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 先日、中華料理を食べて中国旅行を思い出したということを書きましたけれど、それでは3回行った中国旅行の中で、いちばん美味しかったものは何だろうと考えてみると、これはまあ、私が海外で最高級の店に行っていないということが大きな理由とはなっているのですが、瀋陽だかどこかで食べた北京ダックであったかもしれません。それでも、それが世界一なのか?と問われると、同じレベルの料理は日本国内でも食べている。今はインドに滞在している仕事の仲間が、「日本に帰ってくると、カレーが楽しみ」と言っていましたから、そんなものなのかもしれません。日本人の舌向けに、手間をかけているから、海外で食べるよりも美味しいということでしょう。

 それでは他の国で食べたものの中で、これは美味しかったというものは何だろう?色々と考えて、行き当たったものは、ドイツ・ニュルンベルグの展示会会場の中庭で売っているステーキバーガー。シンプルなものです。ステーキが、やや固いバンズに挟まっているだけ。ただ、このステーキが大きくて(まずバンズからはみ出した両側の肉を食べることから始めなければいけない)、しかも美味しい。それでは値段はというと、当時でだいたい600~700円くらいのものだったと思います。日本であの肉を食べたら、3000円?4000円?まあ、値段のことはさしたる問題ではありませんが。

 けれども、そんなものです。海老沢泰久さんの小説「美味礼賛」の中には、フランスの田舎の偶然行きついた小さなレストランで出されたエビが、主人公に同行した奥様が「何よ?これ」と言って驚いたというシーンが描かれていますが、私は、それほどの味には出会えていないのです。これは先にも書いたように、一流の店に行っていないからですが。ともかく、ディナーまで含めて考えてみたところで、中庭のステーキにかなわない。

 それではシンプルに朝食はどうだろう?と考えてみると、ボリュームが凄かったのは、何と言ってもアメリカ。ラスベガスで泊まったホテルの朝食は、1ドル50セントのバイキングでしたが、そこはアメリカです。朝食会場は体育館のような広さで、そこにあらゆる料理が並んでいたのでした。それだけ価格が低いのは、「みなさん、博打をやってね」という計算があるからですが、まあ、あれにかなうものには出会っていない。20年前のあの旅行の時に、今のデジタルカメラがあれば、写真、撮りまくりだったのでしょうけれど。

 さらに一歩進んで、量は問わない、美味しかったものは?と考え続けてゆくと、かなり考えた結果、東伊豆の片瀬白田で泊まった小さな旅館を思い出しました。大がかりなものが出るわけじゃないんです。朝になって、旅館の人が、近所の漁師さんから鯵を分けてもらい、それを焼いたものが出たのです。

 これが美味しかった、とっても。
 そんな次第で、世界で一番美味しかったものは何かというと、それはロサンゼルスでもなく、パリでもない。伊豆にあった鯵であったと。何だか、「ネズミの嫁入り」のような話で、落ち着いてしまったのでした。

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自宅でかき氷を作れる機械を買いました。昔の家庭用かき氷機は、氷がずいぶんとザラザラしたもので、とてもプロのものとは比較することができなかったのですが、今の機械は、これアマゾンで買った3000円台のものでしたけれど、結構サラサラのものが作れます。

で、今日が2回め。今宵の槍ケ岳とでも形容したくなる、思えばずいぶんとリーズナブルなデザートが出来上がります。

子供の頃、母の郷里である佐賀に連れられていき、九州で食べたかき氷は美味しかった。東京のかき氷は、何故かお皿の上にシロップを入れてから、その上に氷を落としてゆくけれど、九州のものは、上からと下と両方にシロップがあって、だから子供でも、そちらの方が美味しいと思っていた。母の実家の近くにも、あるいは皆で出かけていった海辺にも、決まってかき氷だの大福だのを出す小さなお店があって、そんなお店に寄ることも、今思えば、夏休みの中の大事な行事だった。
 
 世の中が、ファミレスとファーストフードとコンビニの食べ物ばかりになると、そんな楽しみもなくなってしまうかもしれない、って書いてはみたけれど、何より、自分の家でかき氷を作って食べているわけですから、やっぱり、考えてしまいます。色々と。

