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「LINEトラベルjp」に寄稿しました『世田谷「次大夫堀公園民家園」で江戸時代の生活を探ろう』が掲載されました。

 小田急の成城学園前駅、または喜多見駅から徒歩15~20分のところにある小さな公園です。ここには数軒の古民家が移築されていて、ただ建物を保存するだけでなく、江戸末期から明治初期の農村の生活様式が保存されています。実際に民家の座敷に上がることもでき、囲炉裏の火にあたることもできます。

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6月3日。と言うと、もう遠い過去のことのようですが、6月3日の読売新聞の夕刊に、私の近著が紹介されました。
新聞記事よりも、そこら辺のユーチューバーの方が強い影響力を持つようなご時世ではありますけれど、取材を受けながら新聞記者さんと話をできたことも、やはり勉強にはなったのでありました。

取材当日は、記者さんがカメラマンも兼任してくれて、
「あれ?カメラマンと2人の予定ではなかったっけ?」
と聞いたら、
「すみません。今日はカルロス・ゴーンさんが…」
と言うから
「じゃあ、ゴーンさんの写真を使ってよ。写真はイメージですと、但し書きを入れて」
と、提案したのですが、これはもちろん、却下されました。

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(画像クリックで拡大します)



LINEトラベルjp(旧・たびねす)に寄稿した『横浜港を歩き日本の鉄道の歴史を探ろう』が掲載されました。

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例によって、スイーツなし、お土産なしの地味ガイドであります。
でもさー、アイスクリーム一つ食べただけで、これお勧めで~す、とか書きたくないじゃん。


 記事を執筆させて頂きましたメディアックス刊「平成を駆けた列車たち~私鉄編~ (みんなの鉄道DVDBOOK DX)」が出来上がりました。平成も、もう30年余りが過ぎたのですね。早いものです。
 本書では元・大井川鐡道の白井昭さんにもインタビューをお願いし、平成時代の私鉄界について語って頂きました。白井さんは昭和2年生まれの大先輩ですが、歯切れの良い論評は健在です。書店で見かけられたら、手に取ってご覧下さい。

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 報告が遅くなりましたが、2月15日に、私としては1年4か月ぶりの単行本として、交通新聞社から「大人の鉄道趣味入門」を上梓させて頂きました。

 どのようなことが書かれているのかというと、今はシニア層と呼ばれるようになった人で、昔、様々な鉄道趣味を楽しんだけれども、その後ご無沙汰してしまった人、そんな人に、もう一度、鉄道写真や、鉄道模型や、鉄道旅行や、コレクションを始めるための指南をさせて頂いているというものです。

 記事を実際に書いていて、自分もずいぶん色々なことをやったなあ、色々な所に行ったなあ、そうしてそういうことを振り返る歳になってしまったのだなあ、ということを感じ続けていました。

 同じようなシニア向けの指南書には五木寛之さんの本もあって、その本には「今、シフトダウンの時」というキャッチが使われていましたけれど、自分が記事を書いていて、「それ、少し恰好良すぎるんじゃないかなあ?」と。だって、まだしたいことが沢山残っていますもの。だから、私の感覚としては、「今こそシフトアップの時」なのですね。本当に、これからです。

 発売後には、楽天ブックスのランキングで、この本が旅行部門の第一位になっていました。もっとも3日後には64位になっていしたが。

 もし、書店で見かけたら、手に取ってご覧下さい。

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 先日、春からのカルチャースクール講師の仕事(と言っても月に2回だけですが)に備えて、主催社のクライアントさんと一緒に、テーマとなる小田急の沿線を歩いてきました。今回は、新宿から東北沢までの、取材&下見です。下見ですから、いろいろと寄り道をして、ネタを探さなければならない。歩いたのは4時間ほどですが、結構な距離を歩きました。

