ボリュームたっぷりの夕食を済ませ、就寝までの時間を、のんびりと過ごせるのも、旅館に泊まった時の大きな楽しみとなります。もう一度、湯に浸かってもよし、アルコ―ルが好きな人は、それが何よりの楽しみとなることでしょう。
今回の私はといえば、少しの読書と、うたた寝ということになってしまいました。もっとも、最近は、いつもそのようなパターンになっている気もしますが。ともあれ、時間に追われることなく、本を読めるというのは良いもので、このような旅に出る時は、たいがい文庫本を2~3冊持って出かけるようにしています。

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こちらは、朝食。鰺の干物が主役のスタンダードな、あまり贅沢ではない和食です。味噌汁を鍋で温めるのが嬉しいところで、朝からお腹いっぱい食べることができます。
よく、「サライ」などの、ライフスタイルの提案をする雑誌で、朝食の特集をみかけます。文房具、特に手帳の使い方もそうなのですが、何度でも特集に登場し、でも飽きることがないのが面白いところです。いくら語っても後ろめたい気持ちにならない、というところが良いのかもしれません。

帰路も、箱根湯本まで歩きました。その途中で見かけた、ちょっと幻想的な風景。
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霧でもなさそうですし、何故こんな見え方になったのか解らないのですが、こんな風景を見ることができたのですから、歩いて良かったなと思えました。
箱根湯本からはすぐに小田原に出られますし、急いで帰宅するのであれば、そこから新幹線を利用すれば良い。
この日は、都内で2つ打ち合わせがあったものですから、ロマンスカーで新宿まで帰りましたが、この、足の便の良さは、やはり箱根、それも塔ノ沢あたりの、大きな魅力です。

格安の鉄道旅行の楽しさを、もう一度味わってみたくて、実はこの日曜日、月曜日と、また一泊旅行をしてしまいました。次は、その話をさせて下さい。

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12月の箱根・塔ノ沢行の報告、その2回目なのですが、正直に申して、書くことに、少し気が重いのです。
と申しますのも、以下の内容が、今年1月に出かけた時と、まったく同じ内容になってしまったから(笑)。
部屋も、同じ「牡丹」でした。
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お風呂も、当然、同じなので写真は省略。今回初めて気がついたのですが、一の湯本館には大小2つのお風呂があり、夕方は大きい方を女性用、朝はその逆としていました。風情があるのは小さい方かな。これは発見。温泉旅館の大浴場としては、小さい方なのかもしれませんが、それも良いものです。それに、窓から早川の流れが見えるのが良い。やはり、温泉旅館には、早めに到着して、外が見えるうちに入浴を楽しみたいものです。

で、食堂は4階の「神山」へ。
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インテリアの雰囲気は、同じ箱根の富士屋ホテルであるとか、日光の金谷ホテルとも、少し似ています。
これが、宿が建てられた頃のモダンということなのでしょうか。

食事も、1月の時と、ほぼ同じ内容となりました。
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小鉢三点盛りと、一の湯豆腐

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帆立と野菜の貝殻焼き


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鰈の揚げ物、野菜あんかけ


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国産ブランド豚のしゃぶしゃぶ

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デザートは梨のシャーベット

オプションで、金目鯛の煮付け、お造りなどもあるのですが、これだけで十分に満腹になります。
夕方につまみ喰いをしていたので、このコースを食べられるか、少し心配だったのですが、どうやら、美味しく頂くことができました。

より高級な旅館と比べると、少し品数も少ない夕食ですが、これで十分です。
実は、箱根に出かけた前日に、ちょっとしたパーティがあり、新横浜のホテルの和食コースを食べたのですが、それよりも、一の湯の料理の方が美味しかった。一の湯のコースはメインが豚ですし、さほど贅沢な食材を使っているわけでもないのですが、やはり心遣いが生きているのだと思います。

お風呂に入り、食堂に出向いて、食べたいだけ食べ、部屋に戻ってくつろぐ。良いものです。
確かに部屋は小さいですし、畳や、廊下もところどころへこんでいたりする旅館ですが、その「緩さ」が、かえって気楽さにつながっているようにも感じます。このあたりは、人それぞれでしょうが、私は好きです。
一人(一人当たり、ではない)、一泊一万円ちょっとで泊まれるのですから、ありがたいものです。
布団は、自分で敷かなければならないのですが、和風旅館でよくある、夕食の会場から部屋に帰ったら、部屋じゅうに布団が敷き詰められていて、なんだか寝るしかないような雰囲気になっている、というパターンよりも気楽です。

