きょう(土曜日)は,仕事の下見を兼ねて,自転車で横浜のみなとみらい21地区まで出かけてみました。

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↑記念写真を撮影。後方は赤レンガ倉庫。

自転車だと,500mくらいの距離でも,いとわずに,行ったり来たりすることができます。狭い場所を,あてなく,動き回るにはうってつけ。
赤レンガ倉庫からは少し離れた山下公園では,大道芸が繰り広げられていました。

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ロンドンから来たというポール氏は,とにかく雄弁。日本語が上手いだけでなく「ナイフを受け取る時は,気をつけてね。でも,君たちは医療費3割負担だろ。俺は外国人だから10割負担。初めて覚えた日本語が「実費」」などと,とにかく,観客を笑わせ続けます。

写真は高い一輪車で動き回っているシーン。この後さらに,一輪車の上で,火を付けたたいまつと,ナイフと,リンゴのお手玉をしながら,リンゴを食べ続けるというパフォーマンスを演じ,最後にリンゴを放り上げてナイフの先に刺すという芸を披露。ところが,リンゴはナイフの先には刺さらずに落下。観客からは,「あ~」という悲鳴が上がります。
けれどもポール氏「大切なのは,失敗しても,あきらめないことだろう?」と絶叫し,もう一度,お手玉をして,次は見事にリンゴを刺して見せます。もしかしたら,最初の落下は,わざとやったミスなのかもしれません。

でも,なんだか勇気づけられました。今の世の中は,最初から失敗することを避けて,何もしなくなってしまっています。でも,本当に,これはつまらない。失敗の伴わない成功は偶然に過ぎないという考え方もあります。自分なりに失敗をして,でも諦めず,頑張らないとな,なんて,ロンドンから来た大道芸人に教えられました。
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朝のテレビ番組に「みのもんたの朝ズバッ」という番組があったかと思いますが、明日27日放送分に、私がちらりと顔を出すことになった模様です。
もし、この時間にテレビを見ている方があれば、チャンネルを合わせてみて下さい。

とはいえ、自分で自分の姿を見るのは、とっても恥ずかしいのですが。
このブログでは何回か引き合いに出している開高健のエッセイに、作ったスキヤキを延々食べ続ける話がある。
創作活動の妨げにならぬよう、手間のかからない料理を作り置きして部屋にたれこめることを選んだ先生は、毎日、スキヤキと対峙することとなる。その結果、最後には「ネコのゲロ」ともおぼしき鍋に火を入れて本を読むはめになるのだが、自らの小さな失敗を風刺しながらも、その背後に様々なものが感じられて、何度読んでも面白い名作となっている。

かく言う自分も、先生同様、中年のシックな自炊生活を楽しんでいる。先生の場合、家族からの遊離を求めての自炊生活であり、私の場合は自ら求めたものでもないわけではあるが、結果的には、まあ、それほど大きな違いはないようにも思える。

確かに何度でも鍋を火にかけられる煮物は重宝な存在で、しかもそのたびごとに、料理の味が深まるのだから、ありがたい。私の場合は、スキヤキではなく、カレーが主戦投手を務めているのだが、これは酒に対する位置づけの問題もありそうである。

自分で、市販のルーを使い、ニンニク、白ワイン、固形スープ、その他、その時々で目にとまったスパイスなどを適当に放り込んだカレーでも、最後の一皿となる頃には、あれほど入れておいたタマネギもったく形を消し、それは見事な味わいとなる。一流ホテルでも、これだけのカレーを出すところは少ないだとうと確信できる味なのだが、別に大したことではない。そもそもが、煮物とはそういうものなのだ。

かくして、私も部屋にたれこめているわけではあるが、問題はここからで、書いている原稿が短いルポであったり、書評であったりするからこれで文学賞は取れそうになく、似て非なるものの一歩の差は限りなく大きい。行き着くところはみなお墓と達観するまでには、あと少しだけ時間を必要としそうであるし、だいたいブログや、ツイッターや、フェイスブックに囲まれていると、これはもう文学の世界とは無縁の、ローンの支払い、多重債務のごとき様相を呈してくる。

どの時代に生まれることが幸せなのか?
自炊をする今の自分に解ることは、スキヤキの先生、明らかに肉を買い過ぎている、ということ。これだけは間違いないように思える。
碓氷峠へ出かけてきました。

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月並みな感想ですけれども、よくもこれだけ峻険な場所に、まだ未熟な土木技術しか持ち合わせていなかった明治の鉄道人が、線路を通したと思います。

現在は、横川駅の近くから、熊ノ平信号場跡地までが遊歩道になっていて、自由に歩くことができます。片道12キロあまりの道のりは、長さは驚くべきものでもないのでしょうが、片方の道のりがずっと登りつづけとなるので、実際に歩いてみたら結構きつかった。

