大晦日と、それから元旦は、いつも素直な気持ちになれるものです。

大晦日であれば、今年一年、良い年だったのか、悪い年だったのか。

元旦であれば、今年一年をどう生きて行こうか。

そんなことを真面目に考えることができる。

まあ、いつも満足満足というわけにはいかないものですが、そういう日があるということは、悪くないものです。

私にとって、この一年は?

そうだなあ。ちょっと気持ちばかりが急いた一年であったかもしれません。

いろいろな仕事をしたい。いろいろな所へ遊びに行きたい。そんな気持ちを大切にして、もう少し目の前のことを、計画的に進めてみても良かったという気がします。ちょっと観念的な表現ですが。

10月14日からは、このブログを始めました。

すると、一日がいよいよ早く過ぎていくような感覚になりました。そして、ちょっとした外出の時にも、カメラを持ち歩くようになりました。その結果、大きな蓄積ができたというわけではありませんが、なまっていたハートが、ちょっぴりだけ昔に戻った気がしないでもありません。

カメラはもちろんデジタル。とりあえずのコストを気にせずにシャッターを切れることがありがたく、例えば旅先で、旅館の夕食ができるまでのわずかな時間でも、庭先に出て、枯木立のシルエットを狙ってみるような、そんな遊びを、また楽しめるようになりました。

もちろん、フィルムカメラでも構わない。最近カメラ操作とご無沙汰という方がいらしたら、ぜひ、もう一度、シャッターを押す習慣をつけましょう。きっと色々な発見と、若返りの気持ちに出会うことができると思います。



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↑京浜急行逸見駅。本当のことを言うと失敗作。あと1時間早く現地に到着していなければいけません。





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12月29日

お台場を見物に行こうと、かばんの中に川本三郎さんの紀行文集「旅先でビール」を突っ込み、朝10時前に家を出発。この紀行文集は、まだ読んでいないところが大部分。

電車の中で、適当にページを開くと、「東京駅のレンガは深谷(埼玉県)で作られた」と書いてある。この地で良質の粘土が取れることを、深谷出身の渋沢栄一が知っていたからだとか。急に興味が沸いて、深谷に行ってみようと決意。

さて、東京駅に着くと、東北・上越新幹線の改札口が大混雑。ダイヤが乱れているらしい。


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↑東京駅のコンコースは大混雑となっていました。


今日、深谷に行かなければいけないわけではなく、さりとて、在来線で行くには、ちょっと出発時間が遅かった。少し考えて、千駄ヶ谷へ。

しかし、千駄ヶ谷に向かう途中、お茶の水駅に停車中の電車から見た聖橋のシルエットがなぜか気になり、急遽途中下車して橋の写真を撮影。こういう時、Suicaは便利。


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↑なんとなく、聖橋を撮影。


さて、千駄ヶ谷へ。なぜ、ここに来たかというと、天皇杯の準決勝があるから。キックオフ2時間前にS席を購入して果たしてどこに座れるのか?指定券には「A8」と印字されていたので、「これはコーナーキック観賞専用席かな」と、いやな予感がしたのですが、なんと席はセンターサークルの横。決勝戦の前売りは完売というのに、準決勝はこれくらいの集客力です。正月のイベントとしてサッカーを見る人が、どのチームが勝ち上がってくるか解らない試合の前売りを買っているのだろうか。でも、準決勝は、サッカーを知っているお客さんが多いようで、気持ち良かった。ペナルティエリアの中で選手が倒されても、PKだ、PKだと騒がず、相手チームの見事なディフェンスにも、ちゃんと拍手が起っていました。


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↑マリノス敗戦。


すっかり暗くなった道を、今度は信濃町駅へ。途中で、絵画館のライトアップを撮影。下の写真は、三脚なしで撮影したものです。これぞデジカメの本領。とにかく、カメラさえ持っていれば、どんなに悪条件でも何とか撮影ができるのが、デジカメの凄いところ。これまで以上に、カメラを持ち歩く習慣が大切になりそうです。


