いま、私の手元に時代の先端をゆく漫画『ねことじいちゃん』がある。ねこまきという、実に脱力な著者名は置いておいて、この漫画もネコという、どうせ大したことは考えていないはずの動物に振り回される人々の、ささやかな幸せが描かれている。
 舞台はネコがたくさんいる、とある島。主人公の一人である大吉じいちゃんは名古屋訛りの言葉を話すので、三河地方かどこかの島が舞台ということになるのだが、なに、描かれる風景は、日本の小島の普遍的なものだから、読み手が勝手に想像すればヨイ。
 登場するのはたくさんのネコと、それから島に住む高齢者がほとんどで、でも、皆ささやかに幸せそうに見える。つまり、閉塞感だらけの日本も、こうして高齢者が自立し、若者が高齢者をリスペクトして社会が回転すれば、目をそむけずにすむコミュニティが成立するのではないか?と、あざとい読者はそこにヒントを見出そうとするわけだが、なあに、ネコはそんな難しいことに関心なんかない。
 じいちゃんが、先立たれた妻のことを思い、ネコが来てからは絶えなかった夫婦喧嘩がなくなったと、ネコに向かって「うちに来てくれてありがとうなぁ」と呟く。それだけで、一つの物語が出来上がってしまうのだ。
 で、ネコは相変わらず膝の上で丸くなり、ときどき「ぶに~」などと啼いてみせるだけなのだが、なぜか、ちゃんと主役が務まるところが、巡り合わせの妙、である。

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記事を執筆させて頂きました『Kiite!』が自宅に郵送されてきました。うほほほほ。まるで女性誌。この本は郵便局に置かれるとのことですが、女性読者を意識した作りです。その中で今回は「グルメ列車に乗ろう!」という特集があり、その中に私の執筆記事があります。
 しかし、意外に大特集だったんだなー。それならもっと書きたかったなー。でも特集のトップに近いところの記事だし、歴史の話はこの中であれば私にしか書けないだろうから、それはそれでいいかなー、などと思いながら、日頃ちょっと見慣れない、パステル調デザインの誌面を繰ったのであります。厚い雑誌ではありませんけれど、この雑誌の編集さん、結構頑張ってますよ。郵便局で、是非、ごらん下さい。

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大井川鐡道5月8日発のプレスリリースについて、以下、お知らせします。
5月19日にブライダルトレインが運転されます。

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幸運の汽笛は二人で鳴らします
SLブライダルトレイン運行について

大井川鐵道㈱<本社:静岡県島田市、代表取締役:前田 忍>と㈱日本旅行<本社:東京都中央区、代表取締役:堀坂明弘>が共同で実施する「SLブライダルトレイン・パッケージプラン(通称 SL結婚式)」が5月13日(土)に挙行されます。今回は新郎新婦の強いご希望により「幸運の蒸気機関車」と呼ばれるC56形44号機がお二人の明るい未来への先導役として牽引いたします。詳細は以下のとおりです。

挙行日、運転概要について
運転日
2017(平成29)年5月13日(土)
運転時間
<往路>
新金谷駅発 12時35分 → 千頭駅着 14時02分
<復路>
千頭駅発 15時20分 → 新金谷駅着 16時57分

列車編成
<往路>
C56-44(正向)+普通客車+お座敷車+展望車
<復路>
C56-44(逆向)+展望車+お座敷車+普通客車

C56-44
1936(昭和11)年製造。最初は北海道・札幌近郊に配置されたが1941(昭和16)年軍事供出のため、タイ・ビルマ(現ミャンマー)方面に送られ、終戦後はタイ国鉄735号SLとして同地の復興、発展に寄与した。同機関車についてはこのまま日本に帰ってくることはないだろうと考えられていたが、1979(昭和54)年、奇跡的に日本への帰還をはたし、1980(昭和55)年から大井川鐵道で営業運転を始めた。このことから「奇跡の帰国を果たした幸運の蒸気機関車」と呼ばれることもある。今回のブライダルトレインの牽引機にはお二人の強いご希望でC56-44が担当することとなりました。多くの人たちを勇気づけ、希望の光をもたらしたC56-44に牽引された今回のブライダルトレインはお二人の愛と夢、多くの祝福を乗せ、新緑の川根路を快走します

