長野駅にそそくさと戻ったのは、この日にD51が運転されるから。信越本線の開業120周年を祝う行事の一環として、「信越120周年号」が、長野~黒姫間に1日2往復運転されたのです。走行シーンを沿線で狙うには、早い時間から「場所とり」をしなければいけませんので、それは避け、駅で音だけでも聞こうと思ったのです。

午後の便は13時30分の発車。1時間前にはホームに着きましたが、列車が入線すると凄い人だかりとなりました。

f:id:railtravel-navi:20081130110502j:image

↑写真の中にSLがいます。さて、どこでしょう?


思っていたよりも遙かに凄い人。正面の写真を狙うのは大変なので、あらかじめホームの端に立ち、発車後のシーンを「後追い」で狙うことにしました。

f:id:railtravel-navi:20081124134356j:image

↑やっとの思いで撮った1枚。


駅を出て行く列車の様子を見ていると、乗務員さんも、ニコニコしながら、見物人に手を振っている。本当に楽しそうです。鉄道会社は、こういうイベントをした後にこそ、その活動をもっとPRするべきでしょう。それが次につながり、鉄道会社自身も、皆から共感を得ることができるはず。

私は、鉄道会社が他の会社に比べていちばん遅れているのは、広報活動に対する認識だと思っています。例えば、自動車会社にちょっと対応が面倒臭いだろう取材をお願いしても、それを前向きにとらえ「情報を出すことが私たちの命ですから」と仰ってくれる。けれども、これが鉄道会社だと「前例がありません」ということで、あっさり断られたりする。役所みたい(追記:もちろん、すべての会社がそうだとはいいません。特に中小の私鉄などには、非常に熱心に耳を傾けてくれるところもあります)。

乗務員さんがニコニコしているのを見ても解るように、現場の人は皆、鉄道を自分なりのスタイルで愛しています。その思いを、もっともっとうまく反映させて、鉄道が利用者から愛されるようにしないといけません。今、地方の小さな駅に行くと、駅周辺に人がいないところも少なくありませんよね。駅なのに、です。鉄道会社が時々掲げる「地域密着」に必要なものとは、車両の色を独自のものに塗り替えることだけではなく、まず、利用客に喜んでもらえるように、自分たちが知恵を絞ることでしょう。D51だって、これだけ人気があるのですから、捨てたものではありません。


*池口英司に学ぶ写真の撮り方コーナーやおトクな鉄道旅行情報を網羅した「鉄道旅行なび」はこちら*

スポンサーサイト

f:id:railtravel-navi:20081124091722j:image

↑長野電鉄2000系。昭和32年製ですが古さを感じさせません。


翌朝は、駅近くのハンバーガー屋で朝食をすませてから長野電鉄を探訪。昨日購入した「信州北回廊パス」が威力を発揮します。切符を見せて改札を通ると、改札係の人が「ありがとうございます」と、気持ちよく挨拶をしてくれる。嬉しいですね、こういうのは。各駅停車に乗って、運転台の後ろから沿線を観察し、手頃な場所を選んで撮影したのが、上の写真です。本当は、もっと湯田中の方まで行きたかったのですが、お昼過ぎには長野駅に帰っていたかったので、「近場」での撮影となりました。

写真は長野電鉄の特急車2000系です。昭和32年から製造が始まった形式なので、もう結構な老兵とはなりますが、こうして見ても古さを感じさせません。何より、個性があって格好良いですよね。最近の車両はこれに比べると、大量生産を前提にしたかのような平板なデザインか、あるいは奇をてらったかのようなデザインか、どちらかに偏っているように思える。車体に無理矢理横文字のロゴを入れるのも、好きじゃないなあ。だって乗っているのは日本人なのだもの。この2000系にしても、あるいは例えば0系新幹線にしても、あの頃までの鉄道車両のデザインには、何となしですが、風格があったように感じられます。そろそろそんなエポックメーカー、歴史に名を残すようなデザインの車両が出てきて欲しいものです。

ところで、何故、鉄道の世界では、やたらと「系」という言葉が出てくるのか、形ではなく。これは上の2000系でもそうなのですが、例えば運転台のついている車両と、ついていない車両があるわけです。両車は編成を組んで運転することを前提として、性能は同等に作られています。でも形は違うわけですから、モハ2000形、サハ2000形というふうに、先頭車と中間車では車両個々の形式名を違えています。その総称として「系」を使います。ですから「系」とは、「グループ」を表わす言葉であるというわけです。鉄道会社によっては、系という呼び名を使わないところもありますので、ややこしくなっているのですが。

