先にアップしました渋谷駅前の写真の左端に写っているのが、昔、東横線で活躍した5000系です。
12月9日からはイルミネーション装飾が施され、当初は12月25日までこの装飾が実施されると報道されていましたが、装飾の実施が延長されています。
5000系は、1954(昭和29)年に誕生。当時の最新技術を駆使して製作され、東急では1986(昭和61)年まで使用されました。そのトップナンバーの1両が保存されていたわけですが、本来の車体長18mのものを、11mに短縮して展示したのが2006(平成18)年10月末のこと。当初は議論の対象となったこの方策も、すでに始められてから10年が経過したということになり、市民の間に定着した、と見ることが出来そうです。

5000系の功績を考えるのであれば、博物館にきちんとした形で保存されて然るべき車両なのですが、これも一つの方法なのでしょう。市民のすぐ手の場所に置かれ、けれどもそれが破壊されるようなことがないのであれば、鉄道の存在を身近なものにする良い方法ということになります。そうなるかどうかは、市民次第ということなのでしょうか。

スポンサーサイト

またまたCMでございます。

RF201202.jpg












鉄道ファンの最新号,2012年2月号に,私が書いた記事が掲載されております。

今回,担当させて頂いたのは,熊本発着の観光列車「A列車で行こう」の試乗記です。
本を開いた時,あっ,と思ったのは,私の記事が,特集記事と,新車紹介の次の場所に掲載されていること。野球でいえば,2番打者くらいの位置で,この前の客車の記事は最後尾でしたから,凄い差。記事が前の方に載っているから偉い,後ろだから偉くないということは,あまり関係ないのですが,面白いものです。

この取材に行ったのは,先月中頃で,稚内から帰った後,すぐのことでした。負けず劣らず寒かった。

いくつかのネタを書きますと,記事のトップに掲載されている海沿いを走る列車の写真。これは本当にデジタルの威力です。走行写真の撮影のために三角線の網田で先行列車を降りて,海添いをテクテク歩いたのですが,どこまで行っても撮影できそうな場所が見つからない。だんだん列車が来る時間は迫ってくるし,何も撮れなかったらどうしよう。いっそ,ホームで撮った方が良かったかなと,後悔をし始めた頃,とにもかくにも線路際がひらけた場所があった。踏切があり,バックには海。それなりに撮れそうに感じたのですが,問題は光線です。線路は山の陰に隠れて陽が回らず,バックの海に浮かぶ島は順光で陽が当たっている。

リバーサル時代であれば,こんな光線であれば,絶対にモノにはなりません。私も,無理かなと思ったのですが,とはいっても,もう一度,どこかに移動する勇気もない。「デジタルだし,とにかく撮っておこう」と思って,シャッターを切りました。

自宅のPCで画像ファイルを開いてみても,写り方は納得のいくものでなかったのですが,印刷されてびっくり。本物よりきれいなくらいです。この写真を選んでくれた担当編集者と,RAWデータからきれいに仕上げてくれたデザイナーさんに大感謝の1枚です。

もう一つ,印象的だったのは,このページに掲載されている駅弁で(笑),三角駅に売店が出て売られていたものを買いました。本当は,熊本駅でも他の駅弁を購入し,写真を撮って,昼ご飯として食べたのですが,三角駅で,おばちゃんが一人で頑張って売っているのを見て,欲しくなった。「どれが美味しいですか?と,こう訊くと,全部ですよね?」と訊いたら,3種類並んでいた駅弁の内容を丁寧に説明してくれて,ボリュームが多そうなものを買いました(笑)。で,これは帰りの新幹線の中で食べたのですが(三角駅で,A列車で行こうが運転されている時にだけ販売される「おこしき弁当」というものですが),これが本当に美味しかった。私がブログに勝手に書いているのだから,お世辞はありません。記事には,「日本一かも」とぐらい書こうかなとも思ったのですが,自重しました。

