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昨日は、東京・木場にあるフランス料理レストラン「アタゴール」に昼食を食べに出かけました。
このレストランには、その昔JR東日本が運転していた「夢空間」という名前の客車1両が置かれてあって、客席の一部として使用されています。シェフの曽村さんは、アジアとヨーロッパの「オリエント急行」でシェフとして働いた経験を持ち、これは日本人では唯一なのだそうです。曽村さんのお店に置かれた客車は、本当に良いランドマークとなっています。
写真は客席。右手に客車が置かれています。

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数年前にムックの取材で曽村さんにお話を伺ったことがあり、それ以来、お付き合いを頂いています。とはいえ、年に2回くらいしか行っていませんから、威張れるようなものではありませんが。


この日のランチBのオードブルです。幾つかの中からチョイスできます。
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そしてこちらが、メインの「肉料理」の方。いかにも現代風の色彩感に溢れた料理です。これでも、結構なボリュームがあります。
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シェフの曽村さんと、支配人の市川さん。コックさんには寡黙な人が多くて、曽村さんもそうなのですが、凄く明るい方です。「明るい寡黙」なので、何でも良いからお話を伺いたくなる。そして市川さんももの静かな方なのですが、昨日はご出身の長野の話を伺いました。
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「美味しい料理の条件とは、食べた人の記憶に残ること」と、曽村さんは仰っていました。これは本当にその通りで、大げさでなく、一生忘れることができない味というものが、確かにあります。「アタゴール」の料理も、確かに印象的です。

記念の写真を撮らせて頂き、最後には「良いお年を」と言って頂きました。後からメールで「でも、できることなら、今年のうちにまたお伺いしたいものです」とは書いて送信しましたが。
まあ、年内はともかく、来年は、いつもの倍くらいはご馳走になりに出かけたいものです。

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箱根駅伝を小涌谷の踏切で観戦する場合、11時小田原集合(私は友人と待ち合わせてから、現地に赴きました)では、登山電車の行列待ちの間、タイミング的に間に合うのか、少し不安になります。駅係員からハンドマイクで、「これからでは間に合いません」なんて言われたりしますので。10時半なら大丈夫でしょう。
 それでも何とか11時過ぎに小田原を出発しますと、小涌谷には11時40分くらい着かな。それからここで小1時間、選手が走って来るのを待たなければなりません。
 ⒓時に、どこからか、チャイムが聞こえてきます。沿道の誰かがラジオを鳴らしたりしていると、「先頭は小田原の中継所」なんてアナウンスが聞こえたりしますが、それでも、まだ静かなものです。
 やがて花火がドンドンと響き、こちらの気持ちもこれで高ぶってきます。いよいよ来たなという感じ。そしてヘリコプターの爆音が聞こえる。続いて、何台もパトカーが通過し始め、大会関係者の車から「間もなく選手が来ます」というアナウンスもある。さらに続いて、実にいろいろな車が通過してゆくのですが、このあたりの順番は、テレビ中継では解らない。それを目の当たりにできることが、沿道に繰り出すことの醍醐味でしょうか。
 そして、坂の下の方から、歓声が潮騒のように聞こえてきて、それが少しずつ少しずつ大きくなる。白バイも2台だけでなく、何台か通過するのですが、歓声が聞こえたら選手がやって来るのはすぐ。そして選手を見ながら、多くの観衆が「頑張れ!」などと叫ぶのですが、あれ、見る側も相当にハイになっているのでしょうね。
 選手団の通過にそんなに時間は要しません。たいがい最後は「学連選抜」。それが通過すると、また報道だの、大会関係者だの、警察だのの車が大挙して通過し、最後にやはり大会関係の車が通過して、「これですべて通り終わりました」とアナウンスを続ける。
 でも、これが集団の本当の最後ではなく、実はこの後ろにいつも、大量の「一般の人」が漕いでいる自転車が、集団について走ってきます。この自転車の大集団も、決してテレビには映りません。
 数年前には、「沿道で母校を応援したかったけれど、友人がどうしても福袋を買いたいと言い出し、東京駅の大丸で福袋を買ってから、新幹線で追いかけた」という女性編集者がいました。
「湯本で見ることができました」と言っていましたので、惜しまず新幹線を利用すれば、駅伝観戦の領域はずいぶんと広がるようです。