撮影を終えたら一度長野駅へ戻り、バスで善光寺へ。連休だからでしょうが、凄い人出です。


f:id:railtravel-navi:20081124120504j:image

↑人波が耐えない善光寺の参道。


本当はここでも蕎麦を食べてみたかったのですが、長野駅へ戻る時間が遅くなってしまってはいけないので、写真を数枚撮ってから、今度は徒歩で長野電鉄の善光寺下駅へ。山門近くに徒歩8分と書かれた看板が建っていましたので、矢印に導かれて坂を下ります。そして改札で「信州北回廊パス」を見せてホームへ。このように、何度でも乗り降りができる自由周遊地域が設定されているきっぷは、予定にとらわれない使い方ができるのが強みです。

で。まあ、本当は、長野駅まで戻ってからバスに乗って善光寺に向かうことはせず、初めから善光寺下駅で降りて歩けば、そちらの方が早かったということですよね。さすがに途中で気がつきました。

さてさて、急ぎ足で長野駅に戻ります。


*池口英司に学ぶ写真の撮り方コーナーやおトクな鉄道旅行情報を網羅した「鉄道旅行なび」はこちら*

松本散策を終えたら長野駅へ移動です。本当は、途中姨捨駅で途中下車したかったのですが、朝の出発時間が予定より遅くなってしまっていたので割愛。長野駅では、まず「信州北回廊パス」を購入。2500円。

f:id:railtravel-navi:20081123154539j:image

↑これが信州北回廊パス。お得なきっぷです。


この「信州北回廊パス」は、期間限定発売のお得なきっぷです。2500円しますが、これでJRだけでなく、長野電鉄や、しなの鉄道の上田まで、それに長野市内の一部のバスにも乗車することができる。最近は、このようなきっぷが、言葉は悪いのですが、いわば「ゲリラ的に」登場するので、普段から目を光らせておくと、ずいぶんと得をします。そうそう、この切符では長野周辺の美術館などの割引クーポンも付き、写真に写っている青い小冊子には簡単な観光ガイドも掲載されているので、それまで含めれば、相当にリーズナブルなのではないかなと思います。

ホテルにチェックインしたら駅に戻り、ここからはバスで、この夜行なわれる「長野えびす講」会場へ。

f:id:railtravel-navi:20081123165128j:image

↑会場に到着すると、すでにたくさんの露店が軒を並べていました。


「長野えびす講」は、珍しい晩秋の花火大会です。実は長野への旅を思い立ったのは、テレビで、この花火大会の開催を知ったからでした。今年の夏は花火を一度も見れなかったし、それでは、と。以前、旅の雑誌の取材で煙火職人、つまり打ち上げ花火屋さんと、花火を熱心に撮影しているアマチュアカメラマンにインタビューしたことがあります。そのときに伺った話では、冬の方が花火の色は冴えるのだそうです。そしてカメラマンの立場では、冷え切った体を会場で販売される豚汁などで温めるのが楽しいのだとか。それを確認してみたくなったというのも、今回旅に出た理由です。

f:id:railtravel-navi:20081123194731j:image

↑いろいろな花火が上がりました。


で、感想としては、冬ならではの冴えた色というのは、私自身は見分けることはできなかった。それでも、都心で行なわれる真夏の大会とは違い、ここでは打ち上げ開始30分から1時間前にくれば、十分に良い場所から花火を見ることができる。これは発見でした。そして、豚汁の効用は?仰っていたことに間違いはありませんでした。帰りのシャトルバスでは、乗り合わせた女の子同士が、ようやく駅に到着する頃、「やっと指が解凍されてきた」などと話し合っていました。来年もまた来れれば。