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↑真っ暗な中でも手持ちで撮影ができる。


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↑代々木駅でももう1枚。フィルターも、三脚もなし。ラクチンラクチン。


恵比寿駅で下車して模型店へ。お台場へ行くという当初の目的はどこへやら。

自由気ままな一日でした。


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先ほど、午後10時5分過ぎに帰宅しました。東京を→に行ったり、←に行ったりの一日でした。

もっとも、会社務めの働き盛りの人は、まだこれくらいの時間であれば、会社にいて当たり前なのかもしれません。私も、会社員の頃は、これくらいは当たり前という時期も多くありました。

私が務めていた会社は、会社への宿泊は認めていませんでしたので、必ず終電までには、電車に乗らなければいけない。会社は有楽町にありましたので、夜遅くの、街が静かになる時間には、東京駅を出る列車のホイッスルが聞こえる。21時だか、21時30分頃だかにホイッスルが聞こえると,同僚と「あ。『瀬戸』だ」という具合に話をして、そろそろ今日の分の見極めもつけなければいけないな、などと考えたりもします。

そのあとに「銀河」もあり、でもその頃は京浜東北線を使用して帰宅していましたので、「大垣夜行に乗って、岡崎まで行った」というようなエピソードを作ることはできませんでした。横浜まで走る最終は有楽町0時31分発の桜木町行き。これに乗り遅れると、最終は蒲田行きであり、タクシー代がかさんでしまうので、御法度。桜木町行きに乗るために、何度もダッシュしました。夏場だと、あと3時間もすれば、もう明るくなるんだよな、などと考えながら。

そういえば、編集者のT氏は高崎線沿線に住み、急行「能登」で帰宅しようとして、軽井沢に行ったことが1回、小諸に行ったことが1回。そのたびに「小さな旅」というタイトルの編集後記を書いていましたから、それはそれで立派です。

あるいは、高崎から新幹線通勤していたやはり編集者のM氏は、「帰りは絶対に眠りません」と言っていた。でも、越後湯沢には1~2回行ったらしい、本当は。その頃は、越後湯沢にスキー目当てのマンションを買うことがトレンドになっていましたから、「越後湯沢に住めばいいじゃん」と言ったら、真面目な顔をして「いやいや」と言っておりました。その後、都内の社宅に引っ越したそうで、やっぱり遠距離通勤というのは大変なのでしょう。

で、夜行列車も次々に姿を消し、大垣夜行までが不定期化されてしまうということであれば、このような「武勇伝」を作る機会も減ってしまうんだよなあ、と、遅い時間に帰宅して、そんなことも考えた次第。「夜行で名古屋まで行っちゃってさ」という話を社内でしても、若手社員からは「何ですか?それ?」と不思議がられる時代が、もうそこまで来ているのですね。それもちょっとつまらない。

まあ、仕事というものは、常に早めに片付けておいた方が、結局は苦労が少ないということだけは間違いがないようです。かく言う私だって、あと1時間30分経てば、もう次のブログを書かなければいけない時間になってしまうのです。

わーい。



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秋葉原までお出かけ。

東京の駅で、最近のうちにいちばん大きく変わったのが、この駅かもしれません。

つくばエクスプレスの開業と、大型量販店の進出などで、「ラジオ街」という以前のイメージは、だいぶ希薄になりました。それでもいわゆる電器店は多数健在で、あの、「ごちゃっとした」雰囲気は残っています。


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↑秋葉原といえば電器店。近年は、オタクの聖地と呼ばれることも多くなりましたが。


買い物を済ませて、万世橋へ。ここはかつて万世橋駅として使われていた、その跡です。

中央本線の列車が、このレンガの上のホームに発着していたのだとか。大正3年に東京駅が完成すると、駅の存在価値が乏しくなり、やがて廃止されました。ここには上野駅の地上ホームと同じような、行き止まり式のホームがあったそうです。ここから列車に乗ってみたかった。とはいっても、駅が廃止されたのは昭和18年のことで、遠い昔のことですが。