本当は、これくらいのクラスの旅館がもっとあって欲しい。
一泊二万円を出して、幾つものお風呂があり、食べきれないほどの手の込んだ料理が出るよりも、これくらいのクオリティで、でも、気軽に出かけることができる宿があれば、もしかしたら、国内旅行がもっと楽しいものになるのかもしれません。
宿を経営する側としては、「中くらい」でお客さんを呼ぶのは大変なのかもしれませんし、一人で泊まりにくるお客さんは、もうけが全然出ないのかもしれない。

けれども、もし、皆が同じ方向を見てしまっていて、それがゆえに閉塞感にさいなまれているとしたら、それも勿体ない話です。私たちも、もう少し頑張って、自分の旅を個性的にする必要があるのかもしれません。そんなことも感じました。(次回で終わります)


これは先週のことですが、箱根・塔ノ沢の「一の湯 本館」に一泊旅行をしてきました。以下、ただのオジサンの絵日記ですが、よろしくお付き合いのほどを。
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箱根湯本には、16時過ぎに到着しました。家を出てから1時間半。私の家の最寄り駅である新横浜からは新幹線を1駅、安い特急料金で利用できることもあって、本当にあっという間に着くことができます。
冬の、いちばん陽の短い季節であることもあって、あたりは少し暗くなり初めていました。ここから塔ノ沢までは、登山電車に乗って1駅ですが,次の発車まで10分少々時間があったもので、歩いてみることにしました。これくらいの待ち時間があるのなら、歩いてもそれほど差はないはずです。

と、言いながらも、駅の中にあるパン屋さんで、つい「キノコピザ」を購入。ちょっとした寄り道になってしまいました。昼ご飯を、おかしな時間に少しだけ食べたもので、ずいぶんと空腹だったのです。ちょっと記念写真を。
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下の写真は駅前を流れる早川の眺め。夕暮れということで、人影もまばらです。でも、このあたりは、いつ来ても賑やかなので、こんな静かな眺めも良いものです。きょうは日曜日。家に帰る人は、もう帰路についているのでしょう。少し、旅の行程の時間を変えるだけで、いろいろな発見に出会えます。
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駅前からはお土産もの屋さんと,食べ物屋さんの商店街が続いています。揚げ物をその場で売っているお店がありました。
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ちょっと迷ってから、誘惑に負けることにしました。「タマネギの揚げ玉」を1個購入。さっきパンを食べたのに、これで夕食が食べられるのだとうかと、我ながら心配になります。でも、美味しかった。たわいないものではありますけれど、歩きながら食べるのは、何故、こんなに美味しいのでしょうね。

商店が続く道を、山の方向に向かって歩いてゆきます。どのお店もきれいに見えます。これも、この時間に町を歩くことの効用です。
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そろそろ、本格的に暗くなり始めました。空も冬の色。
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さらに歩いて、ようやくのことで「一の湯」に到着。10分、15分というものでなく、ずいぶんと時間が経ってしまったようですが、これも旅の楽しみのうちです。でも、宿に着いたら、すぐ食事だぞー。大丈夫なのでしょうか。(続きます)
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少し前に、アメリカの車掌さんのことを引き合いに出したので、その時のことを書きましょう。あれは1994年に、アメリカを旅した時のことでしたから、もう20年も前のことになります。本当に…月日が経つのは、早いものですね。

友人に連れられて、10月に3週間の予定で、アメリカに出かけました。ただの観光旅行です。4人連れで日本を出発し、西海岸を1週間まわった後に、2人は日本へ帰り、私と友人のUさんとは、サンフランシスコから、今度はシカゴを目指します。サンフランシスコへ行ったのも、それからシカゴへ行ったのも、特別な目的はありませんでした。とにかく、どこかへ行ければ良かったのです。私にとってアメリカは初めてでしたから、毎日が刺激的で、楽しかった。

サンフランシスコからシカゴへは、大陸横断鉄道に乗って2泊3日の行程です。当時は、バスで少し走った先にあるオークランドが、シカゴ行き列車の始発駅でした。乗るのは「カリフォルニア・ゼファー号」。カリフォルニアのそよ風という意味です。

列車は、雨のオークランド駅を出発しました。実はこの時、私が列車の出発時間を勘違いし、もうちょっとで、乗り遅れるはめに。ホームにいた係員さんから「急げ」と怒鳴られ、間一髪間に合ったのですが、列車が発車しても、指定を取った個室に私が現れなかったので、友人はずいぶんと心配したようです。そんなわけで、ハアハアいっているばかりで、旅が始まったというワクワク感はゼロ。

