FC2ブログ

来年5月の天皇即位による10連休の実施が閣議決定しました。
 となると、恐らくは法案が成立します。休日と謳って頂くことはありがたいですし、即位に伴うものですからおめでたいことです。ただ、実際に全国民が10日間、家に籠ってしまうようなことはないわけですから、当然、混乱が生じるでしょう。そのことも仔細に記録するべき、と言うか、しておくと面白いでしょうね。

スポンサーサイト

愛媛新聞オンラインに「しなの鉄道、台湾電車の塗装再現」という記事が掲載されていました。オリジナルは共同通信のものであるようです。
愛媛新聞の記事には、台湾の電車の写真が使われていたので、一瞬、その電車が来るのかと思ったのですが、実際は車体の塗色変更であるようです。
 それでも、こういうニュースが国の境などものともせず、入って来るようになりました。この状況が、日本の鉄道を活性化させることもありそうです。

北海道新聞電子版にアップされていた動画です。↘

 取材で1回だけ乗りました。正直に言えば、沿線風景には退屈したのだけれど、終点、夕張の描写とか、もっと執念深くやれば良かった。ちょうど夕張市の破たんが報じられた時だったけれど、ラーメン屋のおばちゃんは、「別に何も変わっていない。大変なのは役人さんなのでしょう」と日々の暮らしのことを話してくれました。

 取材を終わった直後はいつも、「また来るぞ」って思うんです。でも、この夕張線にしても、その思いは果たせないまま。夕張にもまた行きたいとは思うけれど、この冬は、いろいろな予定があり、無理なのかもしれません。



ツイッタ―欄にリツィートを載せましたけれど、パナソニックが発表した自動運転の小型電動車(画面ではスクールバスと書かれているようですが)は、可愛いですね。これなら乗ってみたくなります。近年のAIの進歩は驚異的な速度ですから、案外早く、こういう乗り物に乗れるようになるかもしれない。

私が昔、クルマの免許を取得したときの父の最初のアドバイスが「余計なスピードは出すな。事故の原因の多くはスピードにある」というものでした。自身はスピード狂でしたが。
自動運転は、安全運転との両立の部分で、まだ十分な信頼性が確保されていないとも言えるのですが、スピードが遅い乗り物であれば、自動運転に頼ることも、早いうちにできるようになるかもしれません。

そういえば、友人たちと出かけた10月の箱根の旅では、友人の一人がロボットを持って来ていました。「踊って」「歌って」というような命令を聞いてくれる。最後は『充電してね」と言って、寝込むのですが。面白がる仲間に、友人は「変な言葉を教えないで~」と繰り返し、懇願していました。




 京浜急行が創立120周年記念事業の一環として、一部の駅の名前を変更するというプランが発表されていました。
 新しい駅名は小中学生を対象にした公募とし、応募の締め切りは10月10日とアナウンスされました。もう、締め切りを過ぎたのだけれど、結果はどうなったのかな?
 
 それから、このプランに対して、多くの反対意見が出たことも、皆さんご存知の通りです。駅名には歴史に対するリスペクトがあり、無用にこれを変えるべきでないというのが、その趣旨。私にとって京浜急行は、5歳の時に神奈川新町の近くに引っ越して以来、大好きな私鉄です。そして、多くの反対意見に、今頃「尻馬に乗る」ようで申し訳ないのですが、無用な駅名の変更には反対します。理由も皆さんと同様で、駅名、地名には、その土地の歴史が反映されているということ。京浜急行で最近あった駅名変更には、谷津坂→能見台がありましたけれど、旧駅名だって綺麗な響きを持っています。この名がなくなってしまったことは、今も残念。

 確かに、小中学生は、これからの時代を担ってゆく主役ではありますが、歴史認識は弱いはず。自分だってそうでしたから。そういったその土地のこれまでの歴史を人に教えるのが地名であり、駅名なのですから、これを記念事業で覆してしまっては、本末転倒というものでしょう。