写真は遊歩道を歩いた翌日、雨の旧道を車で走り、熊ノ平よりも軽井沢寄りでみかけた光景ですが、いささか神秘的でもありました。今、「めがね橋」には観光バスがやってくるほどの盛況ですが、彼の地を訪れたなら、是非、めがね橋以外の場所も訪れてみて下さい。
ずいぶんと、歴史観が変わるような気がします。
ここ数日、ブログの更新ができずにいました。
その理由は、いちばん大きなものは、締切が来ていたこと。これは表向きにも、本音の部分でも一緒です。

それからもう一つが、ひょんなことから、本当に期せずして、フェイスブックを始めてしまったことがあります。

フェイスブックについても、色々な噂は聞いていたのですが、実際に3日ほど携わり、初期の作業に追われてみると、色々なことを感じました。
いちばん強く感じたことは、まだ過渡期にあるのかなということです。まあ、ネット関連のツールというものは、すべてが常に過渡期にあるようなものですけれども、実際に、フェイスブックを使ってみると、昔のパソコン通信の感覚に近いことが解りました。

インターネットとは違う、ある程度の閉鎖性があり、それゆえに双方向性も得やすい。恐らくは、昔のパソコン通信に夢中になった人達が多くいるんだろうなとも思い、20年ぶりに色々なハンドル、本名を思い出して検索してみると、昔懐かしい名前もずいぶん見つけることができました。
それから、それぞれの方の今の仕事が、がらりと変わっている人もいる。コックさんを辞めたばかりで、さあこれからどうしようと言ってた人が、映像作家になっていたり…。まあ、予兆はありましたけれど(笑)。

1980年代の終わり頃、パソコン通信が開始され、私も友人から結構強く薦められ、半ばことわり切れず始めたのですが、まあ夢中になりました。家に帰るとパソコンがつきっぱなし。その頃は、ニフティが午前2時でサービス終了になるので、その時間までは欠かさず毎晩チャット。月の電話代が5万円になり、その頃は自分専用の回線ではなかったもので、何をやっているの?と、そんなことで怒ったことがない親から注意されましたもの。テレ放題とか、なかったしね。

ずいぶんと喧嘩もしましたし、今ならあんなに衝突しなくても良かったのにと思う。さっさと妥協点を見つけることもできるでしょう。それこそ年輪という奴です。でも、当時は必死でした。

考えてみると、あの頃の情熱というのは凄かったし、あるいはそれが今につながっているのかもしれないし、でももしからしたら、ほとんど無駄になってしまったのかもしれない。パソコン通信なんてインターネットの可能性からみれば、実になんとも、しれたものですし。

それでもね、あれだけ夢中になれたというのは、素晴らしいことだなとも思います。だから、もうあれから25年経ってしまったわけですけれど、もう一度、あれだけ夢中になれるものを、自分の手で作っていかなければならないのだとも、これは本当に感じています。

冷蔵庫の奥に好物が残っていたのを見つけたような感覚でしょうか。
ちょっと楽しみです。



井上洋さんからのコメントを、こちらでも紹介させて頂きます。いつもありがとうございます。
函館の街で撮った写真へのコメントです。

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お久しぶりです。
函館ですか。
私は相変わらず京浜東北線で毎日通勤、代わり映えのない毎日です。
この赤い路面電車、ハッとしますね。
意外と良いかも、函館の街に。
先日、磐越西線を撮りに行きましたが、撮るのではなく鉄道に乗る旅がしたいですね。
ps JRのSさん、ニューヨークに転勤だそうです。びっくりしました。

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この時の函館散策は、午前中に流山温泉駅だかに取材に行き、午後に時間ができたので、ちょっと無理をして街巡りをしたのでした。流山温泉駅は、一度、列車が走り去ってしまうと、6時間くらい列車が来ないので、大沼公園駅から貸し自転車で往復。本当はロードバイクで飛ばしてみたい道でした。

函館では、3時間くらい自由にできたのだったかな?帰りの便の発時刻を気にしながらでしたけれど、でも、1枚でも2枚でも、仕事を離れた写真を撮るのは、悪いものではありませんでした。
本業に影響を与えてはいけませんけれど、30分くらいだけでも気分転換ができれば、出張や取材の旅行も、ずいぶん印象の違ったものになるのでしょうね。

PS Sさん、アメリカですか。でもまあ、お会いできることは、これからもちょくちょくあると思います。何しろ最近は、日本も世界も、狭くて狭くて。



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いのうえさんから、私が以前アップした新橋のガード下の写真へのコメントを頂きました。返信が遅くなりすみません。ありがとうございます。

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このお写真もそうですが、神戸の元町高架下もそう、なぜに鉄道高架下にはこういう趣のある(別名:ディープ)町ができるのでしょう。そして、それらは、とても魅力的で、古いままでもかまわないし、新陳代謝されていても結構だと思わせるものがありますね。
そう思うと、鉄道の高架下には、何かよきものがあるのでしょう。
これからは、コンクリートで鉄道高架橋を作った場合、タイルでもかまわないから貼り付けて煉瓦風にし、居酒屋街とか趣味の店魔窟群をつくっていけばいいのではないでしょうか。
きっと、集客できると思います。