そこに車掌さんがやって来ました。黒人の、恰幅のよい人で、日本語にすると、こんな感じです。
「やあ。アムトラックの旅にようこそ。アムトラックの旅は初めてかい?じゃあ、この列車のことを説明しよう。個室の、照明やオーディオのスイッチはそこにある。シャワーは2階建て車両の1階だ。君たちのチケットには、食事がインクルードされているので、何でも好きなものをオーダーしてくれ。食事の開始時間については、あとでもう一回僕が回ってくるから、その時にリクエストして欲しい。全部、解ったかな?OK。じゃ、アムトラックの旅をエンジョイしてくれ」
と、にっこり笑って握手。

とにかく、スマートで格好良いわけです。体格はスマートではありませんけれど。

その車掌さんは、夜にもやってきました。ベッドメイキングのためです。すると、かたわらにある梅干しを見つけ、指さして、「それは何だ?」と訊くわけです。友人が、日本食欠乏症にならないように、1パック持ってきたものです。
友人はニッコリと笑って
「Oh、this?」
と聞き返します。
「プラムだよ。日本ではとてもポピュラーな食べ物なんだ。胃にも良い。一つあげるよ。美味しいから、食べてごらん」
友人は、梅干しを1粒つまみ、自分の口の中へ。
私も、友人の意図が分かったので、
「Taste it」とくり返します。

車掌さん、ちょっと怪訝そうに 1粒口にしました。
次の瞬間、
「Waooooo」と叫びながら、走り去ります。洗面所に向かったのでしょう。
友人と私は、大笑い。涙が出てきました。
車掌さんが、返ってくると、今度は私が
「ねえ、明日の朝になったらさ…」
「何だ?」と車掌さん。
「もう1粒、梅干しを食べていいよ」
「はっは。そいつは願い下げだね」

英語にはあまり敬語がないからでしょうか。こういう会話が楽しいのがアメリカです。
車掌さんとの、あるいは食堂車や、ラウンジカーのクルーとの、こんなやりとりが、3日間続きます。シカゴに着く前の間、食堂車で食べた食事は7食。昼夜、朝昼夜、朝昼です。

こんなに楽しい鉄道の旅を、あれから(日本国内でも)経験できないでいるのが、なんだか、とっても、つまらないのです。

大井川鐵道が、正月3が日に運転するSL列車で、「お年玉プレゼント」を実施します。

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実施日   平成27年1月1日(木)~1月3日(土)
時間    新金谷駅発 11時52分のSL列車車内
方法    SL列車が家山駅を出発したあと、車内で「お年玉抽選券」を配布します。
      当選番号は千頭駅改札口手前に掲示します。
      商品のおわたしは掲示場所付近となります。
商品    特別賞3本  寸又峡フリーきっぷペア1組×3日=9本
      A賞12本  大井川自由きっぷペア1組×3日=36本
      B賞20本  2015年大井川鐵道SLカレンダー×3日=60本
      C賞10本  きかんしゃトーマスのレジャーシート×3日=30本
      各日合計 45本  3日間合計 135本


列車についてなどのお問い合わせは以下まで
大井川鐵道株式会社 営業部
電話  0547-45-4112   FAX  0547-45-4116

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これはいいなあ。
って、なんだかもう、当たった気になっています。



寝台特急「北斗星」の廃止が発表されました。正直な感想をかけば、やっぱりね、というところでしょうか。時間の問題と捉えられていたものが、予想以上に早く発表されたという印象です。

個人的には、「北斗星」に乗ったのは3回だけで、格別に思い入れの強い列車というわけではありません。小さな子供の頃からの乗車体験がある「あさかぜ」などと比べると、こちらの目が「すれた」後に出会った列車であるということもあって、涙が出るような思い出はないというのが実際のところです。

それでも「北斗星」が、現代の日本を代表する列車であることは間違いのないところですから、それが姿を消してしまうことには、淋しさ、というより、悔しさを感じます。「北斗星」に乗って、北海道へ行くという選択肢が、奪われてしまうということへの悔しさです。

あり得ない話なのでしょうが、理想をいえば、これが日本を代表する豪華列車だ、というものを1本は残しておいて欲しい。それが非採算であるというのなら、JR各社が共同で、負担を分担してでも。

「ななつ星」では駄目で、あの列車は誰もが気の向いた時に乗れるというわけではない「色物」のような存在ですから、あれを持って、最高の列車とは認めたくない。

今までに、ヨーロッパ、アメリカ、中国で、寝台列車、あるいは高速特急に何本か乗ってきました。そしてそれらの列車には、皆、なにがしかの気概というものが感じられたものです。

ヨーロッパの高速列車のスマートなサービス、車掌さんが旅の道のりと乗客と一緒にエンジョイしていたアメリカの大陸横断鉄道、石炭ストーブを使って一流料理店顔負けの料理を出してくれた中国の食堂車、お客さん一人一人と会話を交わして、その人が望むサービスを提供していたスイスの「氷河急行」…。