 どういういきさつだったか、今日は打合せの最後に「皆、どこで箱根駅伝を見る?」という話題になりました。私は「去年は行かなかったけれど、その前の年は、箱根登山鉄道の踏切」と答えたら、「鉄だなー」と言われ、その発言の主は川崎なのだと。なんでも選手が通り過ぎたら、その後は川崎競馬に行くのだそうで。

 横にいた一人は、「俺は家でテレビだ」と言っているところに、後から会議室に来たスタッフは「毎年、カミさんの実家に行っている」と、なんだか素行調査みたいになってきた。でも、結構、皆、あれは見ているようです。

 箱根登山鉄道の小涌谷の踏切には、いつも登山鉄道の運転指令の人が来ていて、選手団の動きと、列車の現在位置をリアルタイムで監視しながら、列車を一旦停止させるか、先に踏切を通過させるかを判断しています。もちろん、列車を一旦停止させればその後はダイヤが乱れることになるから、できるのならば、そうしたくないというのが鉄道事業者の立場でしょう。けれどもある年は、どんぴしゃでバッティングしてしまって、現場から「今年は選手をすべて通します。運転整理よろしく」と連絡していた。運転整理というのは、ダイヤを復旧させるための工夫であるわけですが、それを全面的に委任したというわけ。

 けれども、年に2日だけのことであるし、ダイヤが乱れたとしても、「駅伝開催により」とアナウンスすれば、お客さんは怒らないのではないでしょうか?数年前には、京浜急行の京急蒲田駅の近くにあった踏切が線路の高架化によって廃止され、駅伝の開催によるストレスは解消したわけですが。

 観客の立場で言えば、それも少しつまらない気がします。
 もうすぐ、年末、そして年始です。
 皆さんは、どこで?


 これは先日のこと。とあるスーパーマーケットをぶらついていたところ、この近所にある専門学校の生徒らしい女の子が、買い物に来たおばあちゃんを捕まえて、どのカップ麺が美味しいのか、アドバイスをしていた。
「これを買うのだったら、そちらの方が20円安くて、美味しいですよ」と、その口調は何やら自信に満ちているように感じられた。そしておばあちゃんからお礼を言われた応えが、
「いいんです。私、カップ麺マスターですから」 というものだった。その口調もとても自慢げに聞こえるもので、これが若い人が相手だったらうまい突っ込みを入れてもらえるところなのになあ、と、せっかくのギャグが不発に終わったのが、傍で聞いていても、少しもったいなく思えた。

 それにしても、私が若い頃、つまりまあ30年くらい前までは、インスタントラーメンというと、貧乏とものぐさの象徴だった気がするが、現代のカップ麺には、本質的な部分は変わらないにしても、あの頃のインスタントラーメンのようなうらぶれたイメージはなくなっているのだなと、これは女の子の口調を聞いていて感じられたのだった。何しろマスターですからね。

 世の中には進歩するものと、置いていかれるものの2つがあって、その差はどこから生まれるのかというと、やっぱり勢いなのだろうと思う。それであれば、これから私も何かのマスターを名乗って、勢いをつけてみようかとも考えたのだが、これが案外難しい。牛丼マスター、カレーマスター、回転寿司マスターなどを名乗ってみても、そんなに奥行きが感じられず、それではマスターという称号がサマにならないのである。カップ麺というのは、その点、実に良い落しどころなのだった。

 それでは私もカップ麺で行くかとも思ったのだが、スーパーのあの巨大な棚にずらりと並ぶカップ麺の数を思い出し、自分には無理だと、それは確信できた。
 
 匙加減は大事だと思う。何事も。

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渋谷で突然1時間の空き時間ができてしまった。その後が喫茶店で打合せだったので、お茶を飲む気にもなれず、東急百貨店本店にあるジュンク堂へ。とにかく大きな店なので、何かいつもと違うものを買おうという、当てのない書店探訪には好適だ。結局、大沢在昌さんの「新宿鮫」シリーズの番外編とも言える一冊を購入する。

