九州旅行の話からは少し離れますが、今まで色々な旅に出た中で、まあ、それを国内のものに絞るとして、旅の途上で食べた美味しかったもの、印象深かったものは何だろう?と考えてみました。

すぐには思いつかないものですが、1位は恐らく、昭和48年の九州旅行を一緒に回った友人と、その6年後に訪ねた北海道、根室の花咲港で出会った浜茹でのカニだろうと思います。1位といいながら、だろうと付くのもおかしいのですが、また、後から何かを思い出すかもしれない。
そのときは、根室のビジネスホテルを出て車で当てもなく走り、と言うよりも道を間違えて、でもそのまま走り続けたら花咲港に突き当たった。そこでカニをドラム缶で茹でていたのです。友人は花咲カニを、私は毛ガニを、どちらも1000円で買いました。私は毛ガニの美味しさは知っていましたから、シメシメと思っていたのですが、友人が買った花咲カニを一口分けてもらうと、これが味が濃くて美味しい。花咲カニを口にした後に毛ガニを食べても、淡泊で、どうもいけない、わけです。2人ともカニだけで満幅になりました。メシ抜きのカニメシです。

その後、社会人になって2年目の夏休みに北海道に行き、夜行列車で根室に着いてから、すぐに浜茹でのカニを探しました。港までは行けなかったけれど、駅の近くでカニを購入でき、海まで歩いてテトラポッドの上でカニを食べたのを覚えています。のんびりし過ぎて、根室発釧路行きの列車に乗り遅れてしまい、1列車遅れ。これでこの1日が終わってしまいましたが、それでもまだその頃は、根室で美味しいカニが食べられたのですね。

3度めに根室を訪れたのは、いつだったか?恐らくフリーになった後の、つまり90年代に入った直後の取材旅行でですが、この頃みはもう、駅前にはカニ屋さんはなし。それでもまだ、水産のお店の構えだけは何軒か残っていました。そして4度目の根室行では、その店構えも、ほとんどなくなっていたように思います。

要は、輸送技術が進歩して、鮮度イコール美味しさであるはずのカニでさえ、都会に出荷できるようになったから、何も安い値段で地元で捌く必要なんかないわけです。でもこれ、旅の楽しさがなくなってしまいますよね。そこが現代の旅の、なんともフラストレーションが高まるところです。

北海道のカニについては、大楽毛にある通販のお店に、まあまあ美味しい花咲カニを届けてくれるお店を見つけたので(ここに辿り着くにも、何回かの失敗がありました)、時々、そこにカニを頼んでいます。1匹で、送料も入れると5000円くらいにはなりますから、簡単には頼めませんが、味はまあまあ。
それでも、もちろん、学生時代に偶然辿り着いた浜茹でのカニの美味しさには到底かないません。なにしろ、あの時は、毛ガニ6匹1000円でしたし、いや、値段だけではありません。カニの味も、それから偶然辿り着いた道東の小さな漁港も、何もかもがドキドキするほど、刺激的で、新鮮だったのですから。
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横浜の産業貿易センター(山下公園通りの端。北欧料理「スカンディア」のはす向かい)の地下にあるとんかつ店「どん八」。今回はカツカレーのMに挑戦してみました。
 注文のときに、ウェイトレスさんが「お皿の直径が37センチありますけれど、いいですか?」と聞いてきて、でも、試しです。行ってみました。結果、カツの一番小さいひと切れと、ご飯をお茶碗に半分ほどでしょうか。残しました。たしかに、60歳の爺さんの食べ物ではありません。これでMですから、まだこの上にLがあるわけですが、私は年長の者として、若者にも「Lは辞めなさい」と忠告したい。
 大食い選手権で、終盤になってお皿を目の前にしながら、もうスプーンを口に運ぶ気力がなくなっている挑戦者の気持ちがよく解りました。「いいから、頑張れ」などと言う気持ちには、もうなれません。私がそんなことを言われたなら「うる」と言い返します。「うるせー、このあほんだらー」などとは、言い返すのも面倒だからです。
 当然、きょうは夕食抜きでOKです。

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本日(2月1日)の昼食は新横浜まで出かけたついでに、ラーメン博物館に行ってみました。5か月ぶりに来たら、入館料が100円になっていました。というのは、値下げではなくて、私が60歳になり、シニア料金が適用されるようになったからで、まあ、嬉しくもありますが、淋しくもあります。とはいえ、入館料の割引は大きく、これから出かける回数が増えるかもしれません(笑)。
「すみれ」で醤油ラーメン。