 もちろん、変えても良いかもしれない駅もあります。例えば「花月園前」は、花月園そのものがなくなってしまったのだから、変えても良いのかもしれない。ただし、これも住民の意向は十二分に反映されるべきでしょう。花月園は、大正時代には関東を代表する遊園地として観光客を集めていたそうです。ここには遊園地だけでなく、ホテルや少女歌劇もあったといいますから、宝塚と同じですね。けれども経営難に陥り消滅。跡地には競輪場ができましたが、それもなくなりました。この「花月園前」という名称が消えたら、ここにそれだけの施設があったことも、忘れ去られてしまう可能性もある。そこまでを考えて、駅名を変更するなら、変えれば良い。

 金沢文庫、金沢八景という駅もあります。綺麗な名前です。今、ここに文庫はなく、八景と称された美しい地形も、埋立によって消滅しました。けれども、そこに住む人は、その地名を、そこに住むことを、誇りに思っているのではないでしょうか。そのことも踏まえた上で、新しい意見も採り入れての、記念事業の推進であって欲しいと感じています。


 
 小田急ロマンスカー7000形LSEが引退しました。1980年から運転を開始。これは私が会社に入ったのと同じ年で、同級生のようなものかもしれません。でも、だからといって、7000形に特別な親しみを感じたということはありません。この時代には、次々に新車が登場していましたから、一つの形式に特別な思い入れを持つことはなかったのですね。

 それは、大して熱烈な鉄道ファンでもないはずの自分が、鉄道雑誌の編集部に就職して、いきなり鉄道が仕事になってしまったからかもしれない。もちろん、好きだからこそ、そこへの就職を希望したわけですが、ある程度冷めた眼で、鉄道を見なければいけないと、考えるようになったことも一因なのだと思います。

 よく、「好きなことを仕事にできて、良いですね。羨ましい」ということを人から言われるのですが、良いこともあれば、良くないこともあります。少なくとも、毎日が楽しくて仕方ないというようなことはありません。もちろん、多くの人がなりたくてもなれない立場になれたことは、とても運が良かったのだとろうと思います。そのことは忘れずにいなければならない。

 鉄道を報道するメディアには、車両が引退すると、「ありがとう」という言葉を使うことがあります。ある席で鉄道ファンの大先輩から、突然、「ありがとうなんて書くな」と叱られたことがあり、「私は、ありがとうと一回も書いたことがありません」と、これは結構強く言い返したことがあります。車両の引退、というか、更新、代謝は、より良いサービスの提供と、安全性の確保には重要なことで、そのようなことは当たり前なのですから。そう捉えています。

 もちろん、一つの時代が終わったということを知らされることには、感傷を覚えることがありますが、それは別の言葉で語りたい。「ありがとう」「惜しまれつつ」、そういう言葉は使わないようにしています。ひねくれているかな?でも、安易な言葉で片付けてしまいたくはない。

 いつもの言葉で終わらせれば、それは楽なのですけれど。


来年の春に10連休が設定される方針なのだそうです。
ごく標準的な勤め人の方は歓迎でしょうが、月に10日も(ひと月の三分の一)も休めないという人も少なくないでしょうから、いろいろ軋轢が生まれるかもしれませんね。

フリーの立場としては、連休はとにかく混むから、外出は控えたい。何年か前にゴールデンウィークに白川郷に行って、それはもう懲りました。すると家に籠って仕事でしょうか。そのつもりで仕事の段取りができれば良いけれど、これもそうは行かない出版社もあることでしょう。月に10日、本当にストップしたら、月刊誌を出すのは至難の業となりますから。

さて、どうなることやら。

これは5月末のことで、で、またまた鉄道ネタでなくて申し訳ないのですが、電動アシスト付きの自転車を、中古で購入しました。これまで、アシスト付き自転車には何となく抵抗があったのですが、実際に乗ってみると想像以上に快適で、それから2か月、結構、毎日乗っています。横浜に土地勘のある方なら解るでしょうが、浅間下の交差点から三ツ沢への登り坂を、何の苦も無く登れると言えば、その威力が解ると思います。