参加人数
約80名
新郎・新婦プロフィール
新郎新婦
山本 誠(やまもと まこと)さん 39歳
山本 直子(やまもと なおこ)さん 42歳
ご出身
神奈川県
神奈川県
ご職業
鉄道模型販売店経営(平塚市)
保育士(小田原市)
ご結婚に至るまで
 ご友人のご紹介がお二人の出会い。
 御新郎の誠様は以前から大井川鐵道に通い鉄道写真を撮影するいわゆる「撮り鉄」。
 御新郎様のリードでお二人は何度も大井川鐵道を訪れ、お付き合いの中で愛を育んでこられました。
 御新婦の直子様の次に大井川鐵道を愛する御新郎様はある日、「SLブライダルトレイン・パッケージツアー」のことを知ります。そして、「二人の記念日はぜひこのプランで彩りたい」と御新婦様に相談されたのです。
 御新郎様の気持ちを世界で一番理解されている御新婦様はご主人の提案を快諾。5月13日のブライダルトレイン(SL結婚式)へと至ったのです。

「SLブライダルトレイン」誕生秘話
JR西日本のグループ会社である㈱日本旅行は、旅行会社として鉄道ファンを対象としたさまざまな鉄道関連企画を催行。中でもブライダルトレインは多くの取扱実績がありました。「鉄道での結婚式」という商品は、鉄道ファンのお客様に需要があることは明らかであったものの、ご依頼があって初めて企画・手配を行うものであり、その実現には多くの手間がかかることで、お客様の需要には応えきれないのが実態でした。
そこで、あらかじめ内容をパッケージ化することで、お客様にとっての実施ハードルを下げ、内容をわかりやすく伝え、なによりご満足いただける挙式方法を提供する手段として、鉄道会社との共同催行を考えたのです。開催パートナーを模索する中で、保存SL列車運行の草分けであり、鉄道に詳しくない方でもイメージのわきやすい大井川鐵道が浮上したのです。
一方、大井川鐵道でもその昔、お客様からのご要望でSL列車を貸切で運行、車内での結婚式を実施したことがありました。人生における「特別な日」の舞台をSLが務めるという経験をしながらも、実に長いブランクがあり、その実施ノウハウはほぼなくなっていたのです。
そのような事情の両者は共同開催での「SL結婚式」を実施することに合意。2013(平成25)年2月、舞台は大井川鐵道、販売は日本旅行で「SLブライダルトレイン・パッケージプラン」発売開始。初回は2014(平成26)年4月に催行、定期的にお客様にはお申込みをいただき、今回が5回目の実施となります。

当日のスケジュール(予定)
11時00分~11時40分
受付開始。新郎新婦デザイン、オリジナル記念硬券配布
11時20分~11時40分
新郎新婦が着付けなど準備終了後、新金谷駅に到着。
※報道機関のみなさまへ:お二人へのインタビューのこの時間を使って行っていただきますようお願い申し上げます
11時54分~12時16分
新金谷駅ホームにて挙式(人前式)
 新郎入場 新金谷駅長先導による新婦入場
 人前式説明
 結婚宣誓 結婚承認動議承認
 新金谷駅長 結婚証明書署名~授与
 新郎デザイン SL用オリジナルヘッドマークを二人で装着
 SL先頭部で記念撮影
12時35分
SLブライダルトレイン、新金谷駅を発車 乾杯発声
12時45分
新郎新婦検札(受付時に配布した記念硬券に入鋏)
13時04分
抜里駅通過~沿線住民のみなさんによる盛大な歓迎行動(大型パネル掲出と旗ふり)
新郎新婦は列車最後尾に展望車デッキよりお手振り返答
13時05分
大井川第一橋梁通過。川根温泉ふれあいの泉 露天風呂のみなさまからの手振りに展望車デッキよりお手振り返答
13時14分
地名駅停車(休憩)
13時27分
地名駅発車、主賓あいさつ
13時58分
千頭駅着
 SL前で記念撮影
 乗務員に記念品贈呈
14時40分
SL前にてケーキ入刀(ケーキはSLの形)
ラストバイト、ファストバイト 新郎新婦によるC56-44の汽笛吹鳴
15時20分
千頭駅発車 友人のみなさまによるスピーチ
16時01分~16時16分
抜里駅停車
沿線住民による歓迎行事 記念品交換 記念撮影
16時19分~16時29分
家山駅に停車
家山名物 抹茶たいやきの積み込み
16時57分
新金谷駅着
17時10分
閉宴式


