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↑日本最南端の駅(だった)西大山。後方が開聞岳。

昨日、母校の写真をアップしてふと思ったのですが、私が写真を撮ることを仕事にしてみたいと考えるようになったのが高校生の後半の頃でした。

2年生の修学旅行で南九州を周り、色々と写真を撮って(写真部だったしね)、その写真が結構皆から褒められた。特に長崎鼻から撮った開聞岳の写真の評判が良く、それはその時たまたま、きれいな雲が空一杯に広がっていたんです。ですから、あの時、雲が出ていなければ、私は写真を志さなかったかもしれない。普通の会社員になっていたかもしれない。まったく人生の岐路というものは、どうでも良いような所に潜んでいるものです。

最近は、就職情報誌制作のお手伝いをさせて頂くこともあります。職場の先輩に「これから就職を志す人へのアドバイスを」という質問が大概の場合あって、その答えは「自分が何をしたいのかを考えて」というような答えを頂くことが多いのですが、でも録音機を止めた後に、「でも20才くらいでは、自分が何をしたいのかなんて、本当は解らないかもしれませんよね」という本音を追加してくれる人もいます。で、私も、「もしかしたら私たちだって、いまだに解っていないのかもしれませんよね」などと答えたりもします。

まあ、そんな台詞をヌケヌケと言えるようになったということが、年をとったということでしょうか。

上の写真を撮ったのは、もう何年も前だかに仕事で行った時に撮った写真なのですが、なにしろ自分の人生に大きな影響を与えた山ですから、ホームに降りて山が見えた瞬間に、心の中でお辞儀をしました。


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今日(30日)のネタは、思いっきり、内輪ネタです。

昨日(29日)、横浜市戸塚区まで出かけました。ついでに、いずみ野駅近くの母校を訪問。訪問といっても、校門の前まで行って、中を覗いただけですが。

「ここ、本当に横浜市内なの?」

私たち、この高校の一期生が、初めて高校校舎の建設現場を訪れた時の、第一声は、皆、このようなものでした。

だって、本当に凄い田舎だったんだもん。

相鉄いずみ野線はまだなく、高校の近くを走るバスも1時間に1本のみ。高校の周辺には商店など何もなく、ただ、森と畑が広がるのみ。高校の1年目は大船の近くにある県立高校に間借りして、ようやく校舎が完成した高校2年生の春から、自分たちの校舎での高校生活が始まりました。

しかし、何しろ不便。私の乗ったバスは1時間に1本でしたが、戸塚駅から来る路線バスは8時の便の次は11時半という有様で、この便に乗り遅れた生徒の遅刻ぶりは(もちろん、他の系統を使って来るのですが)、それは悲惨なものでした。

そんな具合でしたから、先生の方も何かこう諦めるというか、達観したところがあって、もう細かいことは言わない。そのいい加減さが校風となってしまいました。

これは私たち1期生が3年生になった時のこと。修学旅行に出かける2期生を見送ろうというイベントがあった。当時はまだ家が少なく、校舎の4階だか5階だかからは新幹線が見えたのですね。手製の旗だかを作り、2期生が乗っている電車(よくも時間を調べたものだ、菊池君)に向かって、皆で手を振る。新幹線の中からも、窓から見える校舎を見ているであろうことは計算済みです。

これがまあ、授業中のことでありまして、私はそのようなイベントがあることを知らなかったので参加しなかったのですが、授業中でもそんなことをやっていた。先生も黙認していたのでしょう、何しろ、(一部の)先生も参加していたのですから。

このイベントはその後も続いて、ラジオで紹介されたらしく、わが母校神奈川県立松陽高校の校風は、あまりにも自由なものと解釈されたようでした。この解釈はしかし、当たっています。その程度のイベントなど、日常茶飯事で行われていましたから。

きっと、偏差値など競争しようにもできっこないメンツなので、それなら思いっきり自由にしようという当時の校長先生の目論見もあったのかもしれません、と、そろそろあの時の校長先生と同じ年頃である私は、何となくそう思います。