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↑万世橋駅の跡。ホームがあった場所は、今は花壇などになっています。


万世橋といえば、忘れてならないのは、以前、ここに交通博物館があったこと。現地を訪れてみると、この博物館のシンボル的な存在だった0系新幹線と、D51形蒸気機関車のカットボディはなくなっていました。今でも2006年の閉館の挨拶を記したポスターが、そのまま掲出されています。万世橋駅の跡を含め、健全な形で保存されると嬉しいのですが。それこそ、トラスト活動のヘリテイジセンター(活動拠点)にしたらどうでしょう?素晴らしい産業遺産になるはずなのですが。


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↑ちょっと解りづらい写真ですが、カットボディが乗っていたレールだけ残っています。


ついでに東京駅へ。丸の内側駅舎の改築工事が本格化しています。今の姿は見苦しいわけですが、より昔の姿に沿った形に戻されるというのは、素晴らしい決断だったと思います。日本中、ガラス張り風のビルばかりでは面白くない。東京駅は、特に丸の内側は、駅前に半導体メーカーの広告もなく、パチンコ屋などもない、個性的な姿をしているのですから。


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↑新駅舎は平成23年完成予定。それまで我慢。


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午前中は所用で厚木へ。車で東名高速を走っていると、あちこちで富士の姿が。

きょうは良い天気だから、一日、富士山が見えるだろうなあ、などと考えているうちに、もう少し、近くから富士を見てみたくなりました。

用事を済ませ、厚木から横浜に帰ることはせず、そのまま裾野ICまで走ります。事前に撮影ポイントを確認してこなかったので(なにしろ衝動的な行動でしたから)、富士山を入れた撮影に最適な場所がどこなのか解らなかったのですが、カーナビを見ながら適当に走り、お昼直前に、岩波~裾野間に着くことができました。

すぐにやって来たローカル列車を撮影。


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↑御殿場線のローカル列車。窓からの眺めも素敵でしょうね。


鉄道写真の専門家であれば、御殿場線の撮影ポイントなど、全部覚えていることでしょう。逆に、自分が、少し不勉強になっていることを改めて反省。

まあ、富士山がきれいなので、自分を許してあげよう。

美しい山の姿を見ていると、心も大らかになります。



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今年は、カレンダーの関係から、今日が仕事納めというところも多いだろうと思います。

「良いお年を」と同僚と挨拶して別れた後というのは、本当に心が解放される一瞬ですよね。あるいはこれが一年のうちで、いちばんほっとできる時かもしれません。

私はといえば、フリーになってからというもの、そのような感覚が少しだけ乏しくなりました。開放感に浸れることに変わりはないのですが、たとえばきょうも、午前中は電話を何本も応対しているうちに過ぎ、昼食後もメールが何本か舞い込んできます。これだけの仕事を正月明けまでに片付けておいてねという依頼がほとんどで、もちろん、仕事があってナンボの世界ですからありがたいのですが、冬休みの宿題を、どかんと渡されたような気分でもあります。

だいたい、夏であれ冬であれ、あの休みの間の宿題というやつ。考えてみれば、あれを即座に片付け、残った期間をゆっくり休む…、そうすれば良いことは解っているのですが、実際にはそれが実行できたことは、ほとんどなかったような気がします。何故、ああなってしまうのだろう?けれども、それはもう絶対に、早く片付けてすっきりした方が良いに決まっているわけで、それができないというのはいけません。

さて、今年の「冬休みの宿題」をどうするか?また、ギリギリになってヒーヒー言うのは良くないし、後回しにすれば、それだけ後が苦しくなるわけですから、ここはひとつ頑張って、ひと思いに片付けたらあとがすっきりするでしょう。あるいは、毎日コンスタントに片付けるというのも、時間がある時ならではの方法で、パフォーマンスが良さそうです。

どのような方法が良いのか?自分にとって?