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 どこにも出せない、でもブログとフェイスブックには書いてしまうお話。
 場所は昨日のあらかわ遊園。お休み処でのこのかき氷、お店のおばちゃんが「最後の方の氷だったので、ザラメになってしまいました。お召しあがりになって駄目だったら仰って下さい。作りなおします」と言って出してくれたものです。
 2階のデッキに持ってあがり食してみますと、うん、たしかにザラメです。春のスキー場を思い出しました。帰り際に「どうでしたか?」と訊かれましたので「口に入れて3つ数えれば一緒です」と応え、お互いにニッコリ。さすがにあらかわ遊園。ディズニーランドでは、こんな会話は楽しめませんって。しかも、あらかわ遊園の入場料200円なのであります、と、そういうお話てありました。

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 九州旅行の話からは少し離れますが、今まで色々な旅に出た中で、まあ、それを国内のものに絞るとして、旅の途上で食べた美味しかったもの、印象深かったものは何だろう?と考えてみました。

すぐには思いつかないものですが、1位は恐らく、昭和48年の九州旅行を一緒に回った友人と、その6年後に訪ねた北海道、根室の花咲港で出会った浜茹でのカニだろうと思います。1位といいながら、だろうと付くのもおかしいのですが、また、後から何かを思い出すかもしれない。
そのときは、根室のビジネスホテルを出て車で当てもなく走り、と言うよりも道を間違えて、でもそのまま走り続けたら花咲港に突き当たった。そこでカニをドラム缶で茹でていたのです。友人は花咲カニを、私は毛ガニを、どちらも1000円で買いました。私は毛ガニの美味しさは知っていましたから、シメシメと思っていたのですが、友人が買った花咲カニを一口分けてもらうと、これが味が濃くて美味しい。花咲カニを口にした後に毛ガニを食べても、淡泊で、どうもいけない、わけです。2人ともカニだけで満幅になりました。メシ抜きのカニメシです。

その後、社会人になって2年目の夏休みに北海道に行き、夜行列車で根室に着いてから、すぐに浜茹でのカニを探しました。港までは行けなかったけれど、駅の近くでカニを購入でき、海まで歩いてテトラポッドの上でカニを食べたのを覚えています。のんびりし過ぎて、根室発釧路行きの列車に乗り遅れてしまい、1列車遅れ。これでこの1日が終わってしまいましたが、それでもまだその頃は、根室で美味しいカニが食べられたのですね。

3度めに根室を訪れたのは、いつだったか?恐らくフリーになった後の、つまり90年代に入った直後の取材旅行でですが、この頃みはもう、駅前にはカニ屋さんはなし。それでもまだ、水産のお店の構えだけは何軒か残っていました。そして4度目の根室行では、その店構えも、ほとんどなくなっていたように思います。

要は、輸送技術が進歩して、鮮度イコール美味しさであるはずのカニでさえ、都会に出荷できるようになったから、何も安い値段で地元で捌く必要なんかないわけです。でもこれ、旅の楽しさがなくなってしまいますよね。そこが現代の旅の、なんともフラストレーションが高まるところです。

北海道のカニについては、大楽毛にある通販のお店に、まあまあ美味しい花咲カニを届けてくれるお店を見つけたので(ここに辿り着くにも、何回かの失敗がありました)、時々、そこにカニを頼んでいます。1匹で、送料も入れると5000円くらいにはなりますから、簡単には頼めませんが、味はまあまあ。
それでも、もちろん、学生時代に偶然辿り着いた浜茹でのカニの美味しさには到底かないません。なにしろ、あの時は、毛ガニ6匹1000円でしたし、いや、値段だけではありません。カニの味も、それから偶然辿り着いた道東の小さな漁港も、何もかもがドキドキするほど、刺激的で、新鮮だったのですから。