ほかにも信じられないような馬鹿話は数多くあるのですが、信じてもらえないかもしれないので、これくらいで。

でも、30年ぶりくらいで校門の前に立って、正直、ちょっと心臓がドキドキしました。

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↑校門から見た校舎。緑が増えた

↓これぞ内輪ネタ中の内輪ネタ。みんなのオアシス。石井商店健在(このお店の役割は、ただのコンビニどころのさわぎではなかった)

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ブログなるものをやっていて大変なことは、もちろんネタをどう仕入れるか?ということにあります。とにかく何でも良いなら、何も悩むことはありません。彼の池波正太郎の日記でさえ、書いていたことは毎日の献立であったといいますから、あなたが「売れる」ようになれば、それだって文庫本になってしまう。「売れれば」ですが。

この日。

池口は自宅を自転車で出発。昼ご飯をどこで食べるか、あてもなくさまよっていたのであります。

「だいたい、毎日、鉄道の旅のネタなんか、あるわけないよなー。もし、今日の話題を本当にあったこと書くなら、大王様が突然怒りだして、スタッフ換えろとか言い出したってことだよな-。でも、スタッフなんてそうそういるもんじゃないしなー。そんなこと書いても面白くないしなー」などと呟いていたとか。

いつものように新横浜駅の近くに行くのもつまらないし、どうしよう?と思っていたら道を間違え、90度違う方向に走っていました。するとそこにお蕎麦屋さんが一軒。今の家に引っ越してもう3年になるのに、こんな所にお蕎麦屋さんがあるなんて知りませんでした。時々買い物に来るスーパーの割と近くです。

「あ~、お蕎麦屋さんだ」と、結構マヌケに、でも本当にそう口に出してひとりごちた池口さんは、そのお店に入ることにしました。なんだか、童話に出てくるお菓子の家みたいな展開ですが。

中に入ると、先客が3人。皆、地元の人のようです。私に続いて、もう一人。おお、結構福の神じゃん>ワシ お店の中のテレビでは上沼恵美子さんが豚丼を食べてます。

かつとじセット。通常価格850円のところ、本日はサービスで100円引きを注文。出来上がるのを待つ間、背負ってきたデイパックの中を探ると、宮部みゆきさんの文庫が出て来たので、これを読むことにします。宮部さんの本は、これで4冊め。昔のように、次々に本を読むことができないのが辛いところです。

でも、こうして、事情を良く知らない初めての店に入り、本を読んでいるなんて、旅に出たのと同じだなー、と思いました。そうすると、自宅のすぐそばであれ、こんなシチュエーションを作れば、それは小さな旅になるということでしょうか。いつもとは辿る道を変え、知らない店に入り、本を読む。なんだか悪くない遊びです。

やがてかつとじセット到着。

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食して、私は目を見開きます。

「こ、これは。まったりとして、それでいてクセがない」

つまりまあ、普通の味でしたが、カツが一切れをさらに二つに切ってあったので食べやすい。お蕎麦もまずまずです。おばちゃんはあまり愛想良くないし、大将はアロハみたいなシャツ着て厨房に立っているし、野球帽被っているし、へんてこなお店のようですが、まずまずの味なので、また来てもいいなと思った次第です。家からいつでもこれる所にあるって、いいものですよね。

そんなわけで、そのうちにまた行けるお店が一つ増えたわけではありますが、次にこのお店に行っても、もうその時には旅行気分は味わえないはずであります。


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一昨日、鶴見線に乗り、本当なら鶴見線紀行と行きたいところなのですが、何しろ国道駅で降りただけなので、あと1回だけ。

「国道」といういささか唐突な駅名は、この駅が国道15号線のすぐ上にあることで名がついたようです。国道15号線には「第一京浜国道」という呼び名もあり、近くを並行する「第二京浜国道(国道1号線)を補完する役割も担っています。第二京浜より海沿いを走っていることもあって、むしろ第二京浜国道よりも沿道に工場などが多く、トラックなどの量は、こちらの方が多いように感じることもあります。

