後ろ髪をひかれる思いで、境内を後にします。こういう時はたいがい「今度、改めてゆっくり来よう」と思うのですが、それが実行されないことも多々あります。なぜか、そうなってしまう。

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写真は停留所から境内に続く道にあるケヤキ並木です。東京都の天然記念物に指定されているのだそうで、そばに建っていた案内看板の説明によると、現在は4本が残るのみの巨木は、昭和12年頃には18本があったのだとか。その頃の眺めは、どれほどのものだったのでしょう。昨日も書いたように、この一角だけが周囲の喧噪から隔絶されたようにひっそりとしていて、その静けさに心が洗われる思いがする。静かであることは本当に財産ですね。この一角に建っている住宅、マンションが、なんだかうらやましくなりました。

 帰り道の道すがらでは、遠くから路面電車のタイフォン(警笛)が聞こえてくる。それがかえって静けさを強調してくれるかのような。松尾芭蕉の世界みたいですね。そういえば、有名な「古池やかわず飛び込む~」という句については、「実際に、カエルが水の音を立てて池に飛び込むのを見たことはない。カエルはすべり込むようにして、水に入る。だから、あの句はウケを狙って作ったのかもしれない」という説を、嵐山光三郎さんの著書で読んだことがあります。きっとそうなんだろうなあ。芸術の創造の世界の葛藤には、深淵なものがあります。

「静けさや、タイフォン響く、鬼子母神」って、これは創造の葛藤の産物ではなく、「まんま」です。

 次は、どの駅で途中下車をしてみよう?

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 都電の早稲田停留所は、地下鉄の駅からは歩いて10分ほどの、新目白通りにありました。ホームは写真のように近代的な雰囲気です。荒川線は32系統と27系統が合併して1本になった路線ということですが、早稲田の側は旧32系統。早稲田~荒川車庫前間が32系統。三ノ輪橋の側、三ノ輪橋~王子駅前間が27系統でした。都電の廃止は、昭和47年11月まで6次にわたって行なわれ、専用軌道(自動車が乗り入れることのできない専用の線路。逆に道路上に線路があって自動車も線路上を走れる道のことを併用軌道と呼びます)が、多く残り、自動車の妨げになることが少ないと判断された2本の系統を残して全廃。残った2本の系統は昭和49年10月1日に「荒川線」と、今日の名前に改称しています。

 これは今日によく指摘されることですが、路面電車の線路が取り去られても、自動車の渋滞はまったく解消しませんでした。そして都電は慢性的な経営不振にあり、不採算の路線から順次撤去されていったといいますが、線路が撤去されていったことでネットワークが疎いものとなり、利便性が下がって、利用客離れが加速したとも聞きます。交通渋滞の原因は路面電車ばかりとは言えず、代替交通機関の地下鉄、バスにしても、路面電車にはないデメリットがあった…、それであれば…。なんだかすごくもったいない話ですが、失ったものは帰ってはきません。

 早稲田の次の面影橋停留所と、その次の学習院下停留所の間には急なカーブがあり、そこから撮影した写真が、昨日掲載させて頂いた写真です。このあたりの風景は、サンシャイン60が建ち、小さなアパートなどが建て直されたことを除けば、思いの外、昔と変わっていないようです。そういえば、これから通る、鬼子母神前、雑司ヶ谷といったあたりにも、古き良き日の東京の面影が、そこかしこに残っているようですね。じっくり歩いてみると面白そうです。でも、そんな調子でのんびり歩いていると、三ノ輪橋終点にたどり着くのは、いつになることやら?

 ともあれ、まずは鬼子母神前で下車してみました。鬼子母神堂がある威光山法明寺は、この停留所から歩いて10分。写真はその境内の様子です。この一角だけはひっそりとしていて、なんだか別世界のようでした。

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<明日に続く>

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これまで、このブログは「旅日記」と題していながら、箱根のコテージなどを除けば、「旅していない日記」でありましたので、それを反省し、近場への鉄道旅行を敢行することにしました。近場と言っても魅力あるポイントはたくさんあり、逆に魅力の無さそうなところに魅力を見つけるというのも出かけ甲斐のあるものですが、そうなるとすべての路線が魅力ある目的地となり得る。まあ、そうは言っても、第1回のことですから、それなりの所に出かけたいと考え、都電荒川線に出かけてみることにしました。

 都電荒川線は、現在、東京都電(東京都交通局)で残っている唯一の路面電車です。東京に路面電車が開業したのは古く、明治36年に、私鉄である東京馬車鉄道が、動力を馬から電気に改め、「東京電車鉄道」と改称したのがそのルーツとされています。同じ年には「東京市街鉄道」が、その翌年には「東京電気鉄道」が開業し、東京の路面電車は3社てい立の時代を迎えます。その後、合併、東京市による買収という歴史を経て、最盛期には総延長217kmという規模に発展しました。総延長200km超といってもピンとはきませんが、東京から東海道線に乗って、およそ100kmの地点が熱海です。つまり、最盛期の東京の路面電車は、路面電車の線路だけで東京と熱海を往復できるだけの長さがあった。これだとかえって解りにくいかなあ。