決めた。明日は何も仕事はしない。

さあ、何をして遊ぼうかな?



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「そんな暇があるのか!?」と、現在、年末の追い込みに至っている各出版社からは怒られそうですが、23日は、午後に少しだけ余裕ができたので、かねてからやってみたいと思っていた簡単料理にトライしてみました。

これは壇一雄の名著「壇流クッキング」に出ていたもので、調理の表現方法は、もちろん壇さんが書かれたものとは異なりますが、ざっと以下のようなものです。

1) 豚バラ肉300gを、そのまま水を張った鍋の中へ。

2) 長ネギを、根本だけ切って、ざっと洗い、やはり鍋の中へ。

3) 醤油をドボドボと鍋の中へ。

4) ここにお酒を入れてもよし。

5) 2時間煮る。

レシピは以上です。料理と言えるほどの手間のかかったものではありません。今回はさらに、ここにシイタケと木綿豆腐を加え、1時間後に誘惑に負けてタマネギも入れてしまいました。

あと、オリジナルと違ったのは、ネギを4つくらいに、豚肉を2つに切り分けたこと。酒がなかったので、赤ワインで代用したことです。

そして、2時間待ちます。

おまけで、もう15分待ちます。

さて、試食。

と…、これは凄い!!ライターと名乗る人間が使うにしては何とも稚拙な表現ですが、凄いというのが、いちばん的を得ているように思います。

2時間煮こむということが、こうも素材を化けさせるとは。

豚肉は、箸でちぎれる柔らかなトウロンポウ風の塊に変身し、味の染みた豆腐は絶品。絶品という言葉はとにかく乱発され過ぎていて嫌いなのですが、ここではこの言葉を使います。鍋の中に昆布のようなものが見つかり、?と思って箸でつまんでみると、これがネギの青い部分でした。あの部分がこんなに美味しくなるなんて。

何しろ調味料が醤油だけなので、ちょっと鼻につくようなきつさも残りますが、これを出汁醤油か何かで代用すると、味が肉じゃがの方向に行ってしまい、平凡でつまらないものになる気もします。しかし、この料理の、ご飯に合うこと!

こんなに簡単で美味しくなるのであれば、無理して気取ることはない、こういうものを食堂車でやれば良いのに、と、一昨日の思考が、またわき起こったのであります。

ただ、この料理の欠点は2時間の間、家中に醤油の匂いが充満してしまうことです。すき焼き屋さんみたい。料理の途中、1度だけ宅配便が来ましたが、荷物を持ってきたお兄さんも、あるいは困ったかもしれません。

その昔、ある駅弁屋さんが「ビビンパ弁当」を開発しました。味はよく、紐を引いて再加熱することで、温かい食事ができる名作となる予定でした。

しかし、車内に匂いが充満してしまうという欠点が発売後に見つかり、涙を飲んで、生産を打ち切ったのだそうです。

車内に、この豚バラ煮込みの匂いが充満したら、やはりクレームの嵐になるかもしれません。でも、寝台列車なら、匂いがお客さんを呼んでくれるかもしれません。こればかりはやってみなければ解らない。

でも、「はやぶさ」のニックネームが「豚バラ」になったら、これはやっぱり格好悪い。



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駅弁の話が出たついでに、もう一度、食堂車について考えます。

少し前に、上野駅に「食堂車のカレー」というメニューがあることを書きましたけれど、もっとほかの料理も、例えば、スープや海老フライも復刻メニューに載ったら楽しいでしょうね。昔、何回か、食堂車に乗って働いていたという方にお話を伺ったことがありますが、やはり自分の仕事に対するプライドは、きちんとお持ちでした。どうしても、キッチンの環境が地上とは違うのが制約になっていたようですが(そのことは一言も仰いませんでしたが)、調理法に手抜きはなかったようです。