横浜の産業貿易センター(山下公園通りの端。北欧料理「スカンディア」のはす向かい)の地下にあるとんかつ店「どん八」。今回はカツカレーのMに挑戦してみました。
 注文のときに、ウェイトレスさんが「お皿の直径が37センチありますけれど、いいですか?」と聞いてきて、でも、試しです。行ってみました。結果、カツの一番小さいひと切れと、ご飯をお茶碗に半分ほどでしょうか。残しました。たしかに、60歳の爺さんの食べ物ではありません。これでMですから、まだこの上にLがあるわけですが、私は年長の者として、若者にも「Lは辞めなさい」と忠告したい。
 大食い選手権で、終盤になってお皿を目の前にしながら、もうスプーンを口に運ぶ気力がなくなっている挑戦者の気持ちがよく解りました。「いいから、頑張れ」などと言う気持ちには、もうなれません。私がそんなことを言われたなら「うる」と言い返します。「うるせー、このあほんだらー」などとは、言い返すのも面倒だからです。
 当然、きょうは夕食抜きでOKです。

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本日(2月1日)の昼食は新横浜まで出かけたついでに、ラーメン博物館に行ってみました。5か月ぶりに来たら、入館料が100円になっていました。というのは、値下げではなくて、私が60歳になり、シニア料金が適用されるようになったからで、まあ、嬉しくもありますが、淋しくもあります。とはいえ、入館料の割引は大きく、これから出かける回数が増えるかもしれません(笑)。
「すみれ」で醤油ラーメン。

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この施設が楽しいのは、古い町並みが再現されていることで、開館以来人気が衰えていないことの理由は、やはりこの演出の見事さに拠るところが大きいのでしょうね。

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この情景が昭和33年の町の姿を再現したものであるということも、よく知られているところです。当時、私は2歳。私の記憶にもこのような風景が刻まれていますから、実際にはあちらこちらに、昭和30年代の後半までは、このような風景が残っていたということになります。

この「ラーメンの町」の地下1階部分には駅の姿の一部が再現されていることをご存知の方も多いと思います。出札口があって、運賃表も掲げれています。

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運賃表の脇には、ここが国鉄の路線であると書かれており、初乗り運賃は10円と出ていますから、これも設定と合致。国鉄の初乗りが10円だったのは、昭和26年から41年の間のことでした。これだけ、駅が密集しているのだから、つまり、この町があるのは、大都市の近郊なのだろうなと思っていたら、町の背景に建設中の東京タワーが見えるとも紹介されていました。つまり、ラーメンの町があるのは、東京タワーが見えるあたりということになります。今日は東京タワーの遠景には気が付かなかったので、次回に確かめてみます。なにしろ入館料100円ですし。ちなみに、東京タワーが完成したのは、昭和33年12月のことです。

食事を終えて、近くの橋の上から横浜線を撮影。さすがに、この季節になると、遠く霞んでしまって見えませんが。

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くっきりと空が澄みわたっていれば、富士山が見える場所です。
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仕事の先輩から、「一緒に仕事ができた御礼に」と、卵が贈られてきた。
なんでも、「栃木をクルマで走っているうちに道に迷い、偶然見つけた農場で試しに買ってみたら、凄く美味しかったんだ」とのこと。
「すぐにオムレツを作ってみます」と御礼を言ったら、
「何言ってんだよ。ご飯に生でかけて食べなよ」とのこと。
「そりゃ、そうだ」と返事をする。

昔の小説家のエッセイを読むと、卵が贈答の品として高いポジションにあることが書かれている。エッセイのオチは、「最近はこんなこともなくなった」ということになるのだけれど、こうして卵を送られてみると、今の卵は昔ほどの高級品ではないにしても、結構、受け取って気分の良い品であることが実感できる。まあ、昔の文士気分とまでは行かないけれど。

昔のような高級品ではないかもしれないけれど、何かあったら、私も卵を贈ってみたいものだと思う。




さて、フライポテトに思いを馳せた翌日、つまり今日、と言うか先ほど。
ちゃんと、自分でフライポテトを作ることにした。

冷凍食品のフライポテトを揚げたところで、いつものあの味しか出来ないのだからと、ジャガイモの皮をむき、
薄めに切って、素揚げにして、揚げたてに塩をふる。

美味しくない。

熱くても、ホクホク感がなく、油の匂いばかりが勝ってしまう。
このあたり、主婦の人などさんざん経験しているのだろうなあ、と思いつつ、次は電子レンジでチンしてから揚げる。