でも,このような美味しい駅弁が,ずっと売られると良いのですけれどね。もし,また三角に行く機会があって,また駅弁が売られていたら,絶対に買います。

「A列車」の印象は,これは記事を読んでもらわなければならないのですが,とにかく活気がありました。アテンダントさんも親切で,会話にも知性があり,こういう列車での旅は本当に良いものです。満員の盛況もうなづけます。「A列車」は,熊本を出ると,次が宇土,その次が終点の三角で,乗車時間も40分足らずですが,鉄道の乗ることの楽しさを,改めて確認できる列車でした。

また,行きたいものです。
駅弁もある日に(笑)。

例によって,立ち読みではなく,1部または,2部,3部と購入されることをお勧めします。




にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村

人気ブログランキングへ

ブログの更新は夜になります。少々お待ち下さい。

君ヶ浜猫_edited-1


にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村

人気ブログランキングへ



RF1111.jpg

月刊「鉄道ファン」11月号に、私が書いた記事が掲載されております。是非ご覧下さい。
(なお、書店における立ち読み等でなく、実際に購入され、あるいはご友人の皆さんに見せびらかす等して頂けますと、私としても嬉しいです)

なお、今回、私が書きましたのは、吾妻線で運転されている「リゾートやまどり」の試乗記。それから横浜のシーサイドライン、「横浜新都市交通2000形」の試乗記の2本です。

「リゾートやまどり」は485系の改造車。現在は、リゾート列車としての運転ですが、優れた居住性、楽しいイベントに、将来のスタンダードの可能性を感じました。

「横浜新都市交通2000形」は、同社の新しい標準形としてリリースされた形式です。客室内にクロスシートも設置されるなど、新しい意匠が印象的でした。取材に同行して下さった同社車両担当の方が、私のブログを読んで下さっていました。これは記事には書きませんでしたけれど(^^)。 (取材の際にはお世話になりました。ありがとうございました)

以上、CMタイムでした。


にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村

人気ブログランキングへ



17時~18時頃の更新になるかと思います。
少々お待ち下さい。



にらめっこ


にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村

人気ブログランキングへ


今年は空梅雨ですね。横浜も,毎日晴れています。さすがにからっとした青空でもないのですが,結構,暑い。早くも夏バテ気味です。

今年冬にエアコンが故障して,もっと早く買い換えなければいけなかったのだけれど,つい,後回しに。それもあって,2階の自分の部屋が温室状態。それでも風が吹けば,大丈夫なのですが,ここのところ無風で。

ようやく,量販店に行き,エアコンを購入しました。工事費込みで,7万5000円。こんなもので済むなら,春にでも購入と工事を済ませておけば良かった。次はそうしよう(笑)。

量販店で,手続きを済ませてから,係の人と空調談義。やはり,暑くなってから慌てて購入する人が多いのだとか。今回は申し込んでから1週間で工事ができたけれど,混んでしまうとこうはいかず,「工事が来月末になるということもあるんです。こうなると,エアコンをつける意味がない」ということもあるのだとか。

「エアコンの価格の差は,お掃除機能などの付帯機能につくものでもあるけれど,主にヒーターとしての性能に依存している」とのことです。私の場合,数年前にエアコンだけで冬を乗り切ったことがありましたけれど,やはり少し力不足を感じたので,結局石油ストーブも購入しました。これでふた冬使ったかな。空調をけちると,精神的には非常に厳しく,しかしまあ,コストがかかるのも事実ではありますから,色々辛いところ。

もうずいぶん昔の「俺たちひょうきん族」の中で,Mr.オクレ氏が,「みなさん,僕,この前,部屋の中で凍死するかと思いました」と,笑わせていましたけれど,そんなことが「ネタ」になるのも,若さの特権だったんだなあと,今頃,解りました。

雨の話の続きも、まだあるのですが……

今日は、仕事で山形県に来ています。これを書いているのは、米沢のビジネスホテル。取材は、ここからさらに車で「奥に」入りました。

んで、昼食は、またしても、ラーメンでありました(笑)。だって、町にラーメン屋さんしか、なかったんだもん。車で何キロも走ってファミレスに行くのは、時間が惜しいし。取材時の昼食というのは、とかく、時間優先になりがちです。

