忍野村での撮影を終えたあとは…

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山中湖畔の丘の上に建つ「ホテルマウント富士」で,昼食にカレーライスを食べ,山中湖畔を通って帰路についたという写真の並びです。なんだか他愛ない絵日記になってしまいました。

ホテルマウント富士に立ち寄ったのは,45年ぶりくらい。もちろん,以前に来た時は,私はまだ子供。両親と,両親の友人が一緒の旅行に連れられてきたわけです。このホテルは,いわゆるリゾートホテルのはしりとでも言うべき存在で,その時には,子供心にも泊まってみたいと感じたものですが,さすがにそんな夢はかなわず,食事と,ちょっとしたレクリエーションだけで家に帰ったのを覚えています。それでも,ずいぶんな贅沢だったんだなと,今は思います。

レストランのカレーは,さすがにホテルならではの味。ちょっと塩辛いけれど。
感心したのは,レストランがたくさんのお客さんで賑わっていたのに,さわがしくなかったこと。どのお客さんも静かに会話を楽しんでいる。こういう環境を,皆で作り出せるということが,豊かさなのだというを感じました。

そして,この歳でもう一度ここに泊まってみたくなり,帰宅後にはネットで価格も調べたのですが,やっぱり,一人旅では本当に贅沢であるようです。それなら湖畔の民宿利用でも十分に楽しめるかなと,そうも思います。

それにしても,帰り道の渋滞も相当なものでした。これだけ時間がかかるなら,もっと鉄道の利用を考えてみるべきでしょうね。鉄道事業者も,うまく列車を設定してくれないかなあ。

このあたり,色々書き始めると,また長くなり,カレーの後味が悪くなってしまうかもしれないので,きょうはナシ。

そのような次第で,富士山を眺めるホテルに泊まる計画はお預けになりましたけれど,12月か,遅くても1月には,箱根に泊まりに行きたいと考え始めたところです。まさにリベンジ。
いつ,行けるかなあ。
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忍野村で撮影した写真が1枚必要になり、天気も良かったので、急ぎ出かけてみました。

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よく見るアングルではありますけれど、本当に富士山がきれいな場所です。朝7時半に家を出たのですが、渋滞に捕まってしまい、現地についたのはお昼。撮影を楽しむのであれば、早朝に出発するか、平日に出かけることをお薦めします。

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忍野村も、白川郷のように、テーマパークのような場所となってしまいましたが、それでもいたるところに、素朴な美しさが残っています。

村の中を流れる富士山のわき水もしかり。
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散策をしながらの、買い食いも楽しいものです。別にきれいな富士山が見えたからといって、何かを食べなければいけないわけでもないのですが、さつまいも100円 を購入。アツアツで美味しかった。トウモロコシは300円です。
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行きがけのクルマの中で聞いたラジオでは、いま、方言の魅力が見直されているという番組をやっていました。方言を話す女の子が、萌え~なのだそうで、番組の中では、番組のパーソナリティが山形出身の女の子と一緒にがフレンチレストランに行ったら、女の子が料理を口にして開口一番「うめ~」と言ったという、楽しい話も紹介されていました。

江戸時代は、庶民の旅行が制限されていたことから、地域の文化や、言葉が熟成されたのだとも。
現代は、どこへ行っても没個性の時代。別に、地域がことさらに田舎であることを標榜する必要はありませんが、独自の文化の形成に、もっと傾倒しても良いのかもしれない、そうすると、日本という国がもっと魅力的になるのかもしれない、とも感じました。

帰りぎわに「マウント富士」というホテルが建つ丘に登ると、そこからは南アルプスが。右側に見えるピークが北岳、ついで、間の岳と農鳥岳。案外近いものです。
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こちらの取材に出かけたのは10月の下旬のことなのですが、ブログには報告していなかったので、ここで改めて。

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地下鉄東西線、木場駅から徒歩5分のところにあるレストラン「アタゴール」です。
写真の右手、窓の外に見えているのが、かつてJR東日本が試作した豪華客車「夢空間」のうちの1両。

このレストランのシェフ・曽村さんは、「オリエント急行」のシェフを務めた経歴の持ち主。鉄道マニアではありませんが、その時の思いを形にしたのでしょう、JRから客車を譲り受け、今はこれを施設の一部として使用しています。施設の一部というのも持って回った言い方ですが、限定の形で、この客車内で食事やお茶を楽しむことができるのです。車内は、昔の豪華な雰囲気が留められており、ゆっくりと時間を過ごすことができます。

気になる料理の味はというと、さすがに「オリエント急行」に乗務していただけのことはあります。洗練されていて、かつ現代的な味。この取材の時は、私はエイの料理を食べたのですが、いわゆる白身魚よりも,もっと淡泊で繊細な味でした。

もし,木場方面で食事をする機会があれば、是非,一度お出かけ下さい。きっと、素晴らしい体験になると思います。昼のランチコースは1700円くらいからだったかな。次回は、私はディナーを楽しむつもりでいます。



また食べ物の写真で恐縮ですが…

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クイズです。

写真のランチセット(海鮮丼+ラーメン)のお値段はいくらでしょう?

正解は…



500円。
まさに破格です。昼時には,狭い食堂の中は近所に勤める人で一杯になりました。

場所は…?