列車食堂は美味しくないという声もよく聞いたことがあり、それは今でも、私も半分くらいはうなずけるのですが、鉄道が好きなことで知られた作家の内田百閒は「僕は食堂車のものなら皆おいしい」と言ったことがあり、これも魅力的なセリフだと思います。

私の記憶に初めて登場する食堂車も「ブルートレイン」のもので、母に連れられて母の郷里である佐賀に帰省する時に、夜と朝の2回、連れて行ってもらった。食堂車の入り口の脇には3人くらいが座れるソファーがあり、そこで順番を待つことだって楽しかった。食堂車で仕事をしているコックさんにとっては、そんな時はオーダーが次々に舞い込む「戦争の状態」です。もちろん、当時の小学生にとってそんなことは解りはしない。「まだかな~」と思って、ただ長イスに座っていました。

何を食べたのかは覚えていません。母が朝食にオートミールを食べていました。それからももう一つ覚えているのは、朝食の時に海が見えたこと。瀬戸内海が朝陽に輝いていました。下松であるとか、徳山であるとか、あのあたりであるはずなのですが、今、山陽本線を走ってみても、それがどこであったのかは、残念なことに、特定はできません。

列車食堂は、実はいつも膨大な赤字であり、業者さんは、車内販売の権利もついてくるので、(食堂車も)やっていたのだとか。それでも、「食堂車に乗った人間は、地上勤務になっても、すぐに仕事を辞めようとしない。企業への定着率が高い」というお話も伺ったことがあり、やはり食堂車というのは、仕事をする側にとっても特別な存在であったようです。

確かに、列車の速度が速くなれば、食堂車は不要となるのかもしれませんが、飛行機にも、バスにも、食堂を設けるスペースなんてないのだから、やはり何とかして、鉄道だけができるサービスを提供するために、食堂車維持、食堂車復活の方法を見つけたいものです。見つけなければいけません。

自動車の方が便利だと言われても、あれは、60キロくらい渋滞することだってザラですよね。不便なことだって、実はしょっちゅうあるのですから。


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一方、こちらがスタンダードな「シウマイ弁当」であります。地元民は、横浜の中華街は結構見放している部分もあるのですが、こちらの駅弁は、食す機会は少なくありません。何かの本に、駅弁は、サラリーマンの帰宅後の食事用として販売されるのも重要な戦略の一つ、と書かれていましたけれど、横浜の駅弁もそう。まあ、考えてみれば、横浜を通る在来線の特急はごくわずかですし、ホームで売れる駅弁の数は、今は本当にわずかなのでしょう。どの駅弁屋さんに話を伺っても、「東京駅が羨ましい」と仰いますが、その通りだと思います。


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↑「困った時の…」という役目も果たしてくれる「シウマイ弁当」(780円)


私も、帰宅後の食事用として、この駅弁を購入することが多々あります。今では、駅弁1個1000円が当たり前になってしまいましたが、このシウマイ弁当は、まずまずリーズナブル。おかずの種類が結構多いのがポイントで、「シウマイ1個につき、これだけのご飯を食べなければいけない」というノルマ感にさいなまれないことが、実はこの駅弁がロングセラーになっている理由の一つであるような気がします。

この駅弁は、ナイター観戦にも重宝なアイテムで、横浜では球場の中でも売っているのですが、歩留まりを勘案してか販売価格が高い。そこで、球場に到着する前に、横浜駅か、関内駅で購入することが大切です。球場で、どこからか舞ってくる、私設応援団お手製の紙吹雪を振りかけながら(降りかかりながら、ですが)食べると美味しいのですが、贔屓チームが低迷すると、そのスパイスをゲットできないというのことが、大いなる問題点です。

下の写真は、1998年10月9日に1日だけ販売された特別バージョンのシウマイ弁当。あれからもう、10年経ってしまったのですね。

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↑買うために、結構、行列しました。





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