 さて、東北沢に到着し、お昼時。それではこれも良い機会とばかりに、梅ヶ丘の美登利寿司で昼食となりました。さて、ランチのコースですが、リーズナブルなものから、少しリッチなものまで色々とあります。結局は、「どうせだから」とか、「割るなら付き合います」などと同じことをクライアントさんと言いあいながら、最上級のコースを食してみることになりました。「冬の華」。でも、2600円ですから、高いといえば高いですが、安いといえば安いものです。クライアントのKさんは「旅行をガイドする仕事をしていて、現地でお客様に良い食事を案内できないことがある。それはその土地に不案内であるためなのですが、そういう時は申し訳なく思います」とのこと。確かに、旅行をする立場であるなら、せっかく旅に出たのなら美味しいものを食べたい。けれども仕事をする立場であれば、どこかに出かけても、いつもいつもご馳走ばかり食べるわけにもいきません。これが例えば、銀座、浅草といった土地であれば、いくらでも名店を案内できるのでしょうが、小さな町ではそうも行かないこともあるでしょう。このあたり本当に大変な仕事なのだろうなと思います。

 で、食してみた「冬の華」ですが、値段はそれなりですけれど、十分にそれ以上の価値があるように思いました。例えば、高級回転寿司なるところに行って、少しだけ食べて1600円くらいとられることがある。それなら、こちらの方がよほど楽しい。そういえば、料理評論家の山本益博さんも、お寿司は得てして値の張るネタの方が、お得であることが多いというようなことを仰っていたような気がします。

 Kさんは美登利寿司は初めてとのこと。これで、誰かと梅ヶ丘に来ても、食事を案内できる店ができたことになります。下見の日の食事としては贅沢ですが、自分の知識が増えたのですから、安いものだと思います。

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年末に便が届いたのを開封し忘れていました、ということで、メディアックスの「みんなの鉄道」シリーズ最新刊『京浜急行の120年』が届いておりました。
 今回は歴史の記事とコラム4本を担当させて頂いたのですが、本が届いてみると、いつもより分厚い。記事も色々な方が、それぞれ力を入れて書いているのがよく解り、京浜急行というのは、ファンにとっても何かを語りたくなる、ファンでいることを誇りに思える鉄道なんだなと思った次第です。

 メディアックスさんのツイッターでは営業担当の人がこまめに沿線の書店を回った報告があって、多くの店が大量の注文をくれたのだとか。つまり、本が売れないのは事実だろうけれど、小売店は売れる商品であれば、いくらでも欲しがるということなのでしょう。もう1回、頑張って工夫をしなければいけません。

 書店で見かけたら、まずは立ち読みしてみて下さい。結構、盛りだくさんです。

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 ここのところ、ブログの更新ができずにいます。プランだけは、色々とあるのですが。
 まあ、色々あるのだから、いずれ。

 この年末と年始は、ありがたいことに、仕事に追われています。年末の会社の仕事収めの日まで、2月発売の単行本の修正と、1月末発売のムックの執筆に追われ、1月3日朝が締切で、別のムックの執筆があります。これだけ追われると、きょうが大晦日という特別な感覚もなく、恐らくそれは明日でも同じでしょう。部屋に籠り切りか、コンビニに食材を買いに出るだけ。こう書くと、あまり健康的な印象はありませんが。

 会社勤めをしていた時代は、年末の休みが好きでした。心が開放される感じがしたものです。2泊3日程度の旅にもよく行きましたし、1週間の休みを使う形で、中国本土にも3回出かけました。どの旅も印象的なのですが、いちばん思い出に残っているのは、初めて金沢に行った時かな。きょう、横浜に帰るという日に、本当にぶらぶらと町を歩いていたら、偶然活気のある市場に出た。凄い市場があるものだなと驚きました。近江町市場です。せっかくだからと奮発して、ブリを1本買い、お店の人に頼んで、発泡スチロールのケースに氷と共に入れてもらい、必死になって家まで運びました。家族には、喜ばれるやら、驚かれるやら。大晦日でした。

