自宅近くのスーパーマーケットで駅弁大会が催されたので覗いてみました。最近は運輸や、流通システムの発達のお陰で、さまざまな所で規模の小さな駅弁大会が開かれるようになり、それもまた楽しみになっています。

そのスーパーには15種類くらいの駅弁が出ていたのですが、結局、横川駅の「峠の釜めし」を買うことにしました。ただし、これだけは12時前の販売開始で、すでに行列ができています。15分くらいの待ち時間で済みそうなので、列に並ぶことにし、整理券番号は17番となりました。

係の店員さんは、列に貼り付き、「最後尾はこちらです」と声を張り上げていますから、結構大変です。合間を見計らって、その店員さんに「釜めしは群馬から届けられるのですか?」と訊いてみました。最近はOEMによって、東京のキッチンで作られる地方の駅弁もありますが、「峠の釜めし」は、このシステムを使わないということ訊いたことがあるので、それをもう一度確かめるためでもあります。
店員さんの答えは
「はい。群馬から来ます。ただし、一度、川崎の配送センターに届けられて、そこからお店に振り分けられますから、結構、大変なんです」というもの。
ちなみに、私が行ったお店の「峠の釜めし」の販売個数は48個ですから、本当に限定品という趣きです。このお店からしたら、48個の釜めしの利益など、取るに足らないものでしょう。

「でも、その手間を惜しまないことが大事なのだろうなあ」と思いながら、今日は少し遅めで、少し贅沢な昼ご飯を頂きました。

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前回の書き込みを読んだ関西在住の友人から、「ちょうど今、阪神百貨店で駅弁大会をやっているので、勤めの帰りに寄ってみようかな。豊橋の幕の内あるのかな?」と、フェイスブックのメッセンジャー経由でメッセージを頂きました。その場では「豊橋ならいなり寿司を出す」と返事したのですが、なぜ、そのようなことを知っていたのかというと、昔、豊橋の壺屋さんの社長さんにインタビューしたとき、そのようなお話を伺っていたのです。

駅弁大会というのは、業者さんにとっては、大変に過酷なイベントであるようで、「昼食には菓子パンを食べることができれば良い方」と、その社長さん。「でも、行列ができるのを見ていると、頑張らなければと思っちゃうんです」とのことです。

豊橋駅のいなり寿司は、少し甘めですが、結構な手間がかかっているとも伺いました。駅弁通の人であれば、静岡の伊東駅のものと共に「二大いなり寿司」と評価されていることもご存知でしょう。豊橋駅のものの方が、個性が強いように感じます。

もし、阪神百貨店に出かけて、まだ売り切れになっていなければ、いなり寿司も1つ買ってみて下さい。

豊橋いなり寿司

こちらは、オーソドックスな駅弁。この幕の内弁当は、結構好きなんです。

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どこの駅の駅弁でしょうか?「峠の釜めし」のような強烈な個性がありませんから、食べたことがないと解らない。
もしかしたら、食べている人でも、忘れてしまっているかもしれません。

正解は豊橋駅。壺屋弁当部さんの幕の内弁当です。
なぜ、私がこの駅弁が好きかというと、答えは簡単で美味しいから。見た目には地味なのですけれど、魚のフライは魚のフライの味がし、卵焼きは卵焼きの味がするという、何も奇をてらってはいないけれど、裏切られることがない、とでも言うのでしょうか。
 
 最近は、駅弁大会などがありますと、豪華な、そして個性豊かな駅弁がずらりと並んで、こちらが気圧されてしまうくらい。お値段の方もそれなりで、それは美味しいものを、コンビニ弁当よりも遙かに少ない数しか作らずに確保するためには仕方ない選択と訊きましたから、値段は問わないとして、けれども、このようなオーソドックスな幕の内弁当は、あまり見かけないようになりつつあります。

 実はこの豊橋の駅弁を買った時も、「こだま」に乗る機会があったので、しめたとばかりに豊橋での停車時間に駅弁を買った。夕食には少し早かったのですが。

 列車の速度が速くなって、駅前にはファミレスがあってというご時世で、駅弁屋さんは、どこも生き残りに工夫を重ねています。ということは、今、生き残っている駅弁屋さんは、みなそれなりに、良いところがあるというもの。それであれば、このような「地味め」の駅弁も、もっと食べてみなければいけません。