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この施設が楽しいのは、古い町並みが再現されていることで、開館以来人気が衰えていないことの理由は、やはりこの演出の見事さに拠るところが大きいのでしょうね。

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この情景が昭和33年の町の姿を再現したものであるということも、よく知られているところです。当時、私は2歳。私の記憶にもこのような風景が刻まれていますから、実際にはあちらこちらに、昭和30年代の後半までは、このような風景が残っていたということになります。

この「ラーメンの町」の地下1階部分には駅の姿の一部が再現されていることをご存知の方も多いと思います。出札口があって、運賃表も掲げれています。

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運賃表の脇には、ここが国鉄の路線であると書かれており、初乗り運賃は10円と出ていますから、これも設定と合致。国鉄の初乗りが10円だったのは、昭和26年から41年の間のことでした。これだけ、駅が密集しているのだから、つまり、この町があるのは、大都市の近郊なのだろうなと思っていたら、町の背景に建設中の東京タワーが見えるとも紹介されていました。つまり、ラーメンの町があるのは、東京タワーが見えるあたりということになります。今日は東京タワーの遠景には気が付かなかったので、次回に確かめてみます。なにしろ入館料100円ですし。ちなみに、東京タワーが完成したのは、昭和33年12月のことです。

食事を終えて、近くの橋の上から横浜線を撮影。さすがに、この季節になると、遠く霞んでしまって見えませんが。

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くっきりと空が澄みわたっていれば、富士山が見える場所です。
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仕事の先輩から、「一緒に仕事ができた御礼に」と、卵が贈られてきた。
なんでも、「栃木をクルマで走っているうちに道に迷い、偶然見つけた農場で試しに買ってみたら、凄く美味しかったんだ」とのこと。
「すぐにオムレツを作ってみます」と御礼を言ったら、
「何言ってんだよ。ご飯に生でかけて食べなよ」とのこと。
「そりゃ、そうだ」と返事をする。

昔の小説家のエッセイを読むと、卵が贈答の品として高いポジションにあることが書かれている。エッセイのオチは、「最近はこんなこともなくなった」ということになるのだけれど、こうして卵を送られてみると、今の卵は昔ほどの高級品ではないにしても、結構、受け取って気分の良い品であることが実感できる。まあ、昔の文士気分とまでは行かないけれど。

昔のような高級品ではないかもしれないけれど、何かあったら、私も卵を贈ってみたいものだと思う。




さて、フライポテトに思いを馳せた翌日、つまり今日、と言うか先ほど。
ちゃんと、自分でフライポテトを作ることにした。

冷凍食品のフライポテトを揚げたところで、いつものあの味しか出来ないのだからと、ジャガイモの皮をむき、
薄めに切って、素揚げにして、揚げたてに塩をふる。

美味しくない。

熱くても、ホクホク感がなく、油の匂いばかりが勝ってしまう。
このあたり、主婦の人などさんざん経験しているのだろうなあ、と思いつつ、次は電子レンジでチンしてから揚げる。

似たようなもの。

しからばと、池波正太郎が書いていたポテトフライを真似る。
これはつまり、パン粉の衣をつけるオーソドックスなスタイルで、揚げたてにソースをかけるというスタイル。

先ほどよりは、食べられる。
ただ、これも揚げすぎると、途端に駄目。

やはり、このような単純なものでも、いや、単純なものだからこそ、経験が必要なのだと痛感する。
それに,ご存知のように、揚げ物は片付けが大変で、これだけの手間をかけるなら、もっと別の料理法が良いに違いないと、アタマの中に青い鳥が飛び回って仕方がない。

ハンバーガー屋のフライポテトは、60点だが…。

そこまでの道も、決して近いというわけではないらしい。

この数日間に2度ほど、港区の広尾に出向く機会があり、その時にフライポテトの専門店というものを見つけました。
アンド・ザ・フリットというお店です。下の写真はメニュー2点。

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ジャガイモのカットのスタイル、付け合わせ、ソースなどをチョイスできます。上はソーセージ添え、下はフライドフィッシュ添え。たわいないような料理ですが、揚げたてのフライは本当に美味しく、たったこれだけのものでも、しばしの間、幸せに浸ることができます。