 昭和30年代後半以降は、路面電車は受難の時代を迎えます。道路の真ん中を走る路面電車は、自動車の通行の妨げとなるというのが、その主な理由と聞いています。昭和39年秋の、東京オリンピック開催も一つの契機となりました。オリンピックまでに街をきれいにしたいというのがその理由で、古くから東京の街を知る人は、オリンピックをきっかけにして、東京は姿を変えてしまったと嘆きます。

 その後、路面電車の廃止が相次ぐわけですが、運良く、かつての27系統と32系統が合併する形で残り、荒川線を名乗って今日まで残る形となりました。

 さて、この荒川線を旅するには、どういう行程が良いのか。出発点は早稲田として、三ノ輪橋を終点とすることにしました。何度も乗り降りを繰り返すことになるでしょうから、都電一日乗車券を購入することにしました。これは都電を一日何回乗り降りしても400円ですからお得。都電の車内で購入することもできます。


 横浜から東横線で渋谷に出て、山手線、東京メトロと乗り継いで早稲田に到着。いよいよ都電の旅が始まります(う~ん。まだ旅が始まらない)。

<明日へ続く>



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 鉄道を好きになった人にその「なれそめ」を伺うと、たいがいは「子供の頃に線路の近くに住んだ」とお答えになります。そうすると、我が子を鉄道ファンに育てたければ、線路の近くに住めばよく、そうでなければ、線路から遠い所に住めば良いということにはなりますが、まあ、相手が何であれ、好奇心、探求心を欠かさずに持ち続け、豊富な知識を備えた人生を送るというのは望ましいことでしょう。

 それでは鉄道を好きになって良かったのか?と問われたとして、今は自信を持って「Yes」と答えられます。これまでずいぶんとあちこちに行きましたし、写真を撮りたいがために、累計すれば相当な時間を線路に近くに立ったまま過ごしているでしょうし、無駄もおびただしいのですが、でもまあ、自分の好きなことについて、色々なことを語れるようになれた。これももちろん、自動車や、飛行機や、あるいは食べ物でも何でも良い、何かを好きになっていれば、鉄道に限った話ではないわけですが、鉄道を好きになったことにはそれなりの良さもあります。

 やはり鉄道好きの間でよく使う台詞に「あと何年か早く生まれていれば…」というものがあります。これは自分があと何年か早く生まれていれば、今はもう見ることができない憧れの車両を見ることができた…ということを悔しがる台詞です。私の場合で言えば、現役の蒸気機関車(SL)を見ることはできましたが、全国の森林鉄道、軽便鉄道を見ることはできなかった。現代でいえば、今の東京の子供たちは、あと何年か早く生まれていれば、東京駅で0系新幹線を見ることができたとか、そういう風に使うわけです。

 そうして考えると、鉄道を好きになった人の多くは、そういった見果てぬ夢ばかりを追っているのですから、これは本来的にはとてもロマンチックな趣味なのだとも言えそうです。その結果、地理や歴史の勉強にも熱心で、そうそう、鉄道を好きな人はよく、相手の住んでいる場所や、生まれた場所を最寄り駅で聞くことをする。その結果、例えば「広島の東城です」と答えられると「あ、芸備線の新見の近くですね」と即答し、「何で知っているんですか?」と、むしろ気味悪がられるのですが、あれは鉄道ファンの得意技です。実生活には役に立ちませんが。

 そのような次第ですので、彼らが電車が走っているのを見てニコニコしていたとしても、そのことを蔑んだり、呆れたりはしないように。彼らがそこに至るには長い歴史があるのであります。私自身、決して線路の有無で今の家を選んだわけではありませんが、1度だけ、自宅への帰り道で「ドクターイエロー」を見た時は、思わず立ち止まってしまいましたから、偉そうなことはいえません。

 さて、「旅日記」と題するブログながら、運動会などを除けばまだほとんど旅に出かけておりません。どこか近場にでも出かけなければいけませんね。明日あたり、天気はどうだろう?

