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 リツイートさせて頂きました朝日新聞の情報に、津軽鉄道が太宰治の好物を集めた駅弁を発売する、というものがありました。太宰の好物として知られているのが、若い昆布を巻いたおにぎり。これは私も、現地で作ってもらったことがあるのですが、結構、香りが強い。これを子供の頃から食べていれば、大人になっても、ずっと恋しい食べ物になるのだろうなと感じました。あとは、小説の中に蟹が出て来るのだけれど、蟹までを駅弁に入れられるのかどうか。それからお酒、リンゴ酒なんてものも登場しますよね。

 この駅弁の情報がないかと津軽鉄道のHPにアクセスしてみたところ「ストーブ弁当」という一品が紹介されていました。竹で編んだ容器に地元の食材がふんだんに入った駅弁だそうです。

 このように、大々的ではなくても、小さな、けれども様々な動きが随時生まれるているのが、現代の地方鉄道です。これに触れるのが地方私鉄探訪の現代的な楽しみ方となるのでしょうね。

 そんなことを考えていたら、「ストーブ弁当」の後ろに、ちゃんと「だざい弁当」というのも掲載されていました。しっかり見なければ駄目ですね。こちらは食用菊の混ぜご飯をメインとして、おかずにはアスパラ、焼き魚などを並べ、ちゃんと蟹も入っています。HPには「太宰第一の好物」と紹介されています。作品中では、どの作品かちょっと解らないのですが、檀一雄を引き連れて、蟹の足をむしゃむしゃと食べて歩いた、というような一節が出ていたことを記憶しています。

 津軽鉄道は、鯵ヶ沢の尾野旅館さんに2度お世話になって以来、常に「また行かなきゃ、また行かなきゃ」と思い続けている場所(この旅館に2度目に行った時、地産のハタハタをわざわざ用意してくれたのに、食べきれなかったことが、凄く心残りになっているのです)。津軽鉄道と、鯵ヶ沢は、近い所ではないので、簡単には再訪できないのですが、本当に「今度こそ、また行かなきゃ」ですね。

 で、次に行ったら、津軽鉄道の列車の行きと帰りで、2個の駅弁を食べなければいけないということになるのかもしれません。

追記:少し思い出しました。太宰が蟹の足を食べるシーンは、太宰の作品ではなく、檀一雄の作品中に出てきたものであったようです。「檀流クッキング」あたりかもしれません。機会があったら探してみます。

 
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 小田急ロマンスカー7000形LSEが引退しました。1980年から運転を開始。これは私が会社に入ったのと同じ年で、同級生のようなものかもしれません。でも、だからといって、7000形に特別な親しみを感じたということはありません。この時代には、次々に新車が登場していましたから、一つの形式に特別な思い入れを持つことはなかったのですね。

 それは、大して熱烈な鉄道ファンでもないはずの自分が、鉄道雑誌の編集部に就職して、いきなり鉄道が仕事になってしまったからかもしれない。もちろん、好きだからこそ、そこへの就職を希望したわけですが、ある程度冷めた眼で、鉄道を見なければいけないと、考えるようになったことも一因なのだと思います。

 よく、「好きなことを仕事にできて、良いですね。羨ましい」ということを人から言われるのですが、良いこともあれば、良くないこともあります。少なくとも、毎日が楽しくて仕方ないというようなことはありません。もちろん、多くの人がなりたくてもなれない立場になれたことは、とても運が良かったのだとろうと思います。そのことは忘れずにいなければならない。

 鉄道を報道するメディアには、車両が引退すると、「ありがとう」という言葉を使うことがあります。ある席で鉄道ファンの大先輩から、突然、「ありがとうなんて書くな」と叱られたことがあり、「私は、ありがとうと一回も書いたことがありません」と、これは結構強く言い返したことがあります。車両の引退、というか、更新、代謝は、より良いサービスの提供と、安全性の確保には重要なことで、そのようなことは当たり前なのですから。そう捉えています。

 もちろん、一つの時代が終わったということを知らされることには、感傷を覚えることがありますが、それは別の言葉で語りたい。「ありがとう」「惜しまれつつ」、そういう言葉は使わないようにしています。ひねくれているかな?でも、安易な言葉で片付けてしまいたくはない。

 いつもの言葉で終わらせれば、それは楽なのですけれど。


 10月13日のテレビ東京「アド街」では、東京の三ノ輪を採りあげていました。
 三ノ輪は、私も好きな場所で、番組は途中まで見ていたのですが、実際にはあの街も、昔に比べて少し寂しくなっている。テレビの旅番組は、そういうことは採りあげませんから(それは旅番組の役割を考えれば当然のことなのですが)、実際の街の様子を少しだけでも知っていると、テレビの「良い所だ、楽しい所だ」という論評が、物足りなく感じられることもある。