お店の中にはイスが3つあるだけの、とても小さな店で、だからでもあるのでしょうけれど、私が行った2回とも、結構な行列ができていました。

これで800円というのは、高いか、安いか?
ソーセージも、フライドフィッシュも、パリッとして美味しく、だから少しも高いとは思えないのですが、これだけ美味しいのだからと、家で揚げるつもりで、先日はジャガイモを買い込んで帰りました。
でも、自分で揚げるとなると何となく面倒で、まだ自家製フライポテトで満腹になる機会はありません。

そんな億劫な気持ちになった時は、「こういう料理は、ふらりと気が向いた時に、つまみ喰いで食べるから美味しいのだ」などと言い訳を思い浮かべているわけですが、本当のところはどうなのか。

自分でも、その考えが正しいようであり、間違っているようであり。
あれだけの行列ができるのだから、誰もが「ふらりと」というよりも強い意志を持って、順番を待っているのでしょうけれど。

時々,立ち食い蕎麦で,コロッケ蕎麦を注文することがある。天ぷら蕎麦とは少し異なるボリューム感が気に入っている。

けれども,いつぞやのこと。たぶんネット上であると思うのだが,「コロッケ蕎麦のようなものを注文する人間の気が知れない」というような記事を読んだことがあった。これには気持ちが揺らいだ。自分の味覚がよっぽどおかしいのかもしれないと思った。

ところが先日,吉村昭のエッセイだったと思うが,コロッケ蕎麦を賞賛する一編があった。
ほっとした。吉村昭は,食通を自認してはおらず「食べ物に糸目をつける」と書いているし,「食通は美味しいものを食べる時は真剣な表情になるが,私は笑い出す」とも書いている。それでも,取材で全国を回って鍛えられたらしい味覚は一流のものと思え,そのような人がコロッケ蕎麦を賞賛しているのだから,私だって賞賛して良いのである。

コロッケ蕎麦は,美味しいと思うのだ。

これもいつぞやのこと。コロッケ蕎麦を注文したら,なんとトンカツ蕎麦が出てきたことがあった。あれは高速道路のサービスエリアだったと思う。つまり,調理の係がコロッケとカツを間違えて蕎麦に入れたのだった。作り置きが当たり前の食堂ならではの椿事といったところで,金額的には得をしたことになるのだが,でも,トンカツ蕎麦は食べ辛くで,美味しくなかった。ボリュームがあれば良いというものでは,ないようである。

コロッケ蕎麦は,注文する人の気が知れない食べ物なのか,美味しいものなのか。

自分は,どんなものであれ,食べる人を安心させる文章を書きたいと思う…,というのが結論。
食べ物は天の恵みなのだし。

 この2、3日は文章を書く仕事が立て込みました。とはいえ、ブログにしても楽しみでもあり仕事でもあるわけで、ブログをコンスタントに更新できるかということ、これはセンスの問題となるのでしょうね。

 昨日まとめたインタビュー記事は、寝台列車の思い出について伺ったもので、その中では食堂車の朝食の話がでました。「あさかぜ」などの九州特急で東京に帰る道の、富士山を見ながら食べる朝食の思い出のことなどです。

 こういう時、朝食というものは、とても大きな説得力があるようですね。亡くなった星晃さんの記事には、オシ16の車内での朝のコーヒーの話がありましたし、これはジャンルが違いますけれど、スタインベックの短編には「朝めし」(原題はもちろんbreakfast)という名作がありました。朝食をテーマにした文学は、集めてみると本当に面白そうです。

 かく言う私も、今朝は4時半に起き、残りの原稿を書いて、その途中で、先ほど朝食を食べたところです。特別なものではありません。ご飯と、納豆、目玉焼き、海苔です。でも、ご飯が熱々だと美味しいんだ、これでも。

 土屋賢二さんのエッセイに、毎日をトルティーヤというトウモロコシの粉を練って伸ばし、これを焼いたものだけで毎日の食事を済ませる老人が出て来る一編があり、「私たちはこれで済ませることができるだろうか?」という問いかけがあるのですが、ご飯に納豆、海苔までつけてくれるなら、こちらもかなり行けるような気がします。

 昨日のインタビュー、星さんの思い出話。どちらもゴールへ向かう寝台列車の中での朝食が、素晴らしい朝を演出しているようでした。私も、朝食を済ませましたので、残りの原稿をゴールへ向けて、さあラストスパートです。

