で,こちらが,今日私が見た光景。同じ写真の使いまわしではございませぬ(笑)。



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場所は,水上駅。蒸機がいるとはつゆ知らず,駅に行ったらまた会った。やっぱり,いちばん撮っているのはD51です。

寒いと,確かに蒸気の上がりがいい。

冬の蒸機の撮影が,やみつきになるというの,解ります。

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「鉄道旅行なび」の管理人さんから、写メが送られてきました。

なんでも、高崎に取材に出かけたら出会えたのだそうな。

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例のD51であります。

近くで見ても、ちょっと変わった格好をしております。

私がこれまでに、カメラを向けた回数の多い「機関車」はD51かもしれません。C56も好きだけれど、あまり出会う機会が多くなかったし。電気機関車は、わざわざ撮りに出かける存在でもなかったし、私の場合。

日本の鉄道の歴史を振り返ると、名機と呼ばれたものの多くは「使いやすい中型機」であった気がします。逆に本線を走る急行用などと銘打たれると寿命は短い。C53とか。

まあ、そういうスペシャリストほど、交替機が早く訪れることも事実で、それは一回の運用の距離が長いとか、イメージリーダーカーには、常に最新のものが求められるとか、色々な理由があるのでしょう。

やっぱり、細く長くというのが、一つの理想なのでしょうか。

D51という機関車も、考えてみれば、量産を念頭にして作られた貨物機ですし、登場時は現場の評判は悪かったのだとか。

細く長くのつもりで、慌てずに、ということが一番大切なのかもしれません。

D51君。お互い頑張ろうね。


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ちょっとした調査のために、鉄道博物館に行ってきました。



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ウィークデイなのに、なかなかの人出でした。

中高年の女性だけのグループも多い。

何がこれだけ、これまでは鉄道に興味など持ちそうに思えなかった層の人たちの目を、鉄道に向けさせているのでしょう?

私もよく解らない。色々な要素が絡んでいるのかもしれませんね。

だとすれば、鉄道を仕事にしている人は、私を含めてですが、このチャンスを活かすことを、もっと真剣に考えないと。

今、地方に行くと、駅前はひっそりとしているところが実に多い。人がいるのは、国道沿いの量販店がある一角です。地方ではそれだけ、鉄道が見捨てられている可能性がある。

一方、博物館はこの人出で、この傾向は全国の博物館でも同様なのだそうですから、鉄道は今、目も向けられているし、そっぽも向かれているということになる。本当は今こそが、工夫のしどころであるのかもしれません。何でもやってみればいいのに。

で、お昼ご飯。

1階の日本食堂で、「はちくまライス」を食べました。

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かつての寝台特急の乗務員のまかない食(食堂車でコックさんが作ってくれる)を再現したものだそうです。

さて、美味しかったかどうか?

これ、自分でも作れます。ご飯に落とし卵を2個、メンチカツの4分の1切れを2つ、キャベツの千切り少々、ミックスベジタブルのコーン少々、福神漬け。

でも、食べていて楽しい食事でした。食堂車の隅で、こういう食事を食べていると、結構元気が出るかも、と思いました。落とし卵の威力もあるのだろうけれど。

レストランの窓からは、すぐ脇に敷かれた線路の上を211系が走っていくのが見え、そんな時、大ホールの方からは正午を告げるC57の汽笛が聞こえてきました。

鉄道も悪くないな。もっともっと鉄道のことを勉強しようと、少しばかり殊勝な気持ちで、私はそう思ったのでした。


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これは10月16日のことでありますが。

たまには夜行列車の写真でも撮ろうと、出かけてみることにしました。

どこで撮るか?ちょっと迷ったのですが、結局はいちばん手短な、東北本線東鷲宮-栗橋間に。

「北斗星」がやって来ました。

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何故か、この日は結構な人出。それに「北斗星」が通過しても、人が帰りません。きっと後から何か来るのでしょう。待ってみることにしました(何が来るのか、人に聞いてもよいわけですが)。

↓結構な人出です。

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↓これは定期列車だけれど、結構嬉しい。

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↓伏兵現る。

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この他にも185系や、EF65の単機回送が来たりして、結構、飽きません。昔の布原信号場なんていうのも、こんな感じだったなかなあ。次から次に列車がやって来て、1日でもいられた。D51が来たら、撮らなかったりして。


で、皆のお目当てはこれ。復活「はつかり」でありました。

↓おー。583系だ。

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まあ、何も調べずに出かけるほうも悪いのだけれど、でも、たまにはこうして現場に出るのも良いものです。583系は6両だと、ちょっと短かったかなあ。