でも、それって大変なんですよね。なにしろ、1回に1個しか食べられないし。


今回の福井行では,この蕎麦にも感動したのだ。今庄の「おばちゃんの店」の,越前そばのセット。お店の名前だけ訊いていると,なんだか出来合いの総菜を売っている町おこしの屋台みたいなのだが,さにあらず。うむ。時代劇調の言葉使いは,なんだか格式が感じられて,偉そうで良いな,これからも使おう。
で,おろし蕎麦と,厚揚げの焼いたののセットなのだが,こりは美味しいよ。駐車場が満杯になるの,解ります。敦賀の駅蕎麦は美味しかったし,この店に行くことを提案してくれた地元の方お勧めの,福井駅の駅蕎麦も美味しいらしい。敦賀にはヨーロッパ軒のソースカツ丼もあるし,こりゃ,年内にもう一回行っても,食べきれないかもしれん。こうなったら,今庄,福井に通ってやるのだ。

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敦賀駅の駅蕎麦。おろし蕎麦410円。改札口の外だけれども、駅舎内にはあるので、まあ駅蕎麦といって良いでしょう。価格もそういう設定だし。で、今まで食べてきた駅蕎麦の中でいちばん美味しかった気がする。福井の人は皆、蕎麦にうるさいらしい。それって、良い話だと思う。
 仕事で福井に行ってきました。今回の話題は、順に追って。

これも「全国で駅弁大会が開催されていた時代」には、その名をとどろかせていた千葉駅の「やきはま弁当」。
 甘辛い味付けの焼きはまの美味しさは間違いのないところだが、よく見ると小さい駅弁だし、つまみに焼きはまを食べてしまうと、その後は苦労するかもしれない。
 しかし、千葉駅の駅弁には、総じて我が道をゆく、あとのことは知らん、というすがすがしさがある。
 私の人生も、やきはま弁当のようでありたい。

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私たち家族が横浜に引っ越して間もなくのことだから、もう50年以上前のことになる。横浜駅西口の駅前に、ただ一つ高いビルがあって、高島屋というデパートだった。
 店の奥のデパートに飛び乗るなり、父は「8階」と行く先を告げ、エレベーターガールに「当店には8階はございません」と応えられた。「じゃあ、一番上」と父は答え直したかもしれないが、なにしろ一番上の階に行きたかったのだ。そこで「駅弁大会」をやっていたから。そんな会話を今もって覚えているのだから、そのおっちょこちょいぶりが父らしかったのだろう。そしてその頃は、横浜駅の高島屋でも、時々駅弁大会をやっていて、なぜか駅弁が大好きな父は、催しがあれば一度は家族を連れて出かけ、幾つもの駅弁を買ったのだった。
 そのころ、つまり小学校の低学年の頃の私がいちばん好きだったのは、人吉駅の「栗めし」で、当時は今ほど駅弁が豪華絢爛になってしまった時代ではない、その彩りが、子供心にも印象的だったのだと思う。
 写真は、もう何年か前に人吉に取材に出かけた際に購入した「栗めし」。仕事で人吉に行くことができたのも、嬉しかった。何しろ高校2年生の時以来のことで、その当時は機関庫にC55がいたのだ。昭和48年の夏のことだから、もうC55は貴重な存在で、夕方になってカメラをバッグにしまった途端にC55が出てきて写真を撮ることができなかったことを、強烈に覚えている。これだけはっきり覚えているのだから、むしろ「撮れなくて良かった」のかもしれない。
 そして、その無念から30年以上が過ぎて久しぶりに出かけた人吉で、長い取材を一段落させ、少し陽が傾き始めた頃に食べた「栗めし」が、写真のもの。
 こうして今の目には、むしろ地味にさえ見えてしまうくらいなのだから、人吉の「栗めし」は、高島屋の駅弁大会で食べた頃と、あまり変わってはいないのかもしれない。

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これは5月末のことですが、千葉県のいすみ鉄道にお招きを頂き、新しい趣向の列車のメニューの試食をさせて頂きました。すでに「イタリアン クルーズトレイン」を運転させて人気を得ている同鉄道ですが、今度は、外国人観光客にもより親しみやすい企画として、寿司、天ぷらを車内で楽しめる列車の運転が計画されているようです。
 以下は、あくまでも当日のサンプルとして提供されたものですが、コース料理を順に紹介します。

1 豆乳エスプレッソ わかめ餡
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ワカメの香りをおぼろ豆腐のような食感の豆乳エスプレッソと一緒に楽しめるオードブル。不思議な味わいが、次の一皿への期待を高めてくれます。

