何しろ私は,廃線跡に出会っても,さして付き合うことはせず,野球の2軍選手の練習風景を見に行ってしまう人ですから,本当に鉄道が好きなのか,自分でも疑ってかかりたいくらいなのですが,きょうは出かけたついでに,ちゃんと駅の写真を撮りにいきました(う~ん,子供の日記みたいな口調だ)。

↓鶴見線海芝浦駅

f:id:railtravel-navi:20110328190243j:image

節電,停電がどう影響しているのかは解りませんが,それでも,美しい風景だと思います。作例はちょっと,柵ばかりが目立つ写真になってしまったけれど。再撮影に行かないと。これから少し,夜景を撮ってみようかなあ。

地震の直後は,全面的に運休となった鶴見線も,今はだいたい平常運転に戻ったようです。そういえば,東北新幹線も来月末までに一部区間で運転が再開されるようです。少しでも早く全面復旧して欲しい。ある被災者の方の言葉に,「被害を受けなかった人は,今までどおり遊んで下さい。外食にも出かけて下さい。それが復興につながります」というものがありました。少しでも早く,少しでも多く,私たちの生活が,普段どおりのものに戻りますように。


*池口英司へのコンタクトはこちら

スポンサーサイト

本日のブログは、自転車乗り歩きの記録です。

朝から、ずいぶん天気が良く、風もなかったので、久しぶりに、自転車に長く乗る練習をすることにしました。横浜市の外に出て、海が見える所に行こうと思い、国道16号線を南へ。今日初めて気がついたのですが、道の所々に、起点(高島町)から何km、終点(走水)まで何kmという道標が立っていて、特に帰り道では励みになりました。自動車に乗っていると気がつかないことがたくさんあるものです。

自宅を出たのは昼過ぎと遅く、13時半くらいに金沢文庫に到着。ここで昼ご飯にしました。

↓佐野金

f:id:railtravel-navi:20110327140511j:image

このお店は、鉄道雑誌の編集部に在籍していた時に、結構、来たものです。金沢文庫と金沢八景の中間あたりに東急車輌の工場があり、ここで新車の撮影会があると、各雑誌のカメラマン、編集者一同集合となる。ところが、このあたりあまり食べ物屋さんが多くはなく、この店を利用することも多かったのです。昔、ジャーナル誌に在籍していた(瀧)氏も、ここでサンマー麺とライスをよく注文していたような。

↓そのサンマー麺

f:id:railtravel-navi:20110327141508j:image

麺は自家製の太いもので、結構な食べ応えがあります。まさに最高のB級グルメ。また行こう。このボリュームにライスをつけられる(瀧)氏の胃袋に感服。

↓お店の看板猫

f:id:railtravel-navi:20110327141711j:image

勘定を払う時に猫をなでたら、おとなしいもの。お店の人に、「おとなしくて、いい子だね」と言ったら、「ハッハア。ハッハア」と笑っていました。ペットを褒めてもらえるのも、結構嬉しいものですよね。

さて、自転車で出発。さらに南へ向かいます。田浦駅近くで海の側へ。脇道に入ると、いたる所に、用途廃止となった線路が現れます。

↓結構、昔のままの姿が残っている

f:id:railtravel-navi:20110327150707j:image

田浦駅のあたりは、自衛隊、在日米軍の施設などが多かったこともあって、その昔は、あちこちに引き込み線があったようです。今でも線路はあちこちに残っていて、この写真を撮った先には、平面交差の跡も残っていました。さらに南へ。

高いネットが建っていたので、近づいてみると、グランドがあり、野球選手が練習をしていました。していました…といいましたが、佐野金を出たあたりから、ここへ来ようと決めていたのですね。横浜ベイスターズのファームの練習場です。