 その後、近江町市場には何回か行っていますが、あの時ほどの活気が感じられたことはありません。まあ、無理もありませんね。30年以上前のことと比べてはいけないのです。

 旅というものも、本当に一期一会なのだと思います。人でごった返す市場の風景が、一生の思い出になるなんて、その時は思ってもみませんでしたから。

 旅を好きになって、良かったと思います。
 それでは、良いお年を。

旅の情報紹介サイト「LINEトラベルjp」に寄稿しましたオリエント急行の料理を東京木場で!フランス料理店 アタゴール』が掲載されました。

最近何度か食事に行き、そのたびにメニューが異なっている「アタゴール」。個人的には、あまり行きつけのお店は作らないのですが、ここは別、というところでしょうか。平日のランチならリーズナブルだし。いつか、ど~んとディナーを楽しんでみたいものです。

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 その仕事に出会ったのは、いつのことだったろう?少なくとも10年以上前で、恐らくは12~13年前のことではなかったかと思う。ある玩具メーカーの社長さんから連絡があり、鉄道の玩具を売るための会議をしたいということだった。もう時効ということにさせて頂いて書いてしまうと、「ブリキで作った鉄道の玩具が大量に売れ残っているのを、倉庫で見つけた。それをどうするか?誰に聞いても、捨てるのが結局いちばん安上がりという。でも、私は、何とかしたいのです」というのが、社長さんの弁。会議室には、私の他に、デザイナーさんであるとか、他のメーカーの方であるとか20人くらい集まっていたと思う。私は鉄道の実物に知識があるアドバイザーといったところ。その会議でずいぶん色々な意見が出たのは、社長さんの進行がうまかったことと、それから気合いではなかったのかなと思う。

 会議が終わって解散し、少ししてまた連絡があった。「商品化する。ついては各パッケージに入れる短い解説を書いて欲しい」とのこと。簡潔なものと、絵本の解説のようなタッチと、2種類を書いてメールし、判断を仰いだ。すぐに社長さんから携帯に電話があり、どちらが選ばれたのかは忘れてしまったけれど、「これでお願いします。それから池口さんの顔写真を送って欲しい。解説文に似顔絵を添えるから」とのことだった。

 しばらくして商品の見本が送られてきた。箱を開けて驚いた。個々の車両は1両ずつシュリンクされ、壁に吊るせるように工夫されたパッケージの厚紙の部分には、「昔、子供だった大人たちへ」であるとか「私、ブリキなんです」というポップなコピーが、商品ごとに幾つかパターン変えて、ゴシック体で大書きされていたのだった。私は1回で放免されたけれど、あの後に、デザイナー、コマーシャルコピーライターは、相当に打合せを重ねたのではないかと思う。そうでなければ、これだけ思い切った商品にはできなかったと思う。その後に聞いた話では、販路も通常のルートではなく生協に出されたといい、製品は完売となったとか。

 私のところに届いたサンプルは、結構、いろいろな人にプレゼントしてしまい、写真のものが貴重な生き残り。これを見るたびにあの時を思い出す。物を売るには、少しの工夫を惜しまずに注ぐこと、という貴重な教訓と一緒に。でも、これが「最後の1両」じゃないのだな。部屋の中のどこかにもう1両、新幹線が残っている。だから、この1両を見ても、そんなにおセンチにはならずに済んでいる。もちろん、パッケージの中に入れられていた私が書いたコピーと、線画によるコミカルな似顔絵も確認済み。ただ、これはもったいないことに紛失してしまった。今、見直してみると、きっと私の似顔絵も、ずいぶんと若いのだろうと思う。

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ビジネスジャーナルに執筆しました"本物の豪華寝台列車でオリエント急行のフランス料理を楽しめる、東京・木場のレストラン!が掲載されました。
幾度か、このブログにも報告させて頂いています木場のフランス料理レストラン「アタゴール」で、シェフの曽村さんにお話を伺って構成した記事です。