2 先付け 二段重 旨味とまと 姫さざえの柔らか煮 鮎の一夜干し 
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見るからに和の世界。旨味トマトには、和菓子のような甘味がありました。

3 肉 二種 鴨肉のオレンジ煮 鶏の香味醤油 ローストナッツ添え
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鴨肉の柔らかさは誰もが知るところ。サラダに添えられたソースはニンジンを使って色味がつけられているのだそうです。

4 天麩羅 夏野菜   ソラ豆 アスパラ 舞茸 とうもろこし 海老
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それぞれの味わいが楽しい一皿です。個人的にはソラ豆が良かった。

5 伊勢海老の握り
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伊勢海老ならではの抜群の甘味。なんとも贅沢な握りです。

6 箸休め 蟹餡の茶碗蒸し
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少し濃い味の茶わん蒸しが、素敵なアクセントとなります。

7 握り寿司 本マグロ、イカ、サーモン、漬けカンパチの手巻き寿司
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またまた握り寿司の登場。マグロの赤身も美味しい。

8 稲庭うどん ~削りたて鰹ぶし~
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食べる直前に削りたての鰹ぶしがサーブされます。

9 甘味 和菓子と花のババロア 二種盛り
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デザートもボリューム十分。

ここに挙げたのは、あくまでも試食用のコースで、実際の運転開始時には、多少手直しがなされ、少しボリュームも減らされるかもしれません。それでも、なにしろボリューム十分で、こうしてみても、よく全部食べられたなと思います。このあたりはいすみ鉄道鳥塚社長の、どうせ楽しむなら中途半端なものでなく、という考え方が反映されているようです。

 鳥塚社長のブログには、この新しい趣向の列車の詳細は6月末以降に発表される予定とアナウンスされていましたので、そろそろかもしれません。どのような形になるのかは、まだ解りませんが、発表を楽しみに待ちたいところです。




山木さんのライブの開演時間には、まだ少し時間があるので、街を散歩して時間を潰します、と言いますが、早めに到着して、街で遊ぼうという算段です。
 写真は、先日アップしたナワテ通りの写真から、右側に回って女鳥羽川越しに見たナワテ通り。白壁の小さな建物が並ぶ向こう側に細い路地が続いています。
 私が松本に初めて来たのは、大学の2年生のときか、3年生のときです。高校時代からの友人と3人で、街を歩きました。この文章を書くために、先ほどウィキペディアを見たら、このナワテ通りは、2000年代の初めに改装したとありました。確かに、町並みがずいぶんと綺麗になりましたけれど、屋台のような小さな建物が並ぶ町並みは、私が初めて来たときから、変わっていないように感じます。さすがに当時は、ちょっと驚きましたけれど、老舗という言葉がよく似合う、和菓子屋さんや、お蕎麦屋さんが随所にあって、それが楽しかった。歴史のある街って、良いものです。

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小淵沢着、11時59分。ちょうどお昼時であることを、これ幸いと、駅弁を購入。「春まん甲斐」というものです。

私が小淵沢で駅弁を購入したのは、学生時代の頃だったと思います。その時に食したのが「高原野菜とカツの弁当」で、とにかくおかずのスペースが大きいことに驚き、以来、小淵沢の駅弁のファンになってしまいました。今回も、久しぶりに「高原野菜と~」を買おうと思っていたのですが、タッチの差で売り切れ。代わって「春まん甲斐」を買うことにしました。

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甲州牛めしと、タケノコご飯という取り合わせ。私には少し、味が濃かったかな?それでも楽しく頂けました。ここの駅弁が好きだ、と言える駅があるのは、良いものですね。何年か前にこの駅の駅弁を作っている丸政さんにインタビューしたときには、あの駅弁は、とにかく地元の名産品を活かした駅弁を作りたくて誕生したということでした。つまり、主役はレタスです。その取り合わせには、カツしかないだろう、けれどもトンカツでは冷めた時に脂が固まるので、チキンカツにしたのだそうです。
「でも、いちばん楽しかったのは、ホームでトウモロコシを茹でて売った時だった」と思い出を話す社長さん(先代)は、やっぱり、とても楽しそうでした。

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小海線のホームに停まっているハイブリッド気動車を横目に、再び、中央本線の下り列車に乗車します。

