日曜日(6日)に、高尾山に行ってきました。今年3回めです。気持ちとしては、より高い山へのトレーニング、足慣らしとして行き始めたのですが、実際には八ヶ岳や、北アルプスには行けないままでいます。3日の休みを作れば良いだけの話ですが、なかなかそうもいきませんでした。

 高尾山口からは「琵琶滝コース」を辿ります。いくつもある高尾山の登山道の中で、私がいちばん好きなコースです。途中には、琵琶滝という小さな滝があって、この日も滝に打たれる修行をしている人がいました。たしか今はもう亡くなってしまったかと思うのですが、下嶋渓さんという登山家(本業は大学の先生だったようで、この名前も登山家としてのペンネームだったはずです)が、「高尾山は俗化の権化だが、通ってみると味もあり、ここがかつては修験道であったことが理解できる」ということを記していたのを読んだことがありますが、本当にそんな感じです。ケーブルカーで高尾山に登るだけでなく、尾根続きの城山や景信山にも足を伸ばしてみて下さい。この山域の素晴らしさを、より深く理解できるはずです。
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(琵琶滝)

琵琶滝から山頂へは小一時間の道のりです。正直に言えば、体力の低下を痛感させられました。山歩きをするたびに、同じことばかり思わされるのですが、今の自分の仕事は、忙しくなるほど、座りっぱなしになります。いきおい体力は低下してしまいます。司馬遼太郎や、池波正太郎、山田風太郎などの作家諸氏が散歩を日課にしていたことが、よく解ります。
山道を歩いていて、多くの人に追い抜かれましたが、特に山を走って登っている若い人が多くいたことが印象的でした。これは「トレイルランニング」、略して「トレラン」とも呼ばれているものですが、このトレランを初めて提唱した一人が、下嶋さんでした。下嶋さんの著書「ランニング登山」が発行されたのは、およそ20年前のこと。著書の中で下嶋さんは、山を走って登るという行為を、多くの人に理解されない登山の本道から逸脱した行為というふうに捉えていましたが、今やトレランは、すっかり市民権を得ています。

実は私も、20年前に、下嶋さんの著書に啓発されて、高尾山を走ってみたことがありました。高尾山と陣馬山の間を往復し、コースタイムぴったり2分の1となる4時間で往復。平らな地形ですから、やや物足りない数値ではありましたけれど、一応は合格といったところだったかと思いjます。

それが今や、高尾さんまで登るだけでも苦労しているというていたらくであはありますけれれど、そのうちにリベンジすることにしましょう。ゴールはまだ先です。

頂上では、今年はじめてかき氷を口にしました。
体を動かした後のご馳走は、うしろめたくなくて、良いものです。

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(高尾山頂にて)


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これは先週の土曜日のことですが,久しぶりに山に登ってきました。とは言っても,行ったのは高尾山で,登山というよりもハイキングと呼ぶのがふさわしい道ですが,それでも山歩きには違いありません。

ここの楽しみは,道すがらに売店があって,簡単な食べ物を摂ることができること。写真は,城山山頂のなめこ汁で,これを楽しむために,ここに来たようなものでもあります。
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城山からは,いつもとは違う道を歩いてみたくなり,大垂水峠へ下る道を選びました。下山路ですから,下り坂が続きますが,ところどころには,林の中を抜ける平坦な道も現れます。
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山道の,よく踏み固められた土の道から,アスファルトの上に戻ると,これがすごく硬いものであることを感じさせられます。アスファルトに比べて,土の道は,体にとても優しい。
今回はわずか3時間半だけの山歩きでしたが,自然の中に身を置くのは良いものです。高尾山というと,いつも人がたくさんいて,喧噪の中を歩き続けるような気がするものですが,人が多いのは一角だけ。地図で少し脇にある道を探しだせば,自分の心との対話を楽しめるような,静かな道に出会うことができます。

実は、高尾山には2週続けて出かけました。

と言いますのも、この山の登山ルートに「琵琶滝コース」と呼ばれるものがあり、その名のとおり登山道の脇に滝があるのですが、この滝をスローシャッターで撮影したくなり、2週目には三脚を持って出かけ直したのです。

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上の写真のシャッタースピードは2秒で、さすがにこのタイムですと、手持ちで撮る自信はありません。スローシャッターで撮る理由は、滝の水の表現のためですが、偶然、修行僧の方が現れました。シャッターが閉じるまでの2秒の間、私は修行僧の方に、心の中で「動かないで。動かないで」と願っていました。

高尾山は修験道として切り拓かれた場所だといいますが、多くのハイカーで賑わう登山道のすぐ脇に、このような場所があることが、何だか不思議に感じられたのです。
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先々週だかの話になってしまいますが、久しぶりに山歩きをしてきました。
とは言っても、行ったのは高尾山ですから、「山歩き」という言葉がどこまでふさわしいのか解らないのですが、山は山。標高600mの山であれ、3000mの山と通じる部分はたくさんあります。

この山域を訪ねた時の楽しみは、頂上の茶屋を利用しての食事です。
高尾さんから1時間歩いた城山という山の頂上にも茶屋があって、ここで出されるなめこ汁が、結構、好きなのです。用意してきたおにぎりと組み合わせると、それはもう、三つ星の味。

