それでは、今まで食べた駅弁の中で、いちばん美味しかったのは何だろうと振り返ってみると、私の場合、これは間違いなく野辺地駅の「鳥めし」だったと思います。「鳥めし」。鶏と卵のそぼろがご飯の上に乗った、日本中に同じスタイルのものがある駅弁です。それでは何故これがいちばんだったのかというと、私が買った時が出来たてで,ご飯がまだ暖かかったから。それは、年末の休みを利用して、南部縦貫鉄道を見に行った時のことですから、寒い季節のこと。それだけに、出来たての駅弁が美味しく、強い印象に残ったのだと思います。今はもう、南部縦貫鉄道はなく、数年前に野辺地の防雪林の取材に出かけた時も、この駅で駅弁を買うことはできませんでした。南部縦貫鉄道に乗り、出来たての駅弁を食べたこと。特に変わったことをしたわけでもない、そんな旅の一コマは、けれども、おそらくは二度と体験することができない、貴重な体験となったのでした。

 炊きたてのご飯を詰めた駅弁といえば、「峠の釜めし」がヒットする前の横川駅の幕の内弁当にも、そんな逸話があったと訊いています。冬の寒い日に、列車が駅に到着する直前になってから、折りにご飯を詰めてからホームに立ったことがあった。それは先代だか、その前だかの女性社長であったかと訊いています。暖かい駅弁を買ったお客さんがとても喜んで、列車が発車した後も、窓を開けて手を振ってくれた。社長さんもそれに手を振り替えしているうちに、涙が止まらなくなったのだとか。

 横川は「峠の釜めし」が押しも押されもしない看板商品ですが、以前は「幕の内弁当」も売られていました。売店のカウンターの上に釜めしが文字通り山積みとなっている脇で、幕の内の数は5個くらい。でも、それでもちゃんと幕の内を手がけていることに、何やら気概のようなものも感じられたのです。

 この幕の内弁当には、ちゃんとファンもいました。その一人が作家の池波正太郎で、「長野に旅行したら必ず食べたいものがある。それは横川駅の駅弁である。ただし,私が食べたいのは釜めしではなく、幕の内弁当の方である」というようなことが書かれていたのを読んだことがあります。何でもないような幕の内弁当に、それだけの価値を見いだす作家もずいぶんな食いしん坊だと思いますが、それだけのクオリティを欠かさない作り手も作り手で、何やら達人同士の果たし合いのような話です。

 これも数年前のことでしょうか。ある雑誌に駅弁の人気投票という記事が載っていました。旅行や鉄道の専門ライターの投票によるというランキングの一位に輝いたのは「峠の釜めし」。同じメーカーのものですから,目くじらを立てることもないのかもしれませんが、横川駅の幕の内弁当は,得票ゼロ。同じ専門の者として、ちょっぴり淋しかったのを覚えています。この幕の内弁当も、今は生産を辞めているようです。

 誰もかもが効率であるとか、利益ばかりを求めるようになると、あるいは文化というものまで失われてしまうことがあるのかもしれません。
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 仕事からの帰り際にスーパーに寄ると、ソラマメがたくさん並んでいた。この食材がスーパーに並ぶようになって、今年ももうだいぶ時間が経っていることは知っているけれど、旬のものを見るのは、いつも心の弾むものである。今年はまだエダマメには早く、もちろんトウモロコシも出ていないが、これらのものが店先に並んだら、きっと1回か2回は家に買って帰りたい。原発の事故が起こった時、国会の審議の中で「江戸時代のような生活になって良いのか?」という台詞があった。でも、江戸時代の生き方の何が悪いのだろう?単に比べるだけなら、今の方が進歩しているものは数限りなくあるのだろうが、だからと言って何もかも過去の方が不幸だったということには、絶対にならない。旬の食べ物に季節を感じ、生きることの喜びを見い出す。そのような感性であれば、江戸時代の人の方が優れていたはずだ。