近所のスーパーまで出かけたら、駅弁大会をやっていたので、衝動買いをする。いいなあ、衝動買い。少し高いけど、あんまり意味がない買い物かも、という後ろめたさが最初からあって、でも、その一線を越えてしまう喜び。
ま、買う相手が、プラチナではなくてイクラところが、庶民です。
釧路の「かにといくらとかきの弁当」。
本当は、列車の中で食べたい。駅弁が似合う列車で。
それはどういうものかというと、100キロ以上走って、ときどき止まり、もちろん自由席で、窓が開き、車内放送の前にオルゴールが鳴ること。
って…
頭の中が、いつまで経っても昭和40年代のままだ。

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年末の鳥羽行で、ちゃんと間隙を縫って食した伊勢うどん。数年前に鳥羽に行った時は、鳥羽駅の改札口の近くのスタンドで食したのだけれど、今回は駅の隣のビルへ。200メートルの努力だな、うん。

入った店は、店なりに工夫していて、天かすと、レモン汁をかけて食せと言う。言われたとおりにすると、なるほど美味しい。
溜まりの甘辛いタレを絡めて食す太いうどんは、A級という感じの食べ物ではないけれど、でも、こういうAマイナス級というのは、たまらなく美味しく感じることがある。今回もそうで、「半端な時間の食事は、次の食事が美味しくなくなるから、辞めようかな」と迷ったのだけれど、やっぱり食べて良かったという、これはこれで旅だから許される楽しみ。
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帰宅後、ネット検索してみたけれど、家の近くに伊勢うどんの店はない。遠きにありて思うもの、というところだろうか。そのあとアマゾンで検索したら、通販用の伊勢うどんが、「今、頼めば、明日には配達できる」とあり、これはこれで「何だかなあ~」

先日アップしました万世橋駅跡地の撮影をした同じ日に行ったのは、千葉県の小湊鉄道でした。取材は雑誌向けのものなので、メディアが発売になるまでは、ここに写真を発表することはできませんが、新しく登場したトロッコ列車の取材でした。その後、故障が発見され、運転が休止になっているようですが、いわゆる初期故障というものですから、運行の再開を待ちましょう。

そういえば、山手線の新型車でも故障が発生し、マスコミをにぎわせました。十分に試運転をした上での故障発生ですから、何とも運が悪いのですが、故障はつきものですし、最初に出てきて良かったと言うこともできます。個人的な感想としては、あまり非難はしたくない。それが人の驕りに起因していることであれば、私は大嫌いになってしまいますが、そうでないなら、我も我もと「叩く」のは嫌です。

さて、小湊鉄道に行ったときには、タイミングが合えば、購入しているのが、こちら。あさり飯です。
あさりめし

五井駅の小湊鉄道のホームに続く跨線橋の上で売られているもの。改札内での販売ですから、立派な駅弁です。
価格が300、いくらだったかな。400円でおつりがきます。シンプルな炊き込みごはんですが、日本一安い駅弁かもしれません。

今回は、これにおかずがいろいろとついて、600円だったかの「あさり飯弁当」というものも見つけ、迷ったのですがシンプルな方にしました。次は、上級バージョンにしようと考えています。

あさり飯を買って車内に乗り込むと、小湊鉄道の車両はどれも通勤型車両と同じロングシート(シートの向きがレールと同方向)なのですが、このシートに座って駅弁を食べている人がい、それを見て、私も安心して車内での食事を楽しむことができました。小湊鉄道で運転されているキハ200形は、国鉄が昭和32年から製作を始めたキハ20形ディーゼルカーと同様の性能の車両で、もちろん、車齢はそれよりも遙かに若いのですが、結構なビンテージものです。これからブームになるかもしれません。

そのようなわけで、こんなシンプルな駅弁ですが、「五井に行ったらこれ」というものがあるのは、旅をする立場にとっても、嬉しいものです。トロッコ列車の運転が再開されたら、必ず行こうと考えています。

写真のタイムスタンプを見たら22時15分とありました。
ずいぶんと遅い時間の食事です。「カシオペア」の食堂車の、パブタイムのカレーライスです。

とはいっても、夕食はちゃんと駅弁が支給されました。
ですから、この食事はあくまでも任意、体験夕食です。

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実は、今年の2月にも、同じテレビ番組の取材で「北斗星」に乗ったのですが、その時はもう、例のお祭り騒ぎになっていましたから、食堂車など行ける雰囲気ではなかった。「お席に着かれても、お食事を提供できないことがあります」という、ただし書きの案内放送が前もって流されるくらいで、そのような状態で食堂車に行っても、楽しくないだろうと。