似たようなもの。

しからばと、池波正太郎が書いていたポテトフライを真似る。
これはつまり、パン粉の衣をつけるオーソドックスなスタイルで、揚げたてにソースをかけるというスタイル。

先ほどよりは、食べられる。
ただ、これも揚げすぎると、途端に駄目。

やはり、このような単純なものでも、いや、単純なものだからこそ、経験が必要なのだと痛感する。
それに,ご存知のように、揚げ物は片付けが大変で、これだけの手間をかけるなら、もっと別の料理法が良いに違いないと、アタマの中に青い鳥が飛び回って仕方がない。

ハンバーガー屋のフライポテトは、60点だが…。

そこまでの道も、決して近いというわけではないらしい。

この数日間に2度ほど、港区の広尾に出向く機会があり、その時にフライポテトの専門店というものを見つけました。
アンド・ザ・フリットというお店です。下の写真はメニュー2点。

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ジャガイモのカットのスタイル、付け合わせ、ソースなどをチョイスできます。上はソーセージ添え、下はフライドフィッシュ添え。たわいないような料理ですが、揚げたてのフライは本当に美味しく、たったこれだけのものでも、しばしの間、幸せに浸ることができます。

お店の中にはイスが3つあるだけの、とても小さな店で、だからでもあるのでしょうけれど、私が行った2回とも、結構な行列ができていました。

これで800円というのは、高いか、安いか?
ソーセージも、フライドフィッシュも、パリッとして美味しく、だから少しも高いとは思えないのですが、これだけ美味しいのだからと、家で揚げるつもりで、先日はジャガイモを買い込んで帰りました。
でも、自分で揚げるとなると何となく面倒で、まだ自家製フライポテトで満腹になる機会はありません。

そんな億劫な気持ちになった時は、「こういう料理は、ふらりと気が向いた時に、つまみ喰いで食べるから美味しいのだ」などと言い訳を思い浮かべているわけですが、本当のところはどうなのか。

自分でも、その考えが正しいようであり、間違っているようであり。
あれだけの行列ができるのだから、誰もが「ふらりと」というよりも強い意志を持って、順番を待っているのでしょうけれど。

時々,立ち食い蕎麦で,コロッケ蕎麦を注文することがある。天ぷら蕎麦とは少し異なるボリューム感が気に入っている。

けれども,いつぞやのこと。たぶんネット上であると思うのだが,「コロッケ蕎麦のようなものを注文する人間の気が知れない」というような記事を読んだことがあった。これには気持ちが揺らいだ。自分の味覚がよっぽどおかしいのかもしれないと思った。

ところが先日,吉村昭のエッセイだったと思うが,コロッケ蕎麦を賞賛する一編があった。
ほっとした。吉村昭は,食通を自認してはおらず「食べ物に糸目をつける」と書いているし,「食通は美味しいものを食べる時は真剣な表情になるが,私は笑い出す」とも書いている。それでも,取材で全国を回って鍛えられたらしい味覚は一流のものと思え,そのような人がコロッケ蕎麦を賞賛しているのだから,私だって賞賛して良いのである。

コロッケ蕎麦は,美味しいと思うのだ。

これもいつぞやのこと。コロッケ蕎麦を注文したら,なんとトンカツ蕎麦が出てきたことがあった。あれは高速道路のサービスエリアだったと思う。つまり,調理の係がコロッケとカツを間違えて蕎麦に入れたのだった。作り置きが当たり前の食堂ならではの椿事といったところで,金額的には得をしたことになるのだが,でも,トンカツ蕎麦は食べ辛くで,美味しくなかった。ボリュームがあれば良いというものでは,ないようである。

コロッケ蕎麦は,注文する人の気が知れない食べ物なのか,美味しいものなのか。

自分は,どんなものであれ,食べる人を安心させる文章を書きたいと思う…,というのが結論。
食べ物は天の恵みなのだし。

 この2、3日は文章を書く仕事が立て込みました。とはいえ、ブログにしても楽しみでもあり仕事でもあるわけで、ブログをコンスタントに更新できるかということ、これはセンスの問題となるのでしょうね。

 昨日まとめたインタビュー記事は、寝台列車の思い出について伺ったもので、その中では食堂車の朝食の話がでました。「あさかぜ」などの九州特急で東京に帰る道の、富士山を見ながら食べる朝食の思い出のことなどです。