 催促は、もうちょっとの間、待っていて下さいね。

土曜日の夜を友人と過ごし、食事などをした他は、この1週間をほとんどPCの前で過ごしています。締切が重なったということが、その理由なのですが、こうなるとほとんど外出もできず、PCの前でコンビニ弁当を食べ続けるような毎日です。食事はもう戦闘食という趣ですね。

では、その戦闘食が味気ないものかと言うと、必ずしもそうでなく、引っ越しの作業中に食べる弁当や、おにぎりが妙に美味しいのと同じで、そこにはなんとはなしの、希望が潜んでいるようにも感じます。

最近読んだ小説の中でも美味しそうだった食事は、池上司さんの「ミッドウェイの刺客」の中に出て来る戦闘食。これはアメリカの空母「ヨークタウン」の撃沈に向かう日本海軍潜水艦の戦闘食なのですが、それはどういう献立なのかというと、種を抜いた梅干しを入れたおにぎり2個と沢庵というものです。けれども、これが美味しそうなのですね。味の描写などほとんどない。アルマイトのお盆に並べて運ばれてきたおにぎりを、一人あたり2個、皆が夢中になって頬張る。かすかに暖かみの残るおにぎり(作中では握り飯と呼んでいたと思います)は美味しかった、というような描写だけなのですが、極限状態の中に登場する食べ物が、ストーリーに不思議な間合いを与えているのです。

一方、あらゆる豪華な食事が出て来る小説は色々とあるものですが、最近私が読んだものの中で印象的だったものは、海老沢泰久の「美味礼賛」でしょうか。辻料理学校の創設者、辻静雄を主人公とするこの話には、主人公、あるいは主人公夫妻が、ただ料理を食べるためにヨーロッパを旅行するシーンが幾度も登場します。

そのストーリーの中で、もっとも「美味しそう」に感じた台詞は、主人公の奥様が、とある小さなレストランで海老を食べた時の「何よ。これ?」というものでした。

本当に、この海老は、どのような味なのでしょう?それを読んで以来、一度、そのような料理を食べてみたいと思っているのですが、何しろ、どんな味なのかよく解らない。「何よ。これ?」と言っているだけですから。

そんなことを思い出しながら、けれども、私はまだPCの前から離れることができません。ちょっと気分が煮詰まったので、先ほどコンビニでおでんを買ってきて食べました。夜中の残りものの風情ではありましたけれど、卵も、昆布も、思いの他おいしく、私は心の中で「何よ。これ?」と呟いたのであります。

さあ、あと少し頑張ろう。



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先日、次に津軽に行くときは魔法瓶を持って行きたい、と書きましたところ、「内田百閒も魔法瓶を携えていました。中身は熱燗でしたけれど」というコメントを、メールにて頂きました。
ありがとうございます。

私の旅日記には、酒がほとんど登場せず、つまり下戸であることがすぐに解るわけですが、下戸であることが、良かったと思われること、残念に思えること、まあ半々といったところです。

魔法瓶に熱燗というのは、本当にアイディアでしょうし、それにしても先生、とにかく飲み続けていたかったんだなあ、とも思います。作家の立原正秋は一升瓶を抱いて風呂に入ったといいますから、ぬる燗派だったのかもしれませんし、開高健はダルマのボトルを冷蔵庫に入れて、冷たいストレートを飲んだ。こんなエピソードが、何となく艶っぽいのが、お酒の話の良いところです。そういえば、津軽鉄道のストーブ列車の車内も、スルメと日本酒の取り合わせが、良い絵になっていました。

ああいう時、コーヒーでは絵にならないんですよね。不思議なことに。

ここで話に何かオチをつけなければいけないのですが、今回はナシです。
それでも、そのうちに、こんなおしゃべりに後日談が生まれることがあるかもしれません。
線路は、まだ先に続いています。



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夕方、インターネットで山下達郎さんの記事を読んでいるうちに、良い音でタツローの曲を聴きたくなり、夕食に、横浜駅東口のカレーショップ「アナンダ」に出かけました。このお店はこれで4回め。これまで3度は、必ずタツローの曲がBGMにかかっていたので、それに期待しての出発です。