この時のインタビューは4時間。曽村さんには、3000字の原稿には長すぎる時間を割いて頂き、食材を冷蔵庫にしまう時の順番であるとか、「料理人を教育する時、まず最低限のことと英会話を教えるべきなのか?それともトイレの掃除からさせるべきなのか?」というような、どこにも記事になりっこないような話題にまで、教示を頂きました。これは、私のこれからのバックボーンとさせて頂けるのだと思います。そして、ライティングビジネスという仕事の役得みたいなものも、存分に感じたのでした。

「これはオフレコね」という但し書きつきで、昨今の「鉄道の食」に対するご自身の感想も、ずいぶん伺いました。オフレコなのですが、少しだけ漏らしてしまうと、要は「必要なことは、美味しいものを作って、お客様に喜んでもらうことだけでしょう」ということでした。

わずかなことしか紹介できなかったかもしれない記事ですが、よろしければ、ご覧ください。

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短い記事2本を執筆させて頂きました「鉄道ファン」1月号の見本誌が自宅に届きました。
記事1本は、「鉄道ファン誌に見る『ヨン・サン・トオ』と題し、宮田寛之さんにお話を伺い、彼のダイヤ改正に対する当時の目線を検証しました。インタビューと言いながら、最後は私自身の印象も書きましたが。

もう1本は情報コーナーに、映画「かぞくいろ」の試写会のインプレッションを記しています。
有村架純さん、國村隼さんが、肥薩おれんじ鉄道の運転士を演ずる「Railways」シリーズの第3作です。映画は月末に封切りとなります。

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記事を執筆しましたスタンダーズ刊「首都圏沿線格差2019」の見本誌が自宅に届きました。
 格差などというタイトルがついておりますが、内容はそれほどシニカルではありません(と、書いた人が言うております)。山手線、根岸線などの路線ごとに、さまざまな小話で誌面を埋めていきました。3名+編集さんで執筆を分担し、私の提案で、地元の路線を書くという方向で進めたら、私に山手線だとか、東海道線が割り当てられた。みんなそんなにド郊外に住んでいるのかー。私の所にしても、前町内会長は、「横浜のチベット」と言っていたのだぞ、ということで、書店で立ち読みなど、してみて下さい。
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 これはもう先週のことなのですが、一部の記事を執筆させて頂きました実業之日本社刊「航路・旅客船の不思議と謎」の見本誌が自宅に届きました。
 鉄道以外の記事の執筆は結構久しぶりで、楽しくもありました。もちろん、専門的な知識を持ちあわせているわけではありませんから、図書館にも通い、造船会社に勤務していた学生時代の友人にも話を聞いた。面白かったのは、最近の船は皆自動化・無人化が進んでいるが、法定設備として、コンパスと、銅鑼の携行が定められているのだと。教えてくれた友人も「使う時、ないんだけど」と言っていましたが、なんだか微笑ましい話でした。

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本日は午後イチから、鉄道模型に関するシンプルな記事を執筆。ぴったり4時間で、ぴったり6000字。こういう記事は、楽しくかけてはかどる。当然、推敲と書き直しは、まだ必要だけれども。
 もっとも全盛期の松本清張、梶山季之は月産2000枚と言われていたから、毎日1万5000字くらいはコンスタントに書いていたことになる。それからすれば、まだまだというところ。

もっとたくさん「書けるように」なりたい。ならないといけない。

記事2本を執筆させて頂きました月刊「鉄道ファン」の見本誌が自宅に届きました。
 
 1本目は宮田寛之さんと共に巡る保存機関車。今回は雨の青梅鉄道公園です。このシリーズ、行き帰りに宮田さんに色々とお話を伺っているのですが、記事にしない話の方が情報は多いくらい。これもいつかフィードバックしないと。取材当日の雨を、宮田さんはE10の涙雨だよ、と仰っていました。

 もう1本は、大井川鐵道本線の車両動向。大井川鐵道に入線したものの、まだ運用に入らず、ファンをやきもきさせている車両があるのではないか?という疑問から記事が生まれました。同社広報の山本さん、車両課の中村さんに、本当にお世話になりました。新金谷に足を向けて寝られないのであります。たぶん、私の家の向きからすれば大丈夫なのですが。