でもでも、出かけてみて良かった。


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先日、113系は自分と同世代の車両と書きましたけれど(年齢的にはこちらが上だけれど)、同様なのが京浜急行の1000形でしょうか。もちろん、初代のやつね。あれだと、向こうの方が年長かな。

以前から鉄道が好きらしかった私が、いよいよ鉄道が好きであることがはっきりしたのは、幼稚園の2年めに神奈川新町の近くに引っ越した時でしょうか。この時の住所は、神奈川区浦島が丘6番地です。今、私が住んでいた家の跡は駐車場になっています。

目の前が東海道本線と、京浜急行の車庫ですから、これは「恵まれた環境」です。当然、京浜急行のファンになりましたし、今でも結構好きな方。スピードを出すもの。

でも、本当はいちばん好きだったのは500形でした。正面2枚まどの、セミクロスシートの車両。この形式は急行運用に入ることが多かったという記憶があり、駅で電車を待っていて、500形が来ると、嬉しかった。正面は、湘南電車のような半流線形なのですが、湘南電車とも少し違う。そこが好きでした。

小学校高学年の時に、日ノ出町にあった塾に通った時期があり、500形が来ると、もう嬉しいわけです。日ノ出町も急行が止まりましたから、いつも15時半頃の急行に乗っていたのかな。この塾の思い出も、勉強をしていた思い出というのはあまりなく、ずいぶんと親不孝をしたものです。これから頑張ろう。

今、京浜急行では、結構クロスシート車が幅を効かせているということ、これはまあ、JRとの競合にどう勝つかというための、一つの回答であるようですが、そんなことはともかく、クロスシート車がいるということ、それは「ちょっぴりファン」にとって、ちょっぴり誇りなのであります。

ロングシート化改造。

あんまりしないでね。


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東京の中央線から201系が引退したと、TBSの夕方のニュースで放送していました。ウィークデイなのに人が出てるなあ、と思ったのですが、これ録画ですね。さよなら運転が行われたのは日曜日だった。

ああいうイベントに人が出ることを、ある先輩は「祭りだから」と言っていました。ともあれ、豊田から松本まで、所要4時間。201系では、正直、疲れたでしょうね。

こういう時、一般マスコミは、ノスタルジーを謳うか、あるいはファンの暴走ぶりに顔をしかめるか、大概はどちらかでしかないのが、少し気になります。テレビのニュースなどは一過性のものだからそれで良いのかもしれませんが、もっと語らなければならない何かがあると、テレビを見ていて、何となくそう感じました。

では、何を語るべきなのか?この一文を何となく書き始めて、まだその答えが見つからないのですが。

答えがみつからないので、とりあえず、きょうはこれでおしまい。

う~ん。消化不良です。

でも、京葉線の201系がお別れとなっても、テレビは採り上げてくれないだろうなあ。


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訳あって、本多静六という人の生い立ちを少し調べています。

慶応年間生まれのこの人、日本の「公園の父」という呼び名もあるそうで、造園で名をなしたようです。

興味深いのが、この人の生き方で、裕福な農家の6男に生まれたが、父が急死すると多額の借金が舞い込み、苦労して現在の東京大学を卒業後、ドイツへの留学、婿養子としての結婚などがあり、徹底的に質素な生き方をして富を築き、けれどもその富はほとんど寄付してしまって、また質素な晩年を送るという、まったく、人生で遊んでいるような人でした。いちばんの処世術は、仕事を道楽にすることだとも。なんだか目の前の金を作ることばかりに奔走している現代の政治家に、少しは見習って欲しい人です。

で、ネットでも色々調べているうちに、アマゾンで本多静六著「私の財産告白」という本があるのを見つけたので、本多静六のことを調べるようになったのは財産の築き方を知るためではなかったのですが、この本を購入してしまいました。ブーブー不満は言ってみても、こういう本をあっという間に手に入れられてしまうのですから、ネットも大したものです。1クリックで注文した翌々日には本が届き、送料無料で、カード決済というのは、確かに魅力です。

で、届いた本はまだ少ししか読めていないのですが、文章の雰囲気は山田風太郎に近い。哲学も近い気がします。耳に痛いことも随所に記されていて、「四十までは勤倹貯蓄、六十までは勉学著述、七十まではお礼奉公、幸い七十以上生きられたなら、居を山紫水明の温泉郷に卜(ぼく)し、晴耕雨読の生活を楽しむ」とも。

う~ん。この言葉に、あと20年早く出会っていれば!

