これは昨日の話ですが、江ノ島方面に向かうべく、横浜駅で乗り換えをしたら、改札口近くのコンコース(改札内)で、各地の駅弁の販売をやっていました。

↓突如の駅弁大会

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今年は新春恒例、京王百貨店の駅弁大会に行けなかったので、これは良い弔い合戦の機会だ、などと思い、1ケ、駅弁を購入。一関駅で販売している「うにご飯」なる駅弁であります。

↓ボリューム十分です

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輸送中に、ちょっとレイアウトが乱れてしまったのはご容赦のほどを。食してみますと、ウニは、生ウニのまったりとした風味こそないものの、それなりにウニの味が楽しめ、脇役のイクラなども美味。何よりボリュームが十分にあるのが嬉しい駅弁でした。旅先などでまたこの駅弁に出会ったら、買っても良いかも。

販売会は11時スタートで、見ていて悔しそうにしていたのは、会場でお弁当を並べ始めた10時半頃に、現場に通りかかったお客さんたちで、「まだ売ってくれないの」と、交渉している人もいまいした。私も10時半に通りかかったのですが、書店に立ち寄る用事があったので、都合よく11時過ぎに、まだ売り切れ商品なしの状態で、買い物ができました。

この日、ここで駅弁販売があるなどとはつゆ知らず、いわばゲリラ的に開催された駅弁大会(いや、本当はちゃんと告知されていたのでしょうが)。でも、こんな催しも楽しいものですし、値段が高い、食べる時に冷たいと言われることがあっても、このように人だかりが耐えない駅弁の力というものは、やはり侮りがたいようです。

これだけ並ぶと、全部食べてみたくなる…、でも、食べられるのは1ケだけ。そういう具合で、常に「積み残し感」とでも言うのでしょうか、何かこう悔しさをひきずらされる、それも、「駅弁大会」の人気が衰えない理由であるのかもしれないと、牛肉の弁当も、カニの弁当も、見送らざるを得なかった私は、考えさせられたのであります。

次はカニにしよう。

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鎌倉に行って来ました。写真は長谷駅近くの御霊神社。

風の冷たい日だったからでしょうか。あまり人がおらず、静かな参拝ができました。

昨晩、サッカーを最後まで見てしまったこともあって、朝、目が覚めたのが遅く、当然、家を出るのも遅かったのですが、あまりにも天気が良くて家にいるのがもったいなく、出かけることにしました。

写真を撮っているうちに雲が出てきたので、早々に帰路に着いてしまったのですが、家からそう遠くないところに、江ノ電のような被写体があるということは本当に恵まれているなと再認識しました。

そして、今年は、いっそカレンダーが作れるくらい、江ノ電に通ってみようかな、という気持ちになったりしたのでもあります(しかし今からでは、1月中に1月っぽい写真が撮れないけれど…。まあ、それはいいや)。

空手形となるか、実行できるか…。


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今年の春に復活予定のC61形機関車の修復がほぼ終わり、火入れ式があったとのニュースに出会いました。↓

http://www.asahi.com/travel/rail/news/TKY201101270192.html

私は、国鉄の現役蒸機にはかろうじて間に合った世代ですが、それでも現役のC61形を見たことはありませんでした。ですから、この機関車は憧れの存在でもあり、その一方で思い入れのない存在でもあります。

私が蒸気機関車の写真を撮りたいと思うようになった国鉄制式蒸機の末期、昭和40年代後半では、C60形、C61形といえば、動いているのは東北の北か、九州の南のみであったという記憶があります。それは、高校生だった私にとっては、あまりにも遠いところでした。今、仕事で、「今月の取材は札幌と、宮崎」などという動き方をしていることを考えれば、まさに隔世の感というのでしょうか。高校生の頃の私は、まさが自分が鉄道に関わる仕事をして、あちこち旅行することになるなんて、想像もしていませんでしたから、不思議なものです。

ニュースでは、復活後のC61形は、上越線などで動かす予定なのだとか。以前に伺った話では、まだ蒸気機関車が復活運転をしたことのない路線で、新たに運転を企画すると、コストも余計にかかるのだとか。すると、上越線というのは当然の選択であるのかもしれません。

けれども、贅沢をいえば、せっかくの「新しい蒸気機関車」なのですから、どこか新しい舞台を用意して欲しい。どこがいちばんお似合いなのかは解りませんけれど。

そして一度は、それが遠いところでも、C61形が走る姿を見に行きたいと思います。C62形にも肩を並べる大型蒸機の復活。ちょっと楽しみにしています。

日記、とはなりませんが、井上洋さんからも駅弁に関するコメントを頂いたので、「おぎのや」の話の続きを…

もう何年か前のことになりますけれど、「おぎのや」の立ち売りをなさっていた方にインタビューをさせて頂いたことがありました。

ご存じのように「おぎのや」のある信越本線横川駅では、(まだ碓氷峠越えの線路があった時代には)必ず機関車のつけかえがあり、列車が、特急でも、多少の時間停車していました。