で、国道駅を国道とは反対側に向かうと、以下の写真のような感じ。

↓釣り船店

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このお店、今もやっているのかな?よく解らない。くたびれきってはいないようだけれど。

よく見ると、建物に2階部分がちゃんとある。これもここが商店街だった時代の名残なのかもしれません。

さらにその先では、細い路地が交差しています。

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住居表示を見ると「生麦」とあります。このあたりから京浜急行の生麦駅があるあたりに向けては、元々は横浜の魚市場があった一角で、その面影は今でも、少しだけ残されています。写真の右手にあるのが割烹料理屋さん、ちょっと見えつらいけれど、シャッターが閉まっている店がいくつかあって、これが魚屋さん。朝方に来ると、結構活気があります。午後も遅いこの時間は森閑としていますけれど。

生麦といえば、まず思い出すのが「生麦事件」。結果的には明治維新への大きなステップとなった事件が起こったのは、この場所よりももう少し先。さすがに往時の松並木はありませんけれど、細く続く路地が、何となく旧・東海道の面影を引きずっているようにも感じられます。もっとも、写真のこの場所は旧・東海道ではないようですが。

ホームに戻ると10分ほどして、鶴見行の電車がやって来ました。それにしても、悪い言い方をすれば、ぼろっちい駅です。でも個性的。

写真の右手に写っている女性も、携帯で電車の写真を撮っています。電車に興味を持っている人がいるということで、こちらも少し嬉しくなります。

↓国道駅にやってきた205系3連鶴見行

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昨日は横浜市内へお出かけ。

予定が少し早く終わったので、帰り道に寄り道して、鶴見線に行ってみました。

国道駅で途中下車。

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知っている人はいやというほど知っている風景ですが、この駅の改札口の回りは、どういうわけか、写真のような昔ながらの風景が残っています。写真の左側で少し明るくなっている所が券売機。

こんな看板も残っています。

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昔、この一角は、今日でいうところのアーケード商店街だったそうです。ガード下なので雨に濡れることもなく、便利だったことでしょう。それが時代から取り残されるような形になってしまったのはいつの頃からなのだろう。

少しの時間で旅に出たような感覚を味わいたいとき、私は時々、鶴見線に来ています。


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次にいつ松山に行くことになるのかは、昨日書いたように解らないのですが、それではこれまで何回松山に行ったのだろうと数えてみたら、今回が4回目でした。実は結構行ってた(笑)。感覚的には、横浜からだと九州の博多あたりよりは遠い松山ですが、それにしても4回も行っていたのは、この地が、実は鉄道のネタは豊富であるからかもしれません。

最初に行った時は、とにかく松山に行ってみたくて行った。年末の仕事が立て込んだ時に、何故か温泉願望にとらわれるようになり、とにかく年末の休みには温泉に行こう、と。それではどこにしようかと考え、まだ行ったことのない道後温泉に決めた。

で、道後温泉の2階の湯にも入り、それは値段が張ったせいか、貧乏根性も災いして少し落ち着かなかったけれど、とにかく道後温泉を知れた。翌日は動物園に行き(何故でしょね?)、年末で閉園していたので市内に戻り、伊予鉄道の写真を撮っているうちにすぐに夕方。暮れだものね。陽も短いです。夜の飛行機で家に帰り、何をしに行ったのか解らないような旅になりましたけれど、でもそれなりに楽しめました。

あとは、仕事かな。振り子電車に乗るとか、四国の文化財を訪ねるとか、そのような旅です。

もちろん仕事ですから、プレッシャーもあり、旅の途上ですから、それでも楽しくもある。仕事であちこち行けていいですね、と、非常によく言われますけれど、楽しさ、苦しさ半々といったところでしょうか。

これまででいちばんプレッシャーのかかった旅は、1泊して良いから、2日目に表紙用の写真を1枚だけ撮ってくれ、と言われて、動態保存蒸機の写真を撮りに行った時だったと思います。ホテルで、夜中に何度も目を覚ましましたし、寝坊する夢を見る。この寝坊する夢というのは、様々な職種のビジネスマンが、結構見ているようですけれど。

