さて、フライポテトに思いを馳せた翌日、つまり今日、と言うか先ほど。
ちゃんと、自分でフライポテトを作ることにした。

冷凍食品のフライポテトを揚げたところで、いつものあの味しか出来ないのだからと、ジャガイモの皮をむき、
薄めに切って、素揚げにして、揚げたてに塩をふる。

美味しくない。

熱くても、ホクホク感がなく、油の匂いばかりが勝ってしまう。
このあたり、主婦の人などさんざん経験しているのだろうなあ、と思いつつ、次は電子レンジでチンしてから揚げる。

似たようなもの。

しからばと、池波正太郎が書いていたポテトフライを真似る。
これはつまり、パン粉の衣をつけるオーソドックスなスタイルで、揚げたてにソースをかけるというスタイル。

先ほどよりは、食べられる。
ただ、これも揚げすぎると、途端に駄目。

やはり、このような単純なものでも、いや、単純なものだからこそ、経験が必要なのだと痛感する。
それに,ご存知のように、揚げ物は片付けが大変で、これだけの手間をかけるなら、もっと別の料理法が良いに違いないと、アタマの中に青い鳥が飛び回って仕方がない。

ハンバーガー屋のフライポテトは、60点だが…。

そこまでの道も、決して近いというわけではないらしい。
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この数日間に2度ほど、港区の広尾に出向く機会があり、その時にフライポテトの専門店というものを見つけました。
アンド・ザ・フリットというお店です。下の写真はメニュー2点。

ANDTHE

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ジャガイモのカットのスタイル、付け合わせ、ソースなどをチョイスできます。上はソーセージ添え、下はフライドフィッシュ添え。たわいないような料理ですが、揚げたてのフライは本当に美味しく、たったこれだけのものでも、しばしの間、幸せに浸ることができます。

お店の中にはイスが3つあるだけの、とても小さな店で、だからでもあるのでしょうけれど、私が行った2回とも、結構な行列ができていました。

これで800円というのは、高いか、安いか?
ソーセージも、フライドフィッシュも、パリッとして美味しく、だから少しも高いとは思えないのですが、これだけ美味しいのだからと、家で揚げるつもりで、先日はジャガイモを買い込んで帰りました。
でも、自分で揚げるとなると何となく面倒で、まだ自家製フライポテトで満腹になる機会はありません。

そんな億劫な気持ちになった時は、「こういう料理は、ふらりと気が向いた時に、つまみ喰いで食べるから美味しいのだ」などと言い訳を思い浮かべているわけですが、本当のところはどうなのか。

自分でも、その考えが正しいようであり、間違っているようであり。
あれだけの行列ができるのだから、誰もが「ふらりと」というよりも強い意志を持って、順番を待っているのでしょうけれど。
EF81
















今回乗車した「あけぼの」を長岡から青森まで引いたEF81です。
EF81は交直両用なのだから,上野から青森まで通しで走れば手間がないのではないか,と思っていたら,上越線の勾配区間では空転が多いので,上野から長岡まではEF64形1000番代が牽引しているとのこと。色々と,得手,不得手はあるものなのですね。

「あけぼの」は片道の走行距離が700キロ余りですから,寝台列車としては長くない。実際,乗車していても,すぐに朝が訪れるという感じで,朝は結構,眠かった。もっとも,「トワイライトエクスプレス」に乗車した時も,なんだかんだですぐには眠らず,朝は眠かったのを覚えています。私たち,寝台列車好きは,結構,車内で興奮していますから,夜は遅くなりがち。同行の堺アナウンサーも,「もったいなくて眠れませんよ」と,仰っていました。

そう。真夜中の誰もいない駅の姿を眺めたり,暗闇の中にぽつりと灯りが一つだけ灯り,それが車窓の後方に流れてゆくのを見つめたりするのも,寝台列車に乗った時だけの愉しみです。子供の頃は,真夜中の誰もいない駅がとても神秘的なものに見えた。今だってそうです。ああ,こんなことを書いていると,また寝台列車に乗りたくなります。

遠い将来,日本からすべての寝台列車が消えてしまうのでしょうか。
それは避けて欲しいものです。たとえ1列車だけでも残っていれば,それに乗った人が,鉄道に対するさまざまな認識を持ってくれることでしょう。すべてなくなってしまったら,評価することさえできなくなる。