 こういう時、朝食というものは、とても大きな説得力があるようですね。亡くなった星晃さんの記事には、オシ16の車内での朝のコーヒーの話がありましたし、これはジャンルが違いますけれど、スタインベックの短編には「朝めし」(原題はもちろんbreakfast)という名作がありました。朝食をテーマにした文学は、集めてみると本当に面白そうです。

 かく言う私も、今朝は4時半に起き、残りの原稿を書いて、その途中で、先ほど朝食を食べたところです。特別なものではありません。ご飯と、納豆、目玉焼き、海苔です。でも、ご飯が熱々だと美味しいんだ、これでも。

 土屋賢二さんのエッセイに、毎日をトルティーヤというトウモロコシの粉を練って伸ばし、これを焼いたものだけで毎日の食事を済ませる老人が出て来る一編があり、「私たちはこれで済ませることができるだろうか?」という問いかけがあるのですが、ご飯に納豆、海苔までつけてくれるなら、こちらもかなり行けるような気がします。

 昨日のインタビュー、星さんの思い出話。どちらもゴールへ向かう寝台列車の中での朝食が、素晴らしい朝を演出しているようでした。私も、朝食を済ませましたので、残りの原稿をゴールへ向けて、さあラストスパートです。

 催促は、もうちょっとの間、待っていて下さいね。

土曜日の夜を友人と過ごし、食事などをした他は、この1週間をほとんどPCの前で過ごしています。締切が重なったということが、その理由なのですが、こうなるとほとんど外出もできず、PCの前でコンビニ弁当を食べ続けるような毎日です。食事はもう戦闘食という趣ですね。

では、その戦闘食が味気ないものかと言うと、必ずしもそうでなく、引っ越しの作業中に食べる弁当や、おにぎりが妙に美味しいのと同じで、そこにはなんとはなしの、希望が潜んでいるようにも感じます。

最近読んだ小説の中でも美味しそうだった食事は、池上司さんの「ミッドウェイの刺客」の中に出て来る戦闘食。これはアメリカの空母「ヨークタウン」の撃沈に向かう日本海軍潜水艦の戦闘食なのですが、それはどういう献立なのかというと、種を抜いた梅干しを入れたおにぎり2個と沢庵というものです。けれども、これが美味しそうなのですね。味の描写などほとんどない。アルマイトのお盆に並べて運ばれてきたおにぎりを、一人あたり2個、皆が夢中になって頬張る。かすかに暖かみの残るおにぎり(作中では握り飯と呼んでいたと思います)は美味しかった、というような描写だけなのですが、極限状態の中に登場する食べ物が、ストーリーに不思議な間合いを与えているのです。

一方、あらゆる豪華な食事が出て来る小説は色々とあるものですが、最近私が読んだものの中で印象的だったものは、海老沢泰久の「美味礼賛」でしょうか。辻料理学校の創設者、辻静雄を主人公とするこの話には、主人公、あるいは主人公夫妻が、ただ料理を食べるためにヨーロッパを旅行するシーンが幾度も登場します。

そのストーリーの中で、もっとも「美味しそう」に感じた台詞は、主人公の奥様が、とある小さなレストランで海老を食べた時の「何よ。これ?」というものでした。

本当に、この海老は、どのような味なのでしょう?それを読んで以来、一度、そのような料理を食べてみたいと思っているのですが、何しろ、どんな味なのかよく解らない。「何よ。これ?」と言っているだけですから。

そんなことを思い出しながら、けれども、私はまだPCの前から離れることができません。ちょっと気分が煮詰まったので、先ほどコンビニでおでんを買ってきて食べました。夜中の残りものの風情ではありましたけれど、卵も、昆布も、思いの他おいしく、私は心の中で「何よ。これ?」と呟いたのであります。

さあ、あと少し頑張ろう。



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先日、次に津軽に行くときは魔法瓶を持って行きたい、と書きましたところ、「内田百閒も魔法瓶を携えていました。中身は熱燗でしたけれど」というコメントを、メールにて頂きました。
ありがとうございます。