で。今日入った店も、私が入った時は、お客さんゼロの状態でした。

「横浜から来たの?」とご主人。車のナンバーを見たのでしょう。

「そう」

「子供が横浜にいるんだ。港南台って言ったっけかな」

「南の方だ。鎌倉に近い方」と、これは私。

「あっちで、福島の評判はどうなの?」

「原発のこと?あまり気にしてないけれど。むしろ、停電の方が気になっているみたい」

「今年の夏は大変だろうね」

「ウチのあたりはね、実は1回も停電になっていないの。たぶん、大きな駅が近くにあるせいだと思う。停まっているところは何回も停まっていて、不公平は話題になてる」

「山形もね。さくらんぼが、全然ダメなんだ」

「山形も?」

「そう」

「皆、可愛そうだよね。茨城とか、千葉とかの魚も、ダメみたいだし」

「そうだろうねぇ。さくらんぼもさ、イベントなんかで、タダで配っているみたいなんだけれど」

「頑張らないと。頑張るって、口で言うのは簡単なんだけれど。それも辛いんだよね。でも頑張るしかない。まず半年。それから1年。ご馳走さま」

「はいお釣り。450円ね」

「あれ、350円じゃないっけ?」

「450円だよ」

「あ。そうか。じゃ、100円。一緒に出してくれた漬物代」

「いらないよ~」

「じゃ、ご馳走様」

「この町はさ、いい所だと、思うんだよね」

こんな会話はファミレスでは、まずできないものです。これももちろん、旅の楽しみ。仕事で体験できるのだから、恵まれているなと思います。

ウメサオタダオ展を見た後は、大阪でのんびりする時間もなく、広島で宿泊した後、新幹線で九州入り。しかしまあ、大変な雨となってしまいました。

f:id:railtravel-navi:20110611161522j:image:w360

↑新幹線のホームも雨漏り

f:id:railtravel-navi:20110611162016j:image:w400

↑ホームで傘をさしている…

f:id:railtravel-navi:20110611152218j:image:w450

↑こちらは在来線の気動車。窓の外は滝

たまには雨も良いもの…という台詞は、こんな時には通用しません。鹿児島の往復に、行きも帰りも「抑止」をくらうという…、まあ、私にとっては、いつかまたネタになるであろう経験でしたが。

しかし、初めて乗った九州新幹線の新規開業区間。

行きも帰りも、どんな車窓風景だったのか、全然解らなかったのだ。

(つづく)


*池口英司へのコンタクトはこちら

鹿児島に来ています。ホテルの窓から鹿児島中央駅の観覧車が見えるのですが、その距離を歩くのが難儀なほどの雨でした。

九州の南の端ともなると、さすがに蒸し暑い。つい先日、津軽の寒風に吹かれた身としては(笑)、なおさらです。

今回は広島とこの鹿児島の2泊3日の行程なのですが、最初の1日めは、個人的な遊びの旅行でした。大阪の民俗学博物館(←でしたっけ?)で開催中の「ウメサオタダオ展」をどうしても見たくて、1日早く家を出た。この週末を逃すと、展覧会が終わってしまうので。

で、展覧会は、本当に見てよかった。会場には梅棹忠夫さんのノートのレプリカが何冊も展示されていて、レプリカですから、自由に手にとって見れる。でも、学者・研究者のノートを見る機会なんて、そうそうありませんから、レプリカとはいえノートを見ることができると知ったときは、「これを全部見るためにもう1泊したい」と、本気でそう思いましたもの。

f:id:railtravel-navi:20110610122410j:image:w300

↑こんな風にノートのレプリカが展示されていました

最後に売店で図録を購入して、うどんの食事をして、新大阪駅に戻り、本当につかの間の大阪見物の後に広島へ。万博会場を訪れたのは、1970年以来、41年ぶりですか。大阪万博のときは、「三菱未来館」へのゲートからの競争が途中でいやになって脱落し、古河パビリオンで電車運転シミュレーターをして、IBM館で「自分で作る漫画」という機械で遊び、フランス館でマトンのシチューの昼ごはんを食べた。当時の行動様式を振り返ると、今日の私と、志向というか、嗜好は何も変わっていない(笑)。スズメ百までと言うか…。

