映画が紹介され、その背景が現代の風景とオーバーラップされて語られるというものが多く、オリジナリティに溢れた魅力的な旅が展開されるのです。私もそのスタイルをまねて、何か鉄道の歴史にちなんだ場所を旅すると良かったのでしょうが、今回は適当な場所を見つけることができず、海の幸の魅力に負けて、真鶴と相成った次第です。それでも、この地を訪ねて歩いてみたことで、幾つもの発見があったことは確かなことでした。どこか遠い所へ出かけるのはとても楽しいものですが、何も遠くに出かけなくても、こうして少し下調べをして出かけ、そこで出会った人に話を聞けば、それは十分に価値のある旅になる、ということを改めて理解することができました。

さて、今回泊まったのは、「みよし旅館」さんでした。ネットのサービスで、一人でもリーズナブルな料金で泊まれるところを探しているうちに、この宿に出会いました。ところが後で気がついたのですが、ネットの口コミでは、結構、ボロクソに書かれていたのが、この宿だったのです。でももう、予約はしてしまったから後の祭り。曰く「食事のボリュームは十分だが、部屋が粗末でがっかりした」とか、そんなことばかり書かれています。ちょっと心配になっていました。

で、夕食はこんな感じ。もちろん、これで一人前です。
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実を言うと、焼き魚まで全部食べることができず、宿の方の夕食に差し上げてしまいました。
それから次が朝食。
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うっかり画面の外にしてしまったのですが、右側にマグロがたっぷり盛られた小鉢があります。これもボリューム十分。これで宿泊代は1名1万円とちょっとですから、十分にリーズナブルだと思います。確かに、部屋や共同のトイレは、古びてはいましたけれど、すべてのものに最高のサービスを求めるのであれば、1泊1万円の宿に泊まるべきではないのではないかな、とも感じました。もちろん、宿への辛口の評価は、宿のためを思ってという気持ちもあって書いたものなのかもしれませんが、それにしても辛辣な「口コミ」が多く、これだけ頑張っている宿なのに、ちょっと可哀想だな、とも感じました。

これは先日、ある電鉄会社の方に伺った話なのですが、いま、東アジアから日本に来る旅行客は、旅の目的が非常にはっきりとしているのだそうです。それは家電品や薬品のショッピングであり、AKBのコンサートだけのために来る人もいる。彼らは日本では無駄な出費はせず、空港アクセスの特急料金も惜しんで特別料金不要の列車に乗り、けれども費用を抑えることで、何回でも日本に来れるようにする、のだと言います。それであれば、彼らの方が、日本人よりも旅行上手であるのかもしれません。

たしかに古びてはいたし、お風呂は温泉ではなかったし、窓のサッシには埃もたまっていた宿でしたが、山側の部屋の料金で泊めてくれた海側の部屋は、夜になると冷たい風が入り続けて心地良く、窓を開け放して眠る快適さを味わうことができました。帰宅後、フェイスブックの方に、「宿への口コミが辛辣過ぎる気がする」と書いたところ、「匿名の記事は信じてはいけません」と、コメントを書いてくれた友人がいました。そうなのでしょうね。

食事を終えて部屋に帰ると、港はそろそろ闇に包まれていました。日曜日ということで、結構遅い時間まで、子供たちの声が響いていたことを覚えています。

で、この次の週は、葉山に出かけてしまったのです。それは次回に。

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多くの良港がある町と同じように、真鶴にも多くの坂道がありました。もっともこれは、この半島の一帯が、箱根の火山活動に伴って形成されたという経緯にも関係があるようです。のんびりと町歩きを続けます。この日は日曜日でしたから、携帯が鳴り、仕事の問い合わせがくる心配もほとんどなし。

もちろん、こういう環境をフルに作り出したいのであれば、土日に旅行をすれば良いのですが、週末はどうしても混雑に巻き込まれ、さまざまな料金が割高になることもあるので、私のような自由業者にとっては、土日の旅行は得策とは言えないのです。もう、ずいぶん昔のことですが、ゴールデンウィークに白川郷に行ったところ、とてつもない渋滞に巻き込まれ、金輪際、このような時期の旅は避けようと思ったものです。もっとも、最近は、その誓いも気持ちが萎えつつはあるのですが。

坂道に沿って、商店街が作られています。下側の写真は、魚屋さんの店先。これって安いですよね。でも、荷物になってしまうこともあって、きょうは買い物はナシ。
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道は地形に沿って続きますが、海の側に降りる道があったので、その道を辿ると漁港に飛び出しました。
港というよりも、船溜まりという言葉の方が似合いそうですが、きれいな港です。写真でより、絵で描写した方が美しい風景になりそうな気がします。
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このあと、遊覧船に乗船してみたのですが、特別なことは起こらなかったので、ここでは報告を省略します。実は、先に立ち寄った資料館で、遊覧船の100円割引券を頂いていたのですが、乗船に際してこれを切符売り場の女性に渡すと、「また、使って下さい」と、すぐに返してくれました。こんなサービスも嬉しいものです。

船を下り、また海岸線に沿って歩いて行きます。魚料理屋さんが軒を連ねていて、入ってみたい誘惑に駆られるのですが、夕食まで我慢。港から10分ほど歩いた先に貴船神社がありました。
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この神社は今から1100年前に創建されたという、由緒あるもので、毎年7月27~28日に行われる貴船祭りは、国指定の重要無形民族文化財となっています。ちょうど今から1ヶ月先のことですね。この日にまた真鶴に来てもよいかもしれません。

今度は尾根の上に上がり、岬の方向を目指して歩きます。真鶴半島は小さな半島なので、場所によっては、行く手の左右両側に海を見下ろすことができます。眺めの良い場所には、マンションやペンションが建ち並んでいました。本当は岬まで歩いてみたかったのですが、家を出たのが遅い時間だったので、時間切れ。今来た道を引き返して、この日の宿に向かいます。
そろそろ日が暮れてきました。(続きます)
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少し間が空いてしまいましたが、真鶴旅行の3回めです。
前回も紹介させて頂いた如来寺跡の入口はこのような感じです。
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中に入ったところ。前回とは別の角度です。
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ネットに記されているものによれば、このお寺は1620年に建立され、それからおよそ350年後の、明治年間に廃寺になったといいます。いまは洞窟の中に、こうして幾つかの石像が並んでいるのと、この洞窟がある小さな丘の頂には鳥居が建てられています。いわば、お寺と神社が同居しているわけですが、これも一つのスタイルなのでしょう。洞窟の中は、ひんやりとしていて、もとより住宅街の外れにあるこの一角は、森閑としていました。

先ほどの資料館の前へ戻り、今度は岬の方向へ歩いてみます。道は緩やかに坂を登り、途中からは「岩」の海岸線を見下ろすことができました。
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もし、この旅行をクルマで来ていたならば、仮に如来寺跡は見つけられたとしても、資料館に立ち寄ることはなかったでしょう。すると、真鶴や、岩の歴史について、私は知らないままでいたということになります。クルマ利用は、もちろん行動半径を飛躍的に広げますから、電車利用と徒歩では知り得ない広範な情報を得ることができたでしょうが、どちらが良いのか。やはり、こうして歩いてみることが、ネットなどでは知り得ない、つまり価値の高い情報に出会えるような気がします。(つづきます)