ここのところ、訳あって、といっても大した訳でもありませんけれど、色々な作家のエッセイを手当たり次第に読み返しています。手当たり次第といっても、学生時代のように、一日中本に向かっていられないのが辛いところですが、とにもかくにも、本棚の隅からエッセイ集を探し出しているところ。軽いタッチの読み物は、引っ越しの際にずいぶんと処分してしまったことが、今になって惜しまれますが、これはまあ、古本屋で再会するようなことがあれば、もう一度、少しづつ入手していくことにしましょう。

それでまあ、当たり前のことを書くと、同じエッセイでも書き手によって、全然文章が別物になるのだなということに、改めて気がついたということです。当たり前ですね、本当に。
エッセンスを煮詰めに煮詰めて、幹と葉っぱだけのようなエッセイを書く人もいれば、最後の1行の軽妙なオチのために構成してあるような文章を書く人もいる、オチはない淡々とした構成ではあるけれど、文章が非常に緻密に組み合わさっている人もいる。それぞれに面白く、いずれの本も、一度や二度は読んでいるはずなのに、ずいぶんと発見があるものです。

そして、発見と同じようなことではありますけれど、一度は読んだはずのことを、ずいぶん忘れてしまっているのだな、ということも痛感しました。例えばもし、一度読んだ旅のエッセイのことを、ずいぶんと忘れていなかったとすれば、それからの旅も、また趣の違ったものとなったことでしょう。本を読み直す楽しさも改めて感じましたし、もう一度、いろいろなエッセイを読もうと思ったことも収穫。本を探すことも、楽しいものです。

ところが、そのつもりになってみると、最近は、新刊の書店も、古本屋さんも、冒険小説、あるいはビジネス書、成功への指南の書はたくさん置いてあっても、エッセイ集は思いのほか少ない。そのことに気がつかされました。
仕方がないので、貴重な宝物はなかなか見つからないから貴重であると、今はそう思うことにしています。
頑張って、自分も書かなければ。


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福岡県大川市に来ています。取材の対象は筑後川に架かる昇開橋なのですが、
写真syokai

もうひとつ、嬉しかったのは、この橋の近くに明治期に建てられた銀行の建物を利用した「貨幣博物館」というものがあり、それは小さなものではあったのですが、
写真ginko

ここには様々な貨幣が展示してあり、その中に「西郷札」があったことです。
西郷札は携帯では撮影しなかったので、ここにはアップできないのですが、西南戦争によって経済が逼迫した薩摩藩が急遽発行したという、いわば私的な通貨である西郷札は、布製の、貨幣というより、お守りのような姿をしたものでした。質素で。

傍らに掲げられた解説では、社会的な信用度は低い通貨であり、戦争の終結後に明治政府がこの通貨を担保することはしなかったことから、西郷札を蓄えた商家はその後没落したともありました。

西郷札のことは、松本清張が小説に書いており(清張のデビュー作と言われています)、私も少しだけ読んだのですが、途中で放り投げてしまっています。でも、これを機に、もう一度読んでみようと思っているところ。小さな布製の貨幣を見たことで、大げさな言い方をすれば、私のその後の生き方が少し変わったということでしょうか。

入ろうか、やめようか、迷った末に入った小さな博物館にも出会いがあったということになります。何事も勉強ですね。それから、私に館内のこと、大川という町のことを説明してくれた博物館のsさんも、とても親切な方でした。感謝します。


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昨日までのこのブログでも報告させて頂きましたが、急ぎ足で函館を往復してきました。
とある宅地造成現場の取材だったのですが、時間の限られた取材でしたから、往復の航空機利用もやむを得ないところです。

現地では、現場の所長さんにかかりきりで案内をして頂き、山の中へ踏み込む必要がありますから、運転手さんもついての車利用です。函館市近辺を色々と走り、合間を見て、トラピスト修道院も入口だけ見学させて頂きました。この修道院製というクッキーの味は知っていても現地を訪れたのは初めてで、海を見下ろす丘の上に建つ修道院は、深い雪の中に埋もれていました。やがて雲が切れて青空が広がり始め、陽も射してきます。屋根の上の十字架が冬の陽を受けて光り,バックの青空と鮮やかなコントラストを描きます。私たち以外は無人。何の物音もしません。夏の間は多くの観光客で賑わうのでしょうけれど。