↓本日は試合なし。でも練習は行われていました

f:id:railtravel-navi:20110327151055j:image

トスバッティングというのでしたっけ。これを黙々とこなしています。コーチもつきっきりで、トスを1回上げるごとに、いろいろと話かける。「そう。それがいい。今のは詰まっていたけれど、いい感じだよ」と言うこともあれば、技術論を言うこともある。ドラフト下位指名の、もしかしたら1軍に上がることもないかもしれない選手を、丁寧に指導している。ファームですから、脚光を浴びることもない。そんな環境で、練習は黙々と行われ、指導陣もつきっきり。二軍監督も、少し離れた所から、ただ、じっと見守っていました。

↓愛車の記念撮影

f:id:railtravel-navi:20110327154603j:image

高校球界では怪物、天才扱いであった彼らが、プロの世界では、草野球でもやらないような練習を延々続けているのには、少し感動しました。ルーキーと高卒3年目くらいの選手では、体つきが全然違っていることも、至近距離で見るとよく解る。彼らが成功すると嬉しいのですが。

帰路は、何台もの自転車に抜かれてゆっくりと走り、19時に帰宅。本日の走行距離、およそ50km。


*池口英司へのコンタクトはこちら

仙崎の町の中の様子をあと2枚。

f:id:railtravel-navi:20080513104259j:image


f:id:railtravel-navi:20080513120504j:image


このような感じで、町の中のいたるところに、金子みすゞの詩が掲げられています。下の写真の民家は、引き戸の横に掲げられた板に誌が書かれています。

私がこの町を訪れたのは2008年のことでしたが、そろそろ地方都市にシャッター通りが目立ちはじめていました。仙崎の隣町の長門市がそうで、前日夜の夕食もちょっと苦労した記憶があるのですが、仙崎の町には、そのような暗さが感じられなかったことは、本当に救いでした。

漁業の町ということで、経済にも動きがあるということなのでしょうか。

私は、東京の生まれで、故郷らしいものはないのですが、仙崎のような町が自分の故郷であれば、それは一生、心のよりどころにできるのかと思います。

↓仙崎駅

f:id:railtravel-navi:20080513102920j:image



*池口英司へのコンタクトはこちら

ネットのニュースで、今、金子みすゞの詩集が売れているということを知りました。

ACのコマーシャルで「遊ぼうというと、遊ぼうと答える」でしたっけ(うろ覚えですみません)、そういうフレーズが流されている。これが金子みすゞの詩の一編のものなのだそうです。

本州の西の端、仙崎で育ち、最後には、まだ小さい子供を残して、26歳で自ら命を絶ってしまうこの詩人の作品には、イワシの大漁を、多くの命が失われたと悲しみ、鯨が捕れたことを、沖で子供の鯨がお父さんお母さんがいなくなってしまったことを泣いている、と悲しむ、あまりにも繊細な感性が溢れています。

日本人が本来備えている自然との共生に対する深い理解、それが見直されるのであれば、素晴らしいことだと思います。

仙崎には、雑誌の取材で1度だけ行きました。日本海に突き出た小さな半島にあるこの町は、3方向を海に囲まれ、晴れた日であれば、これにさらに空の青が加わる素晴らしい土地でした。必ずまた来ようと思って、でももう何年も経ってしまっている。自分との約束は守らなければいけませんね。

仙崎は、金子みすゞの故郷に本当にふさわしい、きれいな町だったなと、それを思い出しました。

f:id:railtravel-navi:20080513064933j:image

↓金子みすゞ通りと名付けられた仙崎の目抜き通り

f:id:railtravel-navi:20080513114329j:image

↓仙崎の明るい海

f:id:railtravel-navi:20080513115339j:image

↓金子みすゞの生家は記念館として保存されています

f:id:railtravel-navi:20080513105303j:image

(いずれも2008年5月撮影)