私の旅日記には、酒がほとんど登場せず、つまり下戸であることがすぐに解るわけですが、下戸であることが、良かったと思われること、残念に思えること、まあ半々といったところです。

魔法瓶に熱燗というのは、本当にアイディアでしょうし、それにしても先生、とにかく飲み続けていたかったんだなあ、とも思います。作家の立原正秋は一升瓶を抱いて風呂に入ったといいますから、ぬる燗派だったのかもしれませんし、開高健はダルマのボトルを冷蔵庫に入れて、冷たいストレートを飲んだ。こんなエピソードが、何となく艶っぽいのが、お酒の話の良いところです。そういえば、津軽鉄道のストーブ列車の車内も、スルメと日本酒の取り合わせが、良い絵になっていました。

ああいう時、コーヒーでは絵にならないんですよね。不思議なことに。

ここで話に何かオチをつけなければいけないのですが、今回はナシです。
それでも、そのうちに、こんなおしゃべりに後日談が生まれることがあるかもしれません。
線路は、まだ先に続いています。



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夕方、インターネットで山下達郎さんの記事を読んでいるうちに、良い音でタツローの曲を聴きたくなり、夕食に、横浜駅東口のカレーショップ「アナンダ」に出かけました。このお店はこれで4回め。これまで3度は、必ずタツローの曲がBGMにかかっていたので、それに期待しての出発です。

お店に入った時に、かかっていたのは「さよなら夏の日」でした。これも流行ったよなあ、などと思いながら、iPhoneで、小物がいろいろと並べられたカウンターと、窓越に見える街の灯を撮影。「ケータイ」でも雰囲気のある写真が撮れることに改めて驚き、「自分の写真学校の勉強は何だったんだろうなあ。受話器で写真を撮っているのだものなあ」と、ちょっと戸惑いも。

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晩ご飯が早めだったこともあって、少しお腹が減り、コンビニに出向く。最初は、サンドイッチでも買おうかなと思ったいたのだけれど、生麺タイプのうどん2食分105円というものがあり、これを購入。

家へ帰って、買って来たうどんを3分茹で、つゆは手元にあった即席のもので十分。ネギを刻み、卵を落とし入れる。このとき、つゆが冷めてしまわないように、熱々の状態で食べられるように、これには気を使う。

七味を振りかけて食べる。本当に美味しい。これから寒い冬の夜が何回来ても大丈夫という気持ちになる。よくぞ日本人に生まれけりというやつであるな。まだ1食残っているし、これからしばし創作うどんなんてものも楽しめそうだ。

すぐに思い浮かぶのはキムチうどん、カレーうどんといったところ。おでんのつゆにニンジンを入れて煮込むと最高に美味しくなるのだけれど、そのニンジンも合うかもしれない。凝り過ぎには注意。あくまでも遊びですからね。

今、何時?1時15分過ぎ。さあ、もうひと仕事しよう。
このブログでは何回か引き合いに出している開高健のエッセイに、作ったスキヤキを延々食べ続ける話がある。
創作活動の妨げにならぬよう、手間のかからない料理を作り置きして部屋にたれこめることを選んだ先生は、毎日、スキヤキと対峙することとなる。その結果、最後には「ネコのゲロ」ともおぼしき鍋に火を入れて本を読むはめになるのだが、自らの小さな失敗を風刺しながらも、その背後に様々なものが感じられて、何度読んでも面白い名作となっている。

かく言う自分も、先生同様、中年のシックな自炊生活を楽しんでいる。先生の場合、家族からの遊離を求めての自炊生活であり、私の場合は自ら求めたものでもないわけではあるが、結果的には、まあ、それほど大きな違いはないようにも思える。

確かに何度でも鍋を火にかけられる煮物は重宝な存在で、しかもそのたびごとに、料理の味が深まるのだから、ありがたい。私の場合は、スキヤキではなく、カレーが主戦投手を務めているのだが、これは酒に対する位置づけの問題もありそうである。

自分で、市販のルーを使い、ニンニク、白ワイン、固形スープ、その他、その時々で目にとまったスパイスなどを適当に放り込んだカレーでも、最後の一皿となる頃には、あれほど入れておいたタマネギもったく形を消し、それは見事な味わいとなる。一流ホテルでも、これだけのカレーを出すところは少ないだとうと確信できる味なのだが、別に大したことではない。そもそもが、煮物とはそういうものなのだ。