*池口英司に学ぶ写真の撮り方コーナーやおトクな鉄道旅行情報を網羅した「鉄道旅行なび」はこちら*

蕎麦を食べたら、松本の町をひとしきり散策です。

この町の中心部には女鳥羽川という流れがあるのですが、その川岸に「縄手通」という小さな商店ばかりが並んだ商店街があります。昔、この一角に露店が集まっていたことがあるのだそうですが、その名残りなのだとか。「野麦」からも近いので、そこへ。

f:id:railtravel-navi:20081123131852j:image

↑縄手通。いろいろなジャンルのお店が並んでいます。

今、全国で、多くの商店街が瀕死の状態で苦しんでいます。多くの人が自家用車で郊外の大型量販店に足を運んでしまうからです。大型量販店は、品揃えが豊富で、安く、トレンドにも敏感と良いことづくめのようですが、こういう商店街が町にあって、しかも活気があるということは、それよりも、もっと良いことではないでしょうか。

f:id:railtravel-navi:20081123131914j:image

↑何のお店なのでしょう。

もし、車を使って量販店まで行くのであれば、ガソリン代などもかかります。目には見えませんが、車の維持のお金も自動車に乗るごとに少しずつかかってゆく。それであれば、何十円か品物が高かったとしても、地元に商店街がある方が、結局は得なのではないか。

なんとか、地元の人が自然に生きてゆける道を、もう一度見つけ出さなければいけません。

写真にはありませんが、ここには玩具屋さんもあって、やはり小さな店構えだけれども、置いてある品物にはちょっと面白いものがある。古本屋さんもあり、ここの品揃えも、ちゃんと店の主人が品物を見極めていることが解る。ここを訪れる人は確かに観光客も多いのでしょうが、置いてある品物をみれば、店が堕落していないことは解ります。お蕎麦屋さん「弁天」もお薦めの一軒で、松本の蕎麦というと、地元の人は、まずこのお店の名前を出します。

f:id:railtravel-navi:20081123132022j:image

↑弁天というお蕎麦屋さん。立派な店構えですが値段は安い。

縄手通りでは、お世話になった人へのお土産に陶器を一つ買って、自分用には古本屋さんで文庫本を一冊買いました。200円。その本は、移動の電車の中でぽつぽつと読み、家に帰りつく直前に読み終わることができました。


*池口英司に学ぶ写真の撮り方コーナーやおトクな鉄道旅行情報を網羅した「鉄道旅行なび」はこちら*

 甲府でお客さんが降りたので、そこからは座ることができました。デッキの活劇とはお別れです。進行方向左側の車窓からは、やがて南アルプス北部の山々が見え始めます。ごっつい山容をした甲斐駒ヶ岳、平地からでも頂上付近にある巨大な石が確認できる地蔵岳など、名前が分かるだけでも車窓風景はがぜん楽しいものになります。甲府から、最初の下車駅松本までは、およそ1時間10分の道のりです。八王子から甲府までがおよそ1時間ですから、もう半分来たことになる。速いものです。

 さて、松本は、私がもっとも好きな町の一つです。今夜は長野市で泊まるつもりですが、長野新幹線を利用せず、「あずさ」に乗ったのは、松本の町を歩きたいから。ここには見ていて楽しくなるものがたくさんあります。まずは昼食を。

 松本には何軒もの美味しいお蕎麦屋さんがありますが、今日は「野麦」というお店に向かいます。なんだか、家を出て一目散にこの店に来たようで気が退けるのですが、ここは蕎麦が売り切れてしまい次第閉店となるので、のんびりしていられないのです。何年か前のゴールデンウィークに来た時には、13時30分に閉店となってしまいました。本当は、そういうせわしいお店はあまり好きでないのですが、このお店だけは、個人的には別格。ここの蕎麦はご馳走です。写真が大盛り1300円。メニューは普通盛り、大盛り、半分盛りのざる蕎麦だけなので、迷うことはありません。あと、ビール、お酒はあったかな。テーブルに相席となった向いのお客さんは熱燗と蜂の子を注文していました。信州では貴重なタンパク源として知られる蜂の子は、けれども、今では美味しいものと、美味しくないものの両方があるのだとか。このお店のものは美味しいと、これは向いのお客さんの評です。

 伊那谷で育った本多勝一さんの幼少時代の、最高のご馳走は蜂の子ご飯だったとか。煙幕を使って生け捕りにした蜂の子をさっと茹で、砂糖、醤油と共に煎ってご飯に混ぜたものが最高なのだそうです。味への評価には、多少の郷愁も混ざっているのかもしれませんが、試してみたいですね。そのうちに。今日はお蕎麦です。

f:id:railtravel-navi:20081126133428j:image

*池口英司に学ぶ写真の撮り方コーナーやおトクな鉄道旅行情報を網羅した「鉄道旅行なび」はこちら*

そうだ、長野行こう。

私は、そう思いましたので八王子から特急「あずさ」に乗りました。このブログにリンクしているWebサイト「鉄道旅行なび」のコンテンツに、「何も持たずに駅に行く」というおすすめ項目があるのですが、それを実践してみようと思い立ったわけであります。