それらの列車も、結局は航空機、自動車との競争に勝つことはできず、昔の勢いはないという噂は聞いていますが、それでも、あのサービスが、「本物」であったことは疑いようがなく、それと比較すると、マニュアルに書いてあることしかしようとしない、日本の豪華列車には、私はどうしても、本当のサービス、もてなしの心を感じることはできないままでいました。日本が島国だから、他の国のスタイルが解らず、だから仕方がないことなのでしょうか。

その意味でも「北斗星」の消滅には、格別の感慨は感じられずにいるのです。もし、これが本当に、日本の鉄道の出来る限りの贅を凝らした列車で、それが消えるのなら淋しいかもしれない。けれども、実際にはそうではなく、惰性で運転されているような列車が、消えてゆくということ。言ってみれば自然淘汰という言葉が似合うのかもしれません。まあ、北海道新幹線の開業という背景もありはしますが、本当に寝台列車が鉄道事業者の側にとっても、必要なものであると判断されたなら、何がなんでも、新幹線との共存が模索されたはずですし。

青函トンネルが開通して、「北斗星」の運転が開始された。その時に、この列車に何かの希望を感じていた人は、少なくなかったはずです。列車が消えれば、あの時の希望も消えてしまうことになる。あの時に感じた晴れがましい気持ちまで捨ててしまって、本当に良いのでしょうか。

だからこそ、文化と技術を継承する意味からも、1本は寝台列車の運転を続けて欲しいと思うのです。
何のやる気も感じられなかった、晩年の東京対九州の寝台特急のような列車ではなく。


また、ネコの絵本に話を戻しますと、クロとトラのシリーズの絵本にもう一冊ありまして、これがその本。
主役は、やっぱりトラ君です。

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なかよく縄跳びをしていた2人(本の中では、最後にトラ君が「3人で」と言っていて、「3匹で」、ではないので、ここでも2人と書きます)、が、ちょっとした行き違いから、仲違いしてしまう。で、少しネタバレをしてしまうと、トラ君が、降り始めた雨の中を、ひとりぼっちで、いつまでも縄跳びを続けることになるという展開です。
他の2作では、少し腕白な所もあるトラ君ですが、なんだかすごく可哀想。

そういえば、私たちも、子供の頃は、こんな行き違いをしょっちゅうやっていたような気がします。皆で遊ぶつもりで家を出たのに、一人で先に帰ってきてしまうとか…。
そういう意味では、この絵本のテイストも、なんだか大人向けです。そして、ちょっぴりのハッピーエンド。

子供の頃は、こんなハッピーエンドにもたくさん出会っていたような気がします。
大人になってしまうと…。なかなかうまくいきませんよね。

頑張ろう…。


こちらは、絵本ではないのですが、ネットオークションで入手した本。
今はなくなってしまった、プレス・アイゼンバーン発行の「木曽森林鉄道」という写真集です。

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かつて、木曽の山中に路線を延ばし、木材の搬出に働いた軽便鉄道がテーマ。実物は、もう廃止されてしまいましたが、鉄道が好きな者にとっては憧れの鉄道でした。廃止されたのは、私が高校生の時で、行きたくても行けなかった。
だから、その鉄道を160ページというボリュームでまとめてくれたこの本も、憧れの本だったのですが、発行部数が少なく、入手しようにも高価な一冊となってしまっていたのです。

そんな本を今回入手できたのは、以前に、一度週刊現代に載せて頂いた写真が、もう一回掲載になって、臨時収入があった。その直後にネットオークションに、長い間、欲しかった本が出品されたので、これはもう落札しようと。しなければいけないと(笑)。実にすごいタイミングでした。

本は、1975年の発売で、初版がたしか1500部の発行。当時の販売価格が4500円でしたので、今回は1万円ちょっとでの落札でしrたが、決して高くはないはずです。

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その中の1ページ。木曽森林鉄道を走っていた「理髪者」が紹介されているページです。下の2枚がそれで、左の写真が室内。写真の一部が切れてしまいましたけれど、奥に散髪のためのイスが見えます。

文字通り、車内が床屋になっていて、機関車に引かれて走り、あちこちで散髪をする。山に籠もっていて、なかなか町に出られない人のためのサービスとして生まれた車で、龍角散のテレビCMに出たことで、一躍有名になりました。
私にとって、機関車以上に、憧れの強かった車両です。
もちろん、今はもうなくなってしまいましたが、こうやって写真で見ることができるだけでも、凄いことだと思います。

やっとのことで本を入手できて、これでもううなされなくて済むと、ほっとしたのですが、本を眺めていると、今度は、現地に行きたくなって困ります。もう鉄道は廃止されて久しく、この風景には出会えないわけですが、それでも現地に行きたくなる。一難去って、また一難です。