クレジットで、あっという間に本を購入できたり、ネットをあちこち覗いて情報を蓄えることは、「勤倹貯蓄」になるのか、否か?

解らない…


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今朝の朝日新聞に、デスク周りの掃除の極意が出ていました。この記事に協力した小松易という人が、整理の極意の本を出したと、これは別の紙面の広告にも出ていたけれど、ともあれ、私自身、ついこの前も「整理・整頓をしなきゃ」と書いたばかりだったので、ともかく、新聞の記事を鵜呑みにすることにしました。

要は「勇気を持って捨てろ」ということなのだけれど、物を捨てる「整理」に8、物を並べる「整頓」に2の力を注ぐつもりで、外に出す→分ける→減らす→しまうの順で作業をしろと。

で、さっそく実践してみました。まず机の上、次にこの下に置いてあった引き出しを1つと、引き出しボックスの上面(←これがデスクの真下にあるおで、結構使用頻度の高い物置スペースになっている)を作業の対象にしてみました。

この作業で肝要なのは、まず「外に出す」ということでしょうか。色々なものが入っていた入れ物を、一度「ぶちまける」ことで、ふんぎりがつく。お恥ずかしい話、この3箇所を整理しただけで、セロテープが3つ出てきました。

お陰様で、今、この3箇所は大変に美しく、これであれば、私もキレ者の仕事ができるかなと、意気盛んです。

で、当面の問題は、半ばゴミの山と化しているサブデスクの上をどうするか?ということではありますが、ともあれ半歩前進したのであろうことは、疑う余地がないのではないか、と思っているところです。

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本日は朝の7時半から夕方の17時まで原稿書き。原稿とはいっても、それほど高尚なものではなく、どちらかといえばマス目を埋める作業のような仕事なのだけれど、でも仕事は仕事なので、夕方には結構疲れが出た。

少し休んでから次の仕事にかかろうと思いつつ、だらだら。仕方がないので、少しばかり部屋の掃除。でも、文庫本などが出てくると、つい読んでしまってね、はかどりません。司馬遼太郎の「この国のかたち」とか、檀一雄の「檀流クッキング」とか、このあたりが特にいけません。日本の行く末に思いを馳せたり、スーパーにネギを買いに行きたくなったりする。

先ほど、いけないかな~と思いつつ夜食を作ってしまいました。日清焼きそば。馬鹿にしてはいけません。これに目玉焼きを乗せたり、ちょいと工夫をしますと、これが「化ける」のであります。

今、これを書いていても、次はソーセージで行こうとか、水にさらした長ネギと、七味唐辛子はどうだろうとか、こういうたわいない探求というのは、心を和ませます。

その焼きそばを食べながらテレビを見ていると、NHKで、またもツイッターの話題。う~ん、あれ、どうも好きになれないんだよなー。そんなことを言っているだけで、もう置いていかれるのだろうけれど。

これからかからなければいけない仕事とは、ウェブ制作のお手伝い。といってもデザインではなく、テキストの提供。膨大な量が必要になるのかもしれない。

掘っても掘っても堀りきれない宝の山になるのか?

積んでも積んでも崩れてゆく賽の河原の石の山になるのか?

この答えは誰にもわからない。


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しかしまあ、考えてみますと、「巨人の星」の「俺は今、猛烈に感動している」という台詞を流行らせたのは、むしろ後続の「進めパイレーツ」においてではなかったかという気がします。

あの頃(今もだけれど)、私には漫画週刊誌を読む習慣がなかったもので、「パイレーツ」がどんな作品であったのかは、まったくと言って良いほど記憶にないのですが、一応は野球漫画のはずなのだけれど、真面目に野球やっているキャラは一人くらいで、あとはどーでもよく、「花形見 鶴」というキャラがあったような。「鶴ぼっちゃん」とか呼ばれていたはず。

で、まあ、「進めパイレーツ」を描いた江口ひさしという作家も、驚かされたのは「パイレーツ」という作品ではなく、その直後にデニーズのメニューのイラストを描いたことであったような。

その前のデニーズのメニューのイラストを描いたのはたしか鈴木英人だったはずで、それが「パイレーツ」の江口ですからね~。

ぶっ飛びました。

あれ、西武有楽町線の開業の頃だったな~。

開業式を取材した後、デニーズに入り、「朝から1000円か~」とか言っていた記憶はあるので、何しろ、江口ひさしのことは、ぶっ飛ばされたことだけは、鮮烈に覚えておるわけです。

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