お店に入った時に、かかっていたのは「さよなら夏の日」でした。これも流行ったよなあ、などと思いながら、iPhoneで、小物がいろいろと並べられたカウンターと、窓越に見える街の灯を撮影。「ケータイ」でも雰囲気のある写真が撮れることに改めて驚き、「自分の写真学校の勉強は何だったんだろうなあ。受話器で写真を撮っているのだものなあ」と、ちょっと戸惑いも。

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晩ご飯が早めだったこともあって、少しお腹が減り、コンビニに出向く。最初は、サンドイッチでも買おうかなと思ったいたのだけれど、生麺タイプのうどん2食分105円というものがあり、これを購入。

家へ帰って、買って来たうどんを3分茹で、つゆは手元にあった即席のもので十分。ネギを刻み、卵を落とし入れる。このとき、つゆが冷めてしまわないように、熱々の状態で食べられるように、これには気を使う。

七味を振りかけて食べる。本当に美味しい。これから寒い冬の夜が何回来ても大丈夫という気持ちになる。よくぞ日本人に生まれけりというやつであるな。まだ1食残っているし、これからしばし創作うどんなんてものも楽しめそうだ。

すぐに思い浮かぶのはキムチうどん、カレーうどんといったところ。おでんのつゆにニンジンを入れて煮込むと最高に美味しくなるのだけれど、そのニンジンも合うかもしれない。凝り過ぎには注意。あくまでも遊びですからね。

今、何時?1時15分過ぎ。さあ、もうひと仕事しよう。
このブログでは何回か引き合いに出している開高健のエッセイに、作ったスキヤキを延々食べ続ける話がある。
創作活動の妨げにならぬよう、手間のかからない料理を作り置きして部屋にたれこめることを選んだ先生は、毎日、スキヤキと対峙することとなる。その結果、最後には「ネコのゲロ」ともおぼしき鍋に火を入れて本を読むはめになるのだが、自らの小さな失敗を風刺しながらも、その背後に様々なものが感じられて、何度読んでも面白い名作となっている。

かく言う自分も、先生同様、中年のシックな自炊生活を楽しんでいる。先生の場合、家族からの遊離を求めての自炊生活であり、私の場合は自ら求めたものでもないわけではあるが、結果的には、まあ、それほど大きな違いはないようにも思える。

確かに何度でも鍋を火にかけられる煮物は重宝な存在で、しかもそのたびごとに、料理の味が深まるのだから、ありがたい。私の場合は、スキヤキではなく、カレーが主戦投手を務めているのだが、これは酒に対する位置づけの問題もありそうである。

自分で、市販のルーを使い、ニンニク、白ワイン、固形スープ、その他、その時々で目にとまったスパイスなどを適当に放り込んだカレーでも、最後の一皿となる頃には、あれほど入れておいたタマネギもったく形を消し、それは見事な味わいとなる。一流ホテルでも、これだけのカレーを出すところは少ないだとうと確信できる味なのだが、別に大したことではない。そもそもが、煮物とはそういうものなのだ。

かくして、私も部屋にたれこめているわけではあるが、問題はここからで、書いている原稿が短いルポであったり、書評であったりするからこれで文学賞は取れそうになく、似て非なるものの一歩の差は限りなく大きい。行き着くところはみなお墓と達観するまでには、あと少しだけ時間を必要としそうであるし、だいたいブログや、ツイッターや、フェイスブックに囲まれていると、これはもう文学の世界とは無縁の、ローンの支払い、多重債務のごとき様相を呈してくる。

どの時代に生まれることが幸せなのか?
自炊をする今の自分に解ることは、スキヤキの先生、明らかに肉を買い過ぎている、ということ。これだけは間違いないように思える。
昨日の夜遅く,急にソラマメが食べたくなって,けれどもコンビニにはなかったから,今日の昼間に買い物に出た時に,スーパーで小さなパックを買ってきた.今,ちょうどそれを食べ終わったところ.これからもう一仕事しても良いのだけれど,きょうは床に入ろうと思う.眠る前に,「パーフェクトハンター」を少し読み進めるか,川本三郎さんの旅のエッセイでも1~2編読むか,こんなことを考えるのも,楽しいものである.

