7月の3連休を浜松と沼津で遊んだのですが,その時に泊った沼津のビジネスホテルで,月末に花火大会があることを教えてもらいました。もうずいぶん以前,西伊豆で,加山雄三さんのインタビューをしたことがあったのですが,その帰り道に,この花火大会に偶然遭遇し,そのときは,ずいぶん近くで打ち上げられるんだなあと,そんなことを感じたものです。

今朝,何気なく沼津のホテルの予約状況を見ていたら,やはりどこも週末は満室。花火大会のおかげかな,とも思ったのですが,偶然,あるホテルに1室だけ空きがあることを見つけ,衝動で予約をしてしまいました。

さて,それでは夜は花火を見るとして,それまで何をしていようと考えたのですが(笑),沼津の図書館に調査に行くことにした。いや,別件でちょっと調べものをしているうちに,それなら沼津に行かなければいけないのかなあ,などと思うようになり,なんだ,ホテルの予約をしていたじゃないかと(笑)。そんなわけで,週末は沼津で,仕事の調べものと,花火大会です。さて,どうやって行こう?

沼津といえば,国鉄が初めて電車の長距離運転をした,「湘南電車」の終着駅。もっとも,電車の長距離運転は,それまでにも東武鉄道や,参宮急行電鉄が実施しているわけですが,まあ,国鉄としては初めて。昭和25年の春に運転が始まりました。

その頃の時刻表を見てみようと思い,すぐに出て来たのが,昭和31年の復刻版で,これによれば,横浜発8時04分の,浜松行が,沼津着10時04分,浜松着12時53分。この頃の電車は80系でしょうか。各駅停車とはいえ,沼津まで2時間,浜松まで4時間50分を要しています。今は,「のぞみ」ですと,浜名湖から新横浜までジャスト1時間。比べてはいけませんけれど,やはりずいぶん違うものですね。

でも,この頃はまだ,中・長距離輸送は,客車列車が主体のはずで,電車の運転が開始された時は,沿線の人は大きな喜びも感じていたのではないかと思います。週末の沼津も含めて,そのあたりのことを,これから少しずつ調べてみようかなと思っています。

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台風だとか、大雨だとか、少し落ち着かない話題が続いたので、駅の探訪記を。

夜明駅001

九州の、久大本線と日田彦山線の分岐駅、夜明です。

私がこの駅を訪れたのは、今年の春、仕事の取材で大分に出かけ、少し寄り道をさせて頂いたのが、初めてのことでした。九州は、蒸気機関車が動いていた頃に何度が旅したのですが、不思議とこの駅には縁がなかった。きっとその頃は、久大本線の無煙化が済んでいて、だから九州に行っても、他の線区ばかりを周り、ここには来なかったのでしょう。

それでも「夜明」という美しい名前の駅があることは気になっていましたし、それが分岐駅であることも、気になっていました。
分岐駅が好きなんですね。線路配置が面白いし、運転にも色々なドラマがある。

初めて訪れた夜明駅は、美しい駅でした。多くの場合、長い間の夢想は、現実に打ち破られるのですが、ここはOKです。私が乗ってきた列車が姿を消すと、駅は静寂に包まれました。

駅前を散策し、帰りの列車を待っていると、ホームの同じベンチには、近所から来たのだろうおばさんが。

「どちらからいらしたんですか?」
すぐに話しかけられました。
「横浜です」
「それは遠くから。お仕事で?」
「そうですね。でも、時間が空いたので、少しさぼって、ここに来たんです。高校生の頃から、夜明という綺麗な名前の駅に憧れていたので。やっと来ることができました」
「田舎の駅で、がっかりしたでしょう」
「いえ。きれいな駅だと思います。感動しました」
「それなら良かった」
「何で夜明という名前になったのですか?」
「それは私には解りません。でも、この近くに住んでいる人は、皆、意識が高いんですよ」

おばさんは、少し自慢げな口調ではありました。でも、今、地元のことを自慢できる機会って、あんまりないような気がします。妙に卑下したり、本当に不満ばかりを感じたり。

やがて列車が来ました。
駅が無人駅であることと、この駅から列車に乗る人が少ないことが、とても残念な気がしました。
中国地方取材で泊まった旅館の夕食です。

旅館の夕食
↑この日の夕食

夕食後にカメラマン仲間とメールのやりとりがあり、この画像を送信。「私のブログは、食べ物日記だよ~」などと書いて送ったら、「あれはあれで面白いですよ」とおだてて貰ったので、またまた話題として採り上げてしまいます。

その際、件のカメラマン、ハンドルネーム「翠」氏からは「豚しゃぶ,鯉、茄子田楽、煮付け、お吸い物と読みました」と返信が来て、携帯の写真でも、結構読み取れるものですね。情報ツールとして、捨てたものではありません。