かくして、私も部屋にたれこめているわけではあるが、問題はここからで、書いている原稿が短いルポであったり、書評であったりするからこれで文学賞は取れそうになく、似て非なるものの一歩の差は限りなく大きい。行き着くところはみなお墓と達観するまでには、あと少しだけ時間を必要としそうであるし、だいたいブログや、ツイッターや、フェイスブックに囲まれていると、これはもう文学の世界とは無縁の、ローンの支払い、多重債務のごとき様相を呈してくる。

どの時代に生まれることが幸せなのか?
自炊をする今の自分に解ることは、スキヤキの先生、明らかに肉を買い過ぎている、ということ。これだけは間違いないように思える。
昨日の夜遅く,急にソラマメが食べたくなって,けれどもコンビニにはなかったから,今日の昼間に買い物に出た時に,スーパーで小さなパックを買ってきた.今,ちょうどそれを食べ終わったところ.これからもう一仕事しても良いのだけれど,きょうは床に入ろうと思う.眠る前に,「パーフェクトハンター」を少し読み進めるか,川本三郎さんの旅のエッセイでも1~2編読むか,こんなことを考えるのも,楽しいものである.

これからの季節は,ソラマメ,枝豆,それにトウモロコシなどが楽しめる季節で,食べ物を楽しむということであれば,いちばん好きな季節.何度も書いているように,私はお酒は飲まないので,ソラマメなど食べるのも,あっけないものである.けれども,豆類というのは,少しずつ口に運ぶ間があるのが楽しい.「猛き海狼」という小説の中には,潜水艦の艦長になった男が,自分がまだ若かった頃の上官がパイプを愛用していたのを思い出すシーンが出てくる.パイプで吸うタバコは,紙巻きとは違って,間がある.その間を使って部下の質問にどう答えるのかを考えるのだといい,自身も艦長になってからはパイプを使うようになったと,たしか,そんなくだりがあった.

豆類を食べることにも,そんな間があるように思う.これでビールでも飲めれば本当に絵になるのだけれど,別に酒が飲めなくても構わない.ソラマメを口に運びながら,ほとんど外に出なかった一日のブログをどうするか考え,何も思いつかなかったのだけれど,それはそれで悪いことでもないのかもしれないなどと思えることにも,ぽつぽつと何かを口に運ぶことの効用があるようにも感じられる.

ソラマメが出てくるストーリーでいちばん印象的だったのは,将棋の米長邦夫さんが,名人戦の最中,窓の外でソラマメを収穫しているのを見つけ,「あれを食べさせてくれ」と注文するシーン.それは私が高校生の頃だったか,だとすればもう40年近く前のことになり,たったそれだけのことを長い間忘れないのだから,人間の脳というものは,つくづく,不思議な構造なのだなとも思う.

あの一番を,米長さんは勝ったのか負けたのか?
そちらの方が重要であろうはずなのに,そんなことはまったく思えておらず,覚えているのはソラマメ.つくづく食い意地が張っているというべきなのかもしれないけれど,おかげてこの時期になると,あの頃のことをいろいろと思い出すことができるのは,これは本当に悪いことではないと思っている.



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さきほどのチキンライスの出自がどこなのか?もう少し調べてみようと思い,写真をつらつらと眺めていたところ,同じ日にこんな写真を撮っていました。

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特別な説明はいらないと思います。恐竜です。素人の方に説明しておきますと,遠い昔に地球上に生息していたと考えられていますが,遠い昔に絶滅しました。絶滅の理由には諸説ありますが,地球に隕石が衝突したことで,地球の環境が変わり,恐竜の生息が不可能になったというのが,現在,有力な説であるようです。

これと同じ日にチキンライスを食べているのですから,え~っと,恐竜がいたのはいつだ?ジュラ紀か,白亜紀か?とまた難しくなってきたのですが,つまり,昨年5月の尾道です。恐竜がいたのは,たぶん大三島。チキンライスを食べたのは,尾道市内の食堂で,あれ,特別に美味しくはありませんでした。江ノ島の参道で食べたオムライスなら美味しかったけれど。