 これは少しばかり昔のこと。将棋の米長邦雄が、名人戦の対局中に部屋の窓からソラマメが収穫されるのを見て「あれを食べさせて下さい」と言ったという。将棋名人戦はそんなわがままも認められ、それだけ特別な舞台なのだということを物語るエピソードとして記されたのだろうが、私は何故か、その台詞だけを忘れることができず、だから空豆を見ると、名人戦のことを思い出し、そして初夏という季節の、この季節だけの華やぎを再確認できる。小さな言葉一つが、人の一生を豊かに彩ることがある。

 そんな言葉の一つ。今は「高原野菜」の駅弁を作っている駅弁屋さんの先代社長が「ホームでトウモロコシを茹でたことがある。これは売れた」と言っていた。「売れた」という言葉に、儲かったということではなく、楽しかったという気持ちが込められているようで、話を聞いていたこちらまで嬉しくなった。

 今でも、駅でそんな食べ物を売ってくれれば、お客さんは旅に出た楽しさをいっそう感じることができるのではないかと思う。旅の過程を色々な方法で楽しめること。これこそは飛行機や、クルマではなかなか味わうことができない、鉄道の旅だけの大きな魅力ではないだろうか?

 もちろん、ホームでソラマメを売るのだって、大歓迎だ。




Eiji Ikeguchi

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本川越 ピム・チャイ

本川越の駅近くのタイ料理屋さんのシーフードカレー。見た目には結構辛そうなのだけれど、食してみると、海老とイカ入りの親子丼という風情でした。全然、カレーの味がしない。でも、それでも納得してしまうのが、タイ料理の真骨頂というところかもしれません。

そういえば、タイ料理は世界的にも評価されていて、日本にも進出しているけれど、カンボジア料理とか、ビルマ(ミャンマーだけれど)料理屋さんって、見ないなあ、ベトナム料理は時々あるけれど…。なんてことを思いながら、店の外を見ると、ゴールデンウィークの人並みが、川越の古い町並みを目指して、流れていきます。

ずいぶん前にこの町に来た時は、そこらじゅう「お芋」だらけだったけれど、今はどうなのだろう?でも、仕事で来たので道草の時間はなし。ちょっとエスニック気分を味わって、それが私の過ぎ去ったゴールデンウィークでした。

(「カレーのお遍路」とは、元々はフェイスブック向けとして始めた全国カレー探訪の記録です。フェイスブックの方では、北は北海道の北見から、南は九州の人吉までのカレーショップ探訪の紀行文が50本あまり貯まりました。これを機に、このブログの方にも随時アップさせて頂きます)
連休中、NHKのラジオを聴いていたら、夕方近くになぎらけんいちさんが出てきて、「私のがらくた自慢」というコーナーのパーソナリティをやっておられた。そして、最初に紹介された視聴者のがらくたコレクションが「牛乳瓶の蓋」。

こーゆー時、なぎらけんいちというのは、実にまったりとフィットする。他にも、針の部分が取れてしまった画鋲とか、そんなものばかりが紹介され、その意味をなさない元・画鋲は、それでも600枚がコレクションされたのだという。

人類とは偉大だ。そして、その偉大さを視聴者に悟られないなぎらけんいちの語りも偉大である。ああいう人に、私もなりたい。


町田 アサノ

町田という、もしかしたら下北沢以上にぐちゃぐちゃとした街の、そのまた猥雑なマーケット然とした一画にあるお店です。このお遍路シリーズの中でもっとも小さく、かつ汚い店。汚いと言って語弊があるのであれば、綺麗ではない店。お店の中はカウンター席だけで定員6~7名。これだけ書けば、自ずとその雰囲気も解ろうというものです。

写真はチキンカレー900円。お店の中には「プレイボーイの誌上でカツカレーがベストテンの1位に選ばれた」という旨の張り紙がありましたが、1400円もするのでパス。1400円出せば、老舗のとんかつ屋さんだって行けますし、ファミレスでステーキだって食べられます。もっとも、カツは狭い店の中で、注文を受けてから揚げてましたから、そりゃ美味しいでしょう。

カレーソースの味はというと、どこかで食べたような気がするものの、それがどこなのか、いくら考えても思い浮かばない。中村屋のようでもあり、ナイルレストランのようでもあり、でも、やっぱり違う。ま、そんな怪しさが、狭い店によくマッチして、見事なまでの詩情を紡ぎ出しています。