でも、後からそれを後悔したのですね。だって、食堂車に乗れる機会なんて、この先、あるかどうか解らないのですから。
そこで今回は、隙があれば行こうと考えていました。夜の10時過ぎに食堂車の通路を通ったたら、案外空いている。
で、同行の堺アナウンサーに「食堂車、空いていましたよ。私は行ってきます」と声をかけさせて頂き、出かけてみたという次第です。堺さんも一歩遅れで、取材スタッフを2名連れて、ビールを飲みに来ました。

やはり良いものです。列車に揺られながら、ときどき窓の外を見ての食事は。
堺さんからは、「よく食べるられるね」なんて言われましたけれど、この日はなぜかおなかが空いて、夕方の5時頃に駅弁を食べてしまっていた、というのもありました。ちょうど、良かった。

本当は、すべての長距離列車に、せめてビュッフェくらいは付いていて欲しいものです。
もちろん、すべての新幹線の列車にまで食堂車、ビュッフェがついていた時代もありました。それも東北・上越新幹線にまで。
でも、それが廃止されてしまったのは、利用者が少なくからでした。このあたりはコストパフォーマンスに利用客の要望を満たすものがなかったから、ということになるわけですが、難しい問題です。

それでも、利用者の立場で希望を言うのなら、全国の幹線には1往復くらいは、代表的な列車を運転して欲しいものですし、そこには寝台や、食堂車といった設備が備わっていて欲しい。それが旅の選択肢になるのですから。

一緒に仕事をしている編集者が「クルーズトレインのような豪華列車を動かす気があるのであれば、定期列車でそれをやって欲しい。定期列車であれば、誰でも好きな時に乗れるのだから」と言っていました。
本当にそうだと思います。

こちらは大井川鐵道、千頭駅前の食堂で食べたカレー。
夏休み期間の、「トーマスフェア」開催中に、それと知らずに出かけたところ、大変な混雑ぶりで、とにもかくにもと頼んだのが、このカレーでした。

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味の方は、いたってオーソドックスで、タマネギがたくさん入っていたのが楽しかったのですが、それよりも驚かされたのがお店の混雑ぶり。千頭で食堂に入って、お店の中がこれほどにパニクっていたのは初めてでした。
イギリスで生まれた、機関車を主人公にした童話が、地球の裏にある駅前食堂をパニックに落とし入れたことを、物語の原作者が知るはずもないでしょうね。次に大井川鐵道に行く時は、もう少しゆっくり食事をしよう。

でも、地方鉄道の駅が、活気で賑わっているのを見るのは本当に久しぶりで、そのことが旅の何よりのお土産になったのです。



諸般の事情により、いや、つまり時間がないからということなのですが、本日の夕食は駅弁となりました。
写真の、小田原駅の駅弁、「おたのしみ弁当」です。

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これもオーソドックスな幕の内弁当ですが、美味しかった。

やはり、このお弁当も、十分な手間はかかっているのだそうです。コンビニ弁当とは、段違いの。
ちょっと伺った話では、「例えば、揚げ物にしても、自前で魚をさばくところからやったものと、揚げるだけの形で輸入されたものと、どちらが美味しいか?」などということになるのだそうです。
こうなると、消費者の側にも責任があるということになりますね。美味しいものを食べることには。

それからこんな話も。
「留守番をしてくれたお父さんに、コンビニ弁当をお土産に買って帰ったら、ふて腐れられるけれど、駅弁なら喜んでもらえる」と。これは確かに、そうである気がします。


「僕は毎日パンケーキでいいよ。焦げてなければね」と言ったのは「魔女の宅急便」に出て来るジジですが、私は「毎日駅弁でいいよ。心が込められていればね」というところでしょうか。
大丈夫。今も生き残っている駅弁は、どれもみな、きちんと作られているものです。


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写真は、ウニ弁当。

この日、私は、取材で久慈駅に来ていた。JR久慈駅で列車の折り返しを待っていると、JRの売店に「ウニ弁当は、この売店にはありません。三陸鉄道の駅の売店にどうぞ」という張り紙があることに気がついた。

ひらめいた。

私は、三陸鉄道の久慈駅に急いだのである。ちょうど売店でウニ弁当が売られているところだった。客の中年男性が「この駅弁を買えると思わなかった」と言っている。それに応えて売店のおばちゃんが「団体さんの分がはけて、3個だけ作れたんです。この時間まで残っているのは珍しいです」と言っている。いわゆる「幻の駅弁」というやつかもしれない。