これからの季節は,ソラマメ,枝豆,それにトウモロコシなどが楽しめる季節で,食べ物を楽しむということであれば,いちばん好きな季節.何度も書いているように,私はお酒は飲まないので,ソラマメなど食べるのも,あっけないものである.けれども,豆類というのは,少しずつ口に運ぶ間があるのが楽しい.「猛き海狼」という小説の中には,潜水艦の艦長になった男が,自分がまだ若かった頃の上官がパイプを愛用していたのを思い出すシーンが出てくる.パイプで吸うタバコは,紙巻きとは違って,間がある.その間を使って部下の質問にどう答えるのかを考えるのだといい,自身も艦長になってからはパイプを使うようになったと,たしか,そんなくだりがあった.

豆類を食べることにも,そんな間があるように思う.これでビールでも飲めれば本当に絵になるのだけれど,別に酒が飲めなくても構わない.ソラマメを口に運びながら,ほとんど外に出なかった一日のブログをどうするか考え,何も思いつかなかったのだけれど,それはそれで悪いことでもないのかもしれないなどと思えることにも,ぽつぽつと何かを口に運ぶことの効用があるようにも感じられる.

ソラマメが出てくるストーリーでいちばん印象的だったのは,将棋の米長邦夫さんが,名人戦の最中,窓の外でソラマメを収穫しているのを見つけ,「あれを食べさせてくれ」と注文するシーン.それは私が高校生の頃だったか,だとすればもう40年近く前のことになり,たったそれだけのことを長い間忘れないのだから,人間の脳というものは,つくづく,不思議な構造なのだなとも思う.

あの一番を,米長さんは勝ったのか負けたのか?
そちらの方が重要であろうはずなのに,そんなことはまったく思えておらず,覚えているのはソラマメ.つくづく食い意地が張っているというべきなのかもしれないけれど,おかげてこの時期になると,あの頃のことをいろいろと思い出すことができるのは,これは本当に悪いことではないと思っている.



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さきほどのチキンライスの出自がどこなのか?もう少し調べてみようと思い,写真をつらつらと眺めていたところ,同じ日にこんな写真を撮っていました。

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特別な説明はいらないと思います。恐竜です。素人の方に説明しておきますと,遠い昔に地球上に生息していたと考えられていますが,遠い昔に絶滅しました。絶滅の理由には諸説ありますが,地球に隕石が衝突したことで,地球の環境が変わり,恐竜の生息が不可能になったというのが,現在,有力な説であるようです。

これと同じ日にチキンライスを食べているのですから,え~っと,恐竜がいたのはいつだ?ジュラ紀か,白亜紀か?とまた難しくなってきたのですが,つまり,昨年5月の尾道です。恐竜がいたのは,たぶん大三島。チキンライスを食べたのは,尾道市内の食堂で,あれ,特別に美味しくはありませんでした。江ノ島の参道で食べたオムライスなら美味しかったけれど。

どんなものでも撮っておくものですね。
「人生にいちばん大切なものは思い出だ。それをもう私はたくさん持っている」といって人が息を引き取るシーンを小説のラストシーンにしたのは星新一でした。

「人生の最後の食事を何にするか決めておくとよい。病の床にあって,それが出てきたら,心の準備をする」と言ったのは嵐山光三郎さんで,その言葉を受けて,私はバニラアイスをその一品と決めましたが,チキンライスなんてものも良さげですね。
両方食べておきたいな。

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リアルタイムブログです。
中野のマクドにいます。
これから、打ち合わせ。

初めて、ビバリーヒルズバーガーというのを頼んでみました。
写真を撮った時点で、何やら苦戦しそうな趣きでしたが、そうでもなく、ちゃんと肉の入ったハンバーガーを食べた気がしました。

子供の頃、ハンバーガーって、凄く美味しそうだった。ポパイに出てくるウィンピーが、借金してまで食べたがった一品だもの。

しかし、今、振り返って、ウィンピーの職業は何だったのだろうと思う。
借金しなければ、ハンバーガーも食べられないって、フリーライターみたいなむのか。しかし、フリーライターは、そもそも、借金もできないという話もある。ウィンピーの方が偉いのか。しかし、私はこのハンバーガーを自分のお金で買ったので、その一点では、私の方か偉い。

久しぶりに、ポパイも見てみたいなあ。ちゃんと英語でしゃべっているオリジナルがいい。






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そんな訳で、それではブリ大根とはどのような料理であるのだろうと、ネットを見ましたところ、つまりまあ、ブリのうまみを大根に吸い込ませるのが勘所であるようです。実は、私、打ち合わせ会の当日は、大根だけ食べてブリを食べなかったのであります。