これから、そういう日帰りネタも、ちょくちょく登場するかもしれませんが、お付き合いの程を。

電動アシスト付き自転車、通称電チャリを買ったことを自転車好きの友人に話したら、すぐに、どこか輪行に行こうとの提案がありました。輪行というのは自転車をある程度の大きさにまで分解して小さくし、電車などに載せて移動する手段で、これまでに数回実施したことがあります。ただ、この電チャリという奴は、重量がそれなりになり、私が購入したハリヤ―は⒛kg。そのことを話すと、誘ってくれた友人も考え込んでしまいました。私自身、山歩きで30㎏を背負ったことが何回かありますから、この重さは、気合いを入れれば運搬不可能ではない。ただ苦労するでしょうけれど。

そのような経緯もあって、今のところ、電チャリでの輪行はまだ実現していません。もっとも、彼が誘ってくれたのは霞ケ浦を1周するというもので、これは行程およそ120km。ホイホイ出かけていたら、コースの半ば過ぎでバッテリーが切れ、残りの半分は、いわゆるママチャリ以上の重さに苦しめられていたことにはなります。助かったというば助かった。

そのような次第で、予備のバッテリー(これも軽くはない)を携えてでも、長距離輪行に挑戦したものか、今も結論が出ないままではいます。

0530ハリヤ―

新横浜駅前の、お昼どきに出るワゴン販売の弁当を、時々利用している。わざわざ自転車で自宅から往復する時間を考えれば、近くのコンビニ弁当で良いわけだが、そこは変化をつける意味もありまして。
 今日は暑い日差しの中で、お姉さん(でも、もちろん私より遥かに年下だ)が一人ポツンと立っているように見えたワゴンに行った。台の上を見ると、残り2個。
 「サバのお弁当ですけれど、よろしいですか?」
 「ええ」
 「お味噌汁サービスです。どれにしましょう?」
 「じゃあ、油揚げで」
 「ありがとうございます」
というわけで、100円引きの時間だったので400円なり。この手のお弁当は、作り手が一生懸命頑張っているのが見え隠れしている気がするのが楽しい。研究され尽くして登場し、売れなければすぐに消えるコンビニ弁当にはない情感がある、気がする。
 しかし、何だかマッチ売りの少女を助けるような気分でワゴンを選んだので、結局は選択肢がなく、サバになってしまった。でも、もし選択肢があったら、結局はまた、カツだとかハンバーグだとか、鶏のから揚げみたいなものを選んでいたかもしれないから、いつもと違うものを食べることが良かったのだと、そうも思った。
 家に帰り、風が抜けて涼しい1階で、「最後に残った1個は、もう売れたかなあ」などと考えながら、美味しく頂きました。お味噌汁、何故か油揚げではなくて、ワカメだったけれど。

saba_convert_20180704172810.jpg


陽が延びるこの時期は、夕食の前に散歩ができるのが楽しい。
 わが家の近くには新幹線の線路が延びているのだけれど、その裏手には、不思議と手がつかないままの、空き地というか、藪山が広がっていて、まさにちょっとした穴場となっている。
 写真の風景が見える道もそういった場所で、これまでにも何回か通ってはいたのだけれど、いつも日暮れの後だったから、そこにどんな眺めがあるのかは気が付かないでいた。ところが今日、この道を通ったら、なかなかどうして悪くないのである。この数日は寒さが戻ってきて風が冷たかったのだけれど、それも良かった。私が、学生時代や社会人になりたてだった時代に本当によく通った、長野の高原を思い出させる環境が揃っていたのである。
 この時間でなければ気が付かなかったと思う。陽が傾いて、そろそろ一日が終わりに近づく、何をして過ごしていても一抹の淋しさが心に宿るひととき。そんな時間だったから、この平凡な風景が、昔懐かしい高原の風景に見えたのだと思う。
 今の家に引っ越して11年。これから散歩の定番コースになりそうな道を今になって見つけて、ちょっと得したような、でも、ずいぶん損をしたような。