私も1個購入。ここで駅弁を買う予定はなかったのだが、心が、ここでウニ弁当を買え、と叫んでいるのだ。

JRの駅に戻り、同行のカメラマンに見せびらかす。カメラマンのK氏は、それを見るやいなやダッシュ。「カメラは見張っといてあげる」と、これは私。

かくして、珍しくも3個が現れた駅弁は、一瞬のうちにはけてしまったのである。

幻の、幻たる所以。
 
 それでは、今まで食べた駅弁の中で、いちばん美味しかったのは何だろうと振り返ってみると、私の場合、これは間違いなく野辺地駅の「鳥めし」だったと思います。「鳥めし」。鶏と卵のそぼろがご飯の上に乗った、日本中に同じスタイルのものがある駅弁です。それでは何故これがいちばんだったのかというと、私が買った時が出来たてで,ご飯がまだ暖かかったから。それは、年末の休みを利用して、南部縦貫鉄道を見に行った時のことですから、寒い季節のこと。それだけに、出来たての駅弁が美味しく、強い印象に残ったのだと思います。今はもう、南部縦貫鉄道はなく、数年前に野辺地の防雪林の取材に出かけた時も、この駅で駅弁を買うことはできませんでした。南部縦貫鉄道に乗り、出来たての駅弁を食べたこと。特に変わったことをしたわけでもない、そんな旅の一コマは、けれども、おそらくは二度と体験することができない、貴重な体験となったのでした。

 炊きたてのご飯を詰めた駅弁といえば、「峠の釜めし」がヒットする前の横川駅の幕の内弁当にも、そんな逸話があったと訊いています。冬の寒い日に、列車が駅に到着する直前になってから、折りにご飯を詰めてからホームに立ったことがあった。それは先代だか、その前だかの女性社長であったかと訊いています。暖かい駅弁を買ったお客さんがとても喜んで、列車が発車した後も、窓を開けて手を振ってくれた。社長さんもそれに手を振り替えしているうちに、涙が止まらなくなったのだとか。

 横川は「峠の釜めし」が押しも押されもしない看板商品ですが、以前は「幕の内弁当」も売られていました。売店のカウンターの上に釜めしが文字通り山積みとなっている脇で、幕の内の数は5個くらい。でも、それでもちゃんと幕の内を手がけていることに、何やら気概のようなものも感じられたのです。

 この幕の内弁当には、ちゃんとファンもいました。その一人が作家の池波正太郎で、「長野に旅行したら必ず食べたいものがある。それは横川駅の駅弁である。ただし,私が食べたいのは釜めしではなく、幕の内弁当の方である」というようなことが書かれていたのを読んだことがあります。何でもないような幕の内弁当に、それだけの価値を見いだす作家もずいぶんな食いしん坊だと思いますが、それだけのクオリティを欠かさない作り手も作り手で、何やら達人同士の果たし合いのような話です。

 これも数年前のことでしょうか。ある雑誌に駅弁の人気投票という記事が載っていました。旅行や鉄道の専門ライターの投票によるというランキングの一位に輝いたのは「峠の釜めし」。同じメーカーのものですから,目くじらを立てることもないのかもしれませんが、横川駅の幕の内弁当は,得票ゼロ。同じ専門の者として、ちょっぴり淋しかったのを覚えています。この幕の内弁当も、今は生産を辞めているようです。

 誰もかもが効率であるとか、利益ばかりを求めるようになると、あるいは文化というものまで失われてしまうことがあるのかもしれません。

駅弁の話が出たついでに、もう一度、食堂車について考えます。

少し前に、上野駅に「食堂車のカレー」というメニューがあることを書きましたけれど、もっとほかの料理も、例えば、スープや海老フライも復刻メニューに載ったら楽しいでしょうね。昔、何回か、食堂車に乗って働いていたという方にお話を伺ったことがありますが、やはり自分の仕事に対するプライドは、きちんとお持ちでした。どうしても、キッチンの環境が地上とは違うのが制約になっていたようですが(そのことは一言も仰いませんでしたが)、調理法に手抜きはなかったようです。

列車食堂は美味しくないという声もよく聞いたことがあり、それは今でも、私も半分くらいはうなずけるのですが、鉄道が好きなことで知られた作家の内田百閒は「僕は食堂車のものなら皆おいしい」と言ったことがあり、これも魅力的なセリフだと思います。