無事、写真が撮れた時は、とにかくほっとする、の一言。でも当時はまだフィルムの時代でしたから、ラボで現像があがって、これをライトボックスの上で確認し、ピントも露出も大丈夫だと確認するまでは、ず~っと、嫌な気持ちではありました。これが遊びの旅行であれば、現像が上がって来る瞬間というのは、最高の楽しみなのですが、仕事では心臓パクパクで、ちっとも楽しくない。

今でもフィルムで撮り続けている先輩カメラマンに「今でもラボに行く時、ドキドキします?」と聞いたら、「それが良いんじゃないの」と言われました。「え~、いやですよ」と返事しましたが、デジタル写真では感じることのできない苦しさ、楽しさでした。大先輩でも少なからず、同じ気持ちにはなっているようで。

今はデジタルなので、そんな失敗はない。その点は楽です。精神衛生上よろしい。

取材の帰りの列車も、気持ちが以前よりは楽になった気がします。今回も、雨に見とれたりしていました。

もっとも、あのドキドキ、苦しさを知っているから、鍛えられるのだなとも思います。私は、あの苦しさを「だから良い」という自信は、まったくありませんけれど。


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↑なにしろ「受話器」で撮った写真なので、心臓パクパクなどするわけない。それも味


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松山に出張の夜、私がカレーラーメンを食べた理由は、そのラーメン屋さんが、ホテルの近くにあったからでした。この日は、午後の6時過ぎにホテルに着くなり、疲れが出たのか、2時間ほど眠ってしまいました。目を覚ますと雨。このまま朝まで寝てしまおうかとも考えましたが、それもなんとなく勿体ないので、傘はないけれど外へ。

ホテルの前の通りを路面電車が走ってゆきます。例によって「受話器のカメラ」で撮影。本当に大したものです。スローシャッターの警告なども、フィルター補正などもなく、とにかくレンズを向けてシャッターを押せば、夜の9時過ぎでも簡単に写真が撮れてしまう。

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駅前に着くと、ラーメン屋さんはお客さんゼロ。カレーラーメンを注文します。店内では映りの悪いテレビがクイズ番組をやっていました。ひな壇に芸能人が並んでいます。私に続いてカップルが店に入ってきました。これでお客さん3人。福の神じゃん>ワシ なんだか自分にはあまり福が訪れないような気もするけど。雨は本降り。店の外の暖簾が風に揺れて、時折路面電車が走り過ぎてゆきます。

ラーメンは失礼ながら可もなく不可もなくといったところ。おばちゃんが一生懸命作ってくれたから良しとしましょう。店を出ると、少し離れた所にブックオフがありました。この手の店の良いところは、とにかく品数が多く、深夜まで営業しているところ。何でも良いから何か読みたい夜にはうってつけです。宮部みゆきさんの本と、畑正憲さんの本を各1冊購入。550円。値段も安いなあ。もっとも、高くて良い古本というものにも出会えないスタイルの店ではあるけれど。

ともあれ、もう一度駅前に引き返し、マックでコーヒーをテイクアウト。もちろん部屋で本を読むためのものです。雨の中を何往復かしたので、すっかり濡れてしまいましたけれど、あのまま眠ってしまうよりは、少しくらいは実りのある夜になったかもしれません。

この町に、また来れる日があるのか、どうか?こればかりは解りません。



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昨日、内子からの報告をアップしたのが15時半過ぎ。

あの時点で昼食がまだだったものですから、さてどこかの駅まで我慢して駅弁を購入するか、いろいろ迷ったのですが、少し食べても良いだろうと判断し、駅前のスーパーで、握り寿司のパックを購入しました。