0520さんぽ_convert_20180520205007


 昨日は新宿でカルチャースクールの先生を務めて、3人のお客様とお話。相変わらず、池口さんは集客力がないのだが、声がかかる間は、努めよう。
 帰り道に新宿の模型店「模型ファクトリー」に寄り道。昨日は凄かったぞ。お店がお客さんでごった返していて、しかも半分、は無理にしても、4割は女性のお客様だったのだ。店内のワークショップで、何かを作っていた女性連れもいたぞ。スマホで写真に撮りたかったなあ。
 やはり女性のお客様が、店員さんに「どの紙粘土が良いのか?」という質問をした時の、店員さんの応えも、聞いていて快感があった。ざっというと
 「お客様それぞれで、みな違います。お客様が手にしているその紙粘土は硬化が早いのですが、その代わり、外が早く乾いてしまうので、内側がいつまでも湿ったままの状態で保たれる性質があります。紙粘土は、一度開封したら、使い切らないと日持ちはしにくいものなのですが、その粘土は中が乾ききらない性質を逆用して、延命させることもできます。乾いた外側を取り除いて、内側部分に水を加えることで、ある程度ですが、再利用することができます。」
 本当はもっと仔細だったのだけれど、ざっと言うとこんな感じ。それをソフトに、でも立て板に水で説明する。これはこの店員さん自身が模型が好きでなければできない説明。量販店の女性店員さんには、なかなかいないぞ。
 これだけ女性がいるのだから、そのうち、鉄道模型のジオラマをガンガン作る人だって現れるはずだ。あるいは、「竣工直後の赤城」を作る女性だって出て来るかもしれない。
 このお店には、「墨入れの塗料の違いによる仕上がり具合の違い」(これは本当にじっと見比べないと解らない。で、どちらもやってみたくなる)を説明する展示や、1/35くらいだろうか、現代の女子高生を模したフィギュアなんてものも飾ってあって、この女子高生は、目元と顎の先では、ちゃんと肌色の色合いが違う。単に「フレッシュ」を一色塗りしていれば良いというわけではないのだな。
 ここまでやらなければ、いけないんですよ。模型店は、どうせ売れないなどと、ふて腐れている場合ではないぞ。

本日は 新横浜の銀行まで用事を足しに。高架脇の新緑がまばゆい季節になりました。今年は桜の開花も早かったのですが、新緑も半月くらい早い気がします。スマホですぐに写真が撮れるのはありがたいばかりですが、この写真のように半逆光などの悪条件下では、出来上がりが、さすがに普通のカメラよりも劣るようです。レンズフードなどもないし(この写真も、濁りがあって、すっきりしない)。

そういえば、学生時代に読んだ早崎治さん(広告写真の神様とも)の著書に、『順光で撮影した時であれ、レンズフードのあるなしは、写真が印刷された後になって差が出る』という言葉がありました。あれから40年近く経って、けれども覚えているのだから、金言というものなのでしょう。自分がどこまで実践できたか、はともかく。

でもまあ、何よりも大切なことは、億劫がらずに、まず1枚撮ること。これは変わりない大原則だと思います。

0409新横浜_convert_20180409213224






最近ブログが滞りがちなので(いつものことですが)、とにかく仕事で家から出たらスマホで良いから駅の写真を撮ろうなどと思い、バスを降りたら、いつもの新横浜でありました(笑)。
 このビルができて10周年だと。新横浜にも近い今の家に引っ越して、さて、買い物はどこに行けば良いのだ?と思っていたら、すぐに立て続けにこの「キュービックプラザ新横浜」ができて、「トレッサ横浜」もできて、「ららぽーと」もできたから、まるで引っ越してきた私のために街が便利になったのだ、などと思っていたのだが、考えてみれば、どれも似たようなものだ。似たようなというか、入っている飲食店が同じチェーンだったりするから、こうなると、便利な生活というのは、そもそも何なのだ?と、結構、解らなくなる。もう、日本中、コンビニとショッピングモールだい。あと、ファミレスかな。
 もう似たようなショッピングモールはいらないから、昔の荻窪駅前のような(あ、あそこは今も変わらないのかな?)、昔の江古田のような(ここは変わったぞ)、そんな雑踏というか、場末というか、そんな雰囲気の漂う商業地域があったら良いなあと思う。
 ただ、新横浜に「王将」は出店して欲しい気もする。