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 1年半ほど前に引っ越しをしまして、20年住んだ家から、現在の場所に移ってきました。今度の家は新横浜駅が比較的近く、まあ最寄り駅ではなくて3番目くらいに近い駅なのですが、自転車で行けない距離でもないということで、時々新横浜駅まで昼の食事に行ったりしています。牛丼屋とか、カレー屋とか、ラーメン屋は豊富ですから。

 で、当然のことながら、新幹線電車を目にする機会ががぜん多くなった。そうなりますと、困ったことに、新幹線に乗りたくなるんですね。これがまあ、他の電車なら通勤に使うこともあるでしょうし、身近な存在であって別に問題はないのでしょうが、こと新幹線が相手となると「親しみが沸いたので1週間に1度は名古屋を往復しています」というわけにはいかない。少し困る。

 その対策、というわけでもないのですが、わが家近くのバス停に偶然に新横浜駅行のバスが来て、「東海道線を経由するよりも速い」と判断されたので、新横浜から品川まで新幹線に乗って、都心に出向いた、こういったことが3度ほどありました。これは旅行気分が味わえて面白いのですが、特急に乗車するということは間違いなく、それなりの費用もかかってしまう。こういうときは、たいがい「タクシーに乗ったと思えば安い」という論法で対処するわけですが、この論法を常套にしてしまうと、「寿司を食べたと思えば安い」「飲んだと思えば安い」「寿司食べて、飲んで、タクシーに乗って帰ったと思えば安い」ということになり、なんでもOKになってしまう。それであれば、毎日寿司を食べた方が良い…のかもしれない。

<明日へ続く>

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 それにしても、この忙しい時に、明日も原稿の締切があるという日に、玉入れとかしていて良いものなのか?あるいは玉転がしとかしていて良いものなのか…?たぶん…、違う…。心の中に様々なものが去来します。それでも、同じこの時期に、地域経済の一端を担っている鉄道会社の人たちも、同じ玉を転がしているわけですから、文句を言うのもおかしな話となります。あの派手な赤と緑に塗られた玉転がし用の巨大なゴムボールは、1年のうちのこの日のためだけに、町内のどこかにある倉庫の片隅でひっそりと出番を待っているのでしょうか?それを思うと茫洋とします。

 考えてみれば、鉄道会社の人たちも、中学校の校庭で玉を転がすために全線を運休としているわけではなく、休日に手の空いている人が参加しているわけですから、それは立派な形でのコミュニティへの参加ということになります。

 その昔、仕事のお手伝いをさせて頂いていた出版社で、鉄道の現場を記録したドキュメンタリー映画を作ったことがありました。出版社の部長が「指差歓呼や、機器の操作をきぴきぴやって貰えませんか?」と事前の打ち合わせで現場に問うてみたところ、「いや、現場が良い仕事をするためには、ある程度リラックスしていなければならないのです。動作がきぴきぴしているようには見えないとしても、それは余裕を持って仕事をしているからです」と返答された。

 そういうものなのでしょうね。やはり、たまには玉も転がさないと。屈強な人が揃っているようにみえた鉄道会社チームも、成績は中位で、なんだか親しみが持てました。

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 運動会に出てまいりました。運動会…とは何か?運動会であります、町内の運動会。

 実は私、今年は町内会の、そのまた下部組織にあたる自治会の中の、全部で11班あるうちの一つの班長を務めておりまして、これは要するに当番ということなのですが、そのためもあって、運動会に出ることになった。朝、会場に行ってテント組立てたら家に帰れるのかと思ったらそうもいかず、玉入れとか、玉転がし競争とかに出ました。

 会場の中学校に行くと、地元の鉄道会社の名前が書かれたテントも出ていて、話を伺うと、わが町内に鉄道会社の社宅があるのだそうな。独立して自治会ができているくらいですから、それなりの規模がある社宅なのでしょう。知らなかった。

 いや~、玉入れなんて幼稚園以来です。普段草野球もやっている身としては密かに期する部分もあったのですが、一つも入らなかった。難しいです、あれは。

 わが自治会は、全9チーム中、常にビリから2~3番目という好位置をキープし続けていたのですが、大会のフィナーレを飾り、もっとも盛り上がる「20人での縄跳び」には、何故か優勝してしまい、わがテントの中も大変な盛り上がりを見せてしまいました。しかし、そんなに嬉しいか?縄跳びで優勝して。

<明日に続く>

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 ヨーロッパから帰ってきて、日本の鉄道に乗り、寂しく思うことは多々あるのですが、その最たるものは食堂車の存在です。ご存じの方も多いと思いますが、今、日本で食堂車を連結して運転している列車は、北海道に行く3系統の寝台特急、「北斗星」「トワイライトエクスプレス」「カシオペア」だけです。どの列車のコース料理が主なメニューとなっていて、それも豪華で良いのでしょうが、誰もが気楽に利用できるとは限らない。

