時々,立ち食い蕎麦で,コロッケ蕎麦を注文することがある。天ぷら蕎麦とは少し異なるボリューム感が気に入っている。

けれども,いつぞやのこと。たぶんネット上であると思うのだが,「コロッケ蕎麦のようなものを注文する人間の気が知れない」というような記事を読んだことがあった。これには気持ちが揺らいだ。自分の味覚がよっぽどおかしいのかもしれないと思った。

ところが先日,吉村昭のエッセイだったと思うが,コロッケ蕎麦を賞賛する一編があった。
ほっとした。吉村昭は,食通を自認してはおらず「食べ物に糸目をつける」と書いているし,「食通は美味しいものを食べる時は真剣な表情になるが,私は笑い出す」とも書いている。それでも,取材で全国を回って鍛えられたらしい味覚は一流のものと思え,そのような人がコロッケ蕎麦を賞賛しているのだから,私だって賞賛して良いのである。

コロッケ蕎麦は,美味しいと思うのだ。

これもいつぞやのこと。コロッケ蕎麦を注文したら,なんとトンカツ蕎麦が出てきたことがあった。あれは高速道路のサービスエリアだったと思う。つまり,調理の係がコロッケとカツを間違えて蕎麦に入れたのだった。作り置きが当たり前の食堂ならではの椿事といったところで,金額的には得をしたことになるのだが,でも,トンカツ蕎麦は食べ辛くで,美味しくなかった。ボリュームがあれば良いというものでは,ないようである。

コロッケ蕎麦は,注文する人の気が知れない食べ物なのか,美味しいものなのか。

自分は,どんなものであれ,食べる人を安心させる文章を書きたいと思う…,というのが結論。
食べ物は天の恵みなのだし。
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前々回に備後落合駅のことを書きましたので、写真を探してみました。当時は、まだカメラを操作するだけで精一杯で、とても「見ることのできる」写真を撮ることなどできなかったのですが、考えてみれば、この頃が、いちばん写真を撮ることに楽しさを感じていた時期だったのかもしれません。

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駅構内で入れ換え運転をするC56形です。この写真を入れていたアルバムには、その時の切符も挟んであって、昭和46年4月1日と刻まれていました。私が中学校の3年生になる春のことです。そうか。高校の時に行ったと勘違いしていたのですが、高校の時に行ったのは九州で、備後落合に行ったのは、まだ中学生の時だったのですね。

この写真1枚だけ見ても、実に、色々なことに、「惜しさ」を感じる。というのも、機関車だけでなく、一緒に写っている貨車の写真を撮っておけば、どれほど良い思い出になったのだろうということです。もっと言えば、駅にあった売店であるとか、そこで売っていたおでんの写真もあれば、さらに素晴らしい記録になっただろうということです。

もちろん、それは無理な話で、当時の、高いフィルムでそのような写真を撮ることなど思いもよらなかったし、今でさえ、それでは例えばコンビニのお店の写真を記念に撮るか?と言われれば、撮らないはず。そういう意味でも、写真とは撮るのが難しいものだと思います。

一方、下の写真は仕事で訪れた備後落合の写真。日付は2011年7月19日午前8持50分です。これはカメラが記録してます。

ochiai03.jpg

昔の写真とは少しアングルが違いますが、蒸気機関車がいた場所の100mほど先の地点です。昔、ここにターンテーブル(転車台)があって、機関車の方向転換に使われていました。今は、ごらんの通り、雑草に埋まっています。実は、この取材の帰りに乗ったワンマン列車の運転士さんに「あそこに、ターンテーブルがあったんです」と説明したのですが、「ああ。そうですか」との返事。もう昔の話ですからね。

駅の無人化、周辺の過疎化などによってすっかり人影がなくなってしまった今の備後落合駅には、おでんのある売店も、無くなっていました。

私はといえば、プリントで残っている写真だけでなく、なんとか昔のネガも見つけ出して、写真を1枚1枚、すべてじっくり見てみたいなと感じているところです。中学生、高校生の撮った下手な写真であれ、きっとそこにはたくさんの発見があることでしょう。

それはきっと、とても懐かしく、そして、少し淋しい気持ちになる仕事になるのだと思います。


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昨日(土曜日)は、晴れて暖かくなったものですから、図書館に行ったついでに、元町商店街まで足を延ばしてみました。電気予報では、まだこれから寒さがぶり返すと伝えられていますけれど、早く、暖かい日が増えて欲しいものです。もう少しです。

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↑元町商店街の海側の入口です。

こんな看板も掲げられていました。
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みなとみらい線ができて、もう10年になるのですね。この鉄道の延長があるまで、元町商店街は閑古鳥が啼く状態になっていました。それが一瞬にして活気が戻った。本当に「一夜にして」という感じでした。これはやはり、鉄道ならではの力です。

↓例によってウィンドウウォッチング。挙げてゆくときりがないので、1枚だけ。
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元町は、昔から伊勢佐木町と並ぶ、古い繁華街で、こちらの方が、シックで高級というイメージがありました。そしてそのイメージは今でも受け継がれています。洋風という形容が似合うわけですが、個人的には、ドイツの田舎町(デパートがあるくらいの規模の街)という感覚が、いちばん近いように感じます。

食べ物屋さんと、身につける物を扱った店ばかりなのが、少し物足りなくはありますけれど、少し、ヨーロッパを旅している気分。もう何年も、彼の地には渡っていないので、ここに来て鬱憤を晴らすのも良いかもしれません。1時間ほどの散歩では、小さな旅とまでは行きませんが。

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↑ピザ屋さんを見つけたので、買い食い。

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今月のスペシャル、アンチョビーピザです。吉村昭が言うところの「風の味」。屋台などで食べるものは、何故かとても美味しい。考えてみれば、歩いていて楽しい街には、必ずこういうお店があって、旅行者を楽しまさせてくれるものです。元町にも、あと何軒か、買い食いができるお店があっても良いかもしれません。

このピザ屋さんの先にはトンネルがあります。

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麦田町トンネル。何の変哲もない短いトンネルですが、昔はこのトンネルを路面電車が通っていました。今も長崎の路面電車にはトンネルがあって、全国でも珍しい存在と言われていますが、この麦田町トンネルの方が、もっと本格的なトンネルらしい構えをしています。路面電車が廃止された時に、道路用として拡幅され、自動車用のトンネルが2本となったのですが。

路面電車が走っていた頃、私はまだ中学生で、ここにトンネルがあることを知って写真を撮りにきたのですが、トンネルの向こう側には行くことをしませんでした。その先は本牧で、米軍関係者の居住地などがあったところ。横浜でも、もっともアメリカナイズされた場所でした。15年ほど前にアメリカに行ったとき、サンフランシスコの下町を歩いていて、それがどこかの雰囲気に似ている。それがどこなのか、中々気がつかなかったのですが、親に連れられてクルマで通過したことのある本牧の、アメリカ軍キャンプのある一画の風景なのだということに、ようやく気がついたものです。

そういう実に不思議な、けれども魅力的だった一画に、中学生の私は行けずにいた。僅かな距離なのに、何故だったのでしょう?今であれば、喜んで写真を撮りまくるところです。

もちろん、その後に、このトンネルをくぐって、本牧に行ったことは何回もあるのですが、それは、路面電車が走っていて、米軍の施設が並び、黄色いボンネットスタイルのスクールバスが走り回っていたあの頃の本牧とは別の町でした。だから、一番魅力的な、ちょっと近寄りがたい雰囲気のあった、アメリカ風の本牧には、私は行けなかったということになります。


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