でも、こういう展示会を見ると、もっともっと勉強しなければと、大きな刺激を受けることができます。

f:id:railtravel-navi:20110610133507j:image:w400

↑展示を見終わって、図録を眺めながらの食事。質素なうどんではありますけれど、こういう時間を楽しむのは良いものです。

話が元の方向に戻ってしまいますが(笑)、蟹田で泊まった旅館、中村さんの夕食です。

f:id:railtravel-navi:20110531185705j:image:w360

蟹田名物というカニが乗っております。あと右手には肉じゃがもあって、結構、豪華。煮魚とか、手間かかるもん。下手な温泉旅館より、ハートフルです。

私が泊まった日は、それでも私の他に、7~8人のお客さんがいました。私より少し年上だろうおばちゃんが、一生懸命切り盛りしていて、大変そうだから、部屋食が終わったら、食器は私が自分で帳場まで下げに行った(笑)。急な階段を下るのが少し怖かった。で、そのあと、布団も自分で敷いて。おばちゃんは「私がやりまーす」って、言ってたけれど。

私のブログはこうして、鉄道車両より料理の写真の方が多いのですが(とほ)、でも、こうして見ると、料理とだって出会いなんだなって思います。その向こうに人の心も見えるしね。だから、何も見えない時は、写真は載せていないんです。美味しくない駅弁とか…ね。

もう亡くなってしまった筑紫哲也さんが、今の私より若い時に、「もう人生もそんなにたくさんは残っていないのだから、毎食美味しいものを食べたい」と書いていたことは、以前にもこのブログに書きましたけれど、「美味しい」必要はない。心がこもっていれば。

だから、もしもまた蟹田に行けるのであれば、また同じ宿に泊まりたいなと思います。

行くことがあれば。


*池口英司へのコンタクトはこちら

7日は、千葉県の市原市で取材。鉄道模型オーナーのレイアウトの撮影でしたが、非常に多くの場合、レイアウトの撮影は、オーナーとの和気あいあいとした会話を楽しみながら、進めることができます。

往復には東京湾横断の自動車道、アクアラインを使用。社会実験とかで、利用料普通車800円となっており、割と気楽に利用することができます。現地まで66kmくらいでしたが、そのうち60kmは自動車道なので速いこと。帰路は海ほたるPAで小休止。

f:id:railtravel-navi:20110607164604j:image:w360

ウィークデイということで、お客さんは少なかったのですが、若いグループが、遠くに見えるスカイツリーを見ながら「まっすく泳げばあそこに着ける」「じゃ、タワーのふもとで集合しよう」なんて軽口を楽しんでいました。

先日見た、津軽の蟹田の、風に吹かれ続けている海とは違い、東京湾の海は波の音もない。

生まれて初めてみた海が、東京の海なのか、津軽の海なのか。それだけでも、その人の人生観はずいぶんと違うのだとうな、と、そんなことを感じました。

でもね、車利用の旅は、どこかせわしいものです。

ここのところ、出歩いてばかりで、蟹田のような遠出と、スタジオ撮影が半々くらいでしょうか。スタジオ撮影は、ほんと、体力的にきつい。皆で、わあわあ冗談を言いながら頑張るのですが。

で、今日は自宅にほぼ籠っていました。自宅の近くのコンビニには、少し本も置いてあって、太宰治の「津軽」があったので買いました。役に立つこともあるのだなあ、コンビニ書店。

で、何年ぶりで「津軽」を読みますと、本当に軽い。太宰は文章が上手です、本当に。こういう屈託のない読み物をもっとたくさん書いていれば、太宰の評価も、またずいぶん違っていたでしょう。解説の亀井正一郎によれば、氏が選ぶ太宰の一冊は「津軽」だそうで、「斜陽」でも「人間失格」でもないところが、流石です。「斜陽」と書いておけば間違いないところを「津軽」で行くか、亀井君。そうすると、「富嶽八景」も捨てておけないなあ。

で、同じ解説のによれば、太宰の苦しみは、旧家の生まれであったことに起因しているという。そうなのかもしれないし、そうなのだろうし、であるとすれば、本当に呪縛が強かったということになる、戦前の「家」とは。今の私たちは、本当に幸せな時代に生まれたことになる。義経の時代と今日とだって、地球の長い歴史からみれば、本当に隣り合わせなのだけれど。