 しかし、まあ、列車の時刻ぐらい調べてから家を出れば良いものを、完璧に何もしませんでしたから、八王子からは、運良く到着20分後に「あずさ」が来たものの、デッキに立つはめになりました。

 実はこのデッキというのは、なかなか賑やかな場所です。通路を挟んだ反対側にはスーツ姿の中年紳士が一人立っていたのですが、この人がカップ酒を立ち飲みしている。手にしたサキイカだか、ナッツだかのビニール袋を探りながらなので、そのたびにガサガサガサガサ結構な音がする。

 そうしていますと、男の子2人を連れたデイパックを背負ったお母さんがやって来て、子供のトイレの世話をする。「ちょっと、ミー君、静かにしていなさい!」と、子供は黙って駄々をこねているだけなのですが、お母さんが静かでない。子供の何倍も一人でしゃべっています。お母さんの気持ちはすごくよく解ります。で、これが二重奏となる。

「ガサガサガサガサ」「ミー君!」「ガサガサガサガサ」「お兄ちゃんはそっちにいなさい!」「ガサガサガサガサ」

 そこへ携帯で会話中の人が現れます。「はい。イトウです。今、大月の近くです。はい。はい。はい。はい。駅に着いたらすぐに伺います。はい。はい。はい」三重奏であります。

 するとそこへ、もう一人、携帯を持った人が現れます。「はい。どうもどうも。高橋です。今、列車の中で。いや~」と四重奏です。すると、「お兄ちゃんは待っていなさい!」と、お母さんがリフレイン。「ガサガサガサガサ」「イトウです。はいはいはい」「ちょっと、ミー君!!」と、かなり賑やか。そこへおばちゃんが一人。車掌さんが反対側から一人。「すみません。河口湖の孫に会いに行きたいんですけれど、この電車は大月を通過してしまって、どうしたら良いのでしょう?」「それであれば甲府で…」「ガサガサガサ」「はい。はい。はい。すぐにお伺いします。はい。はい。はい。はい」大変な活劇になってまいりました。

これだけいろいろなものが見れて、自由席特急料金2100円は安い。いや、高い…かな。トイレには順番待ちの列ができます。

 「お兄ちゃん。はやくしなさない。待っている人がいるわよ!」とお母さんは大変。すると列のおばちゃんが、「いいのよ。ゆっくりしなさい」と一言。「すみません。下の子が上の子の真似ばかりするので」と、デイパックのお母さんは、途端にリラックスできた様子です。言葉って、本当に大事ですね。

 雑誌などの取材で列車に試乗しますと、当たり前の話ですが、出版社が指定席を用意してくれます。そこにゆったり腰掛け、窓の外を見て、「ブレーキの利きが悪い」とか、感想をメモしたりするわけですが、そうすると、この活劇は見ることができない。読んでいて、楽しくなれないことを無理に書く必要はないわけですが、もしかしたらそれは「通り一遍」のことで済ませてしまっているのかもしれないなぁと、ちょっと反省した次第です。電車の車内販売をしている人の手記で「私は自由席のお客様が好きです」と書いてあるのを読んだことがあります。きっと、色々な情景に出会えるので、その人は自由席が好きなのでしょうね。

旅に出ないと気がつかないことがたくさんあります。

*池口英司に学ぶ写真の撮り方コーナーやおトクな鉄道旅行情報を網羅した「鉄道旅行なび」はこちら*

ふぅ。更新が遅くなりました。

今、長野方面の1泊旅行から帰ってきました。今回は、本当に久々の、仕事や約束のない旅行でした。良いものですね、束縛のない旅は。何時の列車に乗るのも自由というのは、楽しい、というより面白い。

 泊まりがけの旅行から自宅に帰りますと、まず2階から猫がすっ飛んで降りてきます。もう9歳くらいの結構なおばちゃん猫なのですが、こういう時は素早い。で、膝の上に飛び乗り、途端にくつろぎ始めます(←猫が)。喉をゴロゴロ鳴らして本人(本猫)はいい気分。ず~っと猫が乗っていると、いい加減重くなってくるので「ミー、どけ~」と手を出すと、「何よ、うるさいわねー」という感じで、「甘噛み」をする。いつも同じパターンなんです。

猫なのにワンパターン。



あっ!きょうのブログはそれだけで終わりなのか?