*池口英司に学ぶ写真の撮り方コーナーやおトクな鉄道旅行情報を網羅した「鉄道旅行なび」はこちら*

*池口英司へのコンタクトはこちら

地震発生後の、その後の状況を報告するある掲示板(もちろんオンラインのもの)に、「朝のラッシュの間だけ、平日ダイヤで運転してくれればいいのに」という書き込みがありました。夕方は、帰りがバラバラになるから、休日ダイヤでも、さして影響はないのだとも。

これは、考えてみれば名案ですよね。実際には、車両や人員の手配の問題がありますから、新規ダイヤを組み直さなければならないのでしょうが、例えばヨーロッパでは、需要に応じて、即座に客車の増結を行ったりしている。ぎゅうぎゅう詰めの2両編成や、ガラガラの10両編成が「闊歩」しているのも、日本の鉄道の弱点、悪しき習慣と言えなくもありません。いずれ社会全体が元に戻れば(地域によっては相応の時間もかかるのでしょうが)、「あの時の組み替えが余計だった」などと言い出す人がいるかもしれませんけれど、もっともっと物事に柔軟に対応し、夢を実現させて欲しいものです。

私たち利用者は、そこに希望を見いだすのですから。


*池口英司へのコンタクトはこちら

またまた「コロプラ」の話です。

このサイトのある場所には「中央図書館」というものがあって、自由帳が置いてあり、誰もが自由に読むことができる。自由帳というからには、無人駅の中などにおいてある、「旅の思い出」などと同じノリです。

同じノリなのですが、容量は限られているので、話をコンパクトにまとめる必要がある。小さな手帳の1ページを、パタパタ漫画式に繰ってゆく感覚です。内容はキーワードを入れれば検索できるのですが、旅日記あり、ラーメン探訪記あり、で、面白いものには☆がつき、上位にランクされる。☆がいっぱいついているものは、確かに面白い。下手なブログなどより、よっぽど面白い。ブログ書いている私が言うのだから、間違いない(笑)。

最近、流行している様子なのが「投げつけ」。これは、サイト内で流通している各地のお土産アイテムを大量に買い付け、知らない人であれ、無差別に送りつけてしまうという遊び。アイテム購入にはプラという通貨を払う必要があり、富豪になった人の無意味な慈善事業…のような遊びなのですが、これを日記にしてアップする。「きょうは札幌地区で30の辛子明太子を投げつけた。札幌に赤い雨が降る」という具合で、実にもう意味がない。

意味がないのだけれど、とにかく笑える。声を出して笑える。慈善事業であり、横紙破りであり、でも、基本的には無意味なところが面白い。

一方、☆がたくさんついていたものの一つには、どこぞの「お煎餅屋さんに行ったら、買い物をして店を出た後に、店員さんが追いかけてきて、お土産をくれ、「子供たちにどうぞ。未来のお得意さんのためにです」とつけ加えてくれた」というような話がありました。

これが雑誌のような媒体であれば、この話は、掲載しようにもできない小話でしかありませんし、雑誌の取材ともなれば、店員さんもこのような接し方はしないでしょう。このような小話は成立しづらい。

少しばかり考えてしまいました。

一つ一つの話は、実は大したことはないのですが、でも何か一点、キラリと光る味がどこかにある。だから☆がついている。投稿者は多数ですから、アベレージにすると低くても、きっと楽しめるものに出会える。

一方、出版社が出す雑誌の中には、「取材費がない」ことを理由に、大した取材は行わず、下手をすれば、何も取材をせずに本を作ったりしている(という噂を聞いている)。

本が売れなくなるのも頷けるような気がします。一時代前は、「ネットで十分に代替できる」などという言い方をしていましたが、もしかしたらもう、本では代替できない世界が、ネットにある。

もちろん、紙媒体が駆逐されるとは思いません。紙媒体の活字を読むことの意味は、ネットでは代替できない。

それは解りますが、「取材費がない」などと言って作る本が、ネットでたくさん☆がついている記事に勝てるのかどうか?何より、私自身が疑問です。明太子で赤い雨を降らせている人のバイタリティを凌駕できているのか?