どんなものでも撮っておくものですね。
「人生にいちばん大切なものは思い出だ。それをもう私はたくさん持っている」といって人が息を引き取るシーンを小説のラストシーンにしたのは星新一でした。

「人生の最後の食事を何にするか決めておくとよい。病の床にあって,それが出てきたら,心の準備をする」と言ったのは嵐山光三郎さんで,その言葉を受けて,私はバニラアイスをその一品と決めましたが,チキンライスなんてものも良さげですね。
両方食べておきたいな。

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リアルタイムブログです。
中野のマクドにいます。
これから、打ち合わせ。

初めて、ビバリーヒルズバーガーというのを頼んでみました。
写真を撮った時点で、何やら苦戦しそうな趣きでしたが、そうでもなく、ちゃんと肉の入ったハンバーガーを食べた気がしました。

子供の頃、ハンバーガーって、凄く美味しそうだった。ポパイに出てくるウィンピーが、借金してまで食べたがった一品だもの。

しかし、今、振り返って、ウィンピーの職業は何だったのだろうと思う。
借金しなければ、ハンバーガーも食べられないって、フリーライターみたいなむのか。しかし、フリーライターは、そもそも、借金もできないという話もある。ウィンピーの方が偉いのか。しかし、私はこのハンバーガーを自分のお金で買ったので、その一点では、私の方か偉い。

久しぶりに、ポパイも見てみたいなあ。ちゃんと英語でしゃべっているオリジナルがいい。






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そんな訳で、それではブリ大根とはどのような料理であるのだろうと、ネットを見ましたところ、つまりまあ、ブリのうまみを大根に吸い込ませるのが勘所であるようです。実は、私、打ち合わせ会の当日は、大根だけ食べてブリを食べなかったのであります。

あ~、なんともったいないと言われそうですが、鍋の蓋を取った瞬間、あ、ちょっと生臭いなとも思いまして。あの匂いをよしとするか、および腰になるか、そのあたりブリの好き嫌いの分かれ目なのかもしれません。私の隣に座ったイモトさんは、「目玉まで食べちゃったあ」と言っておりましたので、ま、ブリにとっても幸せなことであったと思います。

で、ネットには「これぞ男の料理」などと書かれていまして、この「男の料理」って、何だろうと思ったりしたわけです。要は、少し荒っぽい作りでも、がつがつ食べられて、あまり上品ではないけれど、そこそこ美味しい、というようなものであるようです。

ブリ大根は、あれ、手間かかると思うぞ。

簡単に作れそうな料理って、いろいろ思い浮かびますけれど、実際にこの文章を書きながら思い浮かんだのは、目玉焼きをご飯にかけて、醤油なりをかけて食べるという奴。思えばこれ「ハチクマライス」というやつで、食堂車のコックさんが、車掌さんの賄いに作る定番でありました。大宮の鉄道博物館でも、レストランのメニューになっているけれど、あれ、ちょっと豪華かな?中華丼より値段が高かったりするし。

よく、海辺の料理屋で、漁師鍋なんてありますけれどね、あれも本物の漁船では食べないと思う。本多勝一さんのルポには北洋の漁船の食事が描かれていましたけれど、ま、とにかく時間をかけないで作る。鍋にタラを切り落としていって、味噌を投げこむ、みたいな。
個人的には、それぞれの食事の描写を初めて読んだ時の印象としては、北洋の漁船の食事より、ブルートレインのハチクマライスの方が美味しそうだった。何故なのだろう?
漁師さんよりは、車掌さんの方になりたかったという気持ちが、少しだけ働いていたのかもしれない。
やっぱり、ブルートレインの車掌さんって格好良いと思うし、今でも憧れが、少しはあるもの。
大変な仕事らしいけれど。

で、いままで読んだ中でいちばん美味しそうだった賄い料理は、マグロ漁の遠洋漁業の漁師さんが、自分達だけで食べるトロというやつで、でも、美味しそうなのだけれど、どれくらい美味しいのか想像できない。あまりに縁遠いし。ブルートレインの車掌さんというのは、時々会えるから憧れることができるのでしょうね。


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