それではこの店にまた行くことがあるのか?私はアリだと思いました。町田には、他にも覗いてみたい飲食店がたくさんあるのに、困ったことです。
東海大学

江古田に続いて、こちらは東海大学駅前に設置されているクッキーの自動販売機。
よく見ると、個々の商品名がお洒落。
「潮」「石畳」「白い砂浜」などとあり、全部「揃えて」みたくなりました。

日本大学

ちょっと前に、江古田まで行く用事があり、4年間お世話になった学校の様子も見て参りました。
写真は、昔「文華堂」という教科書を売っている書店があった交差点からの眺め。この情景に出くわした時、私の心の中に浮かんだ台詞はただ一つ。
「違うだろー」でした。
写真の左手で木が立っている場所には、昔「平和道場」という雀荘があったことを申し添えておきます。


小田原 ニュー鶴橋

小田原に来たらこれです。
カレーうどん。
って、これは去年の2月1日にもブログで紹介してますが、味のことをちゃんと書いてなかったので、もう一度。

駅ビルの2階だかに入居している店で、屋号からすると大阪の鶴橋に本店があり、同じ味を出す支店のようなイメージがあるのですが、実のところよく解りません。ネットで探してみても、同じ名の支店は見つからないし。

鍋の中には必ずホルモンが一切れ、二切れと入っていて、それがなんとなく関西風。味は濃厚で、トッピングのニラキムチの愛称もよろしく、注文を受けてから鍋を火にかけて調理するので、いつでも熱々が食べられます。

480円。熱々を食してその余勢をかって世の中にガッデムと呟く。ジャンキーな食べ物は、なぜか精神力を鍛えてくれる気がしてなりません。

新百合ケ丘

写真は新百合ヶ丘駅コンコースからの眺め。駅というより、単に喫茶店の写真という風情ですが。

あえて暴論を吐くのであれば、この駅はどこか?
新百合ヶ丘ですよ、新百合ヶ丘。
あなた、新百合ヶ丘といえば山の中の分岐駅。小田急の備後落合ですからね。そこにこんな構えの店があって良いものか。

つまり、日本の駅は皆、新幹線の駅になりたいのだな、と感じました。お洒落なことは良いけれど、でも、オーバースペックになってしまわないか心配。今も小田急の某駅では改築工事が進んでいて、またもショッピングビルがオープンするそうな。そんなにたくさんショップがあっても、もう行ききれません。

線路は高架で真っ直ぐに伸び、その下にコンコースであるとか、ペデストリアンデッキがあり、飲食店が並ぶ。この図式も、なんだか飽和してきたような気がします。駅は別にアートではないけれども、ちょっと違う意匠も欲しいですよね。

個人的には郵便局に一票。


下北沢 スパイシア

以前にフェイスブックで、町田のぐちゃぐちゃさは下北沢に匹敵するのではないか、と書きましたが、先日、その下北沢に行き、やはり一枚役者が違うということを目の当たりにしてきました。お詫びして訂正します。

その下北沢は、今、小田急の駅の地下化に伴う工事が続けられており、ぐちゃぐちゃさに磨きがかかっているところ。このお店はその核心部から少し離れたところにあるのですが、入口は塗装の禿げた木のドアながら、一歩中に入ると、ぎんぎんのカフェ風のインテリアという具合で、このあたりさすがに下北沢です。って、私はいったい、何をどう形容しているのでしょう。自分でもよく解りません。

写真は昼の980円のランチ。カレーは2種を選べてチキンティッカ付き。880円ならチキンティッカはつきませんが、どちらもお得であると、これは食べてみての印象。ソフトドリンクもつきますし。

写真に写っている片方がほうれん草とマシュルムのカレーで、これが辛さはほとんどなく風味豊か。かといってほうれん草独特のアクもなく、また注文してみたくなる楽しい味でした。そういえば、ポパイはピンチに陥った時にほうれん草を食べると力が出て、形勢を逆転できたなあ。このカレーを食べると力が出るのだろうか。魔女の宅急便のキキちゃんはデッキブラシでもかろうじて空を飛べたから、このカレーでも多少の力は出るのだろうなあ、などと意味のないことを考えているうちに、何だか午後の部の仕事に戻ることが、とてもおっくうになったのでした。