現在は不通となっている、三陸鉄道南リアス線の沿線。

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そう。仮設住宅の食堂なのです。よく見ると、店の前にもランチセット500円という看板が建てられています。
この店の回りにも、仮設の商店が幾つか並んでいて、ちょっとした商店街の風情を呈していました。

震災から,もうずいぶん長い時間が経ったような気がしますが,それは現地の姿を知らない人間の思い込みであるのかもしれません。復興の道はまだまだ長く、それでも,こんな値段で頑張っている店があることを知って、少しばかりショックを受けました。もっともっと、色々なものに目を向けなければいけない。

この日とは別の時に、三陸鉄道の方にもお話を伺ったのですが、「とにかく現地に来て、見て欲しい。ネットの情報ではなく、現地に来て、感じて欲しい」と仰っていました。

被災地の取材などのために、私も震災後に5回ほど三陸地方を訪ねているのですが、本当に素晴らしい所だと思います。海の幸も美味しいし。

少しでも多く、現地の姿を知り、自分なりに考えて、何かに記録してゆくこと。
それもまた、震災と同じ時代を生きた私たちの努めであるに違いありません。

実は、高尾山には2週続けて出かけました。

と言いますのも、この山の登山ルートに「琵琶滝コース」と呼ばれるものがあり、その名のとおり登山道の脇に滝があるのですが、この滝をスローシャッターで撮影したくなり、2週目には三脚を持って出かけ直したのです。

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上の写真のシャッタースピードは2秒で、さすがにこのタイムですと、手持ちで撮る自信はありません。スローシャッターで撮る理由は、滝の水の表現のためですが、偶然、修行僧の方が現れました。シャッターが閉じるまでの2秒の間、私は修行僧の方に、心の中で「動かないで。動かないで」と願っていました。

高尾山は修験道として切り拓かれた場所だといいますが、多くのハイカーで賑わう登山道のすぐ脇に、このような場所があることが、何だか不思議に感じられたのです。
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先々週だかの話になってしまいますが、久しぶりに山歩きをしてきました。
とは言っても、行ったのは高尾山ですから、「山歩き」という言葉がどこまでふさわしいのか解らないのですが、山は山。標高600mの山であれ、3000mの山と通じる部分はたくさんあります。

この山域を訪ねた時の楽しみは、頂上の茶屋を利用しての食事です。
高尾さんから1時間歩いた城山という山の頂上にも茶屋があって、ここで出されるなめこ汁が、結構、好きなのです。用意してきたおにぎりと組み合わせると、それはもう、三つ星の味。

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山を一人で歩いていると、とにかく色々なことを考えます。
歩いている間、ほかにすることもありませんから。

そして、この日の結論は、「せめて、まだ歩いていない山の道を、少しでも多く歩いてみよう」ということ。
なぜ、その考えに到ったのかというと、すごく長い過程になって、ここでうまく説明できない。と、言いますか、その過程を忘れてしまいました。

城山からは相模湖に下山し、コースタイムで4時間程度の道のりでしたが、久しぶりに体を疲れさせることができました。反省させられることも多くて、これもまたスポーツの効用というところでしょうか。

今回泊まった蟹田の旅館の夕食です。

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毎度同じ感想ですが、これだけの食事が朝夕ついて、今回は6000円でしたから、下手なビジネスホテルよりも、遙かにお得。トイレや洗面所、お風呂が共同で、LANもありませんが、廊下には大きな本棚があり、私はこここからチャンドラーと、宮部みゆきの文庫本を抜き取って部屋に戻りました。もちろん、ひと晩で2冊を読めるはずもないのですが、自分の部屋が図書館になったような感覚は楽しいものです。

こんな旅館の魅力を、もっともっと再発見してゆくべきなのでしょうね。
で、話はいきなり、この水曜日の朝に飛びまして、青森県、蟹田の朝です。
取材で宿泊した旅館で見た、窓の外の風景。

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この前々日だかに初雪が降ったそうで、旅館の人も「冬の始まりです」と言っていました。

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初雪が降って、それが溶けることはなく、軒先にはつららができる。
北国では、私たちが都会で体験する冬の始まりとは別次元とも言える、厳しい冬が始まっています。

報告が遅くなりましたが、10月に岩泉線を訪ねてみました。

とはいっても、この時の本命の目的地は三陸鉄道で、レンタカー利用での1泊2日行程だったものですから、2日めのレンタカーを返却するまでの時間を利用して、岩泉線に寄り道したということなのです。

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写真は岩泉駅。なかなか立派な構えの駅です。岩泉線が岩手県の山の中を走る盲腸線であることから、終着駅もきっと小さなものだろうと勝手に思っていたのですが、全然違いました。

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駅舎内です。これも立派なもの。駅の2階に町の観光協会だがが入居していることから、まだ「半分は」現役の駅です。きれいに掃除されていることが解ります。

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駅舎内には岩泉線の写真もたくさん飾られていました。この路線は、元々は三陸沿岸の小本まで建設される予定で工事が始められたのだそうです。けれども、線路がこの岩泉まで伸びたところで、延伸工事は凍結され、現在に至っています。もし、線路が予定通り建設されていたのなら、小本駅は、三陸鉄道とJRの接続駅になっていたということになります。

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ホームはこのようになっています。線路に雑草が生い茂っているのが目立ち始めています。

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クルマを走らせて浅内駅に立ち寄ってみました。写真は駅前の風景、右手の見える商店は営業中。左手には元・日通営業所がありましたが、この建物は半ば廃墟化していました。駅舎の軒下には鉢植えがあって、きれに手入れされています。

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こちらがホームの情景。やはり雑草が目立つようになっていました。

驚いたのは、このどちらの駅も、地元の人であろうお年寄りが、駅舎を掃除していたことです。きっと当番制で、駅を手入れして、鉄道の運転再開を待っているのでしょう。

災害で運行が休止されている岩泉線は、現在もまだ運転再開のアナウンスがなされていないようです。このまま廃止となってしまう可能性もある。いや、恐らくはそうなってしまうのでしょう。何しろ山奥の非採算路線なのですから。

けれども、そうあってはならないと感じた岩泉線探訪でした。
駅には今でも、運転の再開を待っている地元の人がいるのです。