で、亀井正一郎が新潮文庫版「津軽」の解説を書いているのが、昭和26年とのこと。私はまだ生まれていない。昭和も遠くなりにけりということだろうか。

なんだか、時勢が訳わからなくなっちゃった。

青森に来ています。明日から6月だというのに、寒い。

f:id:railtravel-navi:20110531121314j:image:w360

写真は蟹田の海、波音は、寄せては返す規則正しいものではなく、強い風に煽られ続けている轟々としたものです。時々カモメの声が聞こえる。

駅のホームには、太宰治の碑が建っていて、多分『津軽』という作品の一節であろう、蟹田を紹介する言葉が出ていました。

『なぜ旅に出るの?』『苦しいからさ』というくだりが、たしか『津軽』の冒頭にあったと思うのですが、いま、そこを旅していると、確かに寒いけれど(笑)、明るい。冬は暗いことでしょうが、雪のない季節は、こんなに明るい。

太宰は、何がそんなに苦しかったのだろう?と、そんなことを考えながら、次の列車を待っています。

この週末に,しまなみ街道に行ってきました。って,台風じゃん。はい,台風でした。詳細は改めますとして,結局,2日めは予定を変更し,尾道の喫茶店めぐりとなってしまいました。写真は,尾道駅近くの商店街の中にある,銭湯改造の喫茶店。

f:id:railtravel-navi:20110528115208j:image:w360

店内はこんな感じ。本当に銭湯です。

f:id:railtravel-navi:20110528115341j:image:w360

今,全国の地方都市にある駅前商店街の多くが「シャッター通り」と化しています。尾道でも閉店したお店もありましたけれど,まだ多くの店が健在。まあ,観光客の多い所ですし,漁港や,造船所が近くにあることも,良い方向に向いている理由かもしれません。

昔は,全国が,こういう雰囲気だったのだと思うと,なんだかかけがえのない物を失ったという気もしました。

取材先ではたいがいがそうであるように、今回の北海道取材の2日めの昼食はラーメンでありました。

広い北海道を車で走っていると、通りがかりにある食べ物屋さんは、ラーメン屋さんが町の中に1軒だけということがよくあるのです。今回のお店は「満腹」という名前だったかな。店に入るとお昼時なのに、店の中にはご主人が一人だけ。だいたい私と同じくらいの歳の人でしょうか。

メニューもわずかな種類しかなく、結局醤油ラーメンを頼みます。600円。「麺の堅さは普通で良いですか」などと、ご主人は何かと話しかけてきます。「きょうは暇でね」とも。

やがてきたラーメンには、冷や奴がついてきました。

「これ、サービスです。山わさびをかけてあります。こちらの山の中で採れるワサビ」

食べてみると爽やかな辛味が。

「いいものですね」と感想を一言。そのあとは、今の北海道のこと、仕事のことなどを話ながら、ラーメン1杯でのんびりした食事を楽しみます。

「廃線跡の取材に来たのですけれど、この近くに跡って、残っていますか?」

「ああ。昔の駅の跡がありますよ。店の前を左に行ってすぐの所で、今は公園になっています」

「左にまっすぐ行けばいいんですね」

「すぐそこですから。鉄道もね、なくなってしまうと淋しいですよ。もう20年以上経つけど」

「早いものですよね。ごちそうさま。200円、これはお豆腐代」

「いや、いいですよ。サービスですから」

「構いません。美味しかったですから」

「そうですか。ありがとうございます」

それだけのことです。でも、私にとっては、楽しいやりとりになりました。

「ありがとうございました。また来て下さい」

もし、この廃線跡をもう一度取材する機会があったのであれば、その時の昼食は、ラーメンにしなければいけません。

北海道の温泉旅館の夕食は、こんな感じでありました。

f:id:railtravel-navi:20110517180910j:image:w360

まだ、この右側にお造りがあって、画面に入りきらない。それは豪華であります。もっとも、よく見てみると、本当に手間がかかるものはない気もするけれど、でも、美味しゅうございました。私はアルコールが飲めないので、すぐに食事に入る。すると、結構な品数ということにはなります。これで1泊8550円ですから、ビジネスホテルへ入り、ラーメンの夕食よりはリッチかもしれない。もっとも、ビジネスホテルには、これとは別種の快適性がありますけれど。