書店で立ち読みでもしてみて下さい。
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記事を執筆させて頂きました洋泉社刊「JR東日本最強の秘密」の見本誌が自宅に届きました。
 本を開いてみますと、FB友人の杉山さんも名を連ねていたり、そうそうたる陣容です。ビビります。今回は編集さんにも細かくディレクション頂きました。深謝。こちらの気持ちを先まわりして考えて頂ける編集さんは、私たちにとっては、本当に嬉しい存在なのであります。この感覚、ライターの立場にならないと、解らないかもしれないけれど。ありがとうございました。
 
 書籍の内容はというと、これチャキチャキにビジネス書です。その意味でも、なかなか新鮮。私も、皆さんの記事を読んで勉強させて頂きます。はい。

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昨日の「踊り子列伝」から1日違いという形ですが、文章を執筆しましたメディアックス刊「みんなの鉄道 北陸本線」の見本誌が自宅に届きました。執筆にあたっては、もちろん、昔のことを色々調べるわけですが、昔の北陸には実にさまざまな私鉄があったことを、改めて知らされました。それから、国鉄北陸本線が、何度も路線改良をしていること。
 そういうことを、改めて学びながら記事を書くわけで、恵まれた、そして楽しい仕事だと思います。
 その楽しさを、きちんと誌面に反映させられたかどうか。
 これはまあ、いつも、いつまで経っても、自信半分、不安半分といったところです。

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本文記事を執筆させて頂きましたイカロス出版刊「踊り子列伝」の見本誌が自宅に届きました。
 横浜に住んでいる者にとって、185系「踊り子」は、それこそ毎日のように見ている列車なのですが、その歴史を振り返ってみると、案外、JR発足後に細かな動きがあったことに気づかされました。定期券で乗車できるようになったのは、いつからか?などという小さな設問が、色々と多かったのですね。
 それでも、現代の水準から比べてみると、やはり185系というのは、至るところが国鉄的。「騒ぎ」が始まる前に、もう一度乗っておきたい列車です。

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今回、久しぶりに船の旅について、短い原稿を書かせて頂いた。最近は、書くことが鉄道ものに集中していたから、急ぎ造船会社に勤務している高校時代の友人に電話をかけて話を聞こうとしたりら相手がヨーロッパにいて、そそくさとメールに切り替えたりなどと、大いなる刺激を楽しめたのだった。

 で、なんでもまた池波正太郎の本が出て来るのかというと、全国の名旅館を紹介した、この上下2冊のガイドの中に、沼津湾に浮かぶフローティングホテルが出ていたからである。ブックオフで衝動買いした2冊が、思わぬところで、少し役に立ったのだった。

 この本には他に、金谷ホテルであるとか万平ホテルなどの、庶民にはそうそう行けないようなホテルが次々と登場し、そこで池波さんは一夜を優雅に過ごしているのだが、書籍の中であの池波さんが絶賛した旅館のいくつかが、今は跡形もなく、いやまあ跡形くらいはあるのだろうけれど、消えてしまっているということを、ここに書きたくなったのである。

 情報であるとか、老舗という謳い文句であるとか、ベストセラー作家のお墨付きというものは、何なんだろうと考えさせられる。まあ、今はそれくらい、世の中の移り変わりが早くなっているということなのだろうな。だからこのような本が少なくなり、ネット情報が隆盛になるということなのだろうけれど、このあたりはニワトリと卵の関係みたいなもので、よく解らない。

 フローティングホテルの名は「スカンジナビア」というもので、一時期、それなりに流行ったらしい。けれどもバブル崩壊と共に閉鎖に至り、生まれ故郷のスウェーデンへの回航中に沈没してしまったそうな。なんだか、大戦末期の日本の空母みたいな運命である。これは本当に跡形がなくなってしまたことになる。

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