あ~、なんともったいないと言われそうですが、鍋の蓋を取った瞬間、あ、ちょっと生臭いなとも思いまして。あの匂いをよしとするか、および腰になるか、そのあたりブリの好き嫌いの分かれ目なのかもしれません。私の隣に座ったイモトさんは、「目玉まで食べちゃったあ」と言っておりましたので、ま、ブリにとっても幸せなことであったと思います。

で、ネットには「これぞ男の料理」などと書かれていまして、この「男の料理」って、何だろうと思ったりしたわけです。要は、少し荒っぽい作りでも、がつがつ食べられて、あまり上品ではないけれど、そこそこ美味しい、というようなものであるようです。

ブリ大根は、あれ、手間かかると思うぞ。

簡単に作れそうな料理って、いろいろ思い浮かびますけれど、実際にこの文章を書きながら思い浮かんだのは、目玉焼きをご飯にかけて、醤油なりをかけて食べるという奴。思えばこれ「ハチクマライス」というやつで、食堂車のコックさんが、車掌さんの賄いに作る定番でありました。大宮の鉄道博物館でも、レストランのメニューになっているけれど、あれ、ちょっと豪華かな?中華丼より値段が高かったりするし。

よく、海辺の料理屋で、漁師鍋なんてありますけれどね、あれも本物の漁船では食べないと思う。本多勝一さんのルポには北洋の漁船の食事が描かれていましたけれど、ま、とにかく時間をかけないで作る。鍋にタラを切り落としていって、味噌を投げこむ、みたいな。
個人的には、それぞれの食事の描写を初めて読んだ時の印象としては、北洋の漁船の食事より、ブルートレインのハチクマライスの方が美味しそうだった。何故なのだろう?
漁師さんよりは、車掌さんの方になりたかったという気持ちが、少しだけ働いていたのかもしれない。
やっぱり、ブルートレインの車掌さんって格好良いと思うし、今でも憧れが、少しはあるもの。
大変な仕事らしいけれど。

で、いままで読んだ中でいちばん美味しそうだった賄い料理は、マグロ漁の遠洋漁業の漁師さんが、自分達だけで食べるトロというやつで、でも、美味しそうなのだけれど、どれくらい美味しいのか想像できない。あまりに縁遠いし。ブルートレインの車掌さんというのは、時々会えるから憧れることができるのでしょうね。


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20日(金曜日)は,今年何回めかの新年会でした。
今年は結構お誘いが多いな-。忘年会が流れて新年会になったのが,1~2本あったし,まだ28日頃に行こうと,これはこちらから提案したものもあるし。まあ,これもまた光栄なことですから,私は「飲めない」のですけれども,出かけて行ったのであります。

新宿あたりで山手線を降りまして,連絡をもらった場所に出向くと,店がない。幹事さんに携帯でその旨を伝えると,つい最近に移転したとのことで,そこから夜道をとぼとぼ歩きます。ったく,移転したのが解った時点で,メール1本入れろよなー,と思います。まあ,一緒にいる人との会話に気を使うあまり,当方への連絡はあと回しになったのでしょう。「店移転。連絡請う」←次回からは,ここをコピー&ペーストして,メールに使って下さいね。

新しい店は小さな店でした。魚を出すのが売りの店だったようですが「引っ越した理由は,家賃が高かったし,板前さんに給料を出すのが大変だったから」だとか。今度の店はこじんまりとした小料理屋といった風情です。
お客さんは,私たちを含めて3組。ご主人が,適当にタイミングを見計らって顔を出してくれ,注文を聞いてくれます。さっそく,お造りなどが出てきます。

確かに美味しい。美味しいけれども,普通の美味しさで,特に「凄いな~」と感じるまでには至らない。まあ,至極贅沢なことですけれど。

そのうちにご主人さんが「ブリ大根」を薦めてくるようになりました。なるほど,酒のつまみは,少しずつ味をこくしてゆくのがセオリーですから,そういうタイミングです。もっとも,こちらは先ほどから「お茶」ですし,本当は唐揚げとか,まあ,ポテトフライとか,そのあたりが嬉しい。一緒にいる仲間も,ビール,焼酎がメインなので,ブリ大根よりはシンプルなものが合っていそうです。そのような訳で,ブリ大根は,幾度か見送り。