私がアメリカで乗った寝台列車も片道2泊3日という悠長な行程でしたが,お客さんの誰もが楽しそうだった。本当に。
急ぐのであれば,飛行機に乗れば良いのです。それをわざわざ寝台列車に乗っているのは,そこに楽しさを見い出しているから。超豪華列車「ななつ星」は素晴らしい列車なのでしょうが,誰もが気軽に乗ることはできません。それであれば,誰もが自由に乗れる,やや豪華列車があっても良い。
何となく,この記事を書き始め,何となく,そんな結論に達しました。

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「あけぼの」取材の帰路は、これも制作会社さんのご厚意で、「グランクラス」に乗車。なんだかバチが当たりそうですが、同行のディレクターさんも「こんなことでもないと乗れません」と、喜んでいましたっけ。

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指定された席に腰掛けてみると、なるほど座り心地は抜群です。これまでに座ったどのイスよりも贅沢だなあ、と。
何とも贅沢な旅ですが、私にとっては何よりの勉強です。
海老沢泰久の「美味礼賛」という小説には、フランスに、勉強のために料理を食べる旅に出た主人公(辻静雄さんです)が、贅沢な食事を続けることに疑問を感じ始めるのですが、フランス料理店のオーナーであるマダムが「最高のものを知る人だけが、文化の伝承をできるのです」と、迷うことのないように諭すシーンがあります。いくら贅沢な食事をしても、それは必要なことであると。

それであれば、私たちも、鉄道に興味があるのであれば、一度は、このような列車に乗ってみるべきなのでしょう。そして、できるのであれば、海外の列車にも。

そうしていると、いちばん大切なものが何であるのかが見えてくると思うのです。
もちろん、それは人が人をもてなす心ということになるのですが、その心というものが、どのような形で列車の施設なり、サービスなりに反映されているのかが見えてくる。まあ、あまり偉そうなことも言えませんけれど。

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こちらは、無料サービスの軽食。お腹が空いている人もいれば、空いていない人もいるだろうということで、量は少なめに作ってあると、これは開発担当の人にお話を伺ったことがあります。副食まで、少しずつ風味が工夫されていて、十分に楽しめました。ドリンク類もフリーサービスなので、おかわりをすれば良かった。やはり同行のSアナウンサーは、「ビール4杯で終わってしまいました」と笑っていましたけれど、そんな楽しみを味わえることも、アッパークラス利用の楽しみでしょう。

秋田新幹線用の電車にも、新たに「グランクラス」が連結されることになるようですが、願わくば、あらゆる優等列車に同様のサービスを。そういえば、昔の国鉄は3等制を採用していました。作家の内田百閒は、2等車が嫌いで、1等か3等に乗っていたとか。ちょっと無理をしても1等に乗る。先生も、その意味、楽しさに気がついていたのですね。

これは2月末のことですが、廃止間近の寝台特急「あけぼの」に乗車する機会に恵まれました。CSの鉄道番組「みんなの鉄道」の取材に同行させて頂いたもので、私の役割はスチール写真の撮影と、若干の荷物運びといったところ。ほとんど招待のようなもので、何ともありがたいことです。

この日はまだ廃止までひと月ほどあったものですから、上野駅でもさほどの喧噪はなく、わずかな遅れで無事に発車。いつもながらテレビの取材班は、列車が動き出すやいなや、精力的に撮影を始めます。私はといえば、レポーターを務める堺アナウンサーの写真を数カット撮ったくらいですが、それでも、多少は緊張しているせいでしょうか。瞬く間に時間が過ぎてゆきます。私の席は「ゴロンとシート」の上段でしたが、昔から寝台は上段が好きでしたので、これは願ったりかなったり。翌朝は秋田を過ぎた頃から、窓の外が明るくなり始めます。

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陽が射していたと思ったら、たちどころに暗くなって雪が降り始め、それが止んでまた陽が射すというめまぐるしい天気の変わり方は、いかにも北国の冬のものです。