後ろ髪を引かれる思いで車に戻ります。修道院から続く坂道の両側には林が広がり、昨夜の雪が残ったままの木立が、樹木の黒と、枝に残った雪の白と、この二つの色だけが広がるモノトーンの世界を描き出しています。

「きれいなものですね。何だか北欧の民話の世界の中にいるような気分です」と、これは私。
それを受けて所長さんが応えます。
「私も、東北勤務が長く、北海道には初めて来たのです。実際に北海道に住んでみると、この土地の美しい景色というものは、例えば函館山からの夜景だとか、大沼公園の風景だとかよりも、むしろこういう身近などころにあるということに、初めて気がつきました」

私たち、情報の出し手の今の仕事のやり方は、もしかしたら、すこしばかり片手落ちになっているのかもしれない。けれどもどうすれば,ただの通りすがりとしてではなく、このような美しい風景や、あるいは行く先々の土地の魅力をより深く紹介できるのだろう?

そのような疑問に答えが導き出される前に、坂道は終わって駐車場に着き、所長さんと私を迎える車がやって来ました。


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函館にいます。飛行機で来て、空港から取材現場に向かい、取材が終われば空港から帰る。現代では、当たり前のスタイルです。朝、羽田を出る時は、雪で、飛行機か、羽田にひき返すかもしれない、という断りを受けての出発ですた。昼間は雪が降り続いていました。
今は、雪がやみ、空には月が出ています。
宿の窓から見た、小さな旅情です。

これは,うろ覚えのことなので,登場人物など定かではないのですが,確か開高健のエッセイであったと思います。どこかの外国の,空港だかで,同行のきだ・みのるがボーッとしている。開高氏がどうしたのかと聞くと,きだ氏が「心がここに到着するのを待っている」と返事したというくだりがあったと思います。ジェット機であっという間にここまで来たので,まだ心が到着していないのだというのですね。

現代における私たちの旅行も,ほどんどがこんなパターンなのではないか,と思います。到達時間が短くなったのは良いけれど,どうも旅情というものが乏しい。特に飛行機での旅行などは密室に入れられて運ばれるわけですから,この傾向が強くなるような気がします。松本清張の,「目の壁」だかには,犯人を捜そうとする主人公の相棒が,東京から名古屋への出張するのに,6時間がかかるというようなことを説明する下りがあったと思います。東海道を在来線利用で東京から名古屋まで行くというのは,今日ではなかなか出来ないことではありますけれど,もし,会社が許してくれるのであれば,そんな出張もしてみたいものです。

かく言う私も,きょうから函館に出かけます。もちろん,と言いますか,残念ながらと言いますか,往復飛行機利用です。羽田から1時間半で現地に到着してしまうわけですから,きだ氏ならずとも,心が到着しないということもあるかもしれません。もっとも,わずか1泊で帰ってきてしまいますから,心は羽田に留まっていてくれれば,すぐに元に戻るということになるわけですが。

まだ,彼の地は寒いのでしょうね。取材現場はきっと,一面の銀世界なのでしょう。
楽しみではありますけれど,でもやっぱり寒そうです。

春よ来い。


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寒さの記憶の次は、当然、暑さの記憶ということになるのだろうけれど、実は「暑くて苦しかった」という記憶はあまりないのです。それでも一生懸命考えると、炎天下でひたすらC12が来るのを待った高森線とか、自動販売機を見つけた時の嬉しさを忘れられない、敦賀港線廃線跡探訪とか、色々ありはするのですが、でも、山歩き、自転車旅行、草野球での暑さの記憶の前では、どうしてもかすれがち。炎天下であっても、カメラを構えて待っているだけであれば、そりゃ、草野球の練習の方がきついです。