旅に出たらカレーライスを食べたいということを言ったのは檀一雄で、チキンライスを食べたいと言ったのは池波正太郎。食通の先生方が何をまた?とも思わされるのだけれど、つまりは肩肘張らず、庶民的な味で、旅のひとときを楽しみたいということなのだろう。

 けれどもやっぱり、旅には蕎麦が欠かせない。この連休は長野県の松本市で蕎麦三昧を考えていたのだけれど、1泊2日くらいの旅ならば、なにも混み合う連休に出かける必要はない。そんなわけで連休は、一日だけ図書館と古書店を巡った以外は自宅で過ごした。

 その図書館の帰りは、自転車で走る道をいつもの東神奈川経由とは変えて、相模鉄道沿いに走ってみた。和田町から羽沢に抜ければ、途中の急坂を自転車を押して歩く必要はあるけれど、図書館のある日ノ出町から自宅のある新横浜への抜け道になる。
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 で、その途中で、和田町駅の近くにこんなお蕎麦屋さんを見つけ、自転車を止めて、歩道を後戻りして立ち寄ってみたという次第。

 午後の3時前のことで、お客さんはおらず、客席では店のおばちゃんが食事の最中。客席の天井近くにはテレビがあって、チープなサスペンスドラマを流している。捜査官があんな往来で、大声で捜査の打ち合わせをするかなーなどと思いながら食べた盛り蕎麦は意外と美味しく、ちょっとした旅行気分を味わえたのだった。
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食事を終わる直前に、惜しくも犯人が取り逃され、家に向かう途中も「そろそろ捕まったかなあ?」などと考えながら走る。ドラマの結末は解らないままだったけれど、「さあ、次はどこに行こう?」と、ちょっと元気が出たのだった。もちろん、和田町にも、また行こう。
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本日の古書店巡り(と言っても2軒だけだけれど)の戦利品。
“102歳のカメラマン”と形容されるようになった、カメラマンの大先輩、笹本恒子さんの自伝。ヤフオクなど見ても、笹本さんの本はかなりお歳を召された後のものばかりが出ているのだけれど、この本は笹本さんが第一線でバリバリ動きまくっていた時代の記録。
でも。
本の最後のところが、結構いいんだ。飛び飛びで少し抜粋すると、
「六〇年安保の後、雑誌が相次いで廃刊されたのは、大きな打撃だった」
「間断なく仕事に恵まれてきた私には、新しいマーケット開拓への見当がつかない」
「過当競争は激しくなる一方」
「仕事のない日が続いた」
 こうして笹本さんは、半ば仕方なく、空いた時間を活かすために、文章を書き始める。けれども、
「原稿を書き進めているうちに、私はそうはしていられないことに気づいた」
 早く確実な収入を得なければ、生活が賄えないことに気づいたのだという。
 こうして、これもやむなく笹本さんは副業を始める。オーダー服のサロンを開き、あるいはフラワーデザインを手がけ、笹本さんが写真の世界に戻ったのは、それからずいぶん後のことで、それまでの間に、ネガをハサミで切り、焼却炉に送ってしまったこともあったという。その作業を続けなかったのは、ネガの量の多さに、作業を続けるのが億劫になったからなのだと言う。
 笹本さんがバリバリ働いていたのは昭和中期だから、今ほどの不況ではないはずだけれど(不況期があっても、比較的短い間のうちに回復したのではないだろうか)、それでもフリーのカメラマンは、今日と同じような苦境に苦しめられていたことになる。
 色々なことを書ける。「苦しみのない人生なんて、なんの味わいもない」とか、「あの大先輩の笹本さんだって、これだけ苦しんだのだから」とか。
 「ただ一度の人生なら、気が済むようにやろう。逆境を楽しもう」でもいい。これは本当に人それぞれ。
 それからこれは本論ではないけれど「ヤフオクとアマゾンと、ブックオフばかりに頼らない方がいいよ」ということも、私は結構強く言いたいなあ。
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 本日は町内会の総会でした。私は会長から書記を頼まれており,書記は,要は居れば良い,議事を正確,そして公平に記録すれば良いわけですが,座る位置は議長の隣で,どうしても執行部側のような気持ちになります。そうすると,案外色々な部分でプレッシャーも感じるもので,終わった時は,ほっとしました。で,そうなることも解っていたので,終わったら,自転車で白楽にカレーを食べに行こうと,数日前からそう思っていおったわけです。そんな訳で,地元のサリサリです。
 