 ヨーロッパでも、食堂車は、観光色の強い列車を除けば大いなる衰退傾向にはあり、現在の主流はいわゆるビュフェになってはしまいましたが、ゲルマン系の太っちょのおばさんが一人でエイヤッと切り盛りしているカウンターで、ホットドッグなどを頼み、コーヒーなりビールなりと共に味わうのは楽しいものです。また、1等車(日本のグリーン車に相当)に限った話ですが、飲み物と軽食ならば有料とはいえ座席に運んでくれますし、フランスのTGVやスペインのAVE、英仏海峡のユーロスターの食事時間帯に掛かる列車の1等車では、コース料理のシートサービスがあり、食事代金は運賃に含まれています。

 日本で食堂車が衰退してしまったのも利用客の回転が悪く、赤字が解消されないことが原因であったと言います。その昔、多くの列車に数多くの食堂車が連結されていた時代にも、そのほとんどが赤字で、業者は車内販売の権利を得られることでバランスを取っていたという話も、どこかで読んだ気がします。けれども、ヨーロッパがあれだけ頑張っていたのだから、日本でも、なんとか食堂車存続、復活の道を探して欲しいものです。

 往年の「ブルートレイン」には食堂車が連結され、利用客に旅の味覚と、素晴らしい思い出を提供していた。私鉄にだって食堂車があった。明治期から数えれば、その数は思いのほか多く、昭和の中期以降にしても、例えば伊豆急行に「スコールカー」という存在がありました。この車両も、結局は非採算であることからすぐに普通の旅客車に改造されてしまったのですが、もし、今もそのような車両が残っていたとして、例えば東京発伊豆急下田行きの「踊り子号」に連結され、「朝獲れ 鯵のタタキ定食」などというものがメニューにあったら、これは素晴らしいと思うのですが。少なくとも、私は行きます。食堂車に。

 「鉄道復権」「鉄道ブーム」といわれている今こそ、どこか、もうひと頑張りしてくれる鉄道会社があれば、鉄道のイメージがさらに良くなるように思います。

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 小田急のロマンスカーの話が出ました。私自身は、横浜に住んでいますので、どちらかと言えば小田急に乗る機会はあまり多くないのですが、私鉄の有料特急というのは、華があっていいものです。小田急は「EXE」が登場した時に、先頭部の展望席が採用されず、「小田急よお前もか」といったところでしたが、「VSE」の登場で、また展望席が復活し、ファンを喜ばせました。私は「VSE」には1度しか乗っていないのですが、列車に乗って箱根に行くことがこんなに楽しいものだったかのかと、ちょっと驚かされました。車内設備にも風格が感じられましたし、特別な設備がある列車に乗れるというのは、やはり通勤でも乗っている列車に乗るのとは違います。写真はそのVSEの展望室です。

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何も最上級のものばかり必要はないと思います。例えばサンドイッチと紅茶1杯。それだけを車内で楽しめるだけで、鉄道の旅はがぜん楽しくなるのです。要は演出なのだと思います。もし、乗客全員に1杯の紅茶をサービスできたら、お客さんはもっと喜ぶのではないでしょうか?無理だとは思わない。現に航空機では、あれだけのサービスをしているのですから。

<明日へ続く>

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 毎年必ず、秋の連休の一つを学生時代の友人と一緒に箱根で過ごしています。学校を卒業してからもう30年近く経っているわけですが、このイベントだけは、毎年、必ず実行されています。同じイベントを30年間(台風が来ても中止されることなく)続けているというのは、少し病的というか、特異なのかもしれませんが、ここまで来ると、もう意地ですね、開催は。

 15年くらい前からは、さすがにテントはつらくなり、小さな子供もいるということでコテージ利用になりました。写真のコテージがそれで、「芦ノ湖キャンプ村」という所の湖からすぐ上の場所に建っています。

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ガス、水道などはもちろん、お風呂、水洗トイレ、オープンテラスなどが完備されていて、コテージの居心地だけなら、アメリカのヨセミテ国立公園のものよりも上じゃないかなと思っています。ベッドはシングルと2段ベッドですが、たらふく飲み、たらふく食べた状態では、ベッドに入って3秒で眠れてしまうので、これも文句はありません。

 「箱根のキャンプでどんなものを食べているの?」と会社の同僚に聞かれた友人が、主なメニューを言ったところ、「それってキャンプじゃない。居酒屋」と答えられたそうで、確かに、バーベキューではなく、天ぷらを揚げたり、干物を焼いたりしているのですから、これは居酒屋みたいです。でも、テラスで食べる揚げたての天ぷらって、目茶苦茶美味しいですよ。

 2泊3日の日程の後半だけ参加するメンバーもいることから、帰り道を分乗する自動車に全員が乗りきれなくなったことがありました。協議の結果、友人の奥様1名と、その子供が電車で帰ることに。「タカシっ!(←子供の名前)ロマンスカーで一緒に帰ろうね!!」と、奥様が叫んだところ、「え~?」「何~!」「そっちの方がいいなあ」と、これから渋滞の中を運転して帰らなければならない何人かのご主人たちが、同時に叫びましたとさ。

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