それから、私が、寒さよりは、暑さに強いというのも、あるのかもしれません。

思い出すなら、まだ均一周遊券が健在の頃の、九州旅行。「かいもん」だの「みやざき」だのという夜行急行も、ずいぶん暑かったはずなのですが、これも記憶がありません。冷房がなくても、平気な時代だったのですね。それでも、九州の蚊はずいぶんと元気で、朝になると、体のあちこちが痒かったという記憶は残っています。靴の中を刺されて、歩くごとに痒かったり。高校生の蒸気機関車撮影旅行の記憶です。

若かった。
良い時代でした。


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深夜になっても、パソコンに向かっています。寒いですね。あと、半月もすれば3月で、春の訪れということになるわけですが、2月のこの時期は、ひたすらそれが待ち遠しく、辛い季節でもあります。

あんまり寒いので、これまでの取材で寒かったベスト3(ワースト3と言うべきか)を考えてみました。

第3位 津軽海峡線の試運転列車の撮影 これは青函トンネルの開業前のことでした。雪の吹きさらしで1時間の待機。ようやく撮影を終え、駅に帰っても無人。これが辛かった。とりあえずやって来た、帰りたい方向とは逆の列車に1駅区間だけ乗り、暖を取りました。

第2位 晩秋の夕張線。11月のことで雪が降る前でしたが、これはこちらの耐寒装備が不十分だっただめです。次の列車までの待ち時間が長く、無人の駅舎の中を歩き回り、でも、そんなことをしても寒いんですよね。こういう時は。次にやって来た区間列車にとりあえず乗り、下車駅でラーメン屋へ。お腹空いていなかったけれど。

第1位 津軽鉄道のストーブ列車。出発前にダイヤを確認し、現地であまり吹かれないようにと思っていたのですが、午前中運転のストーブ列車は、気動車が客車を牽引するというものでした。やはり、機関車が惹いている列車でないと絵にならないものですから、次の列車を待つことに。無人駅の小さな待合室の中で2時間半待ちです。

きょうは、あまり時間がかからずに済みそう、などと考えていたこともあって、このときは寒かった。スマートフォンで暇つぶしをしようにもバッテリーが心配だし、あまりに寒いと、持参の本を読む気にはなれないのですね。

次のストーブ列車の撮影は無事に終了し、その折り返し列車に乗れた時の暖かかったこと。すぐにレンズが曇ってしまい、ストーブの赤々とした火をうまく撮れなかったことが何とも残念でしたが、いちばん寒かった列車は、同時に、いちばん暖かくてほっとした列車でもあったのです。車内に人がいることで醸し出される雰囲気も大いに関係しているのかもしれません。

今、これを書いている部屋の中も、夜遅くなってずいぶんと寒くなってきました。
ストーブの前で丸くなっているネコが、私の心の方は暖めてくれます。

そろそろ、お風呂に入って寝よう。


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日曜日も、東急の沿線を歩いてきました。
まず、東横線の祐天寺で途中下車。それが目的というわけではありませんでしたが、有名なカレー屋さん「ナイアガラ」の様子も見てきました。
写真は現在の様子。

naia.jpg

現在、お店は改装工事中で、3月の第一土曜日(2日)にリニューアルオープンとのことです。HPには「創業の地で」と書かれていましたので、商店街を少し奥まで歩いていった場所に再移転するのでしょうね。とにかく、マスターの気配りが心地良いお店ですから、再オープンが今から待ち遠しいところです。

それから、少し電車を乗り継いで、こちらは世田谷線の宮の坂駅の様子。
miya01.jpg



こちらには、世田谷線で使用されていた旧形車が保存されています。
車内はこのような感じです。
miya02.jpg


世田谷線を利用すると、この鉄道が本当に利用しやすい鉄道であることがよく解ります。
電車が頻繁に来て、料金も安く、ホームにすぐ入れて駅の長い階段を歩く必要がない。
昔は、全国の主要都市で、このような路面電車が運転されていました。赤字経営であるとか、渋滞の原因がその理由とされていましたけれど、それを続々と廃止してしまった。今、考えると、本当にもったいないことをしたものです。

「ナイアガラ」と世田谷線を、こじつけた話にはできないのですけれども、このような、私たちにとって、安らぎを与えてくれる身近な存在は、これから先、何としても守り、そして今一度発展させられるように、私たちが皆、その方法を、頭の中で何となくでも良いから、考えておきたいものです。

