FC2ブログ

旅の情報サイト「トラベルジェイピー(たびねす)」に寄稿しました『箱根登山鉄道塔ノ沢駅から明星ヶ岳へ。駅から手軽なハイキングを楽しもう』が掲載されました。
https://www.travel.co.jp/guide/article/33825/

夏の、華やかな旅を誘う記事がずらりと並ぶ中で、私のものは、ただただ地味であります。でもまあ、こんな記事があっても良いでしょうと、少しは思います。

0814T23_convert_20180814200621.jpg

スポンサーサイト

2年前の今頃、何をしていたのだろう?と思ってファイルを見たら、近江に行っていた。その帰りは、米原から「こだま」利用だったので、豊橋駅のホームで幕の内弁当を買った。まだ夕方だったから夕食には早かったが、とにかく「せっかく出かけたのだから、何かしたかった」のだ。なんだか、『阿呆列車』の口上みたいだけれど、何も1等車に乗らなくても、贅沢はできる。
 横川駅の幕の内弁当なき後、豊橋駅の幕の内は貴重な存在なのだが、しかし、もうちょっとだけ、見映えが良くなるよう工夫しても良いとは思う。魚のフライも、卵も、ソーセージも、もちろん、ご飯も美味しい駅弁なのだから。
 東京駅に全国の駅弁を扱う「祭」という店ができたことは、確かに私たちに大きな楽しみを与えてくれたけれど、その一方で、駅弁の、そこに行かなければ食べることができないという、最大のネック、そして大いなる魅力を消し去ってしまった。それと同時に、あるいはその頃から、多くの駅弁屋さんが、自らの作品で艶やかさを競いあうようになり、「ノー書きがなければ駅弁にあらず」という風潮を作ってしまったことは、君たち駅弁関係者は、忘れないようにしなさいね。
 で、わざわざここに写真を持ちだしたくらいだから、この話は、「地味だけれども、美味しい豊橋の駅弁が好きだ」と書いて終わる流れではあるわけだが、でも、やっぱり、そこまで書いてしまうほどでもないなあ、というのが正直なところ。最後に豊橋の幕の内を食べてから2年が経過し、つまりもう2年もの間、豊橋の幕の内を食べていないことになるが、だからといって、どうということもない。
 まあ、駅弁というのは、それくらいの存在で良いんだよ、という風に話を結んだら、朝から晩まで、ニコニコしながら働いている壺屋の社長さんは、怒るだろうか?

とよはしまくのうち_convert_20180814125245



遅くなってしまいましたが、大井川鐡道8月10日発のプレスリリースを拡散します。
来年8月までの予定で、車体の側面に大井川鐡道の「トーマス」などのイラストが描かれた、新しいラッピングバスの運転が開始されました(当方で一部の文字を着色しています)。

---------------------------------------------------------

トーマス号なかまたちをデザインしたラッピングバスが登場

8月11日(土)より運転開始です
大井川鐵道㈱の子会社でバス・タクシー・旅行事業を展開する㈱大鉄アドバンス(静岡県島田市)は現在、稼働中の大型観光バス2両に現在、大井川鐵道で運転中の「きかんしゃトーマス号となかまたち」のラッピングを施し運転いたします。 新金谷駅~千頭駅を走行する「きかんしゃトーマス号となかまたち」に加わるラッピンクバスで大井川鐵道のトーマス世界観はますます広がりを見せ、大きな盛り上がりが期待できます。
大井川鐵道ではこれからもグループ各社の総力を結集し、みなさまに笑顔をお届けできる商品づくりにつとめてまいります。詳細は以下のとおりです。

■ ラッピングバスについて
 運転開始日  2018(平成30)年8月11日(土)
 運転両数   2両
 現在、㈱大鉄アドバンスで所有する観光貸切バスは今回のラッピングバスを含めて28両です
 車両サイズ (概ね) 長さ12 m 幅2.5m 高さ3.3 m
 製造メーカー 三菱ふそうトラック・バス㈱
 定員      55名(補助席を含む)
 デザイン   大井川鐵道で活躍する「きかんしゃトーマス号、ジェームス号となかまたち」の様子(写真)をデザインしました。
 いつまで    2020年8月まで(予定)

■ ねらいと運行方法
 ねらい 大井川鐵道では2014(平成26)年よりきかんしゃトーマス号の運転を始め、年々なかまたちが増えています。しかし、大型観光バスにトーマスとなかまたちをデザインした車両はありませんでした。そこで、5年目を迎える2018(平成30)年大型観光バス部門からもトーマスワールドを盛り上げていこうとラッピングバス2両の運転を開始するものであります
 運行方法   
① 主に浜松駅・静岡駅始発の「きかんしゃトーマス号とSL整備工場見学ツアー」時の貸切バスに使用。大井川鐵道の「きかんしゃトーマス号、ジェームス号となかまたち」にふれあう前後の時間でもトーマスワールドにひたっていただくことができます
② 「きかんしゃトーマス号」などの運転時期以外でも幼稚園の遠足時などに2両の貸切バスをご利用が可能です。遠足などのお出かけの際、素敵な思いで作りにご活用ください
③ もちろん、ご希望により一般団体やツアー団体のご利用もできます。