そして、特急「宇和海」の中で遅い昼食。次の乗り換え駅、松山まであまり時間がないので、車窓を楽しむ余裕はありません。

松山では10分で岡山行「しおかぜ」に連絡。しかし、「しおかぜ」に乗る人は「宇和海」からの乗り継ぎ客だけではなく、自由席はすでに満席。仕方なくデッキに立ち、今治から座ることができましたが、輸送力の小さい列車では、時にこういう理不尽なことが起きますから、油断はなりません。そういえば、往路でも、岡山からの、松山行「しおかぜ」にはもう少しで座れなくなるところでした。「のぞみ99号」に乗っていましたから、それでも事なきを得ましたが、これが、接続の時間が良いからと、これよりわずか後の「のぞみ1号」に乗っていたら、列車には乗れても、自由席では座ることができなかったと思います。

さて、岡山でも「のぞみ60号」にどんぴしゃ連絡ということで、さすがにこの列車で座れないということはありませんでしたが、夕食の駅弁を確保しようとしても、ホームの売店では駅弁が売り切れ。ホーム下のコンコースまで戻る時間はなく、まさか駅弁購入のために、列車を1本遅らせる気持ちにもなれない。それでは、車内販売に頼れるかというと、ようやくまわってきた車内販売は、その時点で駅弁は売り切れとのことでした。アテンダントのお姉さんは、「もう一つのワゴンに残っているか、調べてきます」と言ってはくれたのですが、結果は駄目でありました。

車内販売は、新大阪から別のクルーが乗り込んだようで、改めて「お席まで伺います」という放送が入ったのですが、私が座っていた1号車(撮影用の荷物がいろいろとあったので、少しでも空いている列車の端に座ったのでした)まで、ワゴンが到着した時点ではお弁当はゼロ。

そういえば、昔、「はやぶさ」に乗った時も、席は列車の中央寄りだったのですが、朝食として車内販売にきた駅弁は残りわずかとなっていました。同行してくれた編集さんとは「編成の端にいる人は、どうするんでしょうね?」と話し合ったものですが、同じ図式であります。

結局、晩ご飯は、一度家に帰ってから牛丼屋さんに出直すというはめになりました。とほ。それでも牛丼に、味噌汁とサラダがついて400円でお釣りが来るのだから、お茶もつければ1000円では済まない幕の内弁当よりも良かったのかなあ、とも思った次第です。

ユニクロの登場によってアパレル界が大きく変わったように、列車の食事も、図式を根底から覆す何かが現れて欲しいなとも思いました。

内子駅前のスーパーでお寿司を買っていなければ、帰路は空腹に悩まされた可能性が大で、このブログももう少し殺伐とした愚痴の羅列となっていたかもしれません。

寿司は内子に限ります(←それがオチか)。


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四国の内子に来ています。雨。

駅前にC12が保存されていました。

国鉄内子線にこの機関車が働いていました。

内子という町も美しいように見えます。ただし、もう帰路。これから6時間かけて新横浜に帰らなければいけません。

そのために、昨晩文庫を2冊仕入れて起きましたけれど。

そういえば,昨晩の食事はカレーラーメンでした。だってホテルから近かったんだもん。

昨晩はそれでしたので、今晩は…

きっと駅弁です。

どうだ?参ったか?

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↑駅前の機関車と、内子駅の自動販売機にも登場しているC12



(まいったなあ)

今「のぞみ99号」の車内。新神戸を出て岡山に向かっています。新大阪を出たところでは、左手に車両基地が見えました。宮原でしょうか。新幹線を建設する際、将来の延伸を見越して、敢えて線路を大阪駅(梅田)には延ばさず、延伸には立地の良い新大阪(宮原)を選んだのだとか。そんなこともちょっと知っていると、それも旅の楽しみとなります。

車窓から写真を撮り、窓の外を見ていると、そこには、古ぼけたダブルルーフの客車の姿が。

あれ、何なのだろう?

きっと、救援車の廃車体を物置か何かに使っているのでしょうが。

また、謎が増えてしまいました。

どうも旅の楽しみというのも,それなりに、奥が深いようです。

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↑宮原の車両基地。この写真を撮った直後に「謎」が現れる