私は、これまであまり「あけぼの」とは縁がなく、乗車したのはこれが2回めか3回めのこと。それも秋田での取材に利用しただけのことでしたから、さしたる思い入れもなかったのですが、こうしてゆっくり乗車してみると、やはり寝台列車の旅というのは楽しいものです。
朝、目が覚めると、昨日とはまったく違う風景が目の前に広がっている。こういう「距離感」を味わえるのは、考えて見れば寝台列車くらいのもので、本当はこれに、食堂車やロビーカーが連結されていれば、移動の時間がもっと楽しいものになるのでしょう。

北から南まで新幹線の線路が延びるようになった時代に、足の遅い寝台列車の乗車率が低くなるのはやむを得ないことなのでしょうが、それでも朝一番の新幹線よりも早く到着できる所は多いはず。そのメリットを活かしつつ、本当であれば、一つの路線に一つの寝台列車くらいは存続させて欲しいものです。早急な廃止はせずに。旅の選択肢として。

そんな希望も、今やかなわぬ夢となりつつあるのですが、私たちの世代には、本当に寝台列車は、憧れの存在。格好良くて、凛々しい鉄道を象徴する存在でした。若い世代に、その魅力を伝えることができないのが、とても残念です。

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金沢の取材が終わった夕方には、家には戻らず、松江に向かいました。まったく別の会社の仕事なのですが、こういう「ハシゴ」は、よくある話です。前日までの仕事のデータを、うっかりなくしてしまうことのないよう注意しなければいけませんが。

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松江市北部の、小泉八雲旧宅、田部美術館などが並ぶ一画です。きれいな町だと思います。このような場所を歩いている時、いつもいつも、同じことを思います。仕事を離れて、のんびり歩いてみたいって。

写真の場所から少し離れた「歴史館」の前を歩いている時、通りの反対側から、鎧に身を固めた武士が歩いてきました。
「旅行ですか?」と問いかけられます。鎧の武士に話しかけられたのは、生まれて初めてです。
「お仕事ですか?」と聞き返しました。
「うむ。仕事でござる」とのこと。それはそうでしょうね。
「お気をつけて」と仰ってくれたので、
「ありがとうございます」と、答えたのですが、後になって大失敗に気がつきました。
あそこは、何がなんでも、「かたじけない」と答えるべきだったのです。

今でも、あの会話をやり直したくて仕方ないのですが、こればかりはどうしようもありません。まさに一期一会。
人生には、やり直しは利かないということなのであります。




2月中のことですけれども、金沢に行ってきました。北陸新幹線の建設現場の取材です。
こちらの方は仕事での取材ですので、ここに情報を出すことはできませんが、工事は順調に進んでいます。北陸地方では冬の間の工事が厳しいのですが、開業まで最後の冬も越え、これからは試運転が数多く行われることになります。開業まであと僅か。早く乗ってみたいものです。

夜は駅前に宿泊。とは言っても、せっかく金沢に泊まれたのですから、近江町市場に夕食に出かけてみました。

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私がここに初めて来たのは、もう30年以上前のことです。まだ訪れたことのなかった金沢に初めて泊まり、町を歩いていて、偶然に市場を見つけた。まだ、有名になる前のことで、値段も安かったように記憶しています。ブリを丸々1本、家族へのお土産に買って帰りました。市場の人に東京まで持って帰りたいと言うと、発泡スチロールのケースを見つけてくれて、氷をたくさん入れてくれた。それからは家に直帰です。とはいっても、上越新幹線の開業前だったはず。在来線の特急に乗り、魚を入れたトロ箱は、車両の端のイスの背もたれと、壁の間に置いて。荷物が重くて、階段の上りおりが大変でした。


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左の写真が、市場の中にある「近江町食堂」。このブログ2回目の登場です。私は、酒を飲めないので、このようなお店にはありまり縁がないのですが、それでもここは定食類も豊富に置いてくれているので、安心して入ることができます。

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海鮮丼、だったかな。もちろん美味。実は昨年に暮れに、金沢に旅行に出ようか、かなり迷いました。で、日程であるとかを色々考えた結果、浅草に1泊となったのですが、その時の無念の思いを少しだけはらしたことになります。本当は、仕事抜きの旅に出て、存分に心を解放したいとことなのですが、今はもう旅をすることが仕事になってしまい。出かけるやいなやネタ探しもしたりしていますので、どうもその部分が思うにまかせないところです。