子供の頃は、このような旅館の食事が恨めしかった。どれも少しずつあるのだけれど、食べるものがなくて、別にチキンライスか何かを作ってもらうと、そちらの方が嬉しかった。今は、この少しずつの料理にそれぞれの味わいがあることが解り、それだけ歳を取ってしまったのだなあ、とも思う。もっとも、今でもチキンライスはチキンライスで、美味しいと思うけれど。

で。次の月曜は博多泊まりです。今度は文句なしのビジネスホテル利用となるし、夕食は、まあ、時間をかけないものでしょう(笑)。よく色々な人から「全国の美味しいものが食べられていいですね」と言われます。そうでもないんですよね。昼は時間か惜しいし、夜は少しでも体を休めたいし、あるいはメールやPDFが追っかけてくる。今回の北海道は希有な例でありました。

それでも、ラーメンやチャーハンの食事でも、味ではなく、情景との出会いを楽しめば、どの土地にも楽しみがあることは間違いありません。

1泊2日で北海道から、もう帰ってきてしまいました。

到着した時の現地の気温は、9℃とのことで、もう一度早春のやり直し。

f:id:railtravel-navi:20110517114200j:image

↑今、桜はこの状態

いわゆる道央と呼ばれる地域から、3時間で横浜の自宅まで帰ってこれてしまうわけですから、日程が1泊2日となるのも当然といえば、当然のことでしょう。私の家族が初めて北海道旅行を計画した頃は、私はまだ小学生の真ん中あたりでしたが、北海道に行くのなら1週間の行程が当たり前で、ガイドブックにもそう書いてあった。この旅行は直前に中止となるのですが、今のハワイよりは遠い感覚でしょうか。

結局、初めて北海道に行けたのは大学4年の時で、その頃を思い出すと、まだ昔ながらの風景も残っており、今日と変わらない都会的な風景もありだったような気がします。先日、簑島高校の野球部の元・監督が亡くなったというニュースが流れていましたけれど、その時に採り上げられた延長18回の死闘があった8月の某日は、私は帯広のパチンコ屋にいた(笑)。パチンコが停滞状態になり、いつまで経っても決着が着かないのに、店の中で流れているテレビの高校野球も、いつまでも決着がつかない。ニュースのおかげで、あの日が何月何日であったか解ったわけですが。

そんな具合で、ある部分ではまことに味気なくなってしまったような北海道旅行ですが、たまには上野から夜行列車で行ってみたいものです。食堂車のフルコースは必要ありませんが、まあ、ハンバーグ定食くらいで。翌日の昼ご飯は、少し早めに連絡船内の「海峡ラーメン」でしょうか。

また、昔話になってしまった。

遠くへ行く話になるほど、話が昔話になってしまいがち。

つまり、あの頃の北海道や九州は、それだけ遠い所であり、その憧れの強さも、今のハワイどころではなかった…ということなのでしょう。

今晩は、北海道の、近くに線路もない、山の中の温泉旅館に泊まっています。うっかり本を持たずに出かけ、今回はPCは持たず、そんな具合だから、夕食を済ませると、することがない。部屋にテレビはあるけれど、サッカーのA代表の試合でもない限り、見る気にはならないし。

なるほどなあ、とも思います。昔の文士が温泉に逗留したわけ。

まわりは、放っておいてくれるし、いつでも風呂に入って気分転換できるし、することないから、お話でも書かければ仕方ない。なにしろ退屈だから、面白い話を書かなければ、いよいよ何もなくなるる。

電話などが追ってこないのも、魅力です。

しかし、それであれば、作品に目鼻をつけなければならないノルマがあるはずで、そこが微妙。

仮に、2週間逗留するとして、まあ、最初の日は何もしない。多分。初日からバリバリ働ける人なら、温泉になど来ないかもしれないし、そもそも作家など志さないかもしれない。