明日から長野方面への旅の報告をさせて頂こうと思います。

下の写真は、23日の夜にあった「長野えびす講煙火大会」。数少ない晩秋の花火大会です。

f:id:railtravel-navi:20081123181400j:image

*池口英司に学ぶ写真の撮り方コーナーやおトクな鉄道旅行情報を網羅した「鉄道旅行なび」はこちら*

上野駅といえば、その魅力的な場所を一つ一つ探ってゆくと、このブログが一ヵ月くらい、確実に続くことになりますが、カレーに続いてもう1ヵ所だけ紹介。

f:id:railtravel-navi:20081117115613j:image

13番線のホームです。魅力的な場所といっても、ここに安売りの会場があるわけではありません。ただの、線路が行き止まりになった、狭いホームです。

 そこが良い。ヨーロッパに行きますと、大きな駅には上野駅のこの地平ホームのような、櫛形と呼ばれる行き止まり式のホームが数多くある。日本では、東京駅や大阪駅がそうであるように、大きな駅であってもスルーできる構造のものが多い。 もちろん、機能的にはスルーできる構造のものの方が使い勝手は良いのですが、この行き止まり式ホームには、いかにもターミナル駅のものらしい、旅情が感じられるわけです。

 それでは、なぜ13番線なのかというと、これが地平ホームのいちばん端にあって狭く、しかも、ここから数多くの夜行列車が発車しているということ。今も、札幌行の特急「カシオペア」や「北斗星」がここから発車しているのですが、かつては、夜行急行もここから発車していた。夜行急行とは、東北はもちろん、飛行機が高嶺の花であった時代の、北海道へ行くための、唯一といってもよい、ツールであったわけです、20年前、30年前の若者にとって。ですから、この13番線は特別な場所。メッカという表現は当たってはいないでしょうが、とにかく特別な場所です。北海道への思いがつながっている。

 今の13番線は、改札口の側にラーメン屋さんができたりして、結構、賑やかな場所になっている。昔の13番線はもう少し、イメージとしては暗い場所でありました。それがまた、旅情を募らせた。上の写真は少し明るい雰囲気に撮ってしまったかなあ。

 13番線を暗い場所のままにしておけとはいいませんが、ヨーロッパのように、昔の姿を残しながら現代という時代に対応する力を、誰もがもっともっと備えていれば(もちろん、気候や、耐震の問題など、日本には彼の地にはない課題があるのでしょうが)、私たちはもっと数多くの財産を共有しながら生きてゆけるようにも思います。

 たまには、ここから夜行列車に乗りたいなあ。


*池口英司に学ぶ写真の撮り方コーナーやおトクな鉄道旅行情報を網羅した「鉄道旅行なび」はこちら*

f:id:railtravel-navi:20081117121912j:image

カレーです。

小諸旅行の帰りに、上野駅の大跨線橋の上のファーストフード店で食べました。

その名も「食堂車のカレー」とあります。(700円)

何で「食堂車の」なんだろうとずっと考えていましたが、きっと「海軍の」の向こうを行ったのでしょう。

 今の横須賀海軍カレーは、1908年に海軍割烹術参考書に掲載されたものを復元したものともいわれています。1908年というと明治41年。鉄道の世界に目を転じてみますと、この年の8月には熱海鉄道、熊本軽便鉄道などが合併して、大日本軌道が誕生しています。これじゃいよいよ解らないか。東海道本線が全通したのが明治22年。東北本線が全通したのが明治24年。当時の東北本線は「日本鉄道」という私鉄によって運営されており、日本鉄道はこれを機に2隻の汽船をイギリスのデニー兄弟会社に発注。完成した船は「比羅夫丸」「田村丸」と名付けられ、この年、明治41年の3月7日から青森~函館間で運航が開始されました。青函連絡船の始まりです。(船会社による青函連絡は、明治24年に日本郵船の手によって始められています)。