IMG_0468[1]_convert_20180405233641


本日は、都内で打合せの後、渋谷の東急ハンズで買い物。
駅からの道で、必ず通るのが、「渋谷センター街」です。

渋谷に集まる若者文化の象徴と、それは良い意味でも悪い意味でも、採りあげられることの多いセンター街ですが、それではいつ頃からこのような繁華街ができたのかというと、戦前には繁華街ができ、昭和36年頃には、今のような形態になったともいいますから、今はもう老齢と呼ばれてもおかしくない人たちが若者と呼ばれていた頃には、もう賑わいを見せていたことになります。その意味からすると、案外歴史のある街と言っても良いのかもしれない。まあ、これはひねくれた物の言い方ですが。

その一方で、ゲームセンターがなくなり、CDショップがなくなりと、現代を反映したかのような代謝もある。流行を追う商売が多い所だけに、代謝も早く、大きいのかもしれません。

これと同じ写真をフェイスブックの方にもアップさせて頂いたのですが、コメントの応酬のうちに昔のレコードの話になりました。まだCDが登場する以前は、レコード、特にLPを買うのはちょっとしたイベントでした。もしかしたら、今の携帯端末を入手するくらいの感覚に近いものがあったのかもしれません。それだけに、LPを買った時は嬉しかった。

街を歩いていて、そんなことを思い出しました。

180415渋谷_convert_20180405205303






「いつもと違う道」で見かけた春。それにしても、スマホで「ここまで撮れる」ことに改めて感動。

IMG_0445_convert_20180328094112_20180329225310aec.jpg
  
今朝、コンビニに行ったらこんなものがありました。「桂花」のカップ麺。食してみますと、さすがに太肉(ターロ)は入っておりませんでしたが、スープなど、よくもここまでフォローできるものだと、近年の「コピーの魔術」には、本当に驚かされます。
 日本全国どこに行っても同じものばかりという愚痴は、この際はナシ。恐らく、日本の流通をここまでフラットなものに変えてしまったきっかけはコンビニの登場なのかもしれません。
 初めて、熊本に旅行したのは高校生の時でしたが、もちろん、当時はコンビニなどはなく、食事をするのであれば、駅前の「大衆食堂」のようなものに行くのが普通で、そこには楽しい思い出もあれば、そうでないものもある。
 こと、思い出作りという点では、いろいろと難しい時代になりました。

桂花カップ麺_convert_20180310130328

新横浜_convert_20171128150536

銀行に支払いに行ったでかけに見た、神奈川東部方面線(JR、東京急行、相模鉄道の直通新線)の新横浜駅建設現場の、今日の様子です。
 この写真では以前と何も変わっていないのですが、別の場所でコンクリートポンプ車が稼働し続けていました。さすがにもう基礎は終わっているでしょうから、駅施設の側壁か、ホームなどへのコンクリート打ちが行わているのでしょう。最近は、こういう現場取材のお声掛けがないのがつまらないなあ。メディアが、何かとコストダウンばかりしたがって、自分の足で確かめようという姿勢を忘れちゃっているのだもの。
 グチはともかく、この路線が開通すれば、我が家から自転車で駅に着き、そこから乗り換えなしに都心に着くことができるようになります。家から至近の鉄道がすごく便利になる。あと10歳くらい若ければなあ…。あ、これもグチか。