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鉄道のガード下というのは、見た目だけでなく、騒音、振動が大きいなど、どうしても環境は劣悪ですから、それに似合う屋号がないと続かないのでしょうね。
有楽町駅近くのガード下も似たようなもので、雀荘ができ、それが「我丹御噸(がたんごとんと読む。本当はどんな字を宛てていたか、忘れましたが)」というような喫茶店に変わり、でも長続きしない。結局、ドトールになってようやく落ち着きました。150円のコーヒーを立って飲む分には長居も不要で、これで良かったのでしょう。
リニア式鉄道ができたら、振動はなくなるのでしょうかね?でも、そんな鉄道のガード下に、居酒屋なんか作らせないでしょうね。
三碧星さんからコメントを頂きました。ありがとうございます。

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周遊きっぷが大幅削減されてから、まあ色々と他にも事情はありましたが、鉄道遠出旅行は途絶えています。
 高いガス代、事故の恐怖、ネズミ捕りの減点罰金など、マイカーの欠点も鉄道趣味のおかげでよく見えるようになりました。マイカーで伊勢から名古屋に行くのは結構大変なのですよ。四日市や桑名だって遠く感じる。快速みえなら90分本を読んでいれば、二日酔いの朝だって名古屋に着けちゃう。

 平日の出勤・通学ラッシュが終わった後、高齢者のハイキング客が結構多いことにも気づきました。グループで、楽しそうに和気藹々とお話してらっしゃるんですよ。年金生活で車の維持も大変ですし、伊勢から奈良に行こうと思うと高齢者にマイカーは辛いし、なによりバスハイク・バスツアーはもっと辛いようです。鉄道の方が体が楽なのですね。

 もともと貨主客従だった一昔前。鉄道の形態がサービス向上に励まなくても、利用者は自分なりの利便性を見出していくものだと思います。初心者には複雑な周遊きっぷも、ルートを選んでリーズナブルに利用している人達もいましたし。
 ただ自分の中でも、最近は手詰まり感を覚えているのは事実。何か新しいフリー切符でも発売されてくれれば。あるいは参宮線にワイドビュー入線とか、いべんとがほしいところでもあります。

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そういえば、私も鉄道の遠出をしていません。
このブログをご覧の方は、今週は旭川、次の週が九州、その次の週も九州という報告をご存知であるわけですが、全部仕事ではありますので、それはもちろん、とても恵まれていることですけれども、趣味的に楽しむ余裕はほとんどない。(本当はそれでもいけないのかもしれませんが)

で、出かけなくなった理由の一つは、山歩きにおける「縦走」的な楽しみ方がやる辛くなったことも影響しているような気がします。例えば、東京から山形へ行きたいとする。それは新幹線利用で、あっという間に到着できるのですが、そこから酒田に行きたいと感じると、これが非常に時間がかかったりする。幹線とローカル線の格差が顕著になり、そういった「横の移動」が難しいのですね。だから、何日も現地をさすらう楽しさが味わいにくい。まあ、それ以前に、仕事に追われ、でも経済敵には余裕がなく、という事情もありはするのですが。

周遊券という「商品」を企画できるのは、これは鉄道事業者さんだけなのですから、もっともっと工夫して欲しいところですよね。
それで、トンネルを歩いて、その先の駅からゲーブルカーに乗るわけです。
何の話かというと、アルペンルートです。

AL08
こんな感じの駅です。


AL09

乗り換えごとに、あちこちで改札待ちの行列ができます。
係員さんもハンドマイクを持っておおわらわ。

「ここから乗り換えるお客様は…」
行列に向かって大声で叫んでいます。
「お弁当いかがですか?」
これはうけました。


AL10

ケーブルカーで登った先からはロープウェイに乗り継ぎ、登った先が大観峰。
そこから振り返るとこんな眺めです。

AL11
後方が,先ほど通り過ぎてきた黒部湖です。

この眺めが、このルートのハイライトの一つだと思います。


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で、今22時04分。もう、家にいます。
九州まで行っても、飛行機を使って帰ってくれば、あっという間。
私が、蒸気機関車の写真を撮りたくて九州に行った高校2年生の夏。行きは大垣夜行で東京を出て、門司に着いたのは翌日の夕暮れ時でしたし、帰りも新大阪行きのブルートレインで帰ってきました。それだけ、九州は遠いところだったのですね。あの「距離感」を忘れたくはないのですが、それは、そんな「不便な時代」を知らない人にとっては、意味の無いものでしょう。それも時代の進歩の証です。

でも、何だか、鉄道の世界の格差が広がっているような気もします。高速化されて、航空機に負けない利便性を備えている幹線と、車に乗れない人だけがやむなく使っている枝線。本当は、均等なサービスが備えられるべきなのだとも思います。そのための、新しい骨組みは、私たちの世代が作っておかなかければいけない気もするのですが。

とはいえ、名案も浮かばない。でも、考えたことを諦めた時点で、可能性はなくなってしまうわけですから、その放棄だけはしないようにしないと。

んー。
書いていて、あまり面白い話にはなっていない気がする。

今回も昼ご飯は「かしわめし」が1回。夕食はラーメンでした。

↑(笑)