 カレーの話であります。海軍カレーは、それくらい昔のレシピによるものですが、それでは食堂車カレーのレシピはどこにあるのだろう?と、それが解らなくなった。私が最後に食堂車で食事をしたのは、おそらく「北斗星」運転開始直後に、その車内で7000円のディナーを食べたのが最後で、カレーも他の機会に何度か食べていることは間違いないのですが、それがどのような味であったのかは、ほとんど覚えていません(とほほ)。

 で、上野駅の食堂車カレーを食してみますと、まあ、60点はあげてもよい。700円と安いですし。その昔、晩年の新幹線食堂車で食べたカレーは、味は忘れましたが、値段が1200円もして、当時の1200円はカレー1杯の値段にしてはかなり高かったという記憶もあり、今思い出してもとても60点はあげられない。まさにあれこそが晩年の食堂車。そこへいくと、この700円カレーは良心的です(そして、実際には、昔の食堂車のカレーよりは美味しいと思います)。

 カレーというものは、たとえ不味くても、不味いなりに美味しければそれで美味しいわけで(←気が狂ったかのような表現ですが)、つまり主張があれば良い。「食堂車のカレー」も、より一層頑張って欲しい。大宮の鉄道博物館には、乗務員の賄い料理である「ハチクマライス」がメニューに載ったと聞いていますし、そんな「鉄道の食おこし」がどんどん行なわれても良いと思います。で、「鉄道ミシュラン」が誕生したら面白いでしょうね。例えば、富山の「ますのすし」は、森の「いかめし」は星いくつ?喧々囂々(けんけんごうごう)の、楽しい騒ぎになるかもしれません。


*池口英司に学ぶ写真の撮り方コーナーやおトクな鉄道旅行情報を網羅した「鉄道旅行なび」はこちら*

 f:id:railtravel-navi:20081121031718j:image

 今回旅行をしたしなの鉄道といえば、忘れてならない存在に「湘南色」に戻された169系の存在があります。緑とオレンジの塗り分けを俗に「湘南色」と呼ぶわけですが、それでは何故、そう呼ぶのかというと、昭和25年から運転が開始された「湘南電車」が初めてこのカラーリングを採用した。緑とオレンジの組み合わせは、湘南地方に多いミカンの木の、葉と実にちなんだものというのが、長い間、ファンの間の定説になっていました。

 実際には、当時国鉄で車両設計に携わっていた島秀雄さんが、海外の雑誌に写っていた車両の写真を見て、参考にしたのだとか。それはアメリカのグレート・ノーザン鉄道ともいわれていますが、日本の風土にもぴったりマッチした配色だったから、「ミカンの木の~」という説も生まれたのでしょう。生き残った俗説というものは、時に、真説よりもリアリティがあるものです。

 しなの鉄道では、信越本線全線開通120周年記念イベントの一環として、同社が保有していた169系の塗装をオリジナルの「湘南色」に戻し、「リバイバル信州号」として運転しています。運転本数は多くはないのですが、運転ダイヤは同社のホームページでも確認できるので、長野方面に旅行する計画があれば、時間を調整して体験乗車をしてみてはどうでしょう。車内からは往年を彷彿させるカラーリングを眺めることができないのが残念ですが、ホームなどでその姿を見れば、昔が懐かしく、きっと色々な思いが心の中に浮かぶのではないかと思います。私も、上の写真を撮影したのは9月末の月刊誌の取材の時でしたが、色が塗り替わっただけで、こんなにインパクトがあるのかと、これは本当に驚きました。

 もちろん、今回の小諸旅行でもあわよくばもう一度乗車を、と考えていたのですが、今回は会えずじまい。リバイバル塗装は来年春までの予定ですから、まだ時間には余裕がありますが、チャンスは活かしたいものです。

 本当は、今日のブログのタイトルは「会えなかった憧れのナントカカントカ」というふうにも考えていたのですが、あまり大袈裟になってもなあ、と自ら却下した次第。

 遠い昔の憧れの人に、歳を取った後で会っても幻滅するだけ、といいますが(でも、ちょっと会ってみたいですよね)、しなの鉄道の169系は、元々は国鉄で急行列車に使用されたオールドタイマーであっても、身なりは昔ながらの美しさをたたえていますから、今日再会しても幻滅することはありません。ありがたいことです。

 むしろ、こんな車を「貴婦人」と呼んでみたい。


*池口英司に学ぶ写真の撮り方コーナーやおトクな鉄道旅行情報を網羅した「鉄道旅行なび」はこちら*