2日めは、少し働くか、もう一日だけサボるかは、人次第かもしれない。かくして、文筆活動は、夏休みの宿題と同じ様相を呈し、それでも、最低のノルマがクリアーされていれば良いが、最後は、こんなはずではとの思いを胸に、鎌倉なり、三鷹なりの自宅へ戻った先生も、きっといたはずである。

さすれば、芸者さんなど出てくるお話は、案外巧妙な、帳尻合わせではと、勘ぐってみたくもなる。まさか、苦しまぎれの、とまでは申しませんが。

この手の空想は果てしなく続けられるのだけれど、とりあえず、今日はこれで。私の今日の最低のノルマは果たしと思うので、これからお風呂に行きます。

日曜日は都内のとあるミーティングに参加.少し出発が遅れたので,念のため新横浜から新幹線を利用しました.東京方面のホームに上がると,ちょうど「のぞみ」が発車待ち.ただ,階段のすぐ横はグリーン車なので,編成の端の自由席車まで,車内を歩かなければいけません.

ホームの表示を見ると,この「のぞみ」の3分後に「こだま」があります.そこで今回はこれを利用することにしました.「こだま」であれば,ホーム中央でも自由席に乗ることができ,品川駅での乗り換えは,こちらの方が楽なはず.しかしまあ,これだけの高速列車が3分間隔で運転されているなんて,毎度のことながら,驚かされます.ミーティングには余裕でセーフ.新横浜から品川,あるいは東京まで新幹線を利用するお客さんは案外多いのですが,たしかに効果は大きいと思います.

帰路は京浜東北で.車内では池波正太郎のエッセイを読んで,時間をうっちゃります.「縁台」と題された一編の最後にはこうあります.

「夕風に吹かれながら町を歩いていると,彼方此方で風鈴の音が聞こえた.

『水道をね,止められちゃったんだよ.もう二,三日でお店からお金が入るんだけど……』

『いいわよ,うちの水,おつかいなさいよ』

『すまないねえ』

女房達は,縁台で,こんな会話をかわしながらも,

『来月,歌舞伎座,夏だってのに六代目が出るんだとさ』

『それじゃ,切符売り出したら,すぐに行って並ばなけりゃ…』

『行く?』

『ええ,行きますともさ』

などと,屈託もない.

現代は,こうした貧乏の余裕もなくなってしまい,夕風らしい夕風も何処かへ逃げてしまった」

本当にそうだなあと思います.夕風らしい夕風が,どれほど爽やかなのかは,ちょっと解らないのですが.

きょうは,携帯ゲーム「コロプラ」の横浜地域掲示板で話題となったことがある,生麦の「天金」という天ぷらのお店に昼食に行ってみました.生麦というより,鶴見線国道駅の至近です.国道駅といえば,失礼ながら廃墟のような雰囲気が,非常にしばしば話題になる駅.その近くにお店があることは知っていましたが,果たしてお味はといいますと….

f:id:railtravel-navi:20110509132726j:image:w360:left

←天重並1300円

海老2匹と,穴子,それに白身が乗った天重です.なにしろボリュームがありました.脇役的な存在であるはずの白身が美味しかった.たれが少し濃いめの味であることも,白身とのマッチングに適していたのかもしれません.☆☆☆☆かな.

それにしても国道駅のすぐ脇に,これだけきちんと構えているお店が残っていることが,意外といえば意外でした.昔ながらの質を失っていないのでお客さんもついているのでしょう.私が行ったのは13時少し前でしたけれど,1階には15人くらいお客さんがいたかな.地域の名店なのでしょうね.

本当は,GW中にこのお店に来るつもりで,「遠くに行かなくても美味しいものが食べられる」的な採り上げかたをするつもりでした.で,事実,自転車で行ったのですが,3連休はお休みとのことで,次の日に大磯に出かけたのであります.

こんなお店との出会いも,ひとつの発見であることには違いなく,これもまあ小さな旅と言えないこともありません.今,これを書いていて,まだお腹がもたれているので,そのことでも,強い印象をもたらしてくれたのであります.

さて,少し,外を散歩してこよう.