しかしまあ、確かに、これまでにこのブログにアップした写真を見ると、このような写真が実に多い。明らかに鉄道車両の写真より多いです(笑)。

ともかく。

そうして写真を見比べてみると、この駅前旅館の夕食は、北海道の観光ホテルと比べると皿数は確かに少ないのですが、でも頑張っているなあと、そんな印象は受ける。先々月に泊まった津軽の小さな旅館の夕食もずいぶん頑張っていたし、しょっちゅう泊ることができないのが、なんだか申し訳なくなります。

私がこんな写真をアップしているのは、自分でこんな分析をするのも変ですが、大手資本によって画一化されたものではない、本当の意味でのサービスが嬉しいからなのかもしれません。日本全国どこへ行っても同じ風景になってしまった今,パソコンの仕事から解放された夜は、なるべくこのような小さな旅館に泊ってみたいものです。


先週前半は、中国地方に取材に出ていました。その前はずっと晴れていたのに、皮肉なものですね。取材の日になると、雨。しかも、台風の直撃コースだったので、不安でした。
結局、取材の最終日は、お昼で取材を終了し、松江駅へ早めに帰投。これは正解で、私が乗った13時過ぎ発の「やくも」は30分遅れで到着。14時発の「やくも」が最終となり、16時以降の上り列車は、「サンライズ出雲」を含めて運休となりましたので、もし、あと1時間少し取材を続けていたら、山陰地方から帰ってこれなかったことになります。まあ、それはそれで面白い体験になるけれど。

台風直撃といえば、先月に行った九州の取材がそれに近く、鹿児島中央にいたのがお昼過ぎ。「なんだ普通に動いているじゃん」と思い、博多行の「さくら」に乗ったら、大雨の影響で熊本で運転打ち切り。こうなると、動きようがないのですね。在来線も止まっている。飛行機も止まっているわけです。

結局、熊本駅のホームに停車中だった「さくら」のデッキに3時間立ち通していたところ、夕方前にようやく動き、博多で「のぞみ66号」に、からくも乗ることができました。この列車、東京行「のぞみ」の最終でした。JR九州も、この「のぞみ」にだけは、連絡したかったのかもしれません。それで、とにかく「さくら」を動かしたのかも。

そんな辛い経験があったので、今回は、松江で早めに切り上げることにしたのです。ちょっと、臆病かなとも思いましたけれど、九州の体験が活きたことにはなった。

何事も経験とは、よく言いますけれど、デッキに立ち続ける経験というのは、しばらくはしなくても良いかな、とは思っています。
東京に帰って来ました。唐突ですね、昨日まで山陰におり、その前は浜名湖におりました。山陰取材では、今期3回目の直撃を食らい、スペクタクルでした。松江の町の小さな掘割が、津軽の海のように波だっているのですもの。高知など、かなり雨が降っているようですが、気をつけて、がんばってください。
帰路の「やくも」は一部抑止がかかって、大幅に遅延し、でも新幹線は定時でびゅんびゅん動いていました。
凄いといえば凄いものです。5時間くらいで横浜まで帰ってこれてしまうのですから。山陰や、芸備線や、木次線に蒸気機関車の撮影に行っていた頃はこうではなく、京都まで帰ってきて103系を観ると、ほっとしていましたけれど。旅情も乏しくなりはしたけれど、こちらも頭を切り替えないとね。それこそ新幹線のスピードに負けないように。

今年は空梅雨ですね。横浜も,毎日晴れています。さすがにからっとした青空でもないのですが,結構,暑い。早くも夏バテ気味です。

今年冬にエアコンが故障して,もっと早く買い換えなければいけなかったのだけれど,つい,後回しに。それもあって,2階の自分の部屋が温室状態。それでも風が吹けば,大丈夫なのですが,ここのところ無風で。

ようやく,量販店に行き,エアコンを購入しました。工事費込みで,7万5000円。こんなもので済むなら,春にでも購入と工事を済ませておけば良かった。次はそうしよう(笑)。

量販店で,手続きを済ませてから,係の人と空調談義。やはり,暑くなってから慌てて購入する人が多いのだとか。今回は申し込んでから1週間で工事ができたけれど,混んでしまうとこうはいかず,「工事が来月末になるということもあるんです。こうなると,エアコンをつける意味がない」ということもあるのだとか。

「エアコンの価格の差は,お掃除機能などの付帯機能につくものでもあるけれど,主にヒーターとしての性能に依存している」とのことです。私の場合,数年前にエアコンだけで冬を乗り切ったことがありましたけれど,やはり少し力不足を感じたので,結局石油ストーブも購入しました。これでふた冬使ったかな。空調をけちると,精神的には非常に厳しく,しかしまあ,コストがかかるのも事実ではありますから,色々辛いところ。

もうずいぶん昔の「俺たちひょうきん族」の中で,Mr.オクレ氏が,「みなさん,僕,この前,部屋の中で凍死するかと思いました」と,笑わせていましたけれど,そんなことが「ネタ」になるのも,若さの特権だったんだなあと,今頃,解りました。