伺った話では、まだ列車の窓が開いていた時代には、列車が横川駅に進入する前から、お客さんは窓からお札を持った手を出して、釜飯売りを呼んでいたのだとか。売り子さんの側も、夏場は塩をなめて仕事をしていたのだそうです。そして、勘定をしてみたら、全盛期には1秒に1個の割合で、釜めしを捌いていたのだとか。売り子さんというのは、たいがいの場合、歩合給でもあるので、気合いが入っているのだそうです。

でも、釜めしが「発明」される前の横川の駅弁は、ほとんど売れないものであったらしい。そんな悩みを抱えながら、ある冬、女将さんが、列車が見えてから温かいご飯を詰めて売ってみたことがあった。するとあるお客さんがとても喜んでくれて、列車が発車してからも、女将さんに向かっていつまでも手を振ってくれた。女将さんもホームの端で手を振って返しながら、涙が止まらなかったのだそうです(雪の中で…だったかな)。

POSシステムの採用などで、売れないと判断されたら即座に商品が姿を消してしまう現在の流通システムでは、このような話も生まれてこないのでしょうね。そのぶん、リサーチには力が入れられるのでしょうが、時間をかけて商品が育ってゆくということはない。

まあ、今さらこんな評論は、目新しくもありませんが、横川駅に幕の内弁当が残っているのは、もしかしたら、そんな時代を忘れないようにという意味も、少しだけ込められているのかもしれませんね(あの時、幕の内弁当の話も聞いておけば良かったなあ)。

仕事では、結構あちこちに出かけているくせに、それでも旅に出たくなる気持ちになることはしょっちゅうあって、先日も、池波正太郎のエッセイを読んでいたら、「長野に出かけたなら、なんとしても横川の駅弁は食べたい」というくだりに出会いました。

池波先生にしても、やっぱり峠の釜めしは定番なのかなと思いながら読み進めていくと、「私が食べたいのは釜めしではなく、普通の駅弁の方である」と、そういうことが書いてある。実に見事なオチです。これを読んだ時には、すぐに横川に幕の内弁当を食べに行きたくなりました。

それでは「おぎのや」に、今でも幕の内弁当って今でもあるのかなと思い、ネットを見たら、ちゃんと800円のものがありました。本当にオーソドックスな幕の内で、釜飯であれだけ有名になったのに、幕の内を残している駅弁屋さんもその気概が底知れないし、ごく普通の幕の内を「どうしても食べたい」と言う池波さんの眼力、舌の記憶も大したものだなあと、なんだか考えれば考えるほど、凄い話であるような気がしました。

かくいう私は、まだ幕の内弁当を食べるために横川まで出かける余裕を持ち合わせてはいないのですが、いずれ必ず行ってやると、今はそういう気持ち。こういうのをモチベーションというのでありましょう。駅弁モチベーション。なんだか、それっぽい言葉です。

あちこちの駅で、華やかな新作駅弁が続々登場していますけれど、かたや、そんな駅弁もあるのだということも、忘れないでおかないといけませんね。

本日は都内で打ち合わせ2本。それぞれ有意義な話し合いができて,これからが楽しみです。

しかし,その後,自宅に速攻帰宅し,また昨日の続きの原稿書き。もちろん,自分が選んだ道ですし,言葉を書く仕事には大いなるやり甲斐を感じていますけれど,時々,お休みもしてみたくなりますね。フリーには長期休暇など夢のまた夢というところですが,あのエジソンでさえ「死んでからゆっくり休め」と言ったくらいですから,先人の教えも大切にしなければいけません。

昨日のネコの写真では,今ひとつ,旅立ちの念にはかられなかったのかもしれないので,もう1枚。これでは如何なものでありましょう。

↓昭和末期まで現役で働いた「電車」です

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ブログを書かなければいけないと思っているうちに,12時を過ぎてしまいました。が,ちゃんと,昨日の日付で書きます。

でも,ずっとパソコンに向かって作業していたので,読む人を旅立ちに誘うようなロマンチックなネタはないのであります。

今も,12時を過ぎているのに,明日の打ち合わせの件(正確には今日か)の連絡メールが入っております。「敵」も起きているのであります。あ,敵じゃないね。大事なクライアントさんです。クライアントさんも,「きょうは徹夜で作業します」とか,フツーに書いてきます。まさに同業者であります。

あ,こんなことを書いても仕方ないなあ。ずっと書き続けられるけどなあ。

そんなわけで旅に出たくなる写真をアップします。先週末の取材先で見た屋根です。

↓Dear my friends!