本を作る立場として、もっともっと頑張らなければ。今までの経験に甘えてはいられない時期がもう来ています。それに対抗するためには自分を磨くこと。まずは「コロプラ」には入り浸らず、自分の世界に没頭すること…なのかもしれませんが…、はて?

*池口英司へのコンタクトはこちら

昨日は,禁をおかしてというか,やむを得ずというか,ガソリンスタンドの渋滞に並んでしまいました。実は,地震が起こってから一度も車には乗っておらず,無ければ無いで,どうにでもなるという感触は得ていたのだけれど,自宅近くのスタンドの列が短そうに見えたもので,ものは試しと並んでみた。

甘かったです。1時間20分かかりました。

けれども,昨日には「コロプラ」の地域掲示板には,どこぞのスタンドで20分待ちで満タンにできたとか,どこぞのスーパーにパンは山積みだったとか書き込まれていて,騒動も少しずつ収束に向かっている様子。本当に,もう,買い占めをした人は,懺悔しなさい。

マスコミの興味は,「凄惨な現場」から,「避難所の様子」と「原発の今」に変わってきた。民放ではひな段芸人も復活。まあ,こちらの方も救いようがない。「情報の作り手は,何を目指して,メディアに接するべきか」とかいうようなことは,全然考えなかった人ばかり出世したのでこうなった,ということなのだろうか。

そんなことを書きつつも,実は,批判的な文章を書くのは,疲れます。書くのは簡単なんですけれどね。で,こんな時のブログの役割は何だろうとも考えるのだけれど,元々,そんなに期待されているわけでもないだろうし(笑)。自分の理想としては,「絵のない絵本」のような,何気ない話を書いていきたいのだけれど。まあ,ブログとは日記ではあるわけで,あの童話のように,毎日,部屋に月の光が差し込んでくるというわけにはいかない。

そういえば,昨日の「コロプラ」の地域掲示板は,今夜は月が綺麗だという話題で盛り上がっていた。みんなで月を見て和もうと…。「この時期の月は,秋よりも大きく見える」というウンチクを書き込んでいた人もいた。

節操のないテレビより,新人をやたらと顔写真入りで宣伝している出版社より,こちらの方が知的かも…ね?



*池口英司へのコンタクトはこちら

また、携帯の無料ゲーム「コロプラ」の話ですが…

ここで募っている募金は現在(17日21時11分)24990000円となりました。私が最初に紹介した時に一つ間違えました。コロプラ社は単独で1000万円寄付するので、ユーザーも募金して欲しい、というのが正確な呼びかけであったようです。つまり、現在3500万円弱の募金が集まっているということ。ここのところ、色々な企業が募金を名乗っていますが、出足は遅いですよね。どうも、皆の顔色を窺いながら行動しているような気がする。あるいは株価のための行動なのか…。まあ、これは募金という行為に対して言ってはいけないことなのでしょうが。

けれども、いつの頃からか、この国は、本来は尊敬されるべき立場にいる人ほど、自分勝手が許される国になってしまった。一例が都知事。多くの人がこれだけ悲しい思いをしているのに謝罪したとはいえ、「天罰」と言った傲慢さは、私には疑問です。

で、「コロプラ」なのですが、ここには「自由帳」という機能もあって、これは地震発生以来情報伝達のツールとして使われています。今朝、読まさせてもらったのは、北茨城が孤立していて、しかし、福島や宮城のように注目されていないことから、救援が後回しとなり、苦しんでいるという、現地からの報告。

こうなると、本当に、マスコミは何をやっているのだろう、という気持ちになります。あれだけ朝から晩まで、報道で埋め尽くしていながら、実は非常に偏った採り上げかたしかしていないのではないか、という疑問が生じます。原子炉の下にプールがあることはもう何回も説明されました。マイクロシーベルトという値も記憶しました。でも、もしかしたら、携帯ゲームへの書き込みの方が、遙かに重要な事実を伝えているのかもしれない。

情報化社会って、何でしょう?