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山を一人で歩いていると、とにかく色々なことを考えます。
歩いている間、ほかにすることもありませんから。

そして、この日の結論は、「せめて、まだ歩いていない山の道を、少しでも多く歩いてみよう」ということ。
なぜ、その考えに到ったのかというと、すごく長い過程になって、ここでうまく説明できない。と、言いますか、その過程を忘れてしまいました。

城山からは相模湖に下山し、コースタイムで4時間程度の道のりでしたが、久しぶりに体を疲れさせることができました。反省させられることも多くて、これもまたスポーツの効用というところでしょうか。
 
昨日も小田急沿線を徘徊し、撮影を行いました。海老名から西へ、秦野、渋沢、新松田。どの駅も近年の改装によって面目が一新されていて、月並みな感想ですが「変わったなあ」というのが第一印象でした。私の場合、いちばん頻繁に小田急を利用したのは、高校から社会人の初め頃にかけての、つまり30年から40年くらい前のことで、丹沢登山に通っていたというのがその理由。クタクタに疲れた山からの帰り道、けれども渋沢あたりからでは上り電車に座ることは絶対にできず、帰路が長く辛かったことを、その頃のいちばんの思い出として、今でも鮮明に覚えています。

私にとって丹沢とは、登山の基礎を教えてくれた山でもありました。雨の降られ方、風の吹かれ方、寒さの耐え方、暑さの耐え方、疲れた時の休み方などなどを、ここで学んだわけです。登山というスポーツは、まずは丹沢のような低山で、そういった経験を積むことで対応力をつける必要がある。そうすることで、より難易度の高い山に登った時や、悪天候に見舞われた時に、さまざまな備えをすることができるようになる。昨今は中高年のパーティが、3000m級の山で集団で遭難するケースが増えていますけれど、あの人たちはそのようなプロセスなしに、いきなり高山に出向いているのでしょう。だから、何かあった時に耐えることができないのだと思います。

昨年だかに高校時代の山に通った友人と久しぶりに会い、「あの頃は体力はあったはずなのに、なんで、あんなに歩くのが遅かったのだろう?」という、長年の私の疑問を彼にぶつけてみました。少し考えての友人の答えは「たぶん自分の力量を把握していなかったせいだと思う」とのこと。きっとそうだったのだと思います。

昨日もまた山の姿だけ見て、しかしそこへ足を踏み入れることはできず、またもフラストレーションが蓄積された状態となりました。早いところもう一回登山をして、このモヤモヤを解消しなければいけませんね。今はすっかり体力が落ちてしまいましたから、入門コースの再訪が私にとって最適なものでしょう。また、渋沢からの帰りを疲れた状態で立ちっぱなしはいやだけれど。いっそ小田原に出て、新幹線で帰ろうかなあ。

釣り師の諺には「鮒に始まり、鮒に終わる」というものがありました。私にとって、それが丹沢と小田急?
いえ、まだ終わるわけにはいきませんよね。
  

 

こちらは峠近くの大弛(オオダワ)小屋。標高2300mだけあって、この時期でも寒い。
私はハイになりました。久しぶりの山でしたから。

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山小屋というと、凄く耳には響きがいいのですけれど、案外粗末なところも多い。でも、それは無理のない話で、その多くは電気も通っていなければ、水道も通っていない。極めて限られた条件なので、居住性ももって知るべしなのであります。
この大弛小屋は、私は中に入っていないのですが、外観はまあまあだったかな。

今回は車でキャンプサイトまで行けるのでテント利用です。
夕食は、地元のスーパーで買いだしをして、豚のしゃぶしゃぶ。
簡単なものです。鍋にお湯を沸かし、インスタントの昆布出しをスティック半分ほうり込み、ミックス野菜と豚肉をほうり込むだけ。あっという間に食べられます。最後にうどんも入れました。友人のめぐろ氏と、二人で食しましたが、野菜も豚肉もワンパックで結構な食べ応えがあり、これから私たちの定番になりそうです。

翌朝は、ガスが出ていて展望が望めず、往復4時間半の金峰山登山を中止し、往復1時間半の国師岳と北奥千丈岳へ。それでも標高2600mありますから、それなり。
でも、結構、あっという間につきました。

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ガスです。心が澄んでいる人であれば、富士山が見えます。嘘ですけれど。

赤い上下が池口さん。撮影はめぐろ氏。なんかバテている雰囲気ですね。
それほどでもありません。

大弛峠から国師岳への往復は、さして危険な箇所もなく、頂上付近では高山の雰囲気も味わえますので、天気が良い日であれば、ハイキング好きな人にもお勧めできます。実際、私たちも、初心者のとおぼしきパーディとすれ違いました。この人達、道を譲っても、ありがとう一つ言わない。これはマナー違反なのですが、そういうことを誰にも教えられていないのでしょう。こういう人達が団体で遭難して、テレビを賑わすのだなとも思いました。ある意味、可哀想。どんな遊びでも、すれ違った同行者には敬意を払いたいものです。