 恐らくはこの短編集は(そのような人はまずいないだろうけれど)、「新宿鮫シリーズ」を読んでいない人には、ほとんど面白さが感じられないはず。その代わり、シリーズをすでに何冊か読んでいる人には、行きつけのバーに新しい酒が置かれたような、そんな快感を味わえるのではないかと思う。「新宿鮫」の主人公は、鮫島という警部なのだけれども、この短編集では、彼の上司や、ガールフレンドの目線で鮫島が描かれ、鮫島の人間性にディテールが加えられている。そこが楽しく、常連(読者)が、常連の顔をして威張れるというわけ。

 個々の作品は、短編の本分が踏まえられており、ストーリー展開というよりも、読後の余韻を味わえる。派手な銃撃戦が始まるわけでなく、その寸前で、登場人物が衝突を避けて別れてゆく。なんだか、ヘミングウェイの短編を読んだ時のような余韻があり、本当は、こんな味の小説をもっともっと読みたいとも思った。

 帰りの電車の中で3編読み、本当はこれから没頭したいところなのだけれど、これから仕事をしなければならないのでお預け。良い本には、お預けの快感というのもあるということを、再確認したところです。

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 その仕事に出会ったのは、いつのことだったろう?少なくとも10年以上前で、恐らくは12~13年前のことではなかったかと思う。ある玩具メーカーの社長さんから連絡があり、鉄道の玩具を売るための会議をしたいということだった。もう時効ということにさせて頂いて書いてしまうと、「ブリキで作った鉄道の玩具が大量に売れ残っているのを、倉庫で見つけた。それをどうするか?誰に聞いても、捨てるのが結局いちばん安上がりという。でも、私は、何とかしたいのです」というのが、社長さんの弁。会議室には、私の他に、デザイナーさんであるとか、他のメーカーの方であるとか20人くらい集まっていたと思う。私は鉄道の実物に知識があるアドバイザーといったところ。その会議でずいぶん色々な意見が出たのは、社長さんの進行がうまかったことと、それから気合いではなかったのかなと思う。

 会議が終わって解散し、少ししてまた連絡があった。「商品化する。ついては各パッケージに入れる短い解説を書いて欲しい」とのこと。簡潔なものと、絵本の解説のようなタッチと、2種類を書いてメールし、判断を仰いだ。すぐに社長さんから携帯に電話があり、どちらが選ばれたのかは忘れてしまったけれど、「これでお願いします。それから池口さんの顔写真を送って欲しい。解説文に似顔絵を添えるから」とのことだった。

 しばらくして商品の見本が送られてきた。箱を開けて驚いた。個々の車両は1両ずつシュリンクされ、壁に吊るせるように工夫されたパッケージの厚紙の部分には、「昔、子供だった大人たちへ」であるとか「私、ブリキなんです」というポップなコピーが、商品ごとに幾つかパターン変えて、ゴシック体で大書きされていたのだった。私は1回で放免されたけれど、あの後に、デザイナー、コマーシャルコピーライターは、相当に打合せを重ねたのではないかと思う。そうでなければ、これだけ思い切った商品にはできなかったと思う。その後に聞いた話では、販路も通常のルートではなく生協に出されたといい、製品は完売となったとか。

 私のところに届いたサンプルは、結構、いろいろな人にプレゼントしてしまい、写真のものが貴重な生き残り。これを見るたびにあの時を思い出す。物を売るには、少しの工夫を惜しまずに注ぐこと、という貴重な教訓と一緒に。でも、これが「最後の1両」じゃないのだな。部屋の中のどこかにもう1両、新幹線が残っている。だから、この1両を見ても、そんなにおセンチにはならずに済んでいる。もちろん、パッケージの中に入れられていた私が書いたコピーと、線画によるコミカルな似顔絵も確認済み。ただ、これはもったいないことに紛失してしまった。今、見直してみると、きっと私の似顔絵も、ずいぶんと若いのだろうと思う。

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ビジネスジャーナルに執筆しました"本物の豪華寝台列車でオリエント急行のフランス料理を楽しめる、東京・木場のレストラン!が掲載されました。
幾度か、このブログにも報告させて頂いています木場のフランス料理レストラン「アタゴール」で、シェフの曽村さんにお話を伺って構成した記事です。