 下の写真の左手に写っている煎餅屋さんは、もちろん昔はやっていましたが、今はシャッターを閉めっぱなしになっています。三ノ輪の駅前には、他にも最近になって閉まった店があり、老舗のはずなのに、と、寂しい思いをしたことを覚えています。

 日本中がコンビニとチェーン店ばかりになって、その街の老舗が消えてしまうのは、やっぱりつまらないことです。チェーン店ももちろん、あって良いのだけれど、これだけそこらじゅうに溢れてしまうのも、つまらない。だから本当は、お客さんが老舗を守らなければいけないのでしょうね。その方法を見つけなければいけない。
 
 ああ、なんだか、「つまらない」と「いけない」ばかりの文章を書いてしまいました。それこそ、これではいけない。

 心に留めておけば、きっと何かが見つかるはずです。

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 ツイッタ―情報によりますと、銚子電気鉄道が新しい駅弁「鯖威張る弁当」を発売します。
 でも、車内で食べるのには勇気が要るかもしれませんし、食べているうちに、電車が終点に着いてしまいそうです。どちら行の電車であるにしても(そりゃ、犬吠駅で駅弁買って下り電車に乗り、外川に着くまでに食べ終われば、それは偉業ですが)。

 竹本社長が考え抜いたダジャレが掛け紙に描き入れられるそうです。あの社長さんはダジャレが好きです。
私がインタビューをした時も、結構連発していましたから。

 それでも、それが商品になるわけですから、まさに芸であります。


リツィートさせて頂きました神奈川新聞の記事にも「ジオラマ」とあります。別に神奈川新聞の記事が間違っていると言うつもりはないのですが、鉄道模型の世界では、長く、車両を走らせられるものはレイアウト、車両を動かすことは考えず、情景だけを作るものはジオラマと、使い分けられてきました。小さなものであっても、レールに通電させれば動くものは、セクションレイアウトと呼びます。それが通例でした。

ここ15年くらいで、あらゆるものがジオラマと呼ばれるようになっています。レイアウトという言葉が死語になりつつある。言葉は生き物ですから、意味合いが変わってゆくのは、ある意味当然であるし、仕方のないこと、でもあるのですが、別にレイアウトと言う言葉が不便であるわけでもなく、本来の使い分けができなくなる(従って過去の本の言葉の意味が解らなくなる)ことには、淋しい気持ちもします。自分の著作の中では、レイアウトという言葉を使い続けるつもりですが。

愚痴ですね。すみません。

来年の春に10連休が設定される方針なのだそうです。
ごく標準的な勤め人の方は歓迎でしょうが、月に10日も(ひと月の三分の一)も休めないという人も少なくないでしょうから、いろいろ軋轢が生まれるかもしれませんね。

フリーの立場としては、連休はとにかく混むから、外出は控えたい。何年か前にゴールデンウィークに白川郷に行って、それはもう懲りました。すると家に籠って仕事でしょうか。そのつもりで仕事の段取りができれば良いけれど、これもそうは行かない出版社もあることでしょう。月に10日、本当にストップしたら、月刊誌を出すのは至難の業となりますから。

さて、どうなることやら。

大井川鐵道さんの情報をリツイートさせて頂きましたが、限定販売のジビエが好評とのことです。
日本人も、こういう味に抵抗がなくなってきた時代なのだなあと。

ツイッタ―でリツイートさせて頂きましたが、熊本県でコンビニにバス停の機能を肩代わりさせる試みが始まったようです。動向は今後チェックしなければいけませんが、良い方法だと思います。これに触発されて、駅でも何かが……、当分無理でしょうか。
ともあれ、注目したいと思います。




昨日の「踊り子列伝」から1日違いという形ですが、文章を執筆しましたメディアックス刊「みんなの鉄道 北陸本線」の見本誌が自宅に届きました。執筆にあたっては、もちろん、昔のことを色々調べるわけですが、昔の北陸には実にさまざまな私鉄があったことを、改めて知らされました。それから、国鉄北陸本線が、何度も路線改良をしていること。
 そういうことを、改めて学びながら記事を書くわけで、恵まれた、そして楽しい仕事だと思います。
 その楽しさを、きちんと誌面に反映させられたかどうか。
 これはまあ、いつも、いつまで経っても、自信半分、不安半分といったところです。

1003北陸

本文記事を執筆させて頂きましたイカロス出版刊「踊り子列伝」の見本誌が自宅に届きました。
 横浜に住んでいる者にとって、185系「踊り子」は、それこそ毎日のように見ている列車なのですが、その歴史を振り返ってみると、案外、JR発足後に細かな動きがあったことに気づかされました。定期券で乗車できるようになったのは、いつからか?などという小さな設問が、色々と多かったのですね。
 それでも、現代の水準から比べてみると、やはり185系というのは、至るところが国鉄的。「騒ぎ」が始まる前に、もう一度乗っておきたい列車です。

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