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今日(15日水曜日)は、下北沢を歩いてきました。

本当に不思議な街です。坂道があったり、古くからの住居、商店の密集街があったりして、いわゆる再開発が難しかったのでしょうね。そうしているうちに、あの猥雑な感じが、一種のテーマパークとなって、保存されてしまったのだろうと思います。

小田急の駅が地下化され、地上駅の取り壊し作業も行われていました。これまでの駅のスペースが有効活用されれば、もう少しすっきりとした街並みになるのでしょうが。若い日々をこの街で過ごした人は、絶対にあの雰囲気が失われることのないことを願っているだろうと思います。

写真は、いわゆるマーケットの一画。13時過ぎの撮影ですが、すでにオープンしている飲み屋さんもありました。

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昨日も小田急沿線を徘徊し、撮影を行いました。海老名から西へ、秦野、渋沢、新松田。どの駅も近年の改装によって面目が一新されていて、月並みな感想ですが「変わったなあ」というのが第一印象でした。私の場合、いちばん頻繁に小田急を利用したのは、高校から社会人の初め頃にかけての、つまり30年から40年くらい前のことで、丹沢登山に通っていたというのがその理由。クタクタに疲れた山からの帰り道、けれども渋沢あたりからでは上り電車に座ることは絶対にできず、帰路が長く辛かったことを、その頃のいちばんの思い出として、今でも鮮明に覚えています。

私にとって丹沢とは、登山の基礎を教えてくれた山でもありました。雨の降られ方、風の吹かれ方、寒さの耐え方、暑さの耐え方、疲れた時の休み方などなどを、ここで学んだわけです。登山というスポーツは、まずは丹沢のような低山で、そういった経験を積むことで対応力をつける必要がある。そうすることで、より難易度の高い山に登った時や、悪天候に見舞われた時に、さまざまな備えをすることができるようになる。昨今は中高年のパーティが、3000m級の山で集団で遭難するケースが増えていますけれど、あの人たちはそのようなプロセスなしに、いきなり高山に出向いているのでしょう。だから、何かあった時に耐えることができないのだと思います。

昨年だかに高校時代の山に通った友人と久しぶりに会い、「あの頃は体力はあったはずなのに、なんで、あんなに歩くのが遅かったのだろう?」という、長年の私の疑問を彼にぶつけてみました。少し考えての友人の答えは「たぶん自分の力量を把握していなかったせいだと思う」とのこと。きっとそうだったのだと思います。

昨日もまた山の姿だけ見て、しかしそこへ足を踏み入れることはできず、またもフラストレーションが蓄積された状態となりました。早いところもう一回登山をして、このモヤモヤを解消しなければいけませんね。今はすっかり体力が落ちてしまいましたから、入門コースの再訪が私にとって最適なものでしょう。また、渋沢からの帰りを疲れた状態で立ちっぱなしはいやだけれど。いっそ小田原に出て、新幹線で帰ろうかなあ。

釣り師の諺には「鮒に始まり、鮒に終わる」というものがありました。私にとって、それが丹沢と小田急?
いえ、まだ終わるわけにはいきませんよね。