しかし,またしばらくするとご主人は「ブリ大根」を薦めてきました。きっと今が美味しいタイミングではあるのでしょうね。

半ば「折れた」形で,誰かが「じゃ,それ」と頼みます。ご主人は店の奥に下がり,やがて大きな土鍋に入ったブリ大根を運んで来ました。味わってみますと,大根はよく味が滲みていて,魚の風味も加わっている。日本酒にはぴったりでしょうね。でも,こちらは「お茶」ですから,本当は唐揚げか,まあ,ソーセージあたりが欲しい。このあたり,「飲めない」人って,主導権を握れないんですよね。厚揚げなんかでもいいんだけどなー。

しばらくすると,またご主人がやって来て「ブリ大根。どうでした?」と聞く。隣に座っていたイモトさんが,「少し甘かったかな~」などと感想を述べています。するとご主人は「なるほどね。でもね。ブリ大根って,難しいんですよ。味が薄いと物足りないと言われますし」と,ここからしばらくは味付け談義。

こんな話をできるのも,小さな店の良い所なのでしょうね。チェーン店の安居酒屋ではこうはいきません。

帰り際には,イモトさんが「よーし,今度は泊まりがけでやるぞー」とのこと。こりゃ,磐越西線あたりまで行かなければならなくなるかもしれません。すると,イモトさんの向いに座っていた瀧さんが「俺はパンタがついてなければ,いやだ」と応対。こういう時,SL派と電車派は妥協点がありません。ただ,こういう時も,私のような「飲めない人」って,主導権を握れないんですよね。

「あれ?俺,磐越西線に行くなんて,言ったっけ?全然覚えてない」次に,そういう台詞が出てくるようであれば,それでよろしいのですが。



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modellbahnさんからコメントを頂きましたので、こちらに転載させて頂きます。

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明けましておめでとうございます。
「弘明寺(ぐみょうじ)」は確か難読地名でしたね。その昔、横浜国大附属中を下見にいったときに、商店街を歩いたことがありますが、近所のショッピングモールにない楽しさがあったことを思い出します。確か子供たちは、コロッケを立ち食いしていましたっけ。懐かしいです。
本年もよろしくお願い致します。
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地元にいると、弘明寺が難読という印象は希薄なのですが、なるほどそうでしょうね。最初の「弘」という字を「ぐ」と発音するとは思えない。逆に関西であれば、垂水や夙川は、難なく読めるだろうし。

コロッケといえば、商店街にはこんなお店もありました。

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写真を拡大してみたら、このお店では「コロッケ68円」とありました。コロッケは、こういう所で、立ち食い、つまみ食いが美味しいんだ。

そんな楽しみを残すことも大切なのでしょうね。


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井上洋さんからコメントを頂いたのでカニの話です。あ~、こんなタイトルだと電源車の話を期待されちゃうかもな~。

昨年春に、取材で道東に出向き、空き時間ができたので、釧路から根室にかけてをレンタカーで走りました。ガソリン代は自腹。大楽毛で見つけたのが、この建物。

大楽毛[1]
拓殖鉄道の駅舎跡ということではなくて(笑)、カニ屋さんです。蟹。
かなはし水産さんという、ここは時々、ネット経由でカニを取り寄せていたところ。それまでにも、ネット経由では、何回かカニの取り寄せにトライしていたのですが、どうも納得のいくものに出会えなかった。で、懲りずに色々トライしていたら、ここのカニは美味しかった。場所を調べると大楽毛とあり、取材に出かけた時に、もしかしたらお店が見つかるかなーと思っていたのですね。

写真のバックに写っているものは霧です。一面の霧の中。お店のすぐ前が海で、いかにも道東らしい荒涼とした風景でした。これが晴れていれば、印象もずいぶん違ったのでしょうけれど。

面白いので携帯で写真を撮り、「きょうお店の前を通りました」とお店にメールしました。ちょうどカニを買った直後でもあったので。
ちゃんと返事が来ました。でもまあ、手間のかかるお客さんだと思われたでしょうね。

初めて、根室を訪れた時には、本当にそこは遠い所であったわけですけれど、今はこうして、リアルタイムで連絡がとりあえてしまうのですから、本当に狭くなったものです。
遠かった頃の北海道に、また行ってみたいものですが、この夢ばかりはかないません。


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