例えば、もし今の横浜市内に路面電車があれば、私は積極的に利用するだろうと思います。




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金曜日、土曜日と、東急の沿線を歩いています。たぶん、日曜日もそうなることと思います。

池上線や、目黒線のほとんどの駅で下車して、いろいろと取材。家からさほど遠くない所であるはずなのに、いや、それだからこそなのかもしれませんが、初めて降りる駅であるとか、20年ぶりくらいで降りてみた駅というものが、結構あります。

いつものことですが、そうした駅では、街の変貌ぶりに驚かされ、遠い昔の曖昧だった記憶がかき消されてしまったりする。それは楽しくもあり、悲しくもある作業です。悲しいという気持ちが、少し勝っているかな。

ちょっぴり不満を感じるのは、そうして生まれ変わった街並みが、どこも同じような雰囲気になってしまっていること。駅前広場が洒落たデザインになり、駅前商店街には、ファーストフードショップや、チェーン店が軒を連ねている。

そうした風景に、ちょっとお腹いっぱいになった時に、古い造り建物に出会うと、何だか嬉しい気持ちになります。古いといっても、格別な年代ものである必要はありません。今風の画一感のあるデザインでない、少しアクのある個性的な建物、と言った方が良いのかもしれない。個人の気ままな思い入れがそのまま形をなしたような建物。

IMG_0855.jpg

例えば、こんな感じです。写真は旗の台駅前で撮影したものですが、何となく迫力が感じられて、見ているだけでなんだか嬉しくなります。

先日は古い木造建築の写真をアップさせて頂きましたけれど、この写真のような建物も良いものです。こんな建物が残っている街ならば、きっと住んでいて楽しいだろうな、なんて、無いものねだりをしてしまいました。


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昨日、自宅からそう遠くない商店街を駅に向かって歩いていました。

すると、シャッターを降ろしていたある書店の前に小さな張り紙が。
閉店の知らせです。「○月○日をもって、営業を休止します」と書いてありましたが、恐らくは閉店でしょう。私はその小さな店は、この5年くらいの間でも数回しが利用していませんでしたから、とても「お客さん」と言ってもらえるような立場ではありませんが、それでもお店が、それも書店が閉まってしまうというのは、本当に寂しいものです。

その商店街の近くには、大学もあります。大学から最寄りの商店街がここであるのに、でも書店が閉まってしまうというのは、どういうことなのだろう。恐らくは人生の中でももっとも本を読まなければいけない年頃であるはずの、大学生が、まったくと言ってよいほど、本を読んでいないのかもしれません。私が学生の頃は、友人と競争で本を読んだものです。その頃は、小松左京、筒井康隆といったSF作家の全盛時代で、新刊が続々と発行されていました。本来、学生が読むべきとされる哲学書であるとか、古典とは縁遠かったものの、そういった濫読は、きっと自分の中で何かの糧になっているのだと思う、というか、だいたい自分は文章を書くのが仕事ですからね。本を読まなければ、文字通り話にならないわけです。

数年前、北海道の夕張線を旅したことがありました。小さな無人駅の駅舎の中に、その駅の名前を冠した「○○文庫」という書棚があって、列車を待つ間の時間つぶしにと書棚を見ていたら、豊田有恒さんの懐かしい文庫本がありました。学生時代に読んで、それから何年経っているでしょう。今一度ページを繰ってみると、懐かしいばかりでなく、この作品が社会評論としても、きっちりと主張をしていることが解りました。学生時代は、一連の作品のコントの部分ばかりに目がいって、ここまで作品を「楽しむ」ことはできないでいました。それは素晴らしい再会でした。

だから。

若い人も、もっともっと本を読んで欲しいのです。でなければ再会だってないのですから。そうして、自分自身について振り返ってみることができるのも、若い時の経験があればこそなのです。

だから。

まだ若いと自負する私も、今一度、いろいろなものを読んでみなければいけない。それから本当は、まだまだ現役のSF作家の先生方にも、あの頃の作品をリミックスできるような作品を手がけて欲しいとは思います。書店に出かけて、好きな作家の新刊を見つけた時の喜び。ネットの世界とは無縁です。


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