「ビジネスジャーナル」に寄稿しました『SL列車「きかんしゃトーマス号」にあり得ないほど乗客が殺到しているワケ』がアップされました。

今年で4年めとなる大井川の「トーマス」。私たちには、もうすっかりお馴染みになった感がありますが、大井川鐡道でのあゆみについて、改めて同社の広報の方にお話を伺いました。私が取材に出かけたのは、今年の運転初日でしたが、凄い人出でした。

0808IMG_2331_convert_20180808094842.jpg
(c)2018 Gullane [Thomas] Limited.


これは5月末のことで、で、またまた鉄道ネタでなくて申し訳ないのですが、電動アシスト付きの自転車を、中古で購入しました。これまで、アシスト付き自転車には何となく抵抗があったのですが、実際に乗ってみると想像以上に快適で、それから2か月、結構、毎日乗っています。横浜に土地勘のある方なら解るでしょうが、浅間下の交差点から三ツ沢への登り坂を、何の苦も無く登れると言えば、その威力が解ると思います。

これから、そういう日帰りネタも、ちょくちょく登場するかもしれませんが、お付き合いの程を。

電動アシスト付き自転車、通称電チャリを買ったことを自転車好きの友人に話したら、すぐに、どこか輪行に行こうとの提案がありました。輪行というのは自転車をある程度の大きさにまで分解して小さくし、電車などに載せて移動する手段で、これまでに数回実施したことがあります。ただ、この電チャリという奴は、重量がそれなりになり、私が購入したハリヤ―は⒛kg。そのことを話すと、誘ってくれた友人も考え込んでしまいました。私自身、山歩きで30㎏を背負ったことが何回かありますから、この重さは、気合いを入れれば運搬不可能ではない。ただ苦労するでしょうけれど。

そのような経緯もあって、今のところ、電チャリでの輪行はまだ実現していません。もっとも、彼が誘ってくれたのは霞ケ浦を1周するというもので、これは行程およそ120km。ホイホイ出かけていたら、コースの半ば過ぎでバッテリーが切れ、残りの半分は、いわゆるママチャリ以上の重さに苦しめられていたことにはなります。助かったというば助かった。

そのような次第で、予備のバッテリー(これも軽くはない)を携えてでも、長距離輪行に挑戦したものか、今も結論が出ないままではいます。

0530ハリヤ―

1泊2日で九州の小倉、門司港へ出かけてきました。直接の目的は、松本清張の作品の現場を再確認することでしたが、夏の九州を旅するのは(短いものではありましたけれど)久しぶりで、色々と楽しめました。
ただ、小倉、門司港でも、あたりに増えているのはチェーン店の食べ物屋さんばかりで、ちょっと閉口しました。2回の昼食は、共に「チェーン店ではないだろうこと」を選択肢の第一に。少しつまらない話です。

そのような中でフェイスブックの友人から「小倉に出向いたなら、是非、シロヤのパンを」というお勧めがあり、お店はすぐに見つかりました。なにしろ、駅前の商店街の入口にあるお店でしたから。

帰路の夕食は新幹線の車内になることが解っていましたから、ここでアンパンとサニーパン(練乳入りのパン)を購入して(2個で180円なり)、質素な夕食です。けれどもなんだか、とても贅沢な気分にもなりました。これもまた、旅の醍醐味ということなのかもしれません。

siroya01.jpg

siroya02.jpg

新横浜駅前の、お昼どきに出るワゴン販売の弁当を、時々利用している。わざわざ自転車で自宅から往復する時間を考えれば、近くのコンビニ弁当で良いわけだが、そこは変化をつける意味もありまして。
 今日は暑い日差しの中で、お姉さん(でも、もちろん私より遥かに年下だ)が一人ポツンと立っているように見えたワゴンに行った。台の上を見ると、残り2個。
 「サバのお弁当ですけれど、よろしいですか?」
 「ええ」
 「お味噌汁サービスです。どれにしましょう?」
 「じゃあ、油揚げで」
 「ありがとうございます」
というわけで、100円引きの時間だったので400円なり。この手のお弁当は、作り手が一生懸命頑張っているのが見え隠れしている気がするのが楽しい。研究され尽くして登場し、売れなければすぐに消えるコンビニ弁当にはない情感がある、気がする。
 しかし、何だかマッチ売りの少女を助けるような気分でワゴンを選んだので、結局は選択肢がなく、サバになってしまった。でも、もし選択肢があったら、結局はまた、カツだとかハンバーグだとか、鶏のから揚げみたいなものを選んでいたかもしれないから、いつもと違うものを食べることが良かったのだと、そうも思った。
 家に帰り、風が抜けて涼しい1階で、「最後に残った1個は、もう売れたかなあ」などと考えながら、美味しく頂きました。お味噌汁、何故か油揚げではなくて、ワカメだったけれど。

saba_convert_20180704172810.jpg


 「故人となった或る著名な脳学者が、常に文字に触れている人間の頭脳が最も冴えるのは平均七十二歳で、それを峠に徐々に機能が低下してゆく、と語った。文字と無縁の人間が、五十四歳を峠に急速に低下するのと対照的だ、とも言った」