ツイッタ―にも記した「しまむら」の特売に行って参りました。
 「これからはユニクロじゃない、しまむらだ」と言った友人がおるのですが、何と言うか、仮にユニクロが麻布のカフェであるとするならば、しまむらは武蔵小山のお蕎麦屋さんという居心地の違いがあります。はは、歳を取ったということでありましょう。でも、同じビルに入っているアパレルのお店がガラガラだったのに、しまむらは賑わっておりました。
 特売日ゆえ「値下げ 300円」なんてジャケットもありましたし(自分には小さいだろうけれど一瞬欲しくなったぞ)、「半額 2450円」のジャケットにも惹かれたのですが、こらえました。
 「さあ、袋を開けて新しい服を着よう」というワクワク感は、あまりないのですが、そこがお蕎麦屋さんのお蕎麦やさんたる所以でありましょうが。

しまむら_convert_20171126175224

手帖1_convert_20171125200259
















 突然ギャラが入ったので(フリーランサーの醍醐味です)、いつもと違うことにお金を使おうと思い、渋谷のロフトで「ワナドウ手帳」の「鉄道」を買ってみました。
 この手帳のメインコンテンツになっているのは、裏表紙(下の写真)に出ている「ログページ」。旅の記録をメモして、写真を貼り、乗車区間を記載してゆくというもの。他に、保存車両のリストや、鉄道地図などが載っています。
 たわいないと言えばたわいないかもしれないけれど、でも夢がある。文房具などの知的アイテムは、この「夢を紡がせる」部分が凄く大切なのだと思う。いや、それは文房具だけに限ったことではない。ソフトはみなそうだし、鉄道だってそうだ。ただコストダウンを繰り返すことが、その世界をいかに不毛なものにしてしまったかは、誰もがよく知っている。
 夢を作らなきゃ。次は「グルメ」や「温泉」といった手帳も買ってみようかな。

手帖2_convert_20171125200507



IMG_0102_convert_20171019003047.jpg

 今、この記事を書いているのが日付が変わった後のことですから、もう一昨日のこととなるのですが、セリーグのクライマックスシリーズファーストステージの第3戦の試合を見に、横浜スタジアムで行われたパブリックビューイングに出かけてきました。
 これはスタジアムのスコアボードをテレビとして使用し、観客席で見ることができるようにしたもので、入場は無料。後から見た資料では1万2000人が集まったということですから、この季節であれば、ホエールズ時代の試合よりも多いということになります。
 わざわざ出かけたのは、私の家では甲子園の野球中継が見れないことと、最近は頻繁に行われるようになったこの形態での中継が、どれくらいの盛り上がりを見せているのかを知りたいということからでした。

 実際に球場に行ってみますと、盛り上がりぶりは想像どおりでした。スコアボードのテレビから流れる甲子園での応援に合わせて、横浜スタジアムでもファンが声を合わせて応援していました。それはもちろん、甲子園の試合会場には届くはずのないものなのですが、それでもファンが集い、応援することで、ファンが一体感を楽しみたかったということでしょう。なにしろ入場無料なのですから、球団には感謝!です。

 今、ベイスターズは、実にさまざまな仕掛けを続けて、横浜でもプロ野球人気を高め続けています。それは実に手の込んだやり方で、実際に試合を見に行っても、野球を見ているより、コンサート会場、ライブ会場にいるような感覚、充足感を味わうことができます。おかげで、チケットを取るのもひと苦労ということになってしまいましたが、それでも地元の球団が不人気球団と言われるよりは遙かに良い。それに手を替え、品を替えのアミューズメントの戦略には大いに刺激を受け、何とか自分もこのような形で仕事を展開できればと、そんな妄想に陥らされてしまうのです。
 
 球場はいつも満員。すっかり変わった横浜スタジアムの姿を見ていると、楽しいものさえ創り出すことができれば、ファンはちゃんとお金を払って集まってくれるのだということが解ります。さて、すっかり疲弊してしまった感のある、出版界、鉄道界をどうやって行けば良いのか?答えなどすぐに解りはしないのですが、何かとことんやらなければならない。ベイスターズの人気を見ていると、いつもそいう風に、思わされるだけは思わされているところです。