この時のインタビューは4時間。曽村さんには、3000字の原稿には長すぎる時間を割いて頂き、食材を冷蔵庫にしまう時の順番であるとか、「料理人を教育する時、まず最低限のことと英会話を教えるべきなのか?それともトイレの掃除からさせるべきなのか?」というような、どこにも記事になりっこないような話題にまで、教示を頂きました。これは、私のこれからのバックボーンとさせて頂けるのだと思います。そして、ライティングビジネスという仕事の役得みたいなものも、存分に感じたのでした。

「これはオフレコね」という但し書きつきで、昨今の「鉄道の食」に対するご自身の感想も、ずいぶん伺いました。オフレコなのですが、少しだけ漏らしてしまうと、要は「必要なことは、美味しいものを作って、お客様に喜んでもらうことだけでしょう」ということでした。

わずかなことしか紹介できなかったかもしれない記事ですが、よろしければ、ご覧ください。

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 昨日、山手線で建設中の新駅の駅名が「高輪ゲートウェイ」と発表されました。
 賛否両論と言いたいところですが、ネットなどを色々見ていますと、ほとんどすべて失望の表明でした。まあ、マニアは悪口ばかり言いたがる種族なのですが、気になることは、得票では第一位となった「高輪」の8300票あまり、第二位の「芝浦」の4200票あまりとは、およそかけ離れた少数のものが採用されたことで、「これなら最初から、公募などするべきではなかった」という意見には、大いに頷けます。今頃、多くの人が、がっかりとした気持ちになっていることでしょう。これが、採用作が3位くらいの得票(というか応募数)を得ていたのであれば、まだ、納得もできるでしょうが。

 もちろん、公募というものは、単に数の多さだけで決まってしまうものではありません。そういうことであれば、何もかもが組織票で決定されてしまうということがあるかもしれません。それもまた、公募の趣旨に反することでしょう。鉄道関連の物に限ってみても、今までの公募の例で、何も得票数だけで決まったわけではないものがたくさんあります。

 そもそも、日本の初めての愛称名付き特急が運転されることが決まったとき、愛称名が公募されました。そして第1位の「富士」と、第三位の「櫻」が採用されて、それぞれ東京~下関間運転の特急として運転が開始された。昭和4年9月のことです。

 それでは、第二位の愛称名はどうなったのか?この時の第二位は「燕」でしたが、このスピード感のある愛称名は、この翌年から運転が開始される特急に使用されることになった。「燕」は、途中の停車駅を制限したり、機関車のつけ替えの数を減らすなどの工夫をして、東京と大阪の間を初めて8時間20分で結び、「超特急」の愛称名もつけられています。スピード感のある愛称名は、取っておかれたのですね。これなら、「燕」に投票した人も納得したことでしょう。

 今回も選に漏れた人には、なんだかの形で「お返し」をしてあげて欲しいと思います。それが利用者への還元であり、鉄道と利用者も間に絆を強いものとする鍵になると思います。

「残念でした」だけでは、次からはもう誰も投票したいと考えなくなってしまうかもしれません。


 江ノ島電鉄が駅のイルミネーションを行っているというニュースを見ましたので、現地に行ってきました。
 ホームでイルミネーションを行っているのは江ノ島駅、鎌倉高校前駅、長谷駅の3駅でした。写真は長谷駅。この駅のものが、いちばんロマンチックな雰囲気であったようです。

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 実はこの写真を撮っている時に、若い駅員さんが話しかけてくれました。
「もう、長谷寺には行かれましたか?」
とのこと。なんでも、この季節は紅葉のライトアップを行っているのだそうです。この時点で夜の6時。これから長谷寺まで行っても、30分ほどしか撮影ができそうにありませんでしたから、出直すことを申し上げました。
 このような話をする時、鉄道で働いている人は、とても真摯な話し方をしてくれるものです。そしてそのことは、私たち鉄道好きにとっても誇りになることだと思っています。



 
 また、この数日はほとんど家に籠った状態となっています。けれども、今日は昼ごはんを食べに出たついでに、自転車で横浜の山手を走ってみました。港の見える丘公園から、フェリス女学院のある一画です。ちょっと急な坂の上にある場所ですが、電動アシスト自転車は、あっけなく登りきってくれました。

 このあたりは、いくらでも被写体が見つかるのですが、今日は、元町公園近くの、ベーリックホールと、その隣のエリスマン邸で4カット撮影。何だか、判じ物みたいになってしまいましたが、仕事を離れての撮影も、また良いものです。

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