 吉村昭のエッセイ『図書館』の中の一節。この説を信じるのであれば、私にもまだしばらくの間、登り坂が残っていることになる。「常に文字に触れている」というのがどの程度のものを指すのかは難しいところだが、毎日スマホを見ていますという程度を指すのではないことは想像できる。スマホをSNSに置き換えたところで駄目だろう。文字に触れるというのは、そこに精神的な格闘が伴っているという意味であるに違いない。ともあれ、自分があと何年生きられるのかは解らないが、十年先に峠がある(それもあくまでも平均値としての)というのはありがたい話だ。頑張ろう。

 ところで、このエッセイの主題はあくまでも「図書館」であって、この一文の中では、ある地方都市の、真摯な仕事をしている図書館員がいる施設があまりにも貧相で、それに比べて市役所の施設が豪華であることを比べて、社会のあり方に疑問を呈している。その地方都市がどこであるのかは伏せてあって、それは書き手にとっての当然の節度ではあるのだけれど、もしこの地方都市がどこであるのかを特定できれば、文章が発表されてから38年経った現状をチェックできるのにと、少し残念には思う。その都市の図書館は、ようやく改築されて今は立派になったか、そのまま朽ちるようになってしまったかのどちらかだろう。あるいは「箱」だけは良くなったけれど、その中身はというと…というパターンもあるかもしれない。そうして考えると、このエッセイは、普遍的な寓話とも捉えることができる。

 そういえば「今日という一日は、残された人生の最初の一日」という言葉もあったっけ。さて、今日の残りの3時間を、どうする?

 これは先週のことですが、仕事の取材で小海線を旅してきました。清里では一度、下車。ある程度予想できていましたけれど、かつては若い女性で賑わっていた清里駅前は、いま、廃墟のようになっていました。もちろん、営業を続けているお店も幾つもあるのですが、日曜日の午後3時だというのに、もうお客さんが「退けて」いて、見ていて何だか可哀想でした。

 私が学生時代、あるいは社会人になりたての頃は、本当によく小海線沿線に出かけたものでした。それはこの地域が首都圏からさほど遠くなく、けれども日本離れした高原の雰囲気があったことで、それは多くの人が感じることと同じであったのだと思います。それから、田宮二郎が主演を務めた「高原へいらっしゃい」というテレビドラマの影響もあったのかもしれません。あのドラマは、冒頭のキャスト紹介のバックに小海線の映像が使われ、主題歌を小室等さんが歌っていた。高校時代には、人並にフォークソングに熱中していましたから、そんなこともこのドラマの魅力となっていました。

 それにしても学生時代には、今は横浜の自宅から3時間足らずで到着することができる小海線に、よくもまああれだけしょっちゅう、夜行列車で出かけたものだと思います。その理由を考えてみると、夜行列車に乗ることで、それだけ遠くに行ける気分になれた、本格的な旅行をしている気分になれたからであったのかもしれません。そういえば70年代初め頃は、この「遠くへ行きたい」という言葉も、私たちの世代のキーワードになっていたように思います。

 今の清里は、あの時代の主役であった「アンノン族」の姿もなく、この地域の本来の姿である牧歌的な雰囲気を取り戻しつつあるようにも感じました。それであれば、「夢よ、もう一度」と、また小海線沿線に通っても面白いかもしれない。そんなことも感じた旅となりました。

きよさと_convert_20180602235738

陽が延びるこの時期は、夕食の前に散歩ができるのが楽しい。
 わが家の近くには新幹線の線路が延びているのだけれど、その裏手には、不思議と手がつかないままの、空き地というか、藪山が広がっていて、まさにちょっとした穴場となっている。
 写真の風景が見える道もそういった場所で、これまでにも何回か通ってはいたのだけれど、いつも日暮れの後だったから、そこにどんな眺めがあるのかは気が付かないでいた。ところが今日、この道を通ったら、なかなかどうして悪くないのである。この数日は寒さが戻ってきて風が冷たかったのだけれど、それも良かった。私が、学生時代や社会人になりたてだった時代に本当によく通った、長野の高原を思い出させる環境が揃っていたのである。
 この時間でなければ気が付かなかったと思う。陽が傾いて、そろそろ一日が終わりに近づく、何をして過ごしていても一抹の淋しさが心に宿るひととき。そんな時間だったから、この平凡な風景が、昔懐かしい高原の風景に見えたのだと思う。
 今の家に引っ越して11年。これから散歩の定番コースになりそうな道を今になって見つけて、ちょっと得したような、でも、ずいぶん損をしたような。

0520さんぽ_convert_20180520205007