私の記憶に初めて登場する食堂車も「ブルートレイン」のもので、母に連れられて母の郷里である佐賀に帰省する時に、夜と朝の2回、連れて行ってもらった。食堂車の入り口の脇には3人くらいが座れるソファーがあり、そこで順番を待つことだって楽しかった。食堂車で仕事をしているコックさんにとっては、そんな時はオーダーが次々に舞い込む「戦争の状態」です。もちろん、当時の小学生にとってそんなことは解りはしない。「まだかな~」と思って、ただ長イスに座っていました。

何を食べたのかは覚えていません。母が朝食にオートミールを食べていました。それからももう一つ覚えているのは、朝食の時に海が見えたこと。瀬戸内海が朝陽に輝いていました。下松であるとか、徳山であるとか、あのあたりであるはずなのですが、今、山陽本線を走ってみても、それがどこであったのかは、残念なことに、特定はできません。

列車食堂は、実はいつも膨大な赤字であり、業者さんは、車内販売の権利もついてくるので、(食堂車も)やっていたのだとか。それでも、「食堂車に乗った人間は、地上勤務になっても、すぐに仕事を辞めようとしない。企業への定着率が高い」というお話も伺ったことがあり、やはり食堂車というのは、仕事をする側にとっても特別な存在であったようです。

確かに、列車の速度が速くなれば、食堂車は不要となるのかもしれませんが、飛行機にも、バスにも、食堂を設けるスペースなんてないのだから、やはり何とかして、鉄道だけができるサービスを提供するために、食堂車維持、食堂車復活の方法を見つけたいものです。見つけなければいけません。

自動車の方が便利だと言われても、あれは、60キロくらい渋滞することだってザラですよね。不便なことだって、実はしょっちゅうあるのですから。


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 ヨーロッパから帰ってきて、日本の鉄道に乗り、寂しく思うことは多々あるのですが、その最たるものは食堂車の存在です。ご存じの方も多いと思いますが、今、日本で食堂車を連結して運転している列車は、北海道に行く3系統の寝台特急、「北斗星」「トワイライトエクスプレス」「カシオペア」だけです。どの列車のコース料理が主なメニューとなっていて、それも豪華で良いのでしょうが、誰もが気楽に利用できるとは限らない。

 ヨーロッパでも、食堂車は、観光色の強い列車を除けば大いなる衰退傾向にはあり、現在の主流はいわゆるビュフェになってはしまいましたが、ゲルマン系の太っちょのおばさんが一人でエイヤッと切り盛りしているカウンターで、ホットドッグなどを頼み、コーヒーなりビールなりと共に味わうのは楽しいものです。また、1等車(日本のグリーン車に相当)に限った話ですが、飲み物と軽食ならば有料とはいえ座席に運んでくれますし、フランスのTGVやスペインのAVE、英仏海峡のユーロスターの食事時間帯に掛かる列車の1等車では、コース料理のシートサービスがあり、食事代金は運賃に含まれています。

 日本で食堂車が衰退してしまったのも利用客の回転が悪く、赤字が解消されないことが原因であったと言います。その昔、多くの列車に数多くの食堂車が連結されていた時代にも、そのほとんどが赤字で、業者は車内販売の権利を得られることでバランスを取っていたという話も、どこかで読んだ気がします。けれども、ヨーロッパがあれだけ頑張っていたのだから、日本でも、なんとか食堂車存続、復活の道を探して欲しいものです。

 往年の「ブルートレイン」には食堂車が連結され、利用客に旅の味覚と、素晴らしい思い出を提供していた。私鉄にだって食堂車があった。明治期から数えれば、その数は思いのほか多く、昭和の中期以降にしても、例えば伊豆急行に「スコールカー」という存在がありました。この車両も、結局は非採算であることからすぐに普通の旅客車に改造されてしまったのですが、もし、今もそのような車両が残っていたとして、例えば東京発伊豆急下田行きの「踊り子号」に連結され、「朝獲れ 鯵のタタキ定食」などというものがメニューにあったら、これは素晴らしいと思うのですが。少なくとも、私は行きます。食堂車に。

 「鉄道復権」「鉄道ブーム」といわれている今こそ、どこか、もうひと頑張りしてくれる鉄道会社があれば、鉄道のイメージがさらに良くなるように思います。

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