マスコミの役割って、何でしょう?

これで被災地からの中継が一段落したら(それがいつかはまったく解りませんが)、また「ひな壇芸人」がずらりと画面に並び、つまらないギャグに手を叩いて喜び合う世界に戻ってゆくのでしょうか。

プロ野球の世界では(エアコンを止めて節電している人がいるのに)、セリーグは予定どおりのナイター開幕を実行しようとしています。なぜ、すぐに、開幕は延期すると決断できるリーダーが現れないのか?球界の人も、誰もが「最高決定に従うしかない。その中で全力を出す」としか言えないのであれば、あまりにも淋しい。「野球選手である前に、一人の人間である」という宣言を、勇気のある誰かにして欲しい。無理かなぁ?

結局は人々の声に耳を傾けていない人ばかりです。いずれ、皆、そっぽっを向かれることでしょう。マスコミも、野球も。

本当にそうなってしまう前に、今、やらなければならないことが、たくさんあるように思います。

*池口英司へのコンタクトはこちら

私の家は、東京電力の計画停電第三グループに入っています。きょうは、18時頃から停電の予定だったのですが、都内で編集さんと夕食を共にすることになり、難を逃れる形にはなりました。

帰宅の途上では、計画停電が実施されたのか、見送られたのか、どちらであったにしても、「節電」の効果か、商店街も薄暗く、ヨーロッパの街を思い出しました。

繁栄の象徴であるかのようなアメリカ(合衆国)の街でさえ、繁華街を除けば結構暗いもので、銀座とラスベガスの通りだけを比べるならば、銀座の方が明るい。もしかしたら、日本の都市の夜というのは、世界でも屈指の明るさ、ということはつまり、他国から見れば無駄な照明の多い土地であるのかもしれません(もっともラスベガスについては、各ホテルの敷地内は明るい所も多く、豪華なイルミネーションはそれはもう大がかりで、同行した友人は、ラスベガスのためにダム一つの発電が当てがわれていると説明してくれましたが)。

実は、地震が起こる前、色々な駅の夜景を撮り歩いてみようと計画していたのですが、このようなことになったのでちょっと延期。でも、明る過ぎない夜も、防犯の問題などに気をつけることができるなら、これも悪くないのかもしれないと、帰り道を歩きながら、何となく、そんなことも思いました。

昨日は、仕事の仲間と昼食をしようということになり、横浜駅で集合しました。最初は東神奈川駅集合を打診されたのですが、どうせなら、横浜駅近辺の方が、「見るもの」が多いだろうと。まあ、半分の店が閉まっていた繁華街や、昨日のことなど知らんぷりして動いていた京浜急行(けれど、また、いつ止まるのか、解ったものじゃない。危ない時は止まるというのだから。石油ストーブみたいなものか)など、予想に近い風景でしたが。

横浜駅までは自転車利用。自宅から三ツ沢の丘を越えるまではひと頑張り。そこさえ越えれば、あとは本当にあっという間でした。公共交通機関利用より速く、渋滞があること、駐車場探しがあることまで含めれば、おそらく自家用車利用より速い。これは発見でした。また、自転車で行こう。

横浜は、震災の影響は大きくはないはずなのに、ガソリンスタンドでは給油待ち渋滞があり、自転車はその脇を一瞬で通り過ぎます。けれど、何故、みんな、あれほどまでに車に固執するのだろう?そういえば、先日、何年かぶりで会って食事をした友人は、「今の日本人が便利だという道具は、みな、頭を使わなくて済むというだけのものだ」って、言っていましたけれど。

この震災を機に、新しい生活スタイルを見つけることができるのか、どうか?期待したいけれど、望み薄かもしれませんね。プランナーもいないようだし。過度の車依存の社会や、シャッター通りのある街なんて、誰だって住みよいはずはないのだけれど。