 お店に失礼な言い方をすれば,なにしろ不思議なお店で,お店のあちこちにファンキーな標語が掲げられているし,メニューは1種類だけだし,ご主人は怪しい仙人みたいだし,でも,味はしっかりとした個性のあるもので,不思議な店構えと,個性的な味という両方を合わせるのであれば,私が回った各地のカレー屋さんの中でも,個性派ということでな3本の指に入りそうです。

 ウィークデイはあまり混まないお店なので,たかをくくっていたら,日曜日の今日は違いました。座れてよかった。鶏肉を使った,ドライカレー風の味なのですが,写真に写っているように,風味のあるオイルが絡めてある。前々回にこのお店に来たときに,ご主人と話をしたら,「(味作りに)スープは使わない。塩と,漢方薬だけ」と仰っていましたから,使うのは,塩と,スパイスと,あとは何だ?よく解らないや。

 そういえばお皿も,少し変わったお皿なのですが,相席のお客さんのお皿を何となく見回すと,6皿全部違うお皿でした。「へー,案外,楽しんでいるんだ」とも思ったのですが,消耗するたびに同じお皿を探すのが大変で,こうなったというのが真相かもしれません。それはそれで,いいんだ。

 食事を終えて,ご主人の,何だか弱々しい「どうもありがとー」という声に送られて「やたら威勢の良いラーメン屋より,こちらの声の方が味があるかなー」と思いながら外に出たら,お店の構えを写真に撮っている女の人がいました。なにしろまあ,そんな不思議な,味だらけのお店であります。

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「作品に取り組んでいる時は,影響を受けるといけないので,芸術性の高い作品は読まない」ということを言ったのは開高健だけれども,私にはそんな力はないので,むしろ影響を受ける本を読んでいる。
写真の本もそのうちの一冊で,ずいぶん前にアマゾンで衝動買いしたもの。立原正秋だの,檀一雄だのといった食通,というよりも食いしんぼ,が多数登場して(いまや故人も多いけれど),自らの作品で自らの食を語っている。
登場する多数の作家の中で,何とも気障なナンバーワンは,断然,立原正秋で,けれども文章のうまさも群を抜いている。これが作家というものなのだろう。それであれば,私もそうなりたい。先生は,朝からビールを飲み,松茸だの,ステーキだの,がんがん食べているのである。そうなりたい。そのくせ,これは別の作品でだけれども,「夜更けの雑炊には希望がある」などとも,先生は書いている。
どちらも,劣らず,美味しそうだ。