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出張旅行に明け暮れている人はみな同じなのでしょうが、今回の旅行でも、私が宿についてまず始めたことは、充電でありました。そもそも、新幹線に乗る前に量販店に行った理由が充電器の調達でしたから、もって知るべき。本当に、現代の旅行は充電器、すなわち携帯型のデジタル機器(ノートパソコンやカメラまで含めて)なしには行えないということになります。

中でも、もっとも「大食らい」なのがスマートフォンというやつで、この5日間に私がこのブログに発表させて頂いた写真はすべてiPhoneで撮影したものですし、イヤホンを持って出れば音楽を楽しめるし、GPSで現在位置は解るし、インターネットは見ることができるし、天気予報は見れるし、編集さんからの励ましメールは届くし、ゲームはできるし、あ、そうそう、時々電話としても使うし、ということで、スマートフォン一つでなんでもできる。こんなものができるとは、少なくとも20年前には思ってもいませんでした。

でも、こいつが「大食らい」なんですね。バッテリーの。昔の漫画の「オバケのQ太郎」は、確か、一日にご飯30杯(一回にだったかな?)食べるということでしたが、それくらいの感じです、印象としては。

それでも、今の旅行はこれがなければアウトです。では、これが無い時代には何もできなかったのかというと、絶対にそのようなことはない。ちゃんと便利に旅行を楽しんでいたはずで、そこが本当に不思議。

まあ、そのことは文明の利器に対してはみな同様に言えることで、インターネットしかり、パソコン通信しかり、パソコンしかり、ワープロしかり、ファクスしかりで、ファクスがなくても、みんな仕事もレジャーも普通に行えておりました。この機械が普及すれば、皆、時間に余裕ができ、自分の時間が持てる、というキャッチフレーズは嘘でしたけれど。

あの懐かしい時代に戻りたい、と今ここで書いたら、それは大嘘ですよね。今回の旅行でも、一番最初に、新横浜で充電器を手に入れた時は、ほっとしたし、新幹線でも、わざわざ自由席の「1A」の席に真っ先に座り、コンセントを独占してにんまりしていたのですから。

そういえば、最近は、新幹線でも「壁際」の席の人気が高いようです。少しぐらい圧迫感があっても、コンセントの魅力には勝てないようで。

そのうち、蒸気機関車にも、コンセントがつくかも。



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ダイヤが大きく乱れ、長時間列車に乗っていることを余儀なくされたお客さんがいた…などというテレビニュースを見ると、本当に不謹慎ではありますけれど、そういう境遇に立ち会ってみたいという気持ちになることがあります。でも、横浜と富山を往復した今回の旅では、雪のおかげで、少しだけそれに近い状況に陥りました。さすがに、車内で夜明かしであるとか、炊き出しということはありませんでしたけれど、通常よりもずいぶんと長い時間、車内にいた気がします。

その間、常に伝わってきたのは、現場は一生懸命に取り組んでいるんだなということでした。運転指令からどのような指示が出ているのかは解りませんけれど、車掌さんは常に謝っていたし、改札の駅員さんも、とにかくお客さんに最新の情報を伝えることに、一生懸命になっていました。

いざ自分が現場にいると、貴重なシーンに出会えて面白いとは思えず、とにかく予定の仕事が予定通り進められるのか、もしそれが駄目なら次善策は何なのか、そればかり考えていました。その中で、なんだかの情報提供があることが、イライラしそうな自分を諫めてくれていたような気がします。

帰路も、雪で遅れた「しらさぎ」に乗り、米原では連絡を取るためにホームに止まり続けていた「ひかり」に飛び乗って(連絡通路の途中で携帯が鳴り、「あとで折り返します」とだけ言って切った)、新幹線のシートに座った時、ほっとしたことといったら。

窓の外では、先ほどまで自分が乗っていた「しらさぎ」が、東京行の「ひかり」と同じ方向に走っていました。

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雪の関ヶ原を徐行中。

美しい風景です。見ているだけなら。

でも、目的地に着けるのか。

いざ自分が当事者になると、こうも心細くなるものなのでしょうか。

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追記:21時に富山のビジネスホテルに到着しました。家を出たのが12時少し前でしたから9時間をかけた大移動。新横浜のカメラ量販店で充電グッズを買い,東京駅へ。すると,信越本線,ほくほく線は雪で不通とのこと。「米原経由なら行けます」とのことで,もう一度新横浜を通り,名古屋で遅れてきた「こだま」を捕まえ,米原では遅れてきた「しらさぎ」を捕まえ,で,何とか到着。それにしても,まだ先行列車である「のぞみ」がホームに停まり,ドアも開いているのに,隣の番線に「こだま」が入線してくる新幹線の運転密度の高さには,毎度,感心させられます。

それから,雪による遅れを何度も謝っていたみどりの窓口の係員さん,「しらさぎ」の車掌さんにも感心しました。(ああ言えばこう言う政治家に見せてやらないとネ)

だから,9時間という時間も,苦にはなりませんでした。途中では,ずいぶん心細くもなりましたけれど。

↓米原駅

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