帰路は、ファミレスでサラダバー。往復の高速道の渋滞に、ちょっと難儀しました。
週末にプチ登山をしてきました。日本最高所の車で超えられる峠であるという大弛(オオダワ)峠まで車で登り、テントを張ります。翌日は、標高2601mの北奥千丈岳と、その隣の国師岳へ。何しろすぐ近くまで車で来ているので、登り1時間の楽チン行程です。(本当は金峰山に行きたかったのだけれど、稜線がガスガスガスだったので、同行の友人と「やっぱりガスだね」と言いながら見送り)

この高さですと、下界(標高0mの地点)からは、気温がおよそ14度低いということになり、下界が仮に30度の日でも、16度という計算。実際、峠まで来ていた観光の人は「寒い、寒い」を連発していました。

書き遅れましたけれど、大弛峠というのは、山梨県と長野県の県境。塩山から車で入ります。山梨側は峠まで道が舗装されています。長野県側に降りると、そこは梓山という、千曲川の源流の集落なのですが、こちらはオフロード。それでも、東京からもそう遠い所ではないので、週末を山小屋で一泊して涼んでくるのも良いかなと思いました。

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写真は、峠に立っている小屋への案内看板。峠は標高2300mの地点にあります。同行のめぐろ氏に何枚か記念写真を撮ってもらったので、改めて、その写真もアップします。
沼津の旅が終わっていないのですが(笑),この週末を八ヶ岳山麓で過ごしました。

みどり池

8月の第一土曜日には,写真のみどり池の湖畔に建つ「しらびそ小屋」で,毎年野外コンサートが開かれるので,2年ぶりに聴衆の一人になりに行ったのです。

しらびそコンサート

演奏を努めるのは,地元在住の小峰松太郎さん,小林洋子さん,松本真昭さんのグループ。サックス,またはオカリナと,ピアノの組み合わせですが,澄んだ音色が湖畔に響き,それはそれは美しい調べとなるのです。
小峰さん達とは,3年前だかの11月に小屋で知り合いました。秋も暮れということで,小屋を訪れる人は少なく,私たち2名のパーティと,小峰さんご夫妻が,その日の泊り客のすべて。「来年,8月に小屋でコンサートをやりますので,来て下さい」との言葉を頂き,それ以来のお付き合いとなっています。

この日の聴衆は30人くらいだったでしょうか。天候が不明瞭だったせいか,思いの外,お客様が少なかったのですが,本当なら100人,200人の人が集まってもおかしくない。それくらいの人にも負けない,クリアーで,確かな音を奏でてくれるアーティストさん達です。聞けば11月12日には,軽井沢でコンサートを開くのだとか。ハレの舞台ですね。私も,同じクリエイターの端くれとして(笑),負けないように仕事をしないと。
実は,小屋への到着が遅くなったせいで,土曜日のコンサートの席は端っこになってしまったのですが(写真は日曜日朝のパート2のものです),「来年は早く来て,真ん中の特等席に座って下さいね」と,これはピアノの松本さんとの,約束となりました。

湖畔は下界の暑さが嘘のように涼しく,楽しい1日となりました。ここの小屋の食事はとても美味しいと,これはお世話になっお礼として,宣伝させて頂きます。でも,日本の山小屋の中では,間違いなく屈指のものだと思います。11月の暮れという,いつもとは違った時期に旅をしたことが,いつもとは違う人と出会わせてくれたのかもしれません。人との出会いは,本当に大切にしなければいけない宝物です。

しらびそレール
↑ 小屋への道の途中には,トロッコの廃線跡も残っています。

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横浜にも雪が降りました。

毎年,スキーに出かけていた頃は,冬という季節がすごく短く感じられたのですが,最近は雪遊びともご無沙汰。板だけは持っているのですが,もし,また出かけることがあったら,まずはファミリーコースで練習しなければいけません。

スキーを覚えたての頃は楽しかった。ちょうど,会社を辞めてフリーになった直後でもあったので,ウィークデイに,リフトの待ち時間なしで滑れるぞ,と。

けれども,ガラガラのゲレンデで,一人で滑るのって,あまり面白くないんです。レストランのバイキングに一人で行って,ガラガラな状態より,もっと面白くない。一人でカラオケをやっても面白くないのと似ています。

好きだったのは上越国際スキー場で,何しろゲレンデの数が多いスキー場でしたし,ゲレンデの上の方に行くと,上越線が見える。もうその頃は新幹線が開業していましたから,上越線を走る列車はとても少なくなっていた。181系が走っていたらきれいだったろうなあ,と何度思ったことか。

少し前,ヨーロッパを旅した時に,あきらかに50代以上のおじさんが,チューリッヒ駅からスキー靴を履いて列車に乗り込んで来たのを見たことがあります。日本でいえば,上野からスキー靴で列車に乗るようなもの。

アメリカでもヨーロッパでも,スキーの楽しみ方は,日本ほど画一的でなく,年齢層も幅広い。

そのことを広く知らしめる役割も,果たしていかなければいけませんよね。私も,あのおじさんと同じ年代になって来ていると思うし。



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