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本との出会いというものも、人との出会いと同じように、多少の運がつきまとっているような気がします。
 その意味ではこの本と、かなり早い時期に出会えたことは幸せなことだったと思います。横浜の日吉にある古書店で購入した記憶があるから、それであれば大学の3年生か4年生の時ということになります。
 この本の著者の岡田喜秋という人が、「旅」という月刊誌の編集長として一時代を築いたことなどその頃は知らず、けれどもこの人の紀行文には惹かれました。それまでの紀行文といえば、列車なら列車に乗って窓の外を描写し、何か物思いに耽り、また窓の外を描写して、駅に着いたら空を見上げる式のイメージが強かったですから、岡田さんの、人、というよりも人と自然の関わり、人の暮らし、が主役の紀行文は、最初はずいぶんと難しく、それでも必死になって読めたのは、私も若かったから、なのかもしれません。
 この本には、木曽森林鉄道の王滝本線も登場します。路線の終点には三浦(みうれ)貯水池があって、その姿は4色刷りの地勢図にも美しく描かれています。その姿に憧れて、岡田さんは森林鉄道に乗って、ひたすら上流を目指します。けれども軽便鉄道の終点に待っていたのは、赤茶けた湖岸の広がる人造湖で、岡田さんは、失望を胸に、現地の人の宿泊の誘いを断って、すぐに山を下りてしまったのです。
 この本に出てくる1編1編には、そのような物語が仕込んであって、だから読み手も、色々なことに思いを巡らされたものです。それに比べれば、鉄道に乗るだけの紀行文は、この本に出会った以降は退屈で、早い時期の出会いが、自分には幸せなことだったと思うのです。
 翻って自分を見て、今の自分が、今の自分よりも遙かに若かった岡田さんが書いた文章に少しでも迫っているのか?自信はまったくないのですが、未だに目標ではあると、勝手に、そう思い続けています。

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箱根登山鉄道の撮影は、計3日間で終了しました。ムックの特集ページ用でしたが、あまりページ数が多くなかったので、3日で済んだという次第。それでも、これまで知らなかった撮影地を見つけることもできて、これは同じ撮影場所に通うことの魅力、楽しさです。

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江ノ島電鉄もそうですが、この箱根登山鉄道のような、撮っていても、乗っていても楽しい鉄道が、自宅からそう遠くない距離にあることは、本当に幸せなことだと思います。それから今回の取材で勉強になったのは、町立温泉小学校と、温泉幼稚園の廃止のこと。これは先生に話を聞いて、その動きを教えてもらえた訳です。撮影に出かけると、ともすると1日、誰とも口をきかずに終わってしまうことがあるのですが、地元の人と話をすることは、本当に大切なのだなと、改めて痛感しました。

写真は小涌谷駅ですれ違う、箱根登山鉄道の旧型電車。古い電車というのは、本当に格好良いものだと思います。


いすみ鉄道のインタビュー記事に興味があって、週刊「プレイボーイ」を買ったわけですが…。
 まあ、何と言うか、「焼け野原」という印象です。何が?って、誌面。自社広告以外、ほとんど広告が載っていない。昔から、こんな風だったろうか?男性向けの週刊誌というと、バイクや車や、そういう広告がたくさん載っていて、それが時代を反映し、そして時代を動かしていた。そういう広告が週刊誌に載っていたかは覚えていませんが、「ケンメリ」なんて、広告に憧れたもの。「女の子と、あんな旅をしてみたい」って思ったもの。
 「プレイボーイ」誌の広告は電子媒体に関するものがほとんどで、それもほとんどが自社広告だ。自動車会社の広告は、メディアが我も我もと出稿を甘えすぎたという大いなる反省は必要だけれど、ここまで無くなってしまうものか?これはメディアの側にも責任があって、恐らくは編集者自身が、文字を読むことの面白さを、あまり理解していないのだと思う。まあ、大手出版社のことだから、それなりに意志はある人たちなのだろうけれど、どこか投げやりな印象も拭えない。ちゃんと、紙媒体で勝負してくれよって、これはもう嘆願に近い感想。
 ところでこれは八つ当たりですが、石破さんのインビューは、自身は傷つくことのない原則論ばかりで、面白くない。原則論を並べながら、自分は理解者であるという言葉を加えるのは、面白くない。こういう人を論客だなどと、祭り上げちゃだめだよ。編集さん。これは鉄道会社にも責任がある。弱い立場のライターは鉄道会社が敵視するから、こういう攻撃されない立場の人間ばかりが起用されて、メディアに力がなくなってゆく。
 「君の意見には反対だが、君がそれを主張する権利は命をかけて守る」という言葉があるじゃないか。例え辛口の意見であっても、それを抹殺しようとすれば、その見